第59話 背負わなくていい十字架

「それで、死人は?」


「今のところはゼロ人ですが、家を失った者もいるので、対応次第になるかと」


 ライアの報告を受けて、俺は、はぁとため息をつく。

 ……あいつらが起こした火事のせいで、街が1つ半焼になった。正直な話、これはどうにかしないと飢え死にする人が出る。すでに住民のいくらかは、他の街に住んでいる友人や親族のところに身を寄せているようだが、それじゃ追いつかない。

 前の世界みたいに仮設住宅をすぐに作れるわけじゃないし……弱ったな。


「この近くに大人数を収容できる施設は?」


「寄合所のようなものがいくらかありますが、残念ながらこの人数をどうにかできるような場所はありませんね」


「チッ……ライア、仕方ないからテント……幕屋を支給しよう。急場しのぎ以外の何物でもないし、不満は出るだろうが……無いよりはマシだ」


「資金は?」


「俺らの事情に巻き込むわけにはいかないが……リーナに、出してもらうしかないだろうな」


「情けないですね」


 ライアの言葉が、グサリと刺さる。

 ……仕方ねえだろ、俺はまだただの高校生なんだ。いやまあ、今は貴族なんだが……もう自分が何者だかわからなくなってきたな。


「はぁ……分かったよ、任せる」


「お任せください」


 恭しく頭を下げるライア。

 もともと、苦手な分野を補佐してもらう――もとい、ブン投げる――ために、仲間にしたんだからな。

 自分の不甲斐なさに、改めて死ぬほど凹みながら、リーナへの報告書を書く。こういう時、パソコンが欲しいなと凄く思う。パソコンなら、二千字くらい、一時間もあれば余裕なのに。手書きは相変わらず苦手だ。


