第60話 幸福とは、選ばれること

 俺とライアが追い付いたところで、ちょうどスーがレジーに追いついたようだ。

 サッと茂みに隠れるが……うーん、ダメだな。見づらい。


「どうするかな」


「では、こちらから見やすくいたしましょう」


 ライアがそう言うと……なぜか、目の前の茂みが不自然に割れた。何したんだこいつ。

 ニコリと笑うライアは……ま、もうこいつが何をしても驚くまい。


「声は聞こえるな」


「そうですね」


 どんな話をしているのやら。


「どうしたんでござるか! レジー!」


「離してよ、スー君!」


 スーがレジーの腕を掴んで、自分の方を強引に振り向かせる。なかなか様になっているな、ああいう仕草は。

 まあ、ジャ○ーズ顔の金髪イケメンだからな……うん、やっぱイケメンはムカつくな。


「その……レジー、その」


 もごもごと言いよどむスー。

 その姿を見て、レジーは腕を振り払った。


「スー君は、私のことなんか、どうでもいいんでしょ……? だったら、ほっといてよ」


「そ、そんな!」


 なかなか面白い展開だな。

 こう……ラブコメは、周囲から見ているのが楽しい。


「なんで……そんなことを言うんでござるか?」


「だって! だってスー君は! 私と離れ離れになっても平気なんでしょう!?」


「そ、そんなことは言っていないでござる!」


「でも! さっきだって、引っ越すって!」


「それは、そうしないと――拙者が、拙者が王家直属特別兵にならないと、子供たちに支援をすることが……ッ!」


「そうじゃない!」


 スーの言葉を遮り、レジーがスーの頬をはたいた。


「私が聞きたいのはそんな言葉じゃないんだよ、スー君! そうじゃ、そうじゃ……っ!」


 その場に崩れ落ちる、レジー。

 スーがそれにすぐさま駆け寄るが、またも手を弾かれている。アイツは女心ってものを分かってないな。


「貴方が言えることではないと思いますよ? ユーヤさん」


「そう言われてもだな」


 俺には特に女性の関連で何かあるわけじゃない。強いて言うなら、たまにミラから「お前はリーナのことを少しは考えてやったらどうだ?」って言われるくらいだ。


「充分だと」


 うるさい。


「スー君……お願い、教えてよ。スー君は、私と離れ離れになっても平気なの……?」


 スーの胸に飛び込みながら、レジーが絞り出すように言う。

 それを……スーはギュッと抱きしめた。


「そんなわけ……無いでござるよ……」


 さらに強く抱きしめるスー。その声からは、深い悲しみが見て取れる。


「拙者だって……離れたく、無いでござる……」


「スー、君……」


「拙者だって……」


「うん……けど……どうすれば、いいんだろう……」


 抱き合ったままの二人は、少しの間そのままの体勢で過ごしていた。

 たぶん、スーもレジーも、子ども達のことが心配で、王家直属特別兵になることを容認したんだろう。が……まあ、レジーは想定していなかったんだろうな。スーが引っ越すことを。じゃあなんだと思っていたんだろうとも思わんでもないが。まあ、子供たちを救えることで頭がいっぱいで、そこまで頭が回らなかったのだろう。

 さて、俺もどうしてやればいいものか。

 そうして考えていると、スーは唐突に何か閃いたようにレジーに顔を近づけた。


「そうだ! そうでござるよ!」


「え?」


「レジー、拙者は……拙者は、レジーとずっと一緒にいたいでござる」


「う……うん、私も、スー君と一緒にいたい」


「そして……それは、拙者は、レジーのことが、す、す、す……好き、だからでござる」


 おお、言った。

 スーの不器用な告白を受けたレジーは……こんな遠くからでも分かるほど、真っ赤になっている。


「だから、だから、その……レジー。拙者と、結婚……して欲しいで、ござる。一生一緒にいるために。今は無理でも、少し時間が経てば拙者の願いを聞いてもらえるはずでござる。そうすれば……そうすれば、いつかは子供たちとのことを解決して、い、一緒に、く、くら、暮らせるでござ……る……!」


