第61話 人智を越えて
「さて、着いたな」
俺とライアとスーの三人は、リグルの小屋の前に着いた。
アンガーとやりあう前に一度通ったが、改めて見ると……普通の小屋だな。ログハウスって感じがする。もっとも、ログハウスと言えば聞こえはいいが、要するに木製の何の変哲もない小屋なんだけどな。
とはいえ……
「……なんつーか、かなり個性的な小屋だな」
小屋にかなり大きな横穴が空いていた。これは凄い。たぶん、アンガーたちの国が攫おうとした時の戦闘痕なんだろうが……応急処置くらいして然るべきなんじゃないか? アンガーとの戦いから少しは経ってるんだから。
「その……おじい様はそういうことにあまりこだわらない人でござるから……」
そういうもんかね。
俺はその半壊の小屋に近づいて、扉をノックする。
「すまない、ユーヤ・ナイト・エディムスという者だ。少し話をさせていただけないだろうか」
しばらく反応が無かったが……少しして、ガチャリと鍵を開けてくれた。
「貴族サンが何の用だい。ワシャ貴族サンの不利益になるようなこたぁしとらんぞ」
不機嫌そうな顔を隠しもせずに現れた男は――だいぶ背の低い男だった。160cmあるか無いかくらいじゃないだろうか。それでも、鍛えられた肉体と、鋭い眼光から、ライアと同じ『化け物』の一人なんであろうことが察せられる。
顔立ちはスーによく似ている、いや、スーがよく似ているのか。スーの歳をとらせたらこんな感じになるんだろうな。
目の下には深いしわが刻まれているが……年がら年中不機嫌そうな顔をしていりゃ、そんな顔にもなるか。
俺は背筋を伸ばして、そんなリグルの眼差しを真っ向から受け止める。
「いや、本日は貴族としてではなく――この国の前国王である、エドワード・ドウェルグの使いとして参った」
ピクリと、リグルの眉が動いた。これで話を聞いてくれるか――と思ったら、ゾッと彼から唐突に物凄い『圧』のようなものが発せられた。
それに驚いて声を失っていると、リグルはゆっくりと下から睨みつけてきた。
「のぅ……今、エドの名を出したかのう」
物凄い圧力に一瞬怯むが、なんとか取り繕い、口を開く。
「ああ。俺はエドワードからの密命で来た。そこにライアもいる、そこそこ信憑性の高い話だと思うが?」
「ふん……エドの野郎が誰を選んだかと思えば、こんな若造かい。ワシャ、もっと骨のある男かと思っとったが」
どうも、俺は彼にとっては気に入らないらしい。
確かに、アレと比べられると俺に出来ることなんて機兵を操縦することくらいだ。こう言われても仕方あるまい。
リグルの方はスーもちらりと見て、
「しかも、半人前まで連れてきおった。これじゃあ、先が思いやられるわい。のぅ、ライア」
――スーの半人前扱いにはカチンときたが、ライアに話が振られたのでライアの方を見てみる。
すると……ライアは、いつも通りニコニコとした表情のまま、肩をすくめた。
「私としては、どちらも面白いと思っていますよ。特に、ユーヤさんは」
ちらりとライアから見られるが……なんのことやら。
よく分からんが、ライアからは後押しを得られるらしい。
一応、それは心強い。
「まあ、立ち話もなんですから、中に入りませんか?」
「……ライアよ、それはワシが言うんであって、客人であるお主が言うもんではないぞ?」
「よいじゃないですか。私とあなたの仲です」
「……フン」
どうやら、中に入れてくれるらしい。俺とスーとライアは、それについて中に入る。
なんというか……凄い、な。この小屋、いや工房の中は。
至る所に魔魂石を使用しているであろう製品が置いてあり、その中には機兵の製造や補修のさいに必須の物までおいてある。
……なるほど、本格的にこの爺さんがこの国の機兵の根幹を握っていると思っても間違いないな。今、彼がおそらく作りかけであろう機械も、元の世界の科学力並みの技術、いやそれ以上のものがありそうだ。
俺はテーブルの前に置いてあったソファに座り、スーはその後ろに立ち、ライアは隣に座る。
「リグル、貴方も座ってください。話しづらいじゃないですか」
