65話 使者、ハンガー

 俺は伝令に来てくれた兵士に詳しい事情を訊くと、やはりオルレアン王国からの使者であり、現在のオルレアン王国の国王――ノーセン国王からの正式な書状を持ってきているという。

 使者は丸腰かつ、ひょろりと細長い男で、危険は無いと判断したため応接間に待たせているという。無論、俺たちが判断してから正式にリーナに謁見させるのだが。

 城の警備をしている兵士からそう言った事情を訊き、いったん警備隊長のところへ行く。


「失礼する。ユーヤ・ナイト・エディムスだ。アンジェリーナ陛下へ謁見を希望している者が来ていると報告が来たんだが」


「はっ!」


 ビシッと敬礼で迎えてくれる警備隊長。

 俺はそれに「楽にしてくれっていつも言ってるだろ?」と言い、警備隊長の前のイスに腰掛ける。


「で、どんな奴が来たんだ?」


「背が高く、やせた男でした。短剣の類も持っておらず、銃も持っていない丸腰の状態でしたので、敵対意思はないと判断して拘束もしておりません」


 拘束してないのか。

 ふむ、と俺は少し考えてみる。

 ……アンガーという実例がある以上、無手だからと言って安心なわけじゃない。まして、コレットの例もある。無手でも超能力者なら、容易に暴れられるだろう。


「――分かった。では、俺とライアとスーで先に面会してから、リーナのところに連れて行く。応接間に案内してくれ」


「はっ!」


 俺は警備隊長にそう言い、スーとライアを伴って、応接間に行く。

 応接間の扉を開けると、そこには警備隊長の言う通りの、やせ細った背の高い男がいた。

 身なりはしっかりとしており、ちゃんとした礼服のようなものを着ている。ただ、黒を基調にしたかなり風格のある衣装なのだが、いかんせんそれを着用している本人にどうにも覇気というか高級感というかが感じられず、衣服に着られているような感じになっている。

 率直に言って、似合ってない。

 しかし、いくら見た目から圧を感じられないからと言って、軽視していいわけじゃない。今のところオルレアン王国は俺たちに危害を加えてきているものの、別にこちらから戦争がしたいわけではないのだ。

 リーナはこの世界を変えると言ったが、別にそれは暴君が治めていたり、内乱が激しい国であったりしない限りは、積極的に手を結び、俺の世界で言うところの国連のようなものを作ろうと言った話なのだから。別に世界中の国々を皆潰して回って覇権を握ろうってことではない。

 というわけで、まずは友好的に入ろうと俺は使者の前に座る。


「お待たせしました。私はアンジェリーナ国王陛下直属の部下、リュウと申します」


 俺が名乗ると――どうも俺の名前は向こうにバレてるっぽいから偽名だ――向こうは柔和な笑顔を浮かべて目礼してきた。


「ご丁寧にありがとうございます。私はハンガーと申します。ノーセン国王陛下からの書状をお持ちしました。確実にお渡ししたいので、アンジェリーナ陛下に会わせてください」


 ……いきなり、言葉遣いが無礼だな。使者が選ぶ言葉遣いとは思えん。しかも、許可を求めるのではなく、要求するだけときた。

 とはいえ、相手は俺のことを一兵士としか見ていないかもしれないし、それでいて向こうさんが貴族とかだったらむしろへりくだるのはおかしいから、そう気にすることではないか。


「いえ、申し訳ございませんが、陛下はお忙しい身です。ですから、一度私どもがお預かりして、その後陛下にお渡しいたします。速やかに陛下からのお返事をお渡しするのでそれまでの間、我が国に滞在していてくださると幸いです」


 俺がそう言うと、ハンガーと名乗った男性は一言「そうですか」と言うと、懐からスッと書状を出してきた。


「ではこちらをお渡しください」


「中身を拝見しても?」


「どうぞ」


 許可をいただけたので(まあ許可が無くても後で読むが)書状を開く。オルレアン王国でも日本語が使われてるんだな。ありがたいことだ。これなら俺でも読める。

 そして、肝心の書状の内容は……ふむ、小難しいこと書かれてるけど、要するに……。


「捕虜を返せ。そん時に迷惑料として9億ロッヅを払え、と。払えないんなら、属国になれ。どっちも断るなら戦争だ。……こう書いてあるってことでいいか?」


 俺は書状を机に叩きつけて、ハンガーとやらを睨む。


「これはお前の一存か? それとも、オルレアン王国の総意か?」


 しかしハンガーは飄々とした顔のまま、肩をすくめる。


「話を聞いてなかったんですか? そちらは、ノーセン国王陛下からの直々の書状ですよ? この程度の国が、我らの国の上級兵を斃し、捕虜とするなど言語道断です。たかだか山岳に囲まれているから今まで生き延びてきただけの国、我が偉大なる国と比べて……本当に、なんでアンガーがやられたんでしょうか。前王も武力政変を許すほどの無能だったようですし」


 ……ほう、つまり……つまりは、俺らに喧嘩を売っている、と。

 しかし、ここで熱くなってはいけない。この手の話はライアに任せよう。

 俺はライアの方を見て、頷く。ライアが俺の前に出てきて、ハンガーとやらに向き合う。


「では、アンジェリーナ国王陛下にお伝えしておきましょう。オルレアン王国が宣戦布告してきた、と」


 おいいいいいいいいいいいい!?!?

 なんでテメェ火に油を注いでんだ!?