 スーがレジーに向かって熱く語り掛けていき……だんだんと、顔が赤くなっていった。勢いでプロポーズしていることに気づいたんだろうか。

 しかし、レジーの顔は幸せとうれしさを足して二で割らないような表情をしている。余程嬉しいんだろうな。

 もうここまで言ってしまったからには、最後まで言い切るつもりなんだろう。スーは決心を固めた顔になった。


「少しの間、待たせてしまうかもしれないでござる。だけど、だけど……必ず、迎えに行くでござる。だから、だから拙者と結婚して欲しいでござる!」


「私で……いいの?」


「拙者は、レジーが、いいんでござる!」


 スーの口調のせいで、感動のラブシーンが若干笑いを誘うが、それでも二人は真剣だ。笑ったり茶化したりするのは野暮だろう。


「スー君!」


 そして、再び抱き合う二人。いやあ、胸熱だ。

 若干気になることが1つ。


「この世界では、婚約の際に何か贈り物をする風習とか無いのか?」


「結婚時に相手の家に何かを贈るのはふつうですが、婚約時に何かを贈るというのは聞きませんね。少なくとも、ライネル王国では」


 ふむ……やっぱり、婚約指輪みたいなのは無いのか。

 ならば、俺から婚約のお祝いでもしてやるか。

 俺は隠れていた茂みから出ると、二人の前に姿を現した。


「おや、ユーヤさん?」


「おい、スー」


 スーとレジーは一瞬敵かと警戒し……そして、俺だと気づいてさらに驚いている。


「ゆ、ユーヤ殿!?」


「なかなか熱いプロポーズ……ああいや、求婚だったな」


 相変わらずカタカナが使えないのはつらい。


「……ど、どこから見ていたんでござるか?」


 物凄いジト目を向けてくるスー。それを見て、少し吹き出しそうになってしまうが……そんな警戒せんでも。


「『どうしたんでござるか! レジー!』、『離してよ、スー君!』くらいからかな」


 俺が多少二人の声真似をしながら言うと、スーは真っ赤になってナイフを投げつけてきた。うおっ、危なっ!


「全部ではないでござるか!」


「お前こそ照れ隠しに短剣投げるんじゃねえ!」


 投げられたナイフを避けながら文句を言うが、スーは扇を広げるように両手にナイフを展開する。


「こうなったら口止めを……ッ!」


「す、スー君! ちょ、ちょっと落ち着いてっ! 相手はスー君の上司で、しかも騎士様なんだよ!?」


 レジーは、顔が真っ赤になりながらも多少冷静さが残っているらしい。窘められて、スーは仕方ないというような表情で、ナイフを懐にしまった。だから、そのナイフどこに入れてるんだよ……

 俺はため息をつきながら、睨みつけてくるスーに相対する。


「……なんで覗いていたんでござるか?」


 怒りと羞恥を込めたまなざしだが……ここで茶化す


「俺はお前の上司になるわけだからな。部下の望みはある程度叶えてやらねばパワハラで訴えられてしまう」


「ぱわはら?」


「――気にするな。こっちの話だ。まあ、そういうわけで、結婚のお祝いだ」


 結婚、という単語に、再び二人が赤くなる。

 ……これから戦争が始まったら、結婚とか言っていられなくなるからな。今の内に結婚しておく方がいいだろ。


「お、お祝いとは……?」


 お祝いという言葉には食いついたスー。まあ、もらえるもんは貰っておこうってことか。まあ、逞しくてよろしい。

 俺は、少し考えてから口を開く。


「これから、ここの教会に国から数人雇って人をよこさせよう。その人たちが慣れるまでレジーが教育していけばいい。そしてだんだんとレジーの手から離れたら――城都に引っ越してきて、スーといくらでもいちゃつけばいい」


「い、いちゃついたりなんかしません!」


 真っ赤になって反論してくるレジーだが、正直、新婚さんがいちゃつかないはずがないだろう。新婚だぞ、今でもリア充感醸し出しているわけだし。


「というわけで、今後のことを諸々決めねばならんから、スーはいろいろレジーと決めておけ。あと、式には呼べよ?」


 そもそも結婚式をするのかは知らんが。


「というわけで、スー。そろそろラブコメは終わりだ。仕事の話をするぞ」


 何がというわけでござるか――という目で見てきているが、仕方あるまい。


「今日にでもリグルに会いに行きたい……が、リグルの要望では、お前さんも来ることを所望している。だから、今夜会いに行くから……うん、今から二時間後に俺たちが泊まっていた宿――つまりお前の親父さんがやっている宿だが――に来てくれ」


