第4話 VSライトフット

 これ以上数が増えたら厄介だ。そうなる前にここを離脱したい。


「――フッ!」


 俺は軽く息を吐き出し、敵機の足元にマシンガンをばら撒きながら、三対同時にしとめようと、猛スピードで突進する。


『馬鹿が! 一直線に突っ込んできやがった!』 


 ライトフットのほうから、三下臭あふれる声が聞こえてくる。スピーカーかなんかで喋っているんだろうか。

 俺はその叫んだ機体の剣をかわし――


『なっ!』


 ――メインカメラがあるであろう首を、スパン! と跳ね飛ばす。


「ブーメランだな。動きが直線的すぎる。これじゃ躱してくれと言ってるようなもんだぜ」


 そしてそのまま胸の辺りを突き、返す刀で横にいたライトフットを横に斬る。


『う、嘘だっ……』


「ホントだ」


 仲間が倒されて硬直している最後の一機に正対し、縦に一刀両断にする。


「ふう」


 刀を納めた俺(というかムサシ)の足元には、破壊されたライトフットが転がる。


「す、すごい……」


 俺の隣で女が目を丸くしている。

 いやあ、俺も驚いたね。なんだこの刀の切れ味。まるで豆腐みたいにライトフットが斬れたぞ。

 ……なるほど。敵がこの機体を警戒してる気持ちがわかるな。

 しかし、腕が落ちている、というか、操作勘を忘れているな。長らく簡単モードで戦ってなかったからなぁ……何時間か練習すりゃあ昔みたいに戦えるんだろうけど、今は少しキツいか。

 けどまあ、


「とりあえず……これで敵はいなくなったのか? 随分呆気なかったが」


 この機体には(ロボットなんだし)レーダーとか、一応ついてんだろうが……使い方がわからない。

 だから、まずは現状把握をしなくちゃならない。


「おい、女」


「……私にはちゃんと名前があります」


「そりゃあそうだろうな。でもお前の名前よりも気になることがある。それを先に教えてくれ。なんでお前は追われているんだ?」


 どっちの方向に逃げるのが正解なのかわからないので、動くことを諦め女に向き直る。


「……わ、私が 、自国から逃げているからです」


「その理由を教えろ」


「――武力政変、です」


 武力政変? 武力政変、武力政変……ああ、もしかしてクーデターのことか? 状況的に、たぶんそうなんだろう。

 それにしても、クーデター、ねぇ。 穏やかな話じゃ無いな。

 そうなると、目の前の女は、亡国の姫様かなんかか?

 俺の疑問に答えるように、目の前の女は口を開く。


「名乗り忘れていました。私の名前はアンジェリーナ・ドウェルグ。ライネル王国第二王女です」


 ヒュウ、と口笛を鳴らす俺。まさか本当に亡国の姫様だったとはね。


「どことなく気品が漂っていると思ったら、本当に姫様だったのか。いや……武力政変が起きたんなら、元姫様、か?」


 俺がそう言うと、ムッとしたのか少し顔をしかめたが、すぐに元に戻して訂正してきた。


「姫様、や王女様、のような役職で呼ばれるのは好みません。リーナと呼んでください」


「オーケイ。リーナか」


「はい。……とりあえず、進みましょう。方角はあちらです」


 リーナが指を指した方向に、俺はムサシを進める。その方角は、まだ焦土と化してはいなかった。




 さて、逃げる道すがら、リーナから聞いた話はこうだ。

 ――リーナの故郷、ライネル王国は山に囲まれた小さな国だ。

 ライネル王国の詳しい成り立ち(そもそも、なんでドウェルグ王家が治めてるのに、ライネル王国なんだよ)についての話は省かれたが、要はリーナの一族が建国当初から現在まで治めていたらしい。

