第3話 唐突に戦場へ

(まあ、どーせどっちも自分の会社の技術力を自慢したくて、俺に送りつけてきたんだろうがな! 鬱陶しい手紙もついてたし)


 シューヤの会社の製品に頼るのも癪だが……こんだけ用意しておけば、大概の暴漢ならなんとかなるだろう。たぶん。


「で? この建物に入ればいいのか?」


 俺は目の前にある建物を見る。

 そんなに大きくはない。東京のビルでいったら、むしろ小さいほうだろう。

 しかし、怪しさという点で言ったら、東京どころか日本でもトップレベルなんじゃないか?

 ぶっちゃけ入りたく無いが……誰も出てこない以上、俺の方から行かざるをえないだろう。

 ビルのドアに手を掛け、


「失礼しまーす」


 と言って開けた。

 無機質な壁や陰気な床、そういったものを想像しつつ入ったドアの先は、

 ――見渡す限りが、焦土と化した地面だった。


「は?」


 聞こえてくる銃声、生臭い血の匂い……

 俺の知識が正しければ、ここは戦場と呼ばれるところの、それも前線と呼ばれる場所じゃなかろうか。


(って! イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤ)


 ありえるかよ! なんだよそれ! ドアを開けたらいきなり戦場!? どんなSFだよ! 治安とかそういう問題じゃねーぞ!?


「と、とにかく戻らないと……」


 俺はきたドアから中に戻ろうと、振り返る。

 しかしそこにも、焦土が広がるのみだった。


「…………」


 え、詰んだ? もう投了まったなしか? 俺、ここから事態が好転するイメージが絶望的なまでに湧かないんだけど。


「尋常じゃねえな……」


 呆けている場合じゃない。早いとこ身を隠さないと。こんな戦場のど真ん中にいたら死んでしまう。かなりガチで。

 しかし……どこに行ったら安全で、どこに行ったら危険なのかがわからない以上、動かない方が得策なのか?

 くそっ……どうすればいいのか全然わからん。


「……ん? あれは……ってどわぁっ!」


 ズズン、と、あまりの衝撃に尻餅をついてしまう。

 なにが起きたのかわからず、恐る恐る目を開けると……目の前に、ロボットがいた。それも、なぜか尻餅をついた状態で。


「…………」


 い、いや。これはあれだ。きっとお台場にあるガン○ムの亜種だ。もしくは1分の1スケールのガレージキット。


『ウィーン、ウィ、ウィーン』


 ロボットの手が、俺を隠すように動く。


( ………… …………)


 そ、ソ○ーだ! きっと○ニーかなんかが作った新型のル○バだ! いやあ、ソニ○の技術はすげぇなあ。お掃除にこんなにゴツいロボットを使うのか。 


『キュイーン』


「ん?」


 ガガガガガガガガガガガガガ!


「どわあああ!」


 人が現実逃避してるときに、いきなりマシンガンを掃射すんな!

 なにが起きたかわからない。いや、なにが起きたかわかる奴がいたら、それは間違いなく、超能力者だ。もしくは、妄想癖のある変人だ。

 ロボットがマシンガンを撃った方向を見ると……さらに、あと三機こちらへ向かってきている。


(……待てよ? もしかしてだけど、俺ここに居たら死ぬんじゃね?)


 俺の肉体スペックでは、スーパーロボット大戦に巻き込まれたらバラバラになっちまう。体がゴムとかで出来てるならいいかもだけど、生憎普通だし。

 とりあえず全力で逃げよう。そう思って素早く立ち上がり、駆け出し――


『待って! 乗ってください!』


 ――たところで、いきなりスピーカーから女の声が聞こえてきた。

 その言葉に一瞬驚き、足を止める。


(乗って、ください……?)