「かしこまりましたでござる。……何か準備するものは?」


「特には」


 俺も、別に武装くらいしかしていかないつもりだしな。

 それと、そんなに凄い武装職人なら……俺の、このチートアンダーウェアも量産できるかもしれない。それにも期待している。


「それじゃ。俺とライアは先に戻ってるから」


 そう言って、俺はGR20のエンジンを付けて、ライアを乗せてその場から走り去る。


「よいのですか? おいてきて」


「構わないだろ。アイツだってガキじゃねえんだ」


「いえ、そうでなく」


「ん?」


 俺が訊き返すと、ライアが少し気まずげな笑顔を見せた。


「気まずいでしょう。求婚してすぐに貴方が現れるわ、煽られるわ、挙句の果てにはスーさんがかなり覚悟を決めたであろう問題解決方法を、貴方はお金の力で解決しようとしているのですから」


 そう言われるとぐうの音も出ない。というか、確かに。


「まあ、いいだろ……?」


「さっそく部下から嫌われましたかね」


 ……前の世界では、仕事をしていなかったのが悔やまれる。部下らしい部下が出来るのが初めてだからな。

 ギルは、年上だし、ライアは俺に御せる相手じゃないし(というか、明らかに部下じゃねえ)、ミラなんてそもそもが第一王女だし。

 だから……本格的な部下って初めてなんだよな。


「対処ミスったか……?」


「あそこは見て見ぬふりをすべきでしたねぇ」


「まあ仕方ない」


「それで強引にミスを打ち消すつもりですか。無理ですよ」


 デスヨネ。


「……まあ、大丈夫だろう」


 俺は取りあえず考えるのをやめた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「それで……結局、そうなった、と」


 俺とライアが宿屋に戻り、いろいろと事後処理にさらに追われていると……(さっき教会で終わらせたと思ったら、さらに増えていた)スーたちが戻ってきた。

 ……なんでも、すでにスーはレジーの親に挨拶を済ませてきたらしい。こいつ、なかなか仕事が早いな。

 で、さらにこいつの親父さんにあいさつに来て、今に至るということらしい。


「……さて、そろそろ日も暮れてしまうし、行くか」


「ユーヤさん、なんですかその『自分でけしかけておいてなんだけど、いざコイツらがくっつくとなると、それはそれでムカつくな』というような顔は」


「なんで心が読めるんだよ……」


 というか、どんな顔だよそれは。俺の顔はそんなに雄弁なのか。

 自分の顔の出易さに少し肩を落としつつ、俺はスーたちに向かって声をかける。


「おい、そろそろ行くぞ」


「かしこまりましたでござる。……それで、そのお顔はなんでござるか? えらく、気に食わなそうな顔をしていらっしゃるでござるが」


 お前までか。


「うるせえ。……さて、ライア、馬には乗れるか?」


 ライアの方を向いて尋ねると、ライアはいつも通りニコリと笑った。


「嗜み程度ですが」


「……じゃあ、ライアが馬で、俺とスーはGR20で行こう。あ、スーはアンガーの武器を持ってくれ」


「かしこまりました」


「承知したでござる」


 了承してくれた二人が先に宿屋から出ていくので、俺もそれについて外に出ようとして――


「その……騎士様。ありがとうございました」


「ん?」


 俺が振り返ると、スーの親父さんが立っていた。


「アイツを、スーを――見てくれて。そんで、それを伝えてくれて、本当にありがとうございました……」


「――俺と、似てるからな。このくらいなんともないさ。……というか、レジーがいるからいつかはこうしてハッピーエンドになっていただろ」


 俺が言うと、スーの親父さんはキョトンとしている。……ああ、ほんとに英語が使えないのは厄介だな。

 俺はハッピーエンドを和訳しようとして――やめた。


「レジーがいるから、アイツは必ず救われていたさ」


「……そう、ですかね」


「ああ」


 スーの親父さんはあまり晴れやかな顔はしていない。していないが……それでも、嬉しそうだ。


「じゃあ、行くか。ああ、そうだ。リグルと話すのにあたってなんか気を付けないといけないことってあるか?」


 俺がスーの親父さんに尋ねると……スーの親父さんはかなり考えた結果、一言だけ俺に教えてくれた。


「常識とか、利益とか、そういうのでは動かない、自分のやりたいことしかしない人……でしたね」


 もうホント、今から話すのが凄く嫌になってきた。

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