70話 潜入成功
紅茶を淹れてリーナと飲んだ後、俺はGR20を走らせていた。
ちなみに、会話は殆ど無かった。気まずかったのもあるが……なんだか、一緒にいるだけで満たされてしまっていたからだ。
……うーむ。
「リーナ……って、俺の中で何なんだろうな」
今までは支えてやろうと、俺のことを認めてくれたリーナの手助けをするのが俺にとっては生き甲斐だった。
認められたかったから。ずっと認めてい続けてもらうために。
でも、さっきのは何だったんだろう。
もっと、リーナを近くに感じたい、そう思った。
「あれは……」
人の心は分からない……とは言うが、自分の心も分からないとは。
はてさて、何だったんだろうか……。
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「というわけでだ。スー……行くぞ」
「畏まりましたでござる」
真っ赤な顔のスー。……ごめんな、まさかそこまで行ってるとは俺も思わなくてさ……。
「その……ほら、戦争が終わったら好きなだけしていいから」
ちなみに何をしていたかはスーの沽券に関わるのでここでは言わないでおく。まあ、スーも男の子なんだなって思ったよ。
「言われなくてもするでござ……って、何を言わせるんでござるか!?」
「この戦争が終わったら結婚するんだ、ってか?」
冗談めかしながらも、少し冷や汗をかきながら言う。完全なる死亡フラグを建てられたらたまったもんじゃない。
しかし、スーの反応は予想よりも淡泊なものだった。
「さすがにまだ資金が貯まっていないでござるよ。出来たらもう少し給料を上げてくれたらいいんでござるが」
ニヤリと笑って「じゃあこの案件が終わったらボーナス出してやるよ」と言いかけたところで、やめた。
これもたぶん死亡フラグだ。
だったら何が死亡フラグじゃないか? ――俺は考えて、もっと気の長い話をすることにした。
「それは仕方がない。ゆっくり貯めろ。五年も経てば出来るだろ」
「……そこは特別手当を出すところではござらんか? というか、五年は気が長いでござるよ」
それもそうか。結婚資金ってどれくらいの額を溜めるものなんだろうか。
「婚約指輪で給料三か月分? そんで結婚式の代金が……どれくらいなんだろうか」
「何をブツブツ呟いているんでござるか? それよりも資金でござるよ」
「ん、なんでもない。そうだなぁ……よし、アンジェリーナ国王陛下に進言しておいてやるよ」
ヘラッと笑いながら言うと、スーから少し怖い顔で念を押された。
「絶対でござるよ」
「おー……。絶対だ」
気のない返事をした後、俺はサイドカー部分にスーを乗せて、エンジンをかけた。
「さて、行こうぜ。一本吸うか?」
懐からタバコを出し、火をつけたところでスーに問いかけたみた。
スーはフルフルと首を振ってサイドカーに乗り込んだ。
「結構でござるよ。拙者、あまり煙は得意では無い故」
「そうか」
俺は前を向いてGR20を走らせた。
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「しかしまあ、ばれないもんだな」
「末端の方々には知らされていないのかもしれないですからね」
スーとミラ、そしてコレットを送り出してから数日、俺はリーナの部屋で仕事をしていた。未だにスーたちからの連絡はない。
そして今までもリーナと仕事をすることはあったが……最近はずっとリーナと仕事をしている。リーナ曰く、見張っていないと勝手にすさまじい量の仕事をしてパンクするからだ、とのこと。そんなこと無いと言い切れないのがつらい。
「仕草とかでバレるとしたら向こうについてからか」
「ええ。まあライアさんの読みでは……捕虜は返すが金は払わない、の時点で宣戦布告をしてくるでしょうとのことでしたからね」
なんて短気なんだ、と言いたいところだが国際社会、とかのパワーバランスが崩れているこの世界においては各国の戦争なんてそんなもんらしい。今の世の中は――俺には難しくてよくわからなかったが――戦国時代だからな。
「スーたちの戦いは初日が勝負か……」
何度目か分からないが俺は手を止めて水を飲む。口元まで持ち上げたところでもうコップが空になっていることに気づいた。
