第38話 俺を見ている
無言でにらみ合う俺とライア。
先に口を開いたのはライアだった。
「……私はもう前線から退いた身です。何故、私をこうして勧誘に来たんですか?」
「おいおい……俺が連れてきた兵を、殆ど一般人と変わらない従業員を指揮するだけで全滅させた奴を放っておくとでも?」
「いえ、全盛期は過ぎました。老兵は死なず、ただ消え去るのみ……そっとしておいてくれませんか」
それで全盛期過ぎてるのかよ。
あと、何がそっとしとけ、だ……今だって俺から利益を絞れるだけ絞ろうとしてきてるくせによ。
シューヤに媚びを売りたいやつは、決まってそういう顔をしていた。
俺じゃなく――俺の、その先を見てるんだ。
(舐めやがって……)
俺のことなんて、ただの踏み台ってことか?
お前も――俺を見ないのか?
俺には、価値を見出さないのか?
(チッ……)
かなりイライラがたまってきたが、それを大きく息を吐くことでなんとか落ち着きを取り戻す。
(落ち着け……こういう、こっちを食ってやろうとしてくる奴相手に冷静さを欠いたら、一瞬でやられる)
「全盛期を過ぎようが関係ない。アンタの力が俺たちに必要なんだ。だから、王家直属特別兵になってくれ」
「私の力が? ……私の力は、現代の機兵戦には向きませんよ。私の力は指揮の力――そんなもの、私でなくても誰にでも出来ます。そもそも、ユーヤさん。貴方の武勇は聞いています。貴方とムサシがあればこの国は安泰――そう仰っていたのは貴方でしょう?」
「確かにそう言った。だが――さっきも言った通り、俺は臆病になることを決めたからな。戦力はいくらあっても足りないくらいなんだよ」
これは俺の本心だ。
正直な話――機兵戦で負けなかったとしても、生身の時に狙撃されたら一発で死ぬ。
だからこそ、常に強者を集めておかなくてはならない。
目の前にいる、化け物とかな。
「というか、どうして受けてくれないのか――実力なんて建前を抜きにして、教えてくれよ」
タヌキと腹の探り合いというのはやはりどうにも落ち着かず、ついつい単刀直入になってしまう。つくづく俺は交渉事には向いていない。
そもそも、こいつの経歴が、どこをどうあさっても出てこない。
経歴が出てこないような奴にはそんなに仕事を頼むわけにはいかないので、ギルや西遊旅団改め王家直属特別兵傘下機兵部隊にも頼んで調べたんだが……一向に出てこない。
リーナの話を聞く限り、こいつが前国王の側近だったことはまちがいないのに、ライア・アンテネラという人物がこの世にいたのかすら記録に残っていない。
いったいどういうことなのか――
「私が受けたくない理由、ですか? それはもちろん――今の陛下がこの国を導くのにふさわしいとは思えないからです」
――瞬間、俺の頭に血が上るのが自分でもわかった。
「……今、なんて言った?」
「ですから、アンジェリーナ国王陛下に、国を治められると到底思えないからですよ。貴方程度の人を側近として置いている時点で程度が知れます」
「ふざけるな!」
ドン! と机を叩いて立ち上がる。
「俺のことはどう言われたっていい。機兵戦以外で無能なのは自分がよくわかっている。だからこそ、こうしてお前らみたいな強い人材を集めてるんだからな。だけど! リーナのことを侮辱するのは許さねえ!」
そして無意識のうちに、俺の右手を懐のΣに入れようとして――傍と我に返った。
そう、奴の目を見て。
さっきまで一切俺のことを見ていなかった目が、俺のことを値踏みしていることに気づいて。
(――どういうことだ?)
逡巡する俺に向けて、ライアからの殺気が放たれる。
「ッ!」
純度100%、混じりけ無しの、純粋な殺気を。
それに押されて、ぴたりとΣに向かっていた手を止める。止めさせられる。
もしも抜いていたら――この場で殺されていた。
なんの迷いもなくそう確信させられるような殺意だった。
「そう逸らないでください。せっかく質のいい宝石を見つけたから研磨しようとしているのに。割りたくなってしまいますよ」
冷や汗が出すぎて一周回ってでなくなった俺に、ライアが淡々と語りだす。
「宝石が一番輝くのはどういうときかは分かりますか? 二種類あるんですよ。それはですね、完璧に研磨された時と、もう一つ。何か分かりますか?」
指を一本立てるライア。
「――それは、粉々に割れる瞬間です。長く楽しみたいならば前者ですが、私は断然後者の方が好きでして……余程の宝石ではない限り、後者で済ませてしまうんですよ。……さて」
何を言っているのか、内容を上手く読み取ることはできないが……
俺へ向ける視線で分かる。
今、俺は品定めされている……ッ!
