第2話 優勝賞品?

「ただいま~……」


 返事は無い。まあ、当たり前なんだけどな。家には誰もいないし。

 手を洗うために、洗面所へ行くと、鏡に自分の姿がうつった。

 茶色い瞳に、威圧するようなツリ目。肩までかかる長い髪。……ああ、そういえば、しばらく髪を切ってなかったな。前髪だけでも切っておくか。

 疲れのせいだろうか、目が若干死んでいる。


(やれやれ……)


 俺はリビングの電気を点け、カバンをソファーに放り投げる。中には特に大事なものは入っていないから、まあいいだろ。

 そして上着を椅子にかけて、ベッドに体を投げ出した。


「ふわぁ~、さすがに疲れたな」


 今日の決勝戦が、ではなく、東京までの日帰り旅行が、だけど。

 そういえば、冷蔵庫の中に昨日のカレーがあったな。……けれど、新幹線の中で弁当を食べたから、腹も減ってないから、また明日でいいだろう。

 やることもないので、 リモコンを取って、 テレビをつける。もしかしたら、俺テレビに映ってるかもしれないし。

 テキトーにチャンネルを変えていると、ちょうどニュース番組が映った。


「お、今日の決勝戦のことやってるじゃねえか」


 しかも、俺のインタビューのシーンだ。


「へえ……俺、こんなこと言ってたのか。正直覚えてねえわ」


 自分のインタビューに苦笑した後、そのままボケッとテレビを見ていると、場面が変わり、俺によく似た顔が映った。


『今大会の運営委員長、山上修哉さんへインタビューです。どうでしたか』


『いやぁ、本当にすばらしい大会でした』


『ちなみに優勝者は、山上さんの……えと、弟さん? ということですがこれについてはどう思われますか?』


『私も鼻が高いですよ。たとえゲームであれ――どんなことであれ、世界一! という事実は誇るべきですからね』


「チッ」


 こいつのにやけた顔を見るのは久しぶりだが……相変わらず癇に障るな。

 ――山上修哉、二十歳。 理系の世界最高峰、ラサチューセッツ工科大学を二年前に卒業し、その後株式会社「WC」を立ち上げる。今年、世界的大企業の仲間入りを果たした……忌々しいことに、俺の兄だ。ちなみにWCの由来は「ワールド・クリエイション」だかなんだかの略らしい。


 この男、いわゆる天才で、幼いころから神童だのアイ○シュタインの再来だの言われて育ってきた。だがまあ、それも当然だろう。IQ296だかで、さらに中学校の時、テニスの全国大会で優勝。数え切れないほどのテニス強豪校からのスカウトをけり、中学卒業と同時にラサチューセッツに入学した。

 兄は超が百個つくほどの天才で、弟の俺は超が百個つくほどの凡才で、母親はいわゆる教育ママというやつで……ここまで言えば、誰だって容易に、俺の半生を想像できるだろう。

 母親はシューヤを可愛がった。それはもう溺愛と言っても差し支えないほどに。一方、俺は無視されるようにして育った。


 それでも、親父が生きていたころはまだよかったんだが、三年前に他界してしまった。

 親父が死んでからというものの、母のシューヤへの愛はとどまることを知らず、二年前……当時まだ中学生だった俺を置いて、アメリカに住んでいるシューヤのところへ行ってしまった。