ライアが声をかけるが、リグルの方はどこ吹く風といったように作業に戻る。
「別にこの程度の調整は話しながらでも出来る。それで、何の用じゃ」
「そのままでも話が出来るようなら単刀直入に言おう。俺はエドワード・ドウェルグからの要請を受けて、これを渡しに来た」
そう言って、懐に入れておいた魔魂石をテーブルの上に置く。エドから渡された、あの魔魂石だ。
リグルはそれをちらりと見ると、フンと鼻を鳴らして俺の向かい側に座った。どうやら、真剣に話を聞いてくれる気になったらしいな。
「エドの野郎がこれを渡したという証拠はあるのか?」
「無い、が――ライアが証人だ。ライアの言葉が信用できないというのであれば、アンジェリーナ国王陛下から書状をもらってこようか」
俺がリーナの名前を出すと、リグルは少し眉間のしわを増やし、はたと気づいたという顔をした。
「あぁ、エドの娘か。いつの間にかアイツが国王かい。全く、時が流れるのは速いな。この前エドの野郎が雲隠れして、なんか城都でドンパチやってるかと思ったら、もう新国王かい。戴冠式とかもあったんかね」
「あったでござるよ……おじい様が知らないだけでござる」
スーが俺の背後でぼそりと呟くが、その声には多分に呆れが含まれていて、恐れが感じられない。どうやら、こいつが自信を無くした原因は、母親かもしれないな。
スーの生まれた場所は、ここからさらに少し離れた村らしい。そこの村に行けばスーが少しねじ曲がっていた理由をさらに詳しく知れるかもしれないが、今はまあいいだろう。
俺は肩をすくめて、リグルに向かってタバコを差し出す。
「一本、どうだ? エドも好きだった煙草だ」
「む? ……ふむ、確かに、アイツがよく吸っていたの。ならば、少しだけ信用しようか」
リグルは訝し気な顔をしているが、ライアもいるし、こうして俺がエドと知り合いである可能性が高い物品を出したからか、喧嘩腰はやめてくれるようだ。
そのことに内心ホッとしながら、俺はさらに話を進める。
「それで、エドからの依頼でな。その魔魂石を使って俺用の武器を作って欲しいんだ。報酬は弾むし、先日鹵獲した敵国の魔魂石製の武器も渡そう」
「ほう、ワシ以外にも魔魂石で武器を作れる輩がおるのか」
魔魂石製の武器と聞いて、少し意外そうな顔をするリグル。確かに、俺もエドからはリグルくらいしか魔魂石で武器を作れないと聞いていたからな。意外そうになるのもうなずける。
「ああ、なかなか厄介な武器だった。炎をどこからともなく出して、自在に操るんだ」
「ふむ……まあ、よいじゃろう。しかし、武器は一つだけなのか? あの日、ワシのところに乗り込んできた賊は魔魂石を二つほど持っていたようじゃが」
鋭いな。というか、魔魂石があるのかどうかすらわかるのかよ。ということは、さっきまで俺が魔魂石を持っていたこともバレバレで、泳がされてたのかな……クソ、喰えない爺だ。
「ああ、しかし、それに関しては国家機密でな。俺たちに協力してくれるなら話そう」
「ふむ……気になるのぅ。まあ、今はよいじゃろう。それで――ライアよ」
「なんでしょうか」
リグルがライアに話しかけたと思った瞬間、天井からいきなり雨あられのごとく剣が降り注いできた。
「!?」
「ライアッ!」
スーが固まり、俺はライアに声をかけながら咄嗟に自分はその剣が当たらない場所まで逃げる。
ライアはどうするんだ――と思った瞬間、なんとライアの頭上にライアが戦闘の時に出すビームと同じ色のバリアがドーム状に現れ、その剣をすべて弾く。
しかし、驚くのはまだ早かった。俺たちが剣に気を取られている隙に、リグルはこれでもかというほどの武装を体から取り出す。右手には四本の剣と、さらに腕に装着された銃。弾丸がずらりと下まで伸びていることから、マシンガンかもしれない。左手には、五つの……おそらく、手りゅう弾。しかし、一般的なそれに比べて、多少小型化している。さらに、SFでしか見ないようなビーム砲のようなものまで取り付けている。
リグルの眼光は鋭い。今にもそれらを使いそうだぞ……ッ!