「そう言う割に、字はお上手ですね」


「昔はいろいろやったからなー……習字も、硬筆も。もっとも、どれもこれもシューヤには勝てなかったけどよ」


 そして、自嘲の笑みが漏れる。小学生の時は、何でもかんでも追いつこうってしていたんだがな。

 諦めたのは……いつのことだったか。確か、中学生に上がる時か。

 全国模試で、結局満点をとれなくて、母親から「貴方はシューヤさんとは違うんです」って言われた日、だったかな。

 まあ、詳しいことは思い出したくもない。


「勉強くらいは、流石にやっといた方が良かったかなと思うけどよ。社会情勢とか、こういう時の対処法とかさ。知識が圧倒的に足りない、知識が」


「仕方ないでしょう。ユーヤさん、あなたはお若いんですから」


 若い、ねぇ……まあ、ライアに比べりゃ若造もいいところか、俺はまだ17なんだし。

 俺は懐から、タバコを取り出す。


「一本、どうだ?」


「結構です」


「そうか」


 俺は自分で咥えて、火をつける。

 ふぅ~……とため息と一緒に煙を吐き出す。うん、こんなもんかな。


「さて、と。出来たわ」


「お早いですね。相変わらず、ちぐはぐなお方だ」


 ほっとけ。

 俺は作成した書類をライアの部下に持たせ、走ってもらう。この街にはまだ馬が残っているからな。そう時間がかからず着くだろう。

 で、その間にやることがあるわけだが。


「さて、悪いな。部屋を貸してもらって」


 俺は、教会の一室を出て、そこにいたスーたちに声をかける。

 スーと、そしてシスターであるレジーに話しかけると、二人はハッとした顔になってから、距離をとった。

 ……お互い、顔真っ赤だな。まあ、二人きりでいる時に何していようが俺は何も言わんが。


「あー……邪魔したか?」


「いっ、いえ! お、お気になさらずでござる!」


「え、ええ!」


 うーん、だいぶタイミングが悪かったようだな。


「まあ、俺らの話が終わったらいくらでもイチャイチャしてていいからよ」


「い、イチャイチャなんてしてないでござるでござらんかござろうござるござりましょ!」


 もう日本語がわけわからん。いや、日本語じゃねえのか。


「……落ち着け。ほら、取りあえずの話だ。リグルの方にも行かなきゃならねえしよ」


 そう、俺はこの火事のせいでやることにおわれて、いまだ本来の目的であるリグルとの交渉に至れていないのだ。ホント、どうなってんだこれ。

 早いところ、このくだりを終わらせるか。


「で、だ。もう一度言う。スティア・グラブル、お前を正式に王家直属特別兵に任命する。これはアンジェリーナ陛下の許可もとってある、正式な命令だ」


 後半のセリフは、ライアに向かって言う。しかし、ライアは意外にニコニコとしたままだ。何か言ってくるかと思ったんだが。


「給料とか、その他もろもろはこの書類に書いてある。さっきも言った通り、他に何か要求があるなら飲むぞ」


 まあ……ある程度、だがな。

 スーはそんなに非常識じゃないし、さっき「王家直属特別兵に任命されるわけだから、ある程度のわがままは聞けるぞ」って言っておいたから、要求は考えているだろう。

 俺はスーに書類を渡して、レジーが淹れてくれた紅茶を飲む。

 うん、美味い。レジーが紅茶を淹れるの上手いんだろうな。

 しばらく書類に目を通していたスーだったが……スッと顔を上げて、真剣なまなざしになった。


「どれくらいの……要求なら、良いんでござるか?」


 そんなに大きな要求をするつもりなのか。

 俺は、ふむと考えてから、返答する。


「そうだな……まあ、給料の相談とか、家の場所とか、リーナに相談しなくても、俺の一存で決められることなら、この場で約束出来る。そうでないなら、分からんから何とも言えん。が……まあ、リーナのことだ。仁義、道義、正義に反しない限りは、そう無下にはせんだろうさ」


 というか、スーがそんな「奴隷の女が百人欲しい!」とか言わない人間だってのは知ってる上で勧誘しているからな。

 スーは少し言いよどんで……レジーとアイコンタクトをとってから、意を決するようにしてその要求を突き付けてきた。


「では……教会の、支援を、お願いしたいでござる」


「ん、それくらいならいい。というか、この教会は、孤児院兼学校として、これからもそこのレジーに運営していってもらうつもりだったしな」


 要するに、他の教会とかと一緒にお金をまわすってことだが。

 大きな要求をされるかと思ったが、そうでもなかったので俺は少し拍子抜けした感じで答えた。

 しかし、俺の言ったことはどうも的を外していたらしく、スーはフルフルと首を振った。


「い、いえ」


「ん? 不満か?」


「そうではなく……この教会のように、孤児を引き取ってくれている施設に、支援をお願いしたいのでござる」


「ふむ?」


 確かに、城都にはそういう施設が無いわけじゃないが、こうした田舎にはそういう施設も少ない。そこに金を使うのはいいんだが……待てよ。


「よし、分かった。この教会は正式に孤児院としての性質も持つものとして扱い、さらにこの教会のように孤児の世話をしている施設にも支援しよう」


 というか、流石はスーだな。私利私欲ではなく、他の人のためになるようなことを言う。俺には、到底真似できないことだ。

 俺と違って、孤独じゃなかったのは……こうした、部分なのかな。人のことを思いやれる強い心。

 俺の返答が満足いくものだったのか、スーとレジーはパッと顔を明るくさせる。


「ほ、本当でござるか!?」


「おや、良いのですか? ユーヤさん」


 嬉しそうなスーに、相変わらず表情の変わらないライア。


「ああ。もっとも、リーナと相談してからにはなるがな。とはいえそう無下にはされんだろ」


「よ、よかったね、スー君!」


 スーとレジーが手を取り合って喜んでいる。


「また書く書類が増えたな……」


「安請け合いするからですよ。どうせ何か企んでいるんでしょうが、そのつもりなら私に一声おかけください。そうでないと、突飛なことをされては困りますから」


「ああ、分かってる」


 俺はどの道、俺には機兵を動かすしか能が無いんだ。そこに異論をはさむつもりはない。


「じゃあ、今後は城都に住んでもらうことになるから、荷造りをしておいてくれ。引っ越しは一週間中にでもしてくれたらいいんだが……その前にリーナに謁見してもらうことになるから、俺たちが城に戻るときにはついてきてくれ」


「かしこまりましたでござる」


 俺が今後の日取りのことを伝えた瞬間、レジーの顔が曇った。


「え……?」


「ん?」


 俺がレジーの方を見ると、レジーは少し……躊躇った表情をしてから、スーの方を向いた。


「ねぇ、スー君。引っ越し、ちゃうの……?」


「まあ、そうなるのでござろうな。ここにいては城都まで行くのに時間がかかるし、有事の際には戦えないでござる。これも教会への支援や、恵まれない子供たちのためでござろう。先ほど話し合って、そう決めたでござろう?」


 どうも、さっきの要求はレジーも一つ噛んでいるらしい。まあ、レジーは立場的にはそういうことを言うだろうし、スーも子供たちのことは大切に思っているみたいだからな。

 しかし、スーよ。レジーのその反応からして、求めていた答えはそうじゃねえだろ。


「スー君……そしたら、すぐには帰ってこれない、んだよ?」


 今にも泣きそうな顔で……縋るような瞳をしながら、レジーは立ち上がり、スーの手を取った。その顔は……とてもじゃないが、シスターって雰囲気じゃ、無い。控えめに言っても、恋する乙女って感じだ。

 スーは、その瞳を見ても、まだピンときた感じじゃない。


「けど、仕方ないでござろう? そうでないと、支援がもらえないでござる」


「そうだけど、そうだけど……っ!」


 キッと、強い瞳をレジーがスーに向ける。


「そのことを、なんとも、思ってないの? スー君」


 優しいが、強い、詰問するような口調。

 レジーは、今にも泣きそうだ。

 そして――スーは、何故レジーが泣きそうになっているのが分かっていないのか、困惑の表情になっている。

 俺は、色恋ごとは苦手だが、それの意味くらいは分かるぞ?