 俺は自分の十倍はありそうなロボットを見上げる。 

 馬鹿げた大きさで、いろいろなところが尖っている。その姿はまるで、青い鎧を着ているかのようだ。

 頭部の部分はメインカメラがあるのだろう。二つの眼が、俺の方をじっと見ている。

 全体的に攻撃的な風体だ。しかし、その中でもひときわ目立つものを持っている。剣、いや、刀と言うべきだろうか。それも世界一切れ味が鋭いとも言われる、日本刀のようではないか。

 おそらくだが、 これは……いや、むこうからこっちに向かってくるロボットとかもすべて、戦闘用ロボット――つまり、人を殺すための兵器なのだろう。お掃除ロボではなく。

 ――ということは、何の戦闘力も持たない俺は、この場に居たら殺されるわけだ。だから、死にたくねえならこれに乗れ、ってことだろう。


(罠とかの可能性も……いや、ないな)


 よくわからんが、俺は命を狙われる覚えなんて無い。だから、その点に関しては心配ないだろう。


『早く!』


 迷ってる暇は無い。つーかたぶんここにいたらどの道死ぬ。それよりは一か八かこのロボットに乗った方が生存率は上がるだろう。

 俺はそのロボットの手の平の上に飛び乗る。


『掴まっていてください!』 


 ロボットはそう叫ぶと、俺を持ち上げ、横っ腹あたりに持っていった。なにやら穴が開いている。おそらく、そこが入り口なのだろう。

 俺はロボットの手の平から横穴に飛び込むと、プシュウ、と、音がして後ろの扉がしまった。


「ふう……で、中に進んでいけばいいのか?」


 横穴の中は、通路になっていた。天井が低く、中腰でないと通れなさそうだ。 

 真っ暗というわけでもないが、壁を伝いながら慎重に中まで進んで行く。 

 十歩くらい進み、目の前のドアを開けると、


「うおっ。こ、コックピット?」


 そこは、人が二人入るのがギリギリくらいの広さの、所謂コックピットだった。

 そしてその操縦席に当たるであろう部分に、一人の女が乗っていた。


「お、おいあんた」


「なんですか?」


「なんで俺を助けた?」


 もし俺がゲリラだったらどうするつもりなんだろうか。次の瞬間殺されるぞ?


「なぜ第一声がその言葉なんですか?」


「うるせえ。気になるんだよ」


「 …… 民を助けるのが、王族の勤めです」


 この女は王族なのか。

 だったらなぜ追われているんだ?

 俺は気になったので、そこについて聞こうと思ったが、なんとなく聞いちゃいけないような気がした。

 なので、別の気になったことを訊く。


「おいあんた」


 ズガガガガガガ!


「……なんですか?」


 ズドドドドドド!


「なんでマシンガンを連射してんのか教えてくれ」


「マシンガン? 機関銃のことですか?」


「そりゃそうだろ。なんでだ?」


「無論、あの機兵から逃げるためです」


「機兵?」


 横からコクピットにある画面を覗き込むと、そこにはさっきこちらに向かってきていたロボットが映っていた。赤を基調とした色合いで、今俺が乗っているロボットと似たような形状をしている。顔は違うけど。

 そして、なるほど? この世界では……このロボットのことを機兵って言うのか?

 だがしかし、今重要なのはそこじゃない。


「……で、なんでさっきから機関銃を連射してんのか教えてくれ、っつったんだけど?」


「だから今私が言ったじゃ……」


「そうじゃねえ。逃げてんのは見ればわかる。だったらなんで機関銃を連射してんだよ。そっちの剣で斬れ」


 さっきから見ていると、このロボット――いや、機兵の持つマシンガンは、威力からして、どちらかというと牽制用に見える。つまり、これ単体で敵機を倒す威力はないということだ。

 翻って、右手のごつい刀。この機兵のメインアームは明らかにこっちだ。この刀で斬らないと、あの機兵を倒すことは出来ないだろう。


「動きからしてあれを振り切るのは至難の技だぞ? それより、倒したほうがいい」


 俺がそう言ってその女の顔を覗き込むと……


(…………!)