 俺はガバッとライアの肩を掴む。


「ちょ、おまっ!」


「大丈夫でしょう、ユーヤさん。手始めにこの男を捕虜にしましょうか」


 どうも、エドをバカにされたのが逆鱗に触れたらしい。破壊意思を籠めた『圧』が応接間に充満する。

 しかし――これは、リグルとやり合った時ほどではない。この程度で激情に駆られて敵対者に底を見せるほど阿呆じゃないということか。

 対して、ハンガーとほざいた男は――なにやら、『圧』を出してきた。それも、アンガーと同等レベルの『圧』を。


(――まさか、亜人デミスマンか?)


 身構えると同時、ハンガーは立ち上がると高笑いと共に、テーブルを踏みつぶした。

 ……アンガー並みの膂力だな。


「あーはははははは!! 当たりを引いたみたいですね!」


 そう言うと、手のひらに――スマホを取り出した。

 そして、慣れた手つきで画像を開くと……そこには、動画をやっていたころの俺の姿が写っていた。


「ウォンターの言っていた『ユーヤ・ヤマガミ』ですね! ここで貴方を殺せば――」


 そう言って、長い手足をしならせて俺の方へ攻撃をしかけてくる! その速度はアンガーよりも速く、鋭い。重さならアンガーの方が上かもしれないが、怪力自慢だったアンガーと比べて、確かな技量を感じられる。


「――また、私もお腹いっぱいご飯を食べられる!」


 わけのわからんことを叫んでいるハンガーに向かってぶっ壊された机を蹴り上げ、一瞬だけハンガーの視界を塞ぐ。


「こざかしいですよ!」


「あっそ」


 ハンガーが俺に攻撃するために振り上げた腕でその机を弾くが――その刹那、俺は瞬きよりも速く抜いたΣで、ハンガーの四肢を撃ち抜いた。

 動きが止まるのは一瞬。しかも、やはり亜人デミスマンだったようで、Σの弾丸は体を貫くことは無い。

 しかし、その一瞬があれば十分。俺が一番攻撃するのが早かったから撃った、それだけのこと。

 懐から無数の短剣を取り出したスーが、投擲し、それらがすべてハンガーの身体に突き刺さり――燃え上がった。


「ガッ!」


 怯んだ。さすがに亜人デミスマンと言えど、体が炎に巻かれれば怯むらしい。刹那、肩、肘、足の付け根、膝の関節をビームが貫通した。


「いくら亜人デミスマンっつっても、さすがに全身の関節撃ち抜かれりゃ動けなくなるってのは、アンガーの時にわかってる。さすがに慢心が過ぎるぜ、ハンガー」


 俺は炸裂弾をリロードしたPISをハンガーの頭に突き付ける。これで引き金を引いた瞬間、こいつの頭は木端微塵に吹き飛んで――さすがに、死ぬだろう。アンガーに対する実験で分かっているが、肉体を別物に交換しているため、自然治癒することは無い。その代わり、腕が一本吹き飛ぼうがどてっぱらに風穴を開けられようが動けるけど。


「え、あ……?」


 何故自分が倒れているのか、理解できないという風なハンガー。まあ、そうだろうな。

 誤差だろう。俺だけ、もしくは俺とスーだけだったらお前は殺せていたかもしれない。だが、残念だがここには機兵にも勝てるらしい前王と、互角に戦えるという化け物がいたんだよ。お前が機兵に勝てるレベルじゃない限り、相手にもならない。


「……ていうか、スー。それI2E武装ウェポンか?」


「ええ、そうでござるよ。拙者のはユーヤ殿のものよりも速く完成していたでござるからな」


 マジか。こいつ、俺よりも先にI2E武装ウェポンを使いこなしてやがる。


「取りあえず、ここは俺とライアで見張ってる。警備隊長を呼んできて、取調室へ連れていけ」


「承知しましたでござる」


 スーが部屋を出ていくのを見て、俺は再びハンガーに視線を戻す。


「さて――どうしようかね、こいつ」


「まあ、我が国に喧嘩を売ったんですから、オルレアン王国を滅ぼすことは決定事項ですが……」


「いや、ライア。お前血気盛ん過ぎるだろ。ちょっと待て」


「――先ほどの発言はアンジェリーナ陛下をも貶めるものですよ? お許しになられるので?」


「今からムサシに乗ってコイツラ全滅させてくるわ」


 たしかに、許せん。

 とはいえ、この国の情報が分からない限り、油断は禁物だ。


「取りあえず、保有している機兵の数と、第一世代機兵があるのか。そして、亜人デミスマンは何人いるのか。この辺を吐いてもらおうか」


 ゴリゴリと銃口を押し付けて、俺はハンガーに向かって凄む。

 アンガーもしぶとくて、殆ど情報を漏らさないものだから――最初は誘導尋問に引っかかっていたんだが、途中から完全にだんまりを決め込んでしまったので――こいつからは、ある程度の情報を引き出さなくてはならない。


「逆に壊してしまって、送り返すのもいいかもしれませんね。I2E鉱石のみ取り除いて」


「ああ、それはいいな」


 喋らないなら、それでもいいだろう。なんなら、体中解析してから送り返してやってもいいかもしれない。

 情報源としては、コレットもいるし。そっちの方が現実的だろう。


「どうする? 俺たちの質問に答えるなら殺さないでやるが――」


「……っ!」


 ハンガーは悔しそうな顔をして俺から視線を外す。おそらく、抵抗しても無駄だし、である以上、自害したところで無意味だ。

 こいつがここに来て、無謀にも戦いを挑み――そして敗北した以上、その時点でハンガーは詰んでいるのだ。

 さぁ、どうしようか。

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