第58話 隻腕の化け物

「化け物かよッ……!」


 俺は恐怖にすくみそうになる足を根性で押しとどめ、アンガーを睨み返す。


「チッ……まさか『炎の斧』が壊されるとはな……。なかなかやるじゃねえか」


 ニィ……と口の端を吊り上げるアンガーに、ゾッと背筋に寒気が走る。

 こんな化け物、まともに戦ってられるか!


「スー! 逃げるぞ!」


 あの斧が壊れたって言ってるなら、後ろからいきなり燃やされることは無いはず!

 俺はすぐさまGR20に飛びついて、エンジンを起動する。

 ……化け物には、化け物だ。ライアとリグルを呼んできてくるしかない。

 俺は本来、機兵の操縦技術さえ除けば、一般人と同じくらいの実力しかないんだ。さすがに、ター○ネーターみたいな化け物とやりあえる自信はあんまりない。殺されはしないまでも、俺もスーも無傷ですむ保証はない。


「逃がすわけねえだろっ!!!」


 轟! と、斧から最後の力を振り絞るように業火のような凄まじい炎が出てきて、辺り一面を火の海にされてしまった。


「!」


「チッ、もう動かねェか。まァ、いいだろ」


 完全に、物理的に退路を塞がれてしまった。これは、マズい。

 スーの顔は、恐怖半分、緊張半分、ってところか。構えているナイフを見る限り、戦意が折れてる様子が無いのは救いだろうか。

 冷静に、アンガーを観察する。

 まず、片腕が……右腕が無いのに普通に動いている時点で、人間じゃない。それは間違いない。

 では、何か……と考えると、考えられる可能性は二つ。それも、この世界を「なんでもあり」の世界と考えて二つだ。

 まず一つ。それはアンガーが人造人間ないし改造人間ではないかという考え。

 人為的に作られた生命体。それならば、腕がもげようが足が吹っ飛ぼうが関係なく動けるかもしれない。改造人間でも同様。まあ、もしも改造人間ならば、頭をフっ飛ばせば終わりかもしれないが。しかし、この二つならば、あの怪力や俊敏性、そして反射にも納得がいく。

 そして、二つ目の可能性……というか、一番合ってほしくない可能性は、原理的に死の概念が無いような敵。神様とか、なんかそんな風な不思議存在。これだと、倒す手段がないから、対処のしようがない。アニメやドラマなんかだと封印とかそういう手段がポピュラーだが、リアルだったらそんなのムリゲーに近い。というか、その場合この場所で俺もスーも殺されてしまうかもしれない。

 というわけで、俺は一つ目の可能性である「改造人間や、人造人間である」という可能性にしたがって動くことにする。そうでもしないと、ちょっと心が折れる。


「倒せない敵じゃないはずだ。スー、もう一発だけ俺はアレを持っている。それを、撃ち込むしかない」


 こくりと頷くスー。俺が、奴を倒せる可能性があると言ったからか、さっきよりも少し目に戦意が宿っている。

 俺は細く、長く息を吐き……アンガーを見据える。

 アンガーは、『炎の斧』を地面に投げ捨てると、ごきっ、と首を鳴らした。

 そして、グッと姿勢を低くして、野太い笑みを浮かべる。


「さて、行くぜェッ!」


 ドッ! とまるでダンプカーが激突した時のような爆音を足元から響かせ、こちらへ向かって突進してきた。


「「!」」


 さっきまでとは、比べ物にならないくらい、速い!

 俺とスーは咄嗟に横っ飛びで躱し、転がって距離をとるが、その間に落ちた拳で……なんと、クレーターのようなものが出来上がってしまった。

 なんだこの化け物……身体能力なら、ミラやリーナをはるかに凌駕してるぞ!?