 けどスーは俺よりも恋愛がダメなようで、あまりのわけわからなさからか、声に若干の苛立ちを含ませながら、答える。


「だから、仕方ないで――」


 けど、その言葉をレジーは最後まで言わせなかった。


「私は、そんな言葉が聞きたいんじゃない!」


 バンっ! とテーブルを叩いて、そのまま踵を返す。


「れ、レジー!?」


 スーが止めようと立ち上がるが、案外レジーは足が速い。スーが腕をとる前に、するりとすり抜けて、ドアの方へ走って行ってしまう。

 唖然としているスーを置いて、レジーは外へと出てしまった。


「ふむ……やってしまいましたね、スーさん」


 釣りバ○日誌かな? って古いか。


「まあ、やっちまったな」


 俺もライアに同意しつつ、スーの方を見やる。

 呆然としているが……まあ、取りあえずスーのやることは一つだ。


「スー。何してんだ。早く追いかけろ」


「……それは、そうでござるが……な、何故、レジーは走って行ってしまったんです?」


「ん? そりゃ、普通にお前から『俺もお前と離れたくない』って言ってほしかったんだろ」


 俺がこともなげに言うと、スーはぽかんとした顔になってしまった。


「けど、仕方ないで、ござろう? 拙者が王家直属特別兵にならないと、支援が……」


「――過去、妻がいた身として、スーさん。一つアドバイスをしましょう」


 ライアが、いつものニコニコとした顔で、スーの方へと歩いてくる。

 なんとなく、かなり迫力があったので、俺は思わずサッと離れてしまう。

 ……というか、ライアがアドバイスなんて、するんだな。スーには興味が無いものだとばかり思っていた。


「こういう状況の時……あなたの考えを聞かれている時に、考えを言うのを避けて、つまり相手と向き合わずに逃げることは愚策中の愚策です。特に、『仕方ない』という言葉は避けたほうがいいでしょうね。仕方ないかどうか、ではないんです。彼女は、貴方がどう思っているかを聞きたかったんです。彼女と、離れ離れになることについて」


 そこまで言われて、スーはハッとしたような顔になる。

 それに、追撃するようにライアが、言葉をかける。


「どんな言葉も、言いそびれてからでは遅いのです。孝行したいときに親は無し――これは、親孝行だけには限りませんよ。別れというのは、今日のように突然です。その時に後悔しないように、常に相手とは向き合うようにしてください。……でないと、一生後悔しますよ」


 ライアの言葉には、いつも以上に重みがある。誰か、何か、後悔していることが……あるんだろうか。

 スーは、少し俯いていたかと思うと、決心がついたのか、俺とライアに頭を下げた。


「申し訳ございません。今から、レジーを追いかけたいと思いますので、暇を少しいただけないでござるか?」


「構わん。ほら、速く行ってこい」


「承知したでござる」


 そう言うと、スーはクルリと振り返って、今まで以上の速度を出して走り出した。

 やれやれ……あんだけレジー、レジー言ってるし、あんな空気になっていたから、てっきり付き合ってるとばかり思ってたんだけどな。当てが外れたぜ。

 バタン、という音が聞こえた、どうやら、スーが外に出たらしい。

 さて――


「珍しいな、というか驚いたぞ。お前がスーにアドバイスするなんて。てっきり興味が無いと思ってた」


 俺が言うと、ライアは少し悲し気に……寂しげに、笑ってから、少し弱弱しい声を出した。


「興味は、以前よりはあります。しかし、それ以上に……私は、彼が見ていられませんで。このような十字架を背負うには、彼はまだ若すぎます」


 何かあったんであろうことは、容易に想像できた。


「……そうか」


 言いたくないことなんだろう。

 俺はうーんと伸びをしてから、ライアに声をかける。


「ちなみに、ライア。俺は今からその辺を散歩してくるんだが……お前も、来るか?」


「下世話ですよ。……けれど、貴方を一人にするのは少し不安が残ります。またアンガーのような敵が出てきては困りますからね。というわけで、私もついていきましょう」


 ニヤリと笑って見せると、ライアも少しニヤリと笑う。

 けしかけていてなんだが――アレは、見に行かないといけないだろう。

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