第7話 恥ずかしくて死にそう
なんか話をはぐらかされたな。あまり触れられたくなかったのかもしれない。
「よし、じゃそうしよう。ああ、交渉は任せてくれ」
俺はそう言いながら、上に着ている服を脱いで、アンダーウェアになる。ふう、少し寒い気もするが、今は気にしない。
それを見たリーナは、何を思ったのか負けじと自分も服を脱ぎだして――
「って、おい! なにやってんだ!?」
リーナが後ろのファスナーを下ろしたところで、俺は怒鳴る。
しかしリーナは止まらない。そのままするりと上を脱ぎ……白磁のような背中が、あらわになる。
「――ッ!」
俺は、今までの人生で出したことも無い、全力のスピードで後ろを向く。
なんだこのとってつけたみたいなお色気イベントは! やめろよ、要らねぇだろこんなの!
「な、ななな……何してんだよ!?」
「……? 着替えですが」
「お、俺が外に行くまで待てよ!」
そう言うや否や、俺はムサシを操作して、降りるための準備をする。
(ど、どれだどれだどれだどれだ降りるためのボタンとかなんかそんなのは! ……あ、これだろう。降機って書いてある!)
画面に「降機しますか? はい いいえ」と出る。
俺が はい を押すと、機体が下がる感じがする。ああ、降りやすいようにしゃがんでんのか。プシュウ、と出口の開く音もする。
「じゃ、じゃあ、俺降りてるから……着替え終わったら出てこい」
俺はそう声をかけ(今も衣擦れの音が聞こえてて気まずい……)、腰を浮かせる。
しかしその瞬間、グッと俺の腰の部分を何かが掴んだ。そして続けて、俺の手が掴まれる。
「……い、行かないでください」
「……ああ?」
俺は……後ろを向くわけには行かないので、仕方なく前を向いたまま話す。
「何言ってるんだ? 俺に着替えでも見られたいのか?」
だとしたら何処でフラグが建ったんだ。
「う、ウエストには自信がありませんが、胸には自信があります。ばっちこいです」
「な、なんの話だ……」
かなりずれた答えを返すリーナに、俺はげんなりとして言う。
「そうじゃなくて、男の居る前じゃ着替えにくいだろう? だから出て行くっつってんだ」
「い、いくらでも私の体を見てもいいので……私を、独りにしないでください。お、お願いです……」
気づくと、俺を掴む手が尋常じゃなく震えていた。
掴む力は、さっきより強くなっている。これじゃ、俺も振りほどけない。
っつーか、
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い! ちょっ、放せ放せ!」
なんだこの超握力! 万力で締め上げられてるみたいだ。腕が千切れるっ!
「ど、どこにも行きませんか?」
「行かない行かない! だから放せ!」
俺がそう言って座りなおすと……や、やっと放した。マジで痛い。赤くなってやがる。こいつ相当強いな、ギャグ漫画のキャラくらい強いぞ。
「……どうしたんだよ、いきなりそんなこと言い出して」
俺は、ため息をついて後ろに語りかける。 ちなみに、リーナの手は俺の背中を掴みなおしている。
「あ、やっぱりなるべく見ないでください。さすがに恥ずかしいです」
「いや、見ねーよ。見てねーよ? でも、その話終わってたよな? 今俺、別の話題に移ってたよな?」
「……いいじゃないですか、心細いんですから」
ぼそり、と俺にぎりぎり聞こえるくらいの声で言うリーナ。
……まあ、見た感じこいつ、まだ 二十歳にもなってないっぽいからな。いきなりこんなこと――クーデターに巻き込まれて、やはり怖かったり、不安だったりするんだろう。
だが、だからと言ってなぜ俺の服を掴む? それと、片手が使えない状態でよく着替えられるな。
「まあ、いいんだがな……」
俺も、やはりぎりぎり聞こえるくらいの声で呟く。
そして、しばらくの間俺の後ろからは衣服が擦れる音だけが聞こえた。
(……やべえ、死ぬ)
恥ずかしくて死にそう! 何この状況、俺は死ぬしかねーのか!? もう心臓の音がハンパ無いことになってるぞ!
俺十七年間彼女どころか女友達もいたことねえんだぞ!? なのになにこれ、今俺の後ろで美女が着替えてる……なにこの罰ゲーム。
いやあのさ、しかも俺が老人ならいいぞ? でも若い健全な男子なんだよっ! 俺、もういろいろと耐えられない!
さっきから会話もないし、俺のアンダーウェアの背中部分はまだ掴まれてるし、俺の服を着ようとしているという状況も耐えられない! どんなプレイだよ! 業が深すぎるだろ!
