第39話 擬似軍盤

 さて、あのリーナとやっていた将棋のようなものは、正式名称を「擬似軍盤」と言って、この世界の盤遊戯の一つだ。

 ルールは、将棋ともチェスとも違っていて、少し複雑だ。

 まず、駒の種類が、歩兵、弓兵、馬、神官、騎兵、馬車、砲門、王、そして機兵だ。

 盤は長方形型で、11×15マスという、将棋よりもかなり大きい盤になっている。コマの数は、歩兵が11、弓兵が5、砲門が2、馬が2、神官が2、馬車が2、王が1。そして、盤外に機兵が1、騎兵が4だ。

 歩兵は一番多く、将棋で言う歩の役割だ。ただし、前後左右に一マスずつ動くことができて、フットワークが軽い。それ故か、二歩もない。成金もない。ただし、一番最初に動かす時だけは、前にしか動かせない。

 この歩兵というのが厄介で、何をとるかによって――というか、何と同じマスに入るかによって、その後の展開が変わってくる。

 まず、歩兵で相手の歩兵をとると、その歩兵を自分の持ち駒として使うことができる。弓兵、神官をとった場合も同様だ。このコマとして使えることを、捕虜にするという。ちなみに、二度と使えないようになることを死亡と言う。

 次に、馬と同じマスに入ると、騎兵になる。これは、味方の馬でも、敵の馬でもいい。ただし、馬から入られた場合は普通に死亡する。

 最後に、騎兵と同じマスに入った場合。相打ちになる。騎兵が一方的に歩兵をとることは出来るけど、歩兵はどう頑張っても相打ちにしかならない。歩兵では、不意を打ったとしても、相打ちにしかできないってことなんだろうか……。


「歩兵っていうのが一番大事っていう現実の戦争を如実に表しているよ」


 コマを並べつつ、ライアに話しかける。


「その意見には同意ですね。擬似軍盤においては、歩兵の役割が一番重要ですから」


 ライアはこの擬似軍盤が好きなのか、割と嬉しそうに並べている。

 さて、歩兵はまだ将棋にもありそうな動き方をしていたからいいんだけど――あとは、変な動きばかりするコマばかりだ。

 まずは弓兵。動き方自体は特に複雑ではない。将棋で言うところの角、チェスで言うところのビショップが一マスしか動けなくなっただけだ。

 しかし、コマの取り方が問題だ。なんと、自分から、縦横斜めに一マス離れたところにあるコマをとれるのだ。

 逆に言うなら、隣り合っている時は一マス遠くにいかなくては取れない。まさに、弓兵の面目躍如といったところか、遠くの敵を射抜くのだ。

 弓兵ならば、倒せないコマはほとんどない。その代わり、とったコマは使えなくなる――つまり死亡になるが。

 そして、馬。動きは単純、前にだけ進める。将棋で言うなら香車か。歩兵に乗り込まれると騎兵になるだけの、特に特徴のないコマだ。

 特徴は無いけど……将棋やチェスの時の癖で、つい桂馬やナイトと同じ感覚で動かしてしまって、よくリーナから不思議そうな顔をされてしまう。


「馬というより猪のような気もするが」


「乗り手のいない馬は、よほど賢くないとそうなるでしょう。もっとも、私の調教した馬はとても賢いですが」


 ……どんな調教をするんだろう。かなり怖いんだが。

 神官は、動かし方は歩兵と同じ。ただし、歩兵や弓兵に力を付与することができる。歩兵に付与できる力は、二歩進めるようにすること。弓兵は、とったコマが使えるようになること。神官から入っても、歩兵や弓兵から入っても、能力付与は適用される。ただし、付与された歩兵や弓兵が捕虜にされると、付与は解除される。

 付与できる人数は、一人の神官につき最大二人まで。一度捕虜にされると、再度付与できるようになる。

 そして馬車。これは、斜めにいくらでも進める――つまり、角とビショップと同じ動きをするわけだが、これは敵のコマをとれないという特徴がある。ただし、歩兵が同じマスに入ってくると、敵コマをとれるようになる。ここでも歩兵が重要なわけだ。

