64話 I2E

「は? なんでだ?」


 思わず素っ頓狂な声が出る。しかし、スーはニコニコとした笑みを俺に見せてくる。その顔からは、嘘やお世辞と言ったものは感じられない。


「この国の人間でないのに、アンジェリーナ陛下の側近になれるなんて……さすがでござる。それほどの忠誠心と、実力を兼ね備えているんでござるね!」


 どうしてそうなった。

 俺がさらに不思議そうにしたからか、スーは少し苦笑した。


「ユーヤ殿が、どれだけ陛下を慕っていらっしゃるかは見ていればすぐにわかるでござるよ。だから、今さら他国の人間だと分かったからと言って、凄いと思いこそすれ、何も悪感情は湧かないでござるよ」


 他の皆も頷いている。そういう……もの、なんだろうか。


「そもそも、他国の間者なんだとしたら、毎晩陛下のお部屋に行っているのに、何もしないなんてありえないでござろう」


「そうですね、毎晩通っていらっしゃるのに、やましいことの一つも無いようですから」


「やましいことってなんだよやましいことって。つーか、お前ら心配じゃねえのか? 俺が他国の人間で、そんなんが国王の側近の一人とか」


「ユーヤ、みんなが信じてくれたんですから、そんなに噛みつかなくても……」


「か、噛みついてねぇ!」


「私は、本当に裏切るつもりならそんなこと言わないと思うのである。それに、アレほどの腕前を持つ御仁、仮に他国の人間だとしても我が国に引き入れることは利益になりこそすれ、不利益になることなどないのである。だから、私たちはそこに何も悪感情などないのである」


 ギルからも、嘘を言っているような感じはしない。……というか、みんな、明らかに嘘は言っていない。

 ……こんな簡単でいいんだろうか。まあ、みんなが心から俺がいても大丈夫と思っているみたいだから何も言わないけど。


「ユーヤは……正直、根が単純ですからね」


「リーナ、今夜のお菓子なしだからなお前」


「ゆ、ユーヤ!?」


 誰が単純だ。

 ……とはいえ、まあ。みんなが信じてくれるなら話は早い。これで安心して次の話に移れる。


「では――俺が別の国の人間であるということを念頭に置いて、先ほど俺が言った言語を覚えているか?」


「ええ、確かに規則性のようなものを感じられました。アレは間違いなく言語でしょう。では……それが、どうかしたのです?」


 俺は、紙にさらさらとカタカナで『デミスマン』と書く。


「おそらくだが……この、『デミスマン』という単語。これは、俺がさっき言った言語から取られているのだと考えられる。デミスというのは終焉とかいう意味もあるんだが……取りあえず、これをどう思う?」


 そう、英語だ。明らかに英語が使われている。この世界に――英語は、殆ど流通していない。すべて会話は日本語で行われている。俺もちょくちょく苦労しているが……だからこそ、こうして分かることもある。

 俺が問うと、ライアはこともなげに答える。


「オルレアン王国には、ユーヤさんと同郷の人がいるということですか。……それが、どうかなさったのですか?」


「ああ、俺と同郷の人間がいるということは――そいつは、下手すると俺に匹敵するか、多少劣るかぐらいの機兵操縦の技量を持っているかもしれない」


「「!?」」


 ギル、リーナの顔色が変わる。顔をかなりの勢いでこちらに向けたミラも、驚いているとみて間違いないだろう。

 そして、ライアも……いつもの笑みを消して、眼を細くしている。


「それは……本当ですか、ユーヤ」


「もしも俺と同郷の人間だとしたら、俺に匹敵する人間も俺は一人知っている。そいつが来ていなかったとしても、かなりの腕前の人間を俺は幾人も知っている。要するに、この言葉――英語というんだが――を使うということは、まず間違いなく俺のいた国の人間。さらに、こうして漢字の上にルビを振る、ということをやっている以上、まず間違いなく俺の住んでいた地域の人間だ」