 な、なんて美人だ。こんな時に不謹慎だが、それでもそう思わずにいられない。

 目が覚めるほど鮮やかな銀色をした、ストレートのロングヘア。吸い込まれそうなほど蒼い瞳。こういうのを碧眼って言うんだったか? それが、水色を基調とした、シンプルなデザインのドレスにまたよく似合っている。

 歳は俺より少し上くらいで、顔立ちは可愛い、とかじゃなくて、美人。もう、圧倒的な美人。目元は気が強そうに少しツリ上がっているが、それがマイナス要素にならない。むしろ、より美人さを上げている。

 ……こんな美人も実在するんだな、この世には。たまにシューヤが俺に自慢げに送ってくる写真に写っている、三人も四人もいるあいつの彼女より……圧倒的に綺麗だ。

 俺は少しの間その美貌に目を奪われていたが、すぐに我に返る。今はそんなことを考えている場合じゃない。

 俺は肩をトントンと叩き、


「お、おい、聞いてんのか?」


 未だにマシンガンを掃射し続ける女に向かって、俺は少しきつめの口調で言う。


「あいつらに機関銃は効果が薄い。だから 早 く距離を詰めて……」


「……いのです」


 俺のセリフを遮るように、少し怒りをはらんだ声が聞こえた。


「なんだって?」


 俺が聞き返すと、今度は俺にはっきりと聞こえる声で、


「私にはそんな技術ないのです!」


「はあ!?」


 つい、俺は素っ頓狂な声をあげてしまう。


「ど、どういうことだよ。ただ、相手の攻撃をかいくぐって間合いを詰めるだけだぞ?」


 というか、それくらい出来ないのに、何故このロボットに乗っている。


「だからそれが私にはできないのです!」


 マジかこいつ……。

 後ろからこいつの操縦を見ていた限り、この機兵の動かし方は、どういうわけかWRBの簡単モード――俺たちはパターンAと呼んでいた――に、似ている。いや、そのままかもしれない。これなら余裕で動かせそうだ。なぜそうなっているのかは 分からないが、今重要なことは俺が動かせるということだ。


「おい、女」


「……なんでしょうか」


「操縦を代われ。俺がやる」


「な!?」


 俺が言うと、女は途端に驚いた顔になる。


「こ、このムサシは我が一族が受け継いだ……」


「ごちゃごちゃうるせえ。お前の操縦技術じゃ逃げられないのは確かだろう。俺に代わる以外になにか妙案があるなら聞くぞ」 


 俺はそう言ってから、強引に操縦を代わる。もっと抵抗されるかと思ったが、案外素直に代わってくれた。押しに弱いなこいつ。 

 軽くいじってみる。……ふむ、とりあえず刀の攻撃パターンは「縦に斬る」、「横に斬る」、「右下から斬り上げる」、「突く」の四種類か。マシンガンは……撃つだけだな。照準を合わせられるのは上下左右のみか。まあ、なんとかなるだろ。


「さて、やるか。敵機の情報、なんか無いか?」


「……あれはライトフット。 味方であるはずの国王軍の量産機です。特徴は機動性が高いことですね」


「了解」


 ……はず、とか、なんだか不穏な感じだが、今はそこは追求すまい。

 俺はその情報を踏まえて、再び敵機――ライトフット――に向き直る。

 さっきから、奴らはこちらへ必要以上に近づかず、しかし決して離れず、一定の距離を保っている。おそらく、応援を待っているんだ。

 三対一なのにさらに応援を待つということは、さっきのこの女の腕を見る限り、この女の操縦技術を、というよりは、この機体――さっきムサシって言ってたな――を警戒しているようだ。よほど強力な機体なんだろう。


「俺としてはかなり巻き込まれた感がハンパないなわけだが……ま、あれくらいならなんとかなるだろ。敵の応援が来る前に倒さねえと」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る