第5話 ムサシの真骨頂
「楽しい楽しいおしゃべりの時間は終了だ。行くぜ」
軽口を叩きつつ、俺は先頭の機兵に向かって駆け出す。 一機ずつやるしかねぇ。
「……この機兵の名前はムサシ。世界に十数機しかないとされる、異世界人によって作られた第一世代型機兵」
唐突に、リーナがそんなことを呟きだした。
……何やら重要な単語がいくつかあったみたいだが、今はそれを追求している暇は無い。
「何、言ってるんだ? リーナ」
「この機兵……ムサシに隠されている、奥の手の話です。私にはとても制御できなかったのですが、貴方ならあるいは……と、思うのでお話します」
ちらりと、リーナの横顔を盗み見る。そこには、迷いの無い、凛とした表情が浮かんでいた。
「それは機密じゃねえのか? そんなことを話すなんて、なんでそこまで俺を信じられる? 見ず知らずの俺をよ」
「他にあてが無いだけです。今この状況を打破するには、貴方にあれらを倒してもらうしかない」
「――それもそうか。まあいい。とりあえず、それはとっとけ。出来る限りのことはする」
俺はにっ、と笑みをつくり、リーナを見る。
そんな俺を、リーナは真っ直ぐ見返してきて、
「わかりました」
と、力強く頷いた。
「さて、と。難しそうではあるが……この状況から、生き残れたら後で高級料理でもおごってくれ」
「なっ……!」
俺は再び適当に軽口を叩きつつも、目の前の敵に集中する。
『きたぞっ! 奴は一機だけだ。囲め!』
「そう簡単に囲まれてたまるかよ!」
俺は一番先頭に居たゴリラに、刀を振り下ろす。
ズギャン!
一刀のもと、真っ二つにされたゴリラが足元に転がる。
……ちなみに、今割りと派手な音が出たのは、相手が刀を盾でガードしたからだ。だがしかし、ムサシの刀はそれをいともたやすく切り裂く。完全にチートだろ。ゲームバランス崩壊もいいとこだ。
『やらせんぞっ!』
一体目を斬った時点で、横から攻撃がきた。
「っと」
間一髪でそれを躱すと、数機がマシンガンで俺を足止めしつつ敵がバッと散開して、大きな輪を作る。
「くそっ!」
完全に開かれたら厄介だ。せめても、と俺は手近な一機に刀を振るが、刀を振るコースが限定されているから……ぎりぎり、届かない。あと九機。
敵機は、序盤と全然違う隊列を完成させていた。全員、俺の刀が届かず、それでいて隙無く俺を囲んでいる。
(ちっ、そう来たか……)
このまま輪の大きさを縮めていき、俺を包囲する魂胆だろう。それも、一斉に。
そして俺には、どうやらこの包囲を突破するのは難しそうだ。五、六機は斬れそうだが、さすがに全機は厳しい。そうなればすぐに追いつかれてしまい、倒されてしまう。
ホント、WRBだったらこんなのわけねーのに……
「おい、リーナ。続きは?」
俺は、せめてもとばかりにマシンガンを撃ちつつ、リーナに訊く。
「……降参が早いですね。とっておけと言ったじゃないですか」
リーナは応えて、急に後ろでゴソゴソし始める。
「想像以上に敵の指揮官が優秀だった。つっても、そこそこ、止まりだけどな。ただ、命令の伝達が早いし、なによりこの機兵が近接戦闘型だと見抜いたみてーだ」
と、いうより、最初から知ってたんだろうけどな、この機兵のこと。
じりじりと包囲を狭めてくるゴリラども。
(チッ……なんとかしねーと、ヤバイなこれは。このままじゃ)
俺が心の中で呟いたとき、剣を持っていた数機 が手に持っている武器を、剣から銃――たぶんマシンガンなんだろうが――に持ち替えた。これで、全員がマシンガンを構えていることになる。
一斉掃射と同時に突撃か? 勘弁してくれよ……
「おい!」
もはや一刻の猶予も無い。俺が叫ぶと、
「すいません、もう少し待ってください……あった」
どうやら、リーナはずっと探し物をしていたようだ。それが、奥の手とやら何だろう。
「これです!」
リーナは、一冊の本を俺に見せた。
そこには、日本語で――彼女らの言うアルファ語(?)で――こう、書かれていた。
『ムサシ完全攻略本』
…………
「なんだそれは」
「説明書です」
「それは、見たらわかる。ネーミングの方を訊いているんだが」
ネーミング、と俺が言うとなぜかリーナはキョトンとした顔になったので、俺は「あー……名づけのことだ」と言うと、ポンと手を打った。
「父がかっこいい名前を付けたいと言ったので、こうなりました」
よく見ると、その表紙だけ妙に新しい。作り変えたのか。バカじゃねーの!?