リーナがクスリと笑って立ち上がった。
「心配ですか?」
そのまま流れるような動作で紅茶を淹れてくれる。休憩しろっていうことか。
「ふぅ……そう言えばもう暗いな」
窓の外を見て呟く。時計を見たらもうすぐ七時だ。
リーナの淹れてくれた紅茶を受け取り、仕事机から離れて休憩用のテーブルにつく。
「ええ、予定ではスーさんたちが向こうに着くころです」
「……もうそんなに経つのか」
俺はスマホを取り出してソワソワとし出す。彼女なんていたことが無いけど、彼女がいたらこんな気持ちで連絡を待ったりするのだろうか。
「ユーヤ、たぶんあなたの考えていることは違うと思いますよ……」
何も言っていないのにリーナから諭されてしまった。何故だ。
「今夜の仕事はどれくらい残っている?」
「急ぎの仕事はもう終わります。治水やこの前の火事の被害、戦争の際の避難誘導や出撃予想地区からの疎開くらいですね」
「疎開は……今夜中にやっておきたいな。早ければ明日には宣戦布告が来るだろ」
「ただこの件はこちらが出来ることは少ないですよ。後は現場の判断になります」
「ライアの手の者にどうにかしてもらうか……」
と俺が言ったところで、ブーンとスマホが振動した。
「来たな」
「ライアさんを呼んできましょうか」
「いやいい。あいつは今忙しいからな」
俺は電話に出る。久々だな、この動作……って思ったけどよく考えたら父親からしか電話かかってきたこと無かったしそもそも友達いなかったわ。
『もしもし、こちらスーでござる。潜入に成功、ミラ殿は城外で待機しているでござる。コレット殿は拙者と一緒に潜入しているでござる』
「分かった。使い方は覚えているな? ちゃんと録画しつつこちらに映像を送れ」
『承知したでござる』
スーがスマホを操作したんだろう。城内の様子がこちらのスマホにも映った。リグルに改良してもらった時にもっと視野とか広げてもらえばよかった。
カメラに映るオルレアン王城の様子は……夜ということを差し引いても冷たい雰囲気だった。人の気配がまるでない。
これは使用人がいないとかそういう次元ではなく、もっとこう……濃密な『死』の雰囲気を感じる。画面越しの俺でも感じる『死』の匂い。現場にいるスーたちにはいかほど伝わっているのだろうか。
『……コレット殿、機兵が集まっているのはどこでござるか?』
『こちらですー』
二人は小声でやり取りしつつ、移動を開始した。しばらくは無音の時間が続く。コレットはともかくスーはこんなヒリつく潜入任務なんて初めてだろうに落ち着いている。慎重にしかし素早く進むさまは手練れのスパイのようだ。
「さて、どこにあるんだろうな、機兵は」
俺がぼそりと喋ると、リーナが俺の口に手を当てて塞いできた。
「もごもごもご(なにするんだリーナ)?」
口を塞がれたまま喋ると、リーナは何故か少し顔を赤くして手を外した。
「く、くすぐったいですユーヤ」
小声で話すリーナ。顔を真っ赤にして手をさすっている姿は、言っちゃ悪いかもしれないがなんだか可愛かった。
「そりゃごめん」
俺が素直に謝ると、今度はリーナは唇に人差し指を当てた。
「そ、そんなに大きな声で喋ったら敵に聞かれてしまいますよ、ユーヤ」
……ああ。
そういやスマホの使い方を教えたこと無かったな。
「大丈夫だ、こっちの声は向こうに聞こえないようにしている」
「あ、そうだったんですか」
「ああ」
スーから送られてくる映像を見るが、機兵の場所へと向かっている割には迷っている様子は無い。コレットを連れていっておいてよかったな。
『…………こっちですー』
『了解』
最低限のやり取りで進んでいるようだ。というか、さっきからちょいちょい見張りがいるんだが……スーたちが見えていないかのようにスルーされている。なんでだろう。
「スーさんはI2E
「気配を消して現れるな、ライア。……気づかれてないのはスーのI2E
初耳だぞそんなの。
俺が言うとライアはこともなげに頷く。
「ええ。彼のI2E
「何それカッケェ」
俺のI2E
というか……
「だからスーに潜入させたのか」
「ええ。勝算がなければしませんよそんなこと」
コレットとスーは迷いなく進んでいく。今のところばれていないからこのまま進めるといいんだが……。