 で、まあ、俺は、それからネトゲにはまり……今に至るわけである。


『今大会、ご自身も出場しようとは思われなかったのですか?』


『私、昔からどうもゲームだけは苦手で。作るほうが好きなんですよ』


 嘘つくなよ。俺と予選で戦っただろ。

 ありとあらゆるチートを使って俺に挑んできたけど、プレイングのレベルが違いすぎて、あっさりやられたじゃねえか。


『そうなんですか。今大会の成功によって、名実ともにWRBは世界トップクラスのゲームの一つとなったわけですが、それについてはどうお考えですか?』


『まだまだです。これからも応援してくださる皆様に感謝しつつ、精進していくだけですね』


 そして、今日俺が優勝したゲーム、WRB。正式名称はWorld Robot Battle。おそらく、いや間違いなく、世界一のロボット対戦ゲームだろう。

 これはシューヤが作ったゲームらしいが、詳しい経緯は知らない。


 アクロバティックなロボットの動き、そしてそれを操る異常なまでに複雑な操作。この二つがこのゲームの特徴だ。

 膨大な種類の指令コマンドによって、簡単な動きだけでなく、とても複雑な動きを行うことができる(右斜め四十五度に腕を振り上げ、左斜め三十五度に振り下ろす、なんて芸当ができるのはこのゲームくらいのもんだろう)。

 これによって、このゲームでは今までのゲームとは比べ物にならない程、 動きに自由度がうまれるのだ。もっとも、その分、操作も尋常じゃなく難しいけれど……そこは世界に誇る日本のゲーマー達。すぐに操作を会得し、プレイしだした。

 自由度を殺してお手軽操作できるモードもあるが、そちらは主に小学生~中学生くらいの大会で使われている。俺もやりはじめた頃はそれを使っていたっけ。


(それにしても……すさまじい規模だったな、あの大会)


 まず、予選から凄かった。あの大会に出場をしていた人間の数は少なく見積もっても数十万人から数百万人に上る。いや、もっとだろうな。まあ正確な数字は分からんが……ともかく、その参加者を何十ものブロックに分け、それでも一つのブロックに数万人。その中でのバトルロイヤルを勝ち抜かなければ、決勝戦に出ることは出来ないのだ。そしてそれを、各国ごとにやる。

 で、決勝戦がさらに凄い。なんと、トーキョードームを貸しきってギャラリーを入れ、決勝戦の様子をモニターに映して実況していた。

 さらに決勝戦では、プレイヤーは自分のパソコンを使わず、大会が用意したコックピットのような筐体に乗り込み、対戦するのだ。

 ……ホント、いったいどんだけ金がかかったことやら。まあ、もちろんそれに見合う興行収入(?)はあったんだろうけど。


(……それにしても、やっぱ新幹線は疲れるな)


 今回この大会の決勝戦のために、俺は東京まで日帰りで行ったわけだが……明日学校無いんだから、普通に向こうに泊まってくればよかったな、と少し後悔する。金ならあるしな。 バカ兄貴のおかげで。


「まあいいか。せっかくの休みだ、のんびりしよう」


 友達と遊ぶ、勉強するという選択肢は、最初からない。これでいいのか高校生。

 何の気なしにツブヤキッターを開くと、出るわ出るわ、『三連休でお泊まり会なう』とか『モン○ンやってて、男四人でオールしたww。女っ気ねー。俺らマジ非リアwww』みたいなうざったいタイムラインが流れてくる(あのな! 友達が! いるやつは! 非リアとは言わねえんだよォォォォォ!)

 ここ半年……いや、もっとかもしれんが、メールはメルマガのみ。ラインは公式アカウントだけ。スマホのアドレス帳にはシューヤと母親の名前しかない。それも、殆ど使わないし。

 俺が今他人とコミュニケーションをとれる所は、WRBのチャットだけだ。

 いや、コミュ障ってわけでは断じてない。ホントに、マジで。信じろよ? 俺は女子とも普通に喋れるからな? 天気の話とか! 友達がいないんじゃない。作らないんだ!