 そして砲門。これは、歩兵が一人入ると、弓兵の二コマバージョンの取り方ができて、唯一、機兵を倒せるコマだ。

 その代わり、歩兵が二人同じコマにいないと、動かすことができず、動かせるようになっても歩兵と同じ動き方しかできない。

 そして、砲門は同じ砲門か、機兵でしか壊せず、それ以外だと中の歩兵がとられて終わる。二人歩兵がいても、二人ともとられるんだからなかなか謎だ。


「砲門には苦い思い出がありますね」


「ほう、どんな?」


「騎兵で守りつつ砲門で攻撃していたら、店の子に泣かれてしまいまして……」


「……えげつないことをするからだ」


 大方、そのまま王を取らずに全滅させたんだろう。

 そして盤外コマである、騎兵と機兵。これは最初の配置の時には盤には置かず、召喚条件を満たすことで特殊召喚出来るコマだ。

 騎兵は、さっきも言った通り、馬のいるコマに歩兵を入れることで召喚出来る。動かし方は、飛車がなった状態である、竜王と同じ動かし方だ。縦横に無限、斜めに一コマずつ。

 騎兵は、基本的には最強のコマだ。神官に強化された弓兵以外では敵に捕虜にされることもないからな。

 続いて、盤外コマにして、出したら勝ちとまで言われる機兵。これは単純にチートコマ。

 まず、動き方はチェスのクイーンと同じで、縦横斜めに無限。そして、砲門と機兵以外が同じコマに入ると、全員死亡させることができる。

 しかも、味方コマを飛び越えることが可能で、やりたい放題。

 こいつを止めるのはまず不可能。

 その代わり、召喚条件が割と厳しい。捕虜とした5枚の歩兵と2枚の弓兵、1枚の神官を死亡にして、味方の生きている歩兵を生贄にして召喚される。

 召喚条件の厳しさ故か、出てこないでゲームが終わることもしばしば。強い人たちの間では、ロマン武器になっているらしい。


「機兵を出したことはあるか?」


「店の子たちにせがまれて何度か。けど、普段は使いませんね。歩兵を5枚に2枚の弓兵……持っているなら、使った方が早いでしょう」


 まあ、そうだろうな。というか、やろうと思ったら出来るあたりが恐ろしい。


「ただ……」


「ん?」


 ライアは王のコマを持って、少し寂し気に呟いた。


というのだけは、少し悲しいですかね」


「……俺たちの知っている王が強すぎるだけだろ」


「おや、やはりアンジェリーナ陛下は強くなりましたか」


「当然だろ。機兵ぶっ壊せる化け物の弟子だぞ」


「それもそうですね」


 というか、親父である前王にいたっては、その機兵ぶっ壊せる化け物と同じくらい強いらしいしな。

 そりゃあ、この「擬似軍盤」の王は物足りないだろう。

 何故なら、王は動けないからだ。

 誰か――歩兵なり、弓兵なりが同じマスに入って動いてくれなくては、まったく動くことができない。

 大概は、馬車に乗せるが、それ以外ならば歩兵などで動かすことになる。

 誰かに助けてもらわなくては、一歩も動くことすらできない――それが、この擬似軍盤における王なのだ。


「まあ、古くからあるゲームなんだろう?」


「ええ。ただ、昔の『擬似軍盤』には機兵は無かったそうですが。機兵が出てきてから、このような形になったと言われています」


「まあ、そりゃあそうか」


 第一世代機兵が出来たのが何年前か知らないが、少なくとも100年どころじゃないだろう。

 ……100年前の機械が動くっていうのには、やはり未知の何かが働いているとしか思えない。


「では、準備ができましたね。始めましょうか」


「ああ。俺の方が若い、先手でいいな?」


「もちろん。なんなら、一度に二回動かしてもかまいませんよ?」


 舐めてくれる。

 と言っても、俺は前の世界では一度も将棋やチェスで、シューヤに勝ったことが無い。

 果たして、シューヤ並みに強いであろうこの相手に勝てるのだろうか?


「あ、そうだ、言い忘れていましたが」


 俺が一手目を打った時に、ライアが指をぴんと立てた。


「もしも私が負けたら、王家直属特別兵になりましょう」


 なんと、願ってもない条件を出された。見返りにとんでもないことを要求されそうだが、それでも取り付く島もなかったさっきまでよりは前進したはずだ。

 心の中でガッツポーズをしていると、そのままニコニコと笑いながらライアは俺に要求を突き付けてきた。


「ただし、貴方が負けた場合は、私の全要求を呑んでもらいます」


「……と、当然だろう、な」


 ゴクリ、と唾をのむ。

 この勝負――負けられない。


(……くそっ、俺は機兵戦以外では基本的に専門外なのによ)


 歩兵を一つ前進させながら、俺はライアがどういう手を打ってくるか考えを巡らせる。


「そういえば、今更ですがルールは大丈夫なんですか?」


「問題ねーよ。というか、本当に今更だな、おい」


 ライアが流れるように騎兵を作って、俺に攻め込んでくる。

 ……展開はええよ。畜生。


「そうそう、これも言い忘れていましたが――」


「なんだ?」


 俺が問うと、ライアは心底嬉しそうな顔で、コマをもてあそびながらとっておきの玩具を披露する子供のような声で言った。


「――私、『擬似軍盤』で負けたことは無いんですよ」


「……だろうな」


 本当に、今更ながら……これ、ムリゲーじゃね?

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