無言のまま待っていると、
「終わりました。行きましょう」
「そうか。じゃあ、降りるぞ……」
や、やっと拷問から解放された……
俺は立ち上がり、そのまま出口に向かっていく。ムサシにはいって来た時のように中腰になっているが、今度は慌てないで進める。
もう、リーナの手は背中から離れていた。
デカイ図体をしているムサシをどうするのかと思ったら、なんとステルス機能があったので、物理的に不可視化することによって町はずれに隠した。もっとも、ステルス中に動かすことはできないらしいが。
「さて、これからどうするんだ?」
俺たちはムサシを隠した場所から少し歩き、町の中に来ていた。もちろん、誰にも見られないようにこそこそと隠れながら、だが。
(……こいつ、本当に王女なのか? 気配の消し方とかほとんどプロの探偵並だぞ? いやまあ、プロの探偵にお目にかかったことは無いが)
気配を消すくらいなら俺にも出来るが、こいつのはレベルが一段上だ。しかも隙がない。これなら狙撃されても気づけるんじゃないだろうか。いやはや、凄まじいね。
この町は、確かにたんなる田舎町じゃあなく、それなりの大きさがあるようだ。大きな建物などは無いが、街灯もあり、人もそれなりにいる。リーナによると、この辺の町や村は森に囲まれたところが多いらしく、追っ手をまくにはちょうどいい。
「……スンスン」
「おい、何してる?」
突然、後ろから、においを嗅ぐ音が聞こえた。
――ちなみに、今のリーナは俺の服を着ている。男物なのに、不思議と似合っている。美人は何を着ても似合うんだな。
リーナは髪を編み、前髪を垂らして顔を隠して、持っていた少し大きめのハンカチを、スカーフっぽく頭に巻いている。
俺も怪しい格好をしているが、リーナもたいがいだった。
「……ふふふ」
……においを嗅ぐ音の後に笑い声。さすがに不気味だ。
観念して振り向くと――リーナが、俺の服の匂いを嗅いでいた。
「……なにしてんだてめーは」
「ユーヤに包まれてるみたいで安心して……」
「変態か」
変態だよな、完全に。匂いフェチ?
「失礼ですね。私のどこが変態だと言うのですか」
百人が見たら百人が変態と応えそうな行動をしておいて、自分は変態じゃないと言い張るつもりかこいつは。自覚が無いというモノは恐ろしいものだな……
「変態じゃなきゃ変人だ。今すぐ止めないと怒るぞ」
「……はい」
俺はリーナから目をそらして心の中で叫ぶ。
(なにしてんだこいつ!?)
たぶん、本人は、俺への感情とかでなく純粋に人がそばに居ると言う状況に安心しているということなんだろう。それはわかる。だけどなあ……なぜ匂いを嗅ぐ必要がある。
これはさすがにヤバイだろう。だがまあ、今はそんなこと言ってる場合じゃない。目立たない格好に変えないと。
「で、どっちに行くんだ? お前はなるべく人目につかないほうがいいだろうし 」
「――付いてきてください」
リーナはそう言うと、タッと駆け出した。俺も、周りに人が居ないことを確認して走り出す。
夜とはいえ、少しは人通りがある。だから、仕方なく俺たちは 人がいない路地なんかを選んで進む。
すいすい進むと、不意にリーナが立ち止まる。どうやら、着いたみたいだな。
リーナに案内された場所にあった店は、外見は至だて普通の質屋、というより雑貨屋って感じだ。看板にも『一雲質屋』と書いてある。
「ここか? 見た目は普通だが……店名だけなんか変だな。なんて読むんだ? いちくもか?」
「先生から教えてもらったことですが、ひとうん、と読むんだそうです。そしてそれが、ここが盗品を扱っている店だとわかる手がかりだとか」
「手がかり? ……ああ、なるほど。わかりやすいな」
「わ、わかったんですか」
「そんな驚くほどのモンでもないだろう。とうひん、を並べ替えてひとうん――一雲なんだろ?」
安直すぎるだろ、こんなん。ネーミングセンスがかけらも感じられん。
「さて、入るか」
俺は ふと店の引き戸を見る。そこには、「午前六時から午後十時まで」と書かれている。そういえば、今は何時くらいなんだろう。時計も調達したいな。
俺はリーナに外で待っているように言い、戸に手をかける。リーナはかなり不安げな顔をしていたが、「終わったらすぐに戻るから心配すんな。この戸の隙間から見てれば安心だろ?」と言ったらおとなしく引き下がってくれた。
少し気合を入れて戸を引いたが、ガラリ、と思いのほかあっさり戸は開いた。中が暗いからもう閉まってるかとも思ったが……ああよかった、営業中みたいだな。
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