 日本人以外で、表音文字と表意文字を組み合わせて尚且つそれにルビを振って表したりしている言語はそうそうない。まして、漢字を使っているんだ。間違いなく日本人だと考えていいだろう。

 そして、日本人がこの世界に来ているとするならば――そいつは、WRBをやったことのある人間、もしかしたら名の売れているランカーかもしれない。拳王とかだと厄介だぞ。

 そんな奴が第一世代機兵に乗っていてみろ。俺が好例――いや、悪例と言った方が正しいのかもしれないが――だが、往々にして生半じゃない戦闘力を誇る。正直、機兵戦になったら俺が出向かないことにはこの国の人間では太刀打ちできないだろう。


「俺たちが第一世代機兵を二機持っているということは有利に働くだろうが、しかし敵はオルレアン王国。第二世代機兵の数では俺たちを圧倒的に上回っている。向こうの第一世代機兵の能力にもよるが、数に押しつぶされる可能性もあるぞ」


「ふむ……相手にもユーヤさんと同郷の人間がいた場合、第一世代機兵の戦闘能力が高いということ以外に何か直接的な懸念事項はありますか?」


「分からん、が……そいつは俺たちに無い知識、別の世界の知識を持っていると思った方がいい。ライアの予想が外れたのも、俺がこの国――ひいてはライアの知己の中に無い国の考え、常識を俺が持っていたことに起因するだろう? 未知数、これが結局懸念事項として最も大きいことだろう」


「拙者たちの常識では図れない行動をしてくる人間がいるということでござるか」


「なるほど、確かに厄介そうな相手であるな……」


 スーとギルも頷き、渋面を作る。この二人は、どちらかというと正攻法で戦うタイプだから、余計そういう分からない相手が怖いのだろう。

 一方、ライアやリグルなんて涼しい顔だ。


「別に、敵が未知数なことは今に始まったことではないですし、結局は普通の戦と何も変わりませんね。相手を上回る知略で戦えば必勝です」


「というか、別に相手がどこの国の人間だろうと、ワシの作った兵器で皆殺しにしてしまえばよいだけのことじゃ」


 なんという脳筋理論。これが噂の「相手が強くて倒せない? ならレベルを上げて物理でなぐればいいじゃない」というやつか。

 さしものリーナもこの超理論には苦笑い気味だが……。


「でも、ユーヤ。結局そういうことですよ? 相手よりも強い方が勝つんです」


「……なんていうか、いや、知識や戦術も含めて『強い方』なのはわかる。確かにそれはわかるが……それを言っちゃあお終いだろうに」


 ……よく考えたら、ここにいるのは俺とスーを除いて、全員が戦争の経験者だ。いや、俺もあのクーデターを戦争ととらえるなら経験者だが(最後なんて戦争でもなんでもないただの一騎打ちだったからなぁ)、そうは言ってもやはり経験不足は否めない。

 俺に出来ることはなんだかんだ言ってやはり『機兵を操縦すること』に尽きるんだなぁ、と改めて思わされてしまう。


「――まあ、ともかくとして、今後の課題は『亜人デミスマンをどうするか』と、『相手の第一世代機兵の特徴の情報収集』、および『相手に俺と同郷の人間がいた場合の対処』の三つと思っている。異論反論は?」


「指揮を私に任せていただけるなら異論も反論もございません」


「俺より有能なやつに任せないわけないだろ」


 そもそも、それが約束だったしな。俺も、戦場で指揮ってガラでもねえし。

 他の皆も特に何も無いようなので、俺は次の話題に入る。


「じゃ、次だ。魔魂石、およびそれからとれる『力』の正式名称を決めるぞ」


「なんででござるか!?」


 ツッコミを入れてくるスーと、「なんで今さら」という空気感を醸し出しているリーナたち。リグルなんて興味が失せたのか武器の点検をし出した。おい、どっから武器出した。


「いや、やはりこの国の重要物質に名前が無いのは不便だろう」


「魔気、魔魂石でいいじゃないですか」


 呆れたように言うライアだが、俺はここは譲れない。


「機兵の動力源にもなってるんだぞ。魔気とかだと……なんていうか、人体からのみ作用するモノみたいじゃないか。それに――」


 俺は、あの魔魂石の姿を思い浮かべる。


「こちらの世界の言葉で表していたら、こちらが使っていても他国のスパイに名称から推測されるかもしれないだろ。せっかく別の言語っていうアドバンテージ――優位性を生かさない手はない」