「逃げろ! スー!」
「承知!」
こんなもん、俺の手には負えないと悟り、小屋の中から――ありがたいことに開いていた大穴から――外に出て、一応、Σを構える。スーも飛び出してきてナイフを構えるが、こんなもんが効く相手とは思えない。
しかし、小屋の中にいた化け物どもは、一気に『圧』を解放すると、小屋の中から飛び出してきた。
無言のまま、リグルが全身の武装を解禁する。背中から……アレ、なんだ!? ランチャーか!? ミサイルが飛びだしてきたぞ!?
しかし、ライアも慌てない。腕からビームを連射して、それらのミサイルを撃ち落とす。
さらに、追撃としてライアがいつの間にかリグルの前に出現して、さして素早いわけでもないのに、妙に目でとらえにくい動きでリグルに攻撃を仕掛ける。たぶん急所を狙ってるんだろうけど、そんなん目で追えるわけないだろ。
しかし、リグルの方も負けてはいない。リグルは唐突に召喚した盾でそれらを防ぎ、さらに距離をとって空中に何十ものライフルを出現させ、一斉砲撃する。もう、わけわかんねえ! なんなんだこの戦いは!
ライアは、腕にビームと同じ色のエネルギーを纏わせて剣の形にすると、弾丸をすべて弾いて後ろにそらしていく。
「す、スー! もっと離れるぞ。こんなのに巻き込まれたら殺される!」
「しょ、承知したでござる! ……アンガーが可愛く見えるでござるな」
「あ、ああ……なんなんだあの化け物。けど、まあ……勉強だと思って、目に焼き付けておくぞ。今後は、あんな化け物とももしかしたら戦わなくちゃいけないかもしれないからな」
「その通りで、ござるな……けど、あんな高次元の戦いを見ても、何も参考に出来る気がしないんでござるが」
「それな」
さらに彼らの戦いは続く。
バリアでリグルの砲撃をすべて凌いだライアは、自らもビームを連射しつつ、高速でリグルまでの距離を詰める。どうも、ロングレンジならリグル有利らしいな。ライアが必死に懐に入ろうとしているところから分かる。
リグルもそうやすやすとライアを懐に入れるつもりはないのか、今度はたくさんの剣や、爆弾を召喚する。って、おい! 爆弾!?
俺は咄嗟に木の後ろに隠れ、スーも同様にして隠れる。そして次の瞬間、轟音とともに、辺り一面が真っ白に染まる。戦争じゃねえんだぞ!? 何してんだアイツら! 爆風によって飛ばされた剣が辺りに刺さる。なるほど、このために剣も召喚してたんだなー……じゃねえよ。
……この前の西遊旅団くらい、アイツらだけで全滅させられる気がするんだが。
やっと視界が晴れてきたと思ったら……当然、あの化け物どもは無傷。というか、めっちゃ笑顔になっている。オイオイ、ライアのあんな笑顔初めて見たぞ……。
そして、二人とも笑顔のまま……ライアは、掌と掌を合わせた。そして、体が黄色く、神々しく光り輝いていく……って!? なんか奥義みたいなの出そうとしてないか!?
対するリグルの方も、目の前から……なんだ、アレ。おそらくは、剣。しかし、本来刃があるべき部分に、ビーム砲のような、ロケット砲のような砲門がついている。もう、なんなんだよアレ。
「……スー。このままやらせて街は無事だろうか」
「けど、アレ、誰が止めれるんでござる……?」
「上司命令だ。止めてこい、スー」
「無理でござるよ!? それこそ、拙者よりも強くしたたかなユーヤ殿が行くべきでは!?」
「俺にも無理だわ!」
俺たち二人がアホな押し付け合いをしている時も、二人のエネルギーは高まっていく。……こんな人間がいる世界か。そりゃ、機兵みたいなもんも発達するわけだよ。あんなの、ふつうの人間がどうにかできるもんじゃねえ。
俺はもう「なんか、どうでもいいや。なるようになれー」と思っていると、唐突に二人から『圧』が消えた。
おや、と思うと二人は何事も無かったかのように近づいて、ガシッと握手をした。
「ワシとここまでやりあえるってこたぁ、ライア。テメェ本物じゃな?」
「最初から本物ですよ。まったく、貴方は昔から疑り深いんですから」
あ、終わった? 終わってくれた?
俺は、取りあえず命があったことを天に感謝しつつ、スーと顔を見合わせてため息をついた。
「……この世界、化け物だらけかよ」
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