 リーナの一族……つまりドウェルグ家は今まで善政をしいてきたのだが、どうやら現国王であるリーナの父親が、少々おイタをしたらしい。軍備拡大を主張し、機兵を量産するために税金を引き上げたのだ。(まあ、そうやって強化した軍備のせいで、こんな事態になってしまったのは、皮肉としか言いようがないけどな )。

 国民は国のためだと信じてそれに従っていたが、ある日、国王がとんでもないことをしだした。なんと、軍備拡大を止めてしまったのだ。これからは話し合いによって、外交によって争いは解決すべきだ……と言って。

 それで、今まで国王に従っていた人たちは怒った。軍備を縮小なんてしたら、こんな小国、一日で陥落させられてしまうかもしれないし、政策がころころ変わるなんてよくない、と。


 こうして、こんな国王には任せておけない……そう思った、軍の一部が傭兵と結託してクーデターを起こしたのだ。不満を持っていた一部国民と共に。半分、革命のような形で。


「で、その主犯……つまり武力政変を起こした張本人は?」


「……わかりません」


 分からない、ってことはないだろう、と思ったが、言いたくないのかもしれない。当然だよな、俺は唐突に現れた怪しい人間。むしろよくここまで話してくれたもんだ。


「じゃ、次の質問。なんで俺の言葉は通じているんだ?」


「……? それは、あなたの話している言葉がアルファ語だからでしょう? ライネル王国の公用語ですし、世界的に見ても使ってる国は多いと聞きます」


 ……つまり、この世界では日本語は英語みたいにたくさんの国の人が話してる……ってことか? それとも、俺はなんらかのチート的能力を得ていて、言語が通じているのか?

 まあなんにせよ、言葉が通じるのは助かるが、文字も日本語のままなのか? じゃないと俺は文字を覚えるところから始まるぞ? ソレは正直面倒くさい。


「ま、それはいいや。で、最後の質問。なんであんただけがこの機体に乗って逃げてきたんだ? 他の親族は? 王様とかさ」


 俺が訊くと、リーナの顔が分かりやすく青くなった。


「その……父と姉は城都にいなくて……どこへ行かれたのか……」


「母親は?」


「……三年前、に」


「あー、分かった。すまんな、変なこと訊いて」


 俺が少し慌てて質問をとりやめると、今度はリーナが尋ねてきた。


「私も、あなたに質問があります。いいですか?」


「ん? ああ、いいぜ。答えられる限りは答える」


 俺がそう言うと、今まで抑えていたのか、突然リーナがテンションを上げた。


「お名前は!? なぜ貴方はあそこに居たのですか!? 貴方はどこの国の人間ですか!?」


 身を乗り出して、俺に詰め寄ってくるリーナ。よほど気になることなのか、顔が上気して少し赤くなっている。


「ちょっ! 質問は一回につき一つにしろよ! ……ったく、まあいいや。まず、俺の名前は、山上雄哉……ああいや、違う。ユーヤ・ヤマガミだ。ユーヤでいい」


 さっき、コイツがファミリーネームを後に持ってきていたから、俺もそれにならって言うと、リーナは少し落ち着いた様子で応えた。


「ユーヤ、ですか。あまり聞いたことの無い名前ですね、珍しい」


 そりゃそーだろ。俺、日本人だもん。ライネル王国人じゃねーもん。


「で、なんであそこにいたか、だったか? ……そんなの、俺が知りてえよ」


 ため息をつくように、俺は天を仰ぐ。


「それは……記憶がない、とかでしょうか」


「いや? ホントに気づいたらあそこに居た。何を言っているか、信じられないかも知れないが、マジだ。なにもわからないままあそこにいた」


 リーナは目を見開いて俺の話を聞いている。そんなに驚くことだろうか。いや、驚くか。俺も街中に人が現れて「唐突にここにいた」とか言い出したら頭を疑うわ。そのまま精神科へ直行だわ。