コレットとスーは扉の前で立ち止まった。
『機兵はー、この中ですー』
『……了解したでござる』
ゴクリ、とスーが唾を飲む音が聞こえる。そうか、その扉の向こうに機兵があるのか。
俺たちにも緊張が走る。果たしてどれほどの機兵があるのか。
スーがゆっくりと扉を開くと、そこにはずらりと何十――いや、下手したら何百――機もの機兵が並べられていた。
「お、おいおい……」
『な、なんでござるか……! この数は……!』
スーが近くにあった機兵へ近づく。白を基調とした全体的に丸みのあるデザイン。肩やひざの部分は甲冑のようになっている。肩部装甲には……おそらく、百合の花と思われるデザインがあしらわれている。これがオルレアン王国の第二世代機兵――『フルール』か。
「……なんつーか、実用性重視のライトフットとかシンガイシンに比べるとだいぶオシャレだな」
「戦場では目立って仕方ないのではありませんか?」
俺らが言うと、ライアは少し呆れたような雰囲気を醸し出しながら補足してくれた。
「あれは目立たせているのですよ。オルレアン王国はI2E鉱石の大量産出国であり世界でも有数の機兵保有国です。他国は恐れているのですから、むしろ目立たせることによって余計な戦いを減らしているのですよ。そもそも、機兵は隠密行動が苦手ですからね」
「なるほどな」
ライアの解説を聞きながら、改めてフルールを眺める。オシャレだが……性能自体はどうなんだろうか。
動きを見ていないからなんとも言えないが、これだけの機兵を量産するとなると余程の技術が無いと出来まい。もしも俺らの第二世代機兵よりも性能がよかったらマズいことになるぞ。
そんな俺の気持ちが伝わったのか、画面の中でコレットがとある資料を見つけ出してきた。
『先ほどそこで見つけた実験記録ですー。日付は一か月前のものなので、そう性能に差は生じていないと思いますー』
「スー、それを写真に撮ってこちらに送ってくれ」
『承知』
スーによって送られてきたデータ。それを俺は急いで紙に書き写す。プリンターがあれば楽だが……そうも言っていられない。取りあえずめぼしい記録を写し取る。これ以外の細かいことはまた今度だ。
「ライア、手の者はいるか?」
「ええ、扉の向こうに待機させています」
「じゃあ、そいつにこれを技術局に持って行けと言ってくれ」
「畏まりました」
書類には解析結果と比べるようには言ってある。戦争が始まる前に向こうの機兵の性能を知ることが出来たのはよかった。
このまま第一世代機兵の情報を仕入れることが出来たらいいんだが……。スーとコレットは第一世代機兵の情報を探しつつ、フルールの総数を数えている。
「出来たら……せめて、工場を爆破したいんだがな」
「さすがに厳しいと言わざるをえないでしょうね。これ以上の滞在はリスクが高まります。フルールの総数と性能が知れただけよかったと言う他有りません。あとは力づくで通らなくてもいい潜入経路が見つかれば万々歳なんですが……」
「ユーヤ、ストレイニーさんがスーさんに爆発物を渡していたと思いますよ?」
「え、レイニーばあさんがか?」
それなら多少は期待できる性能の爆弾を渡してくれているのではないだろうか。リグルの方が性能はいいかもしれないが、レイニーばあさんが寄こしてくれる兵器は安定供給できるし安定感のある武器だからな。
「ただ、そうすると完全にテロだ。そしたらこっちが喧嘩をふっかけたことにされかねん。ここは撤退がいいだろうな」
「ですね」
俺たちの考えがまとまったところでスーたちに撤退指示を出そうとしたら、スーたちの後ろに何か気配があった。
『ッ!』
スーが振り返りざまにナイフを放つと……そいつはそれらを全て弾き飛ばし、へらへらと笑いだした。
「あー……セルフィッシュの言ったことは本当だったんだねぇ」
ヘラヘラというか、なんか眠そうな顔だ。
『……交戦に入るでござる。制圧し次第脱出するでござる』
スーはそれだけ言うと、相手に相対して緊張感を滲ませる。
「この状況でってことは……
見守ることしかできない自分に歯噛みしつつ、画面を睨みつける。
――死ぬなよ、スー。
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