「天ノ気式戦場活殺術の使い手、か……?」


 自分で呟いて、その可能性はないと首を振る。

 天ノ気式戦場活殺術の真価は、体の動きを極限まで効率化することにある、らしい。ミラ曰く、だから身体能力が向上してるんではなく、人間の体が出せる最大限のパフォーマンスを発揮しているだけ、らしい。だからといって音速を超えるパンチを見せられた時はさすがにビビった。何がビビるって、リーナもミラも「免許皆伝のためには、この程度できないとダメなんです」とか言ってたことだ。つまり、極めれば誰でも音速くらい超えられるんだと言う。お前ら人間じゃねえ。

 だが、逆に言うなら、人間に出来ないことは出来ないってことだ。どれだけ鍛えても、人間が搭載できる筋肉量ってのは決まっている。それ以上の怪力は、出せない。

 その点、アンガーは技術であの斧を振り回しているようには見えなかった。いや、斧を使う技術自体は大したものなんだが、それはあくまで普通の斧を使う技術であって、あんなに重いものを振り回すものじゃなさそうだった。

 だからこそ、やはりアンガーは異常な怪力を持っていて、さっきのもそれで行っていたに違いない。


「こりゃ、猛獣かなんかを相手にしてると思った方がいいな」


 それも、少なくとも人並みの知性を兼ね備えている、な。

 俺はPISをふところでなく、袖の部分にしまう。このアームホルスターは、俺がこっちの世界に来てから後付けしたものだ。


「ハッハァーっ!」


 スーよりも、先ほどの炸裂弾を撃った俺の方が、危険度が高いと判断したのか、アンガーが俺の方へ向かって突進してきた。

 しかし、その動きは冷静に見れば単調。


(落ち着け……)


 前の世界でかじった合気道と、WRBで鍛えた動体視力。さらに天ノ気式戦場活殺術の初歩の技を加えた、俺のオリジナル活殺術。


(雄哉式活殺術、柳)


 いかに速い速度で繰り出されようとも、隻腕であるアンガーの攻撃は、腕が二本あるよりも読みやすい。

 アンガーの攻撃に呼吸を合わせ、戦場活殺術の応用で右腕だけ俺は円を意識して動かし、勢いは弱く、しかし素早くアンガーの左拳の内側に中てる。

 そして、その瞬間、全身の力を右拳に集中させ、アンガーの左拳の軌道を若干ずらすことに成功する。

 そして成功したことに喜んでいる暇はない。鼻の下辺りをめがけ、カウンターで左手の掌底を叩きこむ。


「破ッ!」


 アンガーの突進速度をそのまま返すカウンター。これで無理なら、素手で倒すことはほぼ不可能だろう。

 ゴッ! と鈍い音が響く。か、かてぇ……なんだこれ、鉄をぶん殴ったみたいな勢いだぞ。どんな体してやがんだ。やっぱ、改造人間か?


「ガッ!」


 苦悶の表情で、のけ反るアンガー。よし、効いた――


「なんてなァッ!」


「だろうなッ!」


 ――なんてのが演技だってことは、手応えで分かるわボケ!

 スーも察していたようで、アンガーの脳天に向かって片手倒立踵落としを食らわせる。……全体重をかけて人体で最も固い部分の一つである踵を全力でぶつけるとか、スーも案外エグイ技を持ってんな。

 アンガーはそれを食らいながらも、よろめくだけですませ、すぐさま左アッパーを打ってくる。しかし、これはモーションで軌道が読めたため、普通に躱せた。

 が、アンガーはその伸びあがった構えから跳躍し、空中で俺とスーに向かって、ただ両足を伸ばすだけのキックを繰り出してきた。

 スーは咄嗟にガード、俺は先ほどみたいに受け流そうとするが……どちらも、そんな常識では考えられない動きに対応しきれず、中途半端になってしまい吹っ飛ばされる。


「「がぁあああ!」」


「ハッハァー!!! 滾るぜ、テメェら! やっぱ、喧嘩は素手じゃねえとなァ!」


 テメェみたいな化け物を素手で相手できるか!

 そう叫びたいけれど、吹っ飛ばされた時に肺の空気が全部出てしまい、声が出せない。やばい……ッ!