「そのせいで、オルレアン王国は貴方と同郷の人間がいるのではないかとバレているのですから、この国の言葉でいいでしょう」


「――詳細を知っている人間と、そうでない人間がいる。この場にいる人間は、今からオルレアン王国の『亜力デミス』についてや、リグルの知っていることなんかを共有したものだけが呼ぶ符号として使う。部下たちがいつも通り『不思議な鉱石』という意味では今まで通りの呼称を使うが、俺たちの間では別の名前で正式名称とする、ってことだ。半ば、暗号として使う意味合いもある」


 決して、せっかくロボットが出てくる作品なのに名前がファンタジーっぽいから残念とか言われたからじゃない。「いや、魔魂石てwww。魂つける意味が分かんないんだけどwww」とか煽られたわけでもない。断じてない。


「確かに、暗号として使うのであれば問題ないでしょうね。というか、魔魂石に関しては研究職員以外に知られてはならないこと。呼称がそれとなく知れ渡っているものを使うよりも、刷新した方がいいかもしれませんね」


 暗号として使うと言うと、少し納得してくれたようだ。ライアが納得してくれたので、話を進めようかと思ったら――ギルとスーが俺に尋ねてきた。


「というか、ユーヤ殿……まず、拙者はその魔魂石のことすらよくわかっていないんでござるが」


「私も、機兵の動力源であるということしか知らないのである」


「なら、ちょうどいいな。――じゃあ、それらの説明をする前に名前を確定させちまおう」


 と言いながら、俺はあらかじめ決定してきた名前を発表する。


「というわけで、魔魂石から出てくる『力』の名称は、I2Eとする。読み方はアイツーイーだ。これは、Infinity,Indispensable,Energyの略だな。意味は無限の不可欠なエネルギーってところだ。魔魂石はI2E鉱石、I2E武装ウェポンって呼称に変えて行こうと思う。意義がある者は?」


「構いません」


「私はユーヤの案でいいと思います」


「拙者もそれでいいと思うでござる」


「私も賛成である」


 リグルは我関せずという感じだから、今さら名前なんてどうでもいいんだろう。


「じゃあ、今後魔魂石――その『力』のことを、I2Eと呼称する。一般は逆に魔魂石という言葉を普及させてもいいかもしれないな。そもそも、機兵に携わる者なら知っていておかしくないことなのだし」


「それは追々でいいでしょう」


 そうライアに締めくくられたので、俺は取りあえず現時点での研究成果などを皆に話して、今日の会議を終えた。


「じゃあ、取りあえずは今日のところはここまでだ。そろそろ戦争が始まってもおかしくないからな。ちゃんと気を引き締めていろよ?」


 俺がそう締めくくると、リグルがふと思い出したというような顔をして、俺の方を見てきた。


「そうじゃ、ユーヤとやらよ。お主の武器が完成したぞ。後で工房まで取りに来い」


「そういやそうだったな。後で行くよ」


 専用のI2E武装ウェポン。それがあれば、取りあえず問答無用で殺されるということもあるまい。俺は、誰がなんと言おうと普通の高校生だったんだからな。

 そう心の中で思っていると、扉の外から声が届いた。


「火急のご用件です。アンジェリーナ陛下へ謁見の許可を求めている者が来ております。なんでも、オルレアン王国からの使者だとか」


 ――今にして思えば、これがこの戦争の開戦の合図だったのかもしれない。

 後から振り返ればそうも思えるが、その時はそんなこと感じていなかった。

 だけど、これだけは言える。

 オルレアン王国の使者が来たその瞬間――


「分かった、すぐに行こう。ライア、スー。一緒に来てくれ」


 ――俺の心は、覚悟を決めていたんだと。

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