 俺に今、友達がいない……もとい、作らない一番の理由は、疲れたからだ。シューヤの弟であることに。


『大天才』シューヤの名前は、県内では知らない人のほうが少なかった。故に、俺はずっと「天才山上修哉の弟」として見られてきた。俺に近づいてくるやつは、シューヤとパイプを作りたかったり、親しくなったりしたかった奴らばかり。そんなやつらと話していて、疲れないわけが無い。

 そうして他人と壁を作っているうちに、いつしかそれがデフォルトとなり……友達はいなくなっていた。いや、作らないようになっていた。

 もしも、シューヤが何の才能も持っていなければ、もしくは俺にシューヤと競えるくらいのスペックがあれば、また話は……


(はっ……止めだ止めだ。アホらしい)


 仮定したところで現実は変わらない。

 だが、それでも考えてしまう。俺は、今のように孤独を感じず、漫画やアニメのような普通の学生生活を送れていたんじゃないか、と。


「くだらねえよな。ああ……こんなゴミみたいな世界じゃなくて、もっと別の世界に行きたいぜ」


 俺はすでに別の話題へとシフトしていたニュースの映っていたテレビを消し、ノートパソコンを開く。

 ピロリリン


「ん?」


 この軽快な電子音……メールが届いたみたいだな。

 ノーパソの方はメルマガを登録していない。誰だろうかと思って、俺はメールを開く。そのメールには、


FROM:WRB運営委員会

件名:優勝商品について

本文

WRBCS優勝、おめでとうございます。大会前には公表していなかった、優勝商品をお渡しします。明日、添付した地図の場所にお越しください。此方へ来られた際に、交通費はお支払いします。領収書は残しておいてください。なお、指定場所は多少治安の悪いところです。自衛の用意はしておいてください』


 こんなことが書いてあった。

 ……公表していなかった優勝商品?

 ……自衛の用意?


「なんか怪しいな……というか怪しさしかないな」


 新手の迷惑メールか、詐欺メールの類いか? しかし、アドレスは以前登録したWRBCS運営委員会のものと一緒だ。なら……大丈夫なのか? 

 ――ダメだ。考えがまとまらん。

 まあ、ここで考えていても埒が明かない。

 直接行って、確かめるか。




「さて、と」


 翌日、俺は電車や新幹線を乗り継いで、指定された場所へきていた。


「ってここ、東京じゃねーか」


 地図に従って、電車に乗ったり新幹線に乗ったりしてるうちに、いつのまにやら東京にとんぼ返りかよ。ざけんな運営。


(自衛の用意、ねえ……これでいいんだろうか)


 俺はカバンの中を見る。

 まずは非常食にカロリーメイト。そしてスポーツドリンク。まあ、自衛の用意というよりは、普通にただの昼飯なわけだが。 そしてノーパソと、ガラケー。そして手回し&ソーラー電池式充電器。これさえあれば、電池切れに陥ることは無い。

 だが……こっからが普通じゃない。ようするになんらかの凶器があればいいんだろうと思って、特殊警棒を持ってきた。アメリカに住んでいるシューヤから送られてきたもので、シューヤの会社が今度売り出す新商品らしい。

 説明書には、銃で撃たれても折れず、銃弾を打ち落とす事も可能! とあったが……少し考えて欲しい。この平和な現代日本で一般人が日常生活で銃に撃たれることがあると思うのか? まして、それを撃ち落すとか……人間じゃないだろ。

 シューヤだったら暴漢の十人や二十人この警棒一本で何とかするんだろうが、あいにく俺じゃ五人がせいぜいだ。

 個人的には警棒とかよりも銃のほうが得意なんだが(アメリカで何度か撃ったことがある)、まあ、贅沢は言わない。

 そしてさらにこの服(アンダーウェアと言うんだろうか)。これもまた、シューヤの会社が作ったらしく、かなりやばい。何がやばいって防弾、防刃、対衝撃緩衝などなど、ようするに大概の攻撃から俺を守る、とりあえず現段階では最上級の防護服。

 ……だから、なんでこんなもんを作って弟に渡したんだ? こんなもん日本で使う機会なんてあるわけねーだろ。ゼロだよゼロ。常識で考えろ。

  少し(というかかなり)変なデザインなので、着ていてもおかしく見えないように、一応上からシャツとジャケットを羽織って 、 下にジーンズを履いている。冬場でよかった。夏だったら暑くて死ぬ。

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