 そんな隙を見逃すほどアンガーも甘くない。またもクレーターを開けそうな勢いで俺の方へ突進してくる。


「そォら、避けねえと吹っ飛ばしちまうぞッ!」


 今度は、ストンピング――ッ!

 倒れている俺を踏みつぶそうと足を振り上げたアンガーの片足を、咄嗟に左手で刈る。が、その程度ではバランスが崩されないのか、意に介さず足を振り下ろしてきた。

 けど、俺もバランスを崩させるために足を攻撃したんじゃない。左手で足を掴み、その手を起点にしてなんとか股の間に転がる。

 ズン! と地響きとともにアンガーの右足が振り下ろされるが、間一髪俺には当たっていない。もうもうと立ち上る砂煙に顔をしかめるが、今は呼吸すら出来ていないから、特に問題はない。

 アンガーがもう一度足を振り上げる。何度もこんな躱し方できないと思っているんだろう。そして、それはおおむね正しい。

 俺とアンガーが、一対一で戦ってるんならな。


「シッ!」


 アンガーの首元に飛ぶスーのナイフ。それに気づいたアンガーが躱すが、一瞬のその隙が俺は欲しかった。

 立ち上がるのはかなわなくていい。俺は腕のホルスターからPISを取り出し、照準を合わせる。

 話が聞きたいから殺すつもりはなかったが、こうなってしまえば話は別だ。


「しまっ……!」


 今更気づいても押せえよ。地面に寝っ転がっている状態だから、反動なんか気にせずにこいつをぶっ放せるぜ。

 引き金を引こうとしたその瞬間――


「ガッ……あ……?」


 ――どこからともなく飛来した光線が、アンガーの四肢を貫き、身動きをとれなくした。


(新手か!?)


 アンガーはもう動けないと判断して、俺は転がって起き上がる。もしも新手だとしたら、どこから今のレーザーを撃ってくるか分からない……アンガーの『炎の斧』よりも厄介だぞ。

 俺が辺りを見渡しつつ、警戒していると……


「ユーヤさん、まったく遅いですよ。さっさとそんな奴は倒してしまってください」


 斬! と炎をレーザーでぶった切って、ライアが悠々と現れた。

 ……オイオイ、人間じゃねえ、人間じゃねえとは思っていたが、これほどまでか。


「それと、そんなよい研究材料を壊してしまうと、リグルに怒られますよ」


「んなこと言っても……俺とスーはお前らと違って人間なんだ。こんな化け物相手にそんな気遣いなんざしてられるか」


 はぁ、とため息をついて、ライアの方へ歩いていく。スーも、どこか気が抜けたようにテクテクとこちらへ向かってきた。


「で。ライア。アレが研究材料、なんて言えるってことは、どういうモンか分かってるのか?」


「まさかもう実用化にこぎつけていたとは思ってもみなかったんですがね。アレは、魔改造人間――人体の九割が機械化された、人間兵器です」


 やっぱり、サイボーグか。

 俺が納得したような顔をしているのが不思議だったのか、ライアが少し驚いた顔で俺の方を見てきた。


「驚かないんですか?」


「ああ。それに近い概念を知っていてな。あと、お前みたいなビックリ人間や、機兵のようなわけのわからんものを見ていたから、慣れてるっていうのもある」


「そうですか」


 ……前の世界に比べたら、驚くことの連続だからな。

 まあ、その辺の追及は後でにしよう。

 俺は四肢を穿たれ、身動きが取れなくなっているアンガーに近づく。


「さて、これからいろいろ話してもらうからな?」


「ハッ……俺サマがなんでも喋ると思ったら大間違いだぜ?」


「そうじゃなくても、体中弄りまわさせてもらうからな。覚悟しておけ」


「チッ……」


 忌々し気に吐き捨てるアンガーの口に、自殺されないように猿轡を噛ませる。

 こうして、突発的に始まった戦いは、兵器(大破)一つ鹵獲、魔改造人間一人捕獲、捕虜一人捕獲、街一つ半焼、という、五分以上の成果を収めることが出来たのであった。

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