「最後、俺はどこのもんか? たぶん、俺はこの世界の人間じゃなくて、ここじゃない世界からきたんだと思う」


 確証は無いが……少なくとも、俺がもといた世界には機兵は無かった。

 まあ、壮大なドッキリでもない限り、異世界に紛れ込んだと考えるほうが妥当だろう。……いや、自分でも順応早いなー、とは思うが、まあそこは気にしていてもしょうがないからな。


「ま、元の世界に戻りたいとも思わないがな」


 自嘲とともに、そんな言葉も出てしまった。


「こ、ここじゃない世界……そ、それが本当なら、なぜユーヤはそんなに落ち着いているんですか? 普通は、もっと慌てふためくのでは!? 元の世界に帰ろうとしたり、するものではないのですか!?」


「だ、だから落ち着けよ! 身を乗り出すな」


 危ないので、俺は一度機体を動かすのをストップする。

 焦土ばかりかと思ったが、今俺がいるのは森だ。隠れるには絶好の場所だがそれは相手も一緒。むしろ多人数隠れられる相手の方が有利だ。神経張り巡らせないと。


「……もとの世界、ねえ。正直、あんまり帰りたくはないな」


「それは……なぜですか?」


「いろいろあんだよ。いろいろ。それこそ別の世界に行って消えてしまいたいと思うようなことが。……まあ、実際に異世界に来たら来たで驚いているけどな」


 実際、親のところには行きたいなんて思わないし、シューヤのところなんて論外。

 こちらに居れば、少なくともシューヤと比べられて、悔しい想いなんてしないだろう。


「心残りがあるとしたら、WRBだけかな」


 あれが出来ない世界は嫌だな。それをやるためになら、戻ってもいいかもしれない。あれは俺の生きがいで、アイデンティティだから。


(ま、でも、一応ノーパソはあるから、オフラインのCP対戦だけはできる。それで我慢して、対人戦は諦めよう)


 と、そこで俺はコックピットの画面を見る。

 その画面の右上に多重円が 浮かび上がり、 その中で点がいくつか点滅している……その数、10。


「なあ、これなんだ?」


 俺はリーナに尋ねる。


「それは索敵機能です。その点滅してる光が、敵機をあらわしています」


「なるほどね」


 それにしても10機か……この状況で、味方ってことはないよな。となると、殺るしかねえな。


「……どうしたんですか?」


 画面を見つめて冷や汗をかいている俺を、心配そうにリーナが見てくる。


「リーナ、来たぜッ!」


 俺はとっさに機体を横に転がして、敵の弾を躱す……機体は転がっていても、中は平行を保ったままだ。すごいな。

 さて、どうするか。


「なんだあいつらは。さっきとデザインが違うぞ」


 ようやく視認できる距離まで近づいてきた敵機を見て、俺は言う。

 今度現れた敵は、ライトフットとは違い、機体の色が黄色だ。しかも、なんか……猿っぽい顔立ち(?)をしている。


「――あれは、敵の傭兵部隊の機兵です」


「ほう。俺には猿かゴリラにしか見えねえが」


「ゴリラが銃を持ちますか?」


「それもそうだ。つーかこっちにもゴリラっているんだな。とりあえず、便宜上あれをゴリラと呼ぼう」


 こんな問答を俺達がしている時も、ゴリラどもは近づいてくる。

 俺はマシンガンと刀を油断無く構えて、戦闘に備える。くるならこい、ってやつだ。

 しかし……


(10機か。この機体は、前にしか攻撃する手段が無い。今は囲まれていないが、囲まれたが最後 、どうすることも出来ない。四方向同時攻撃を捌くのは中々難しい。しかも、俺はまだ簡単モードの操縦勘を取り戻してはいない。この状況で倒せるか?) 


 これがWRBだったら話は違うんだが……この機体では厳しい。せめて、もう少し練習したい。


(こうなったら、なんとか囲まれないように戦うしかねえっ!)


 俺は覚悟を決めて、前を睨み付けた。

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