「貴方は、どれほどの輝きを放てるのでしょう」
つまり、つまり。
(こいつは、俺を見ている!)
国王の側近ではなく、第一世代機兵ムサシの搭乗者としてでもなく。
俺を、山上雄哉として見ている――
「俺の輝き? それがどれほどの物かは知らないが――取りあえず。ひとおもいに割るのには惜しいとは思うぜ?」
――その事実が、俺に冷静さをとりもどさせてくれた。
「おや……先ほどまでの、表情が消えましたね」
「あ?」
「ふむ、今なら交渉してもよさそうだ……さて。では今一度訊きましょう」
張り付いた笑みが、俺を深淵までのぞき込もうとする。
「貴方は私に、どんな利をもたらせて、どんな害をもたらせますか?」
どうやら、俺は精神面でも同じ土俵に立てたらしい。
~~~~~~~~~~~~~~~~
「まずは、俺から出せる害は今この外の状況を見てくれたら分かるだろう?」
そう、手を広げて窓の外を見る。
「それだけじゃない。分かっているとは思うが」
「ええ。もうすでに彼ら、彼女らの親族まで調べているでしょう。ここにいない人間の身も危ないというわけですね」
とらえた人間の家族や友人は全員というわけにはいかないが、今、何人かは既に調べるように指示を出している。
そいつらを殺しに行くまでの時間くらいなら、なんとか稼げるだろう。
「当然だろ」
しかしそう言いながら、外の様子をうかがって感心する。
(誰一人取り乱していない……よっぽどライアのことを信頼しているんだな)
彼らはそう鍛えられているようには見えないので、全くの素人ということはないだろうが、まあ、素人に毛が生えたくらいのもんだろう。
それでいて、銃口を突き付けられても動揺しないというのは、やはりライアへの信頼とか安心感によるものなんだろう。
「では、利は?」
「まずは、国王への繋がり。アンタが地位に固執するようには見えないが、一応、貴族の位を与えることは出来なくもない」
「ふむ……」
「そして、重要なことだが……」
そこで俺は言葉を切って、窓のところまで歩くと、窓のふちに手をかけた。
……猛獣に背を向けるのには物凄い精神力を必要としたが、なんとか平静を装って、窓を開け放ち、外の機兵を指さす。
「あの、機兵を手駒として扱うことができる」
無論、前線での指示はギルの役割になるが、そこまでの作戦なんかは全部ライアに任せることになる。
「第一世代機兵を二機含めた、機兵の軍団だ。お前の辣腕を振るうには多少物足りんかもしれないが……まあ、これからどんどん増えていく予定だ。そこは我慢してくれ」
「なるほど」
ライアの口の橋がニヤリと歪む。こうやって、張り付けた笑みの中に、猛獣のような表情を見せるから、分かる。
ああ、こいつも戦いの中で生きる奴なんだな、と。
「それで……他には?」
そう言われて、うっと詰まってしまう。正直、もう思いつくものが無いぞ。
できれば希望を言ってほしいんだが……たぶん、こいつの欲しがっているモノを俺が察することができるか、っていうのも見極める内容に入っているんだろう。
だから、何を言えばこいつが心を動かすのかを見極めて話さないと……
あ、そうだ。
「金は不自由させない。そして……何より、俺は前王と一度会っている」
そう俺が告げた瞬間、さっき機兵のことを言った時よりも、ライアの興味が俺に向けられた。
これは……チャンス。
「そして、今もウィンサニー・ウェーンライトの捜索は続けている。人員は増えるんだ。アンタがここにいて探すよりも、はるかに効率よく探せる」
「……あのバカは」
「ん?」
ライアは、少し思いつめたような顔をして俺に伺うような顔をしてきた。
「あのバカは、何を、していました?」
その馬鹿というのが、前王のことだということは分かっているので、俺は笑いながら返した。
「裏からこの国を変える、って言っていたぜ」
「そう、ですか……」
ライアは少し嬉しそうな顔をして、しかし一瞬でそれをまた張り付いた笑みに変えた後、こう俺に尋ねてきた。
「ほかには?」
「いや、今ので最後だ。そのほかには、お前が望んだものを用意させることくらいだな」
……今のでもダメだったのか。
こうなると、もはやお手上げだ。こいつのことはいくら調べても何も出てこないからな。
……本家にならって三顧の礼でもやるか? いやしかし、戦力的に同じ土俵に立つためには、第一世代機兵を用意しなくちゃならない。そんなこと、そう何度もできないし……
そうやって、悩んでいると、ライアは何故か机の下から、盤を取り出した。
それは、昨日の晩、俺とリーナがやったものだ。
「これ、は……?」
「どうですか? 一局」
真意が相変わらず測れない。しかし、そうはいっても断る理由は無い。
これも、どうせ試されている一環なんだろうしな。
「いいぜ、やろう」
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