「尋常じゃねえな……で? それがなんだ?」
「このページです。奥の手である……モードⅡ『サムライモード』の操縦法です!」
リーナは俺にそれを見せつつ、さらに懐からネックレス――なんかUSBみたいになってる――を取り出し、それを差し込む。
「なんだそれは」
「ドウェルグ家に伝わる、 首飾りです。細かい説明は省きますね。要するに『サムライモード』へ変えるための鍵です!」
リーナが、差し込んだネックレスの上を人差し指でなぞると、画面に、
『サムライモードへ移行します。よろしいですか? はい いいえ』
と、出た。
俺はリーナがそんなことをしているのを尻目に、必死でムサシを操縦しつつ、説明書を読む。
……確かに、言うだけあって操縦は難しい。しかし、動きは段違いによくなるだろう。これは紛れも無く奥の手。この状況を打破できる最良手だ。
「こ、これは……いや、そんなまさか……っ !?」
だが……俺はこれを読んで、震えが止まらない。こんな……こんなことがあるのか。奥の手がこれなんて。俺に、これは……
「ユーヤ! 説明書は読みましたか!? ……って、どうしたんですかその震えは!」
「あ、ああ……だ、大丈夫だ」
「ま、前を見てください! 敵が来ます! もう変更しました!」
俺が画面を見ると、右側に――
「装備変更 機関銃 → サムライソード」
――と出て、ムサシの全身の姿が映し出される。機関銃を背に仕舞い、腰からもう一本の刀を抜いたのだ。
二本の日本刀を凛と構えている姿はさながら……
「侍、だな」
「な、何を言っているんですか。早くムサシを動かしてください! そ、それとも……やはり無理なんですか!? 操縦できないんですか!?」
俺が説明書を閉じ、後ろに投げる。
「な! なんで! なんでそんなことを!」
「必要……ないからな。俺には……くくっ」
そう言って俺は、操作パネルに――サムライモードになって操作方法が変わったからか、さっきとは少し違っている――肘をつく。そして……口から、さすがに笑いがこみ上げてくる。今さら気を張ったって無駄だ。
「そ、そんな……じゃ、じゃあ! 戻しましょう! せめてそれで戦い……」
「もう遅い」
俺が言うや否や、敵のボスであろう機兵のスピーカーから、
『敵機沈黙! 今だ、全機突撃!』
という声が聞こえ、同時にマズルフラッシュと銃声が響く。
ガガガガガガガ!!
「きゃあーっ!」
リーナは叫んでうずくまるが、俺はそちらを見ないで、目の前の操作パネルに手を置く。
――この「サムライモード」とやらの動かし方は……ある意味、俺にとって誤算だった。 誤算だったのは 、その難しさじゃない。
「うおおおおおおお!!」
俺は、カッ! と目を見開き、これ以上なく慣れた動作で――いや、まるで自分自身の手足かのように、ムサシを動かす。
キンキンキンキンキンキン!!!!
飛来してきたすべての弾丸を 弾き 、そのままとりあえず目に入った一機をぶった斬る。
『なっ! この動きは……』
「くく……あっはははは!」
笑いが止まらない。武者震いが止まらない。 この喜びが――止まらない!
「二度と対人戦は出来ねえと思ってたぜ……なあっ!」
さらに俺は弾丸を斬りながら 敵機にジリジリと 近づき、片手で一機ずつ斬る。
「ゆ、ユーヤ……これは!?」
起き上がったリーナが、唖然とした表情で、俺を見てくる。さっきからあわてたり、 驚いたり、 忙しい奴だ。
さっきまでも一応対人戦はしていたが……それはあくまでもお手軽モード。やっぱり、手ごたえとか面白みが違う。
「さあ、死にてえ奴からかかってこいよ……ぶった斬ってやる!」
俺は吼えて、刀を振る。
(残りは……六機か)
俺にはもうマシンガンなんて通用しない。それを悟ったのか、ゴリラは剣に持ち替えて俺と対峙する。
「よっと」
俺は敵の剣にサムライソードを振るい、鍔迫り合いに――ならず、そのまま敵機の剣ごと機体を斬ってしまう。
『なんだこの動きは……戦場で何百機と倒してきた精鋭ですら、ここまでの動きはできんぞ。この平和ボケしていた小国に、ここまでの使い手がいるというのか!』
スピーカーから、 少ししゃがれた声 が聞こえる。
「す、すごい……っ! お姉さまですら、モードⅡを動かせるようになるまで、三ヶ月を要したのに……一瞬で使いこなすなんて」
(……ああ、そうか。こっちの世界には無いんだろう)
まあ、確かに俺は機兵に乗っての実戦には出てないな。だが、このロボットを動かしたことは、ある。それも毎日、飽きもせずに。
何百機と倒してきた精鋭? バカか。桁を二つ上げて出直してこいよ。 それでも俺には到底及ばないけどな。
「それにしても……なんで『サムライモード』の操作方法が……WRBと一緒なんだ?」
そもそも、「サムライモード」になる前の時の操作方法は、WRBのお手軽モードとよく似ていた。レーダーがあるとこ ろや、 視点以外は、だいたい一緒だったから、もしかして「サムライモード」も、とは思っていたが……まさか、そっくりそのまま同じだとはな。
俺はさらに一機の首をはねる。
「さて、と。スペックに頼り切りもいかがかと思うんでね」
俺は次の機体の方へ向き、刀を構える。
今まで、ムサシのスペックに頼ってたからな。ちょっと本気だそう。
ゴリラの中の一機が、気が狂ったみたいに剣を振り回しながら、俺に突進してくる。
「ゆ、ユーヤ!」
「どうした? リーナ」
俺はその剣を丁寧に躱し、勢いあまって地面に刺さってしまった剣の上に乗り、跳躍する。
ゴリラの顔が空中にいるこちらを見ている。
「あばよ」
俺は空中で剣を三回振り、首、両肩を斬り落とす。
「…………え~?」
「慌てる必要なんてないぜ? だって、もう負けるはずがないからな」
俺の操作技術と、ムサシの刀の異常なまでの切れ味に、スピード。こ れら があって負ける ような相手がいるんなら、そいつはきっと世界を滅ぼせるだろう。
とはいえ 、この機体じゃなかったとしても、負ける気はしないが。
「あと一、二……三機か。よし、一気に行くぞ」
俺がそう呟いた瞬間、奴らも一斉に動いた。
今までは一機ずつ倒されているからか、固まって総攻撃すれば勝てると思っているのかもしれない。
「まあ、 一斉に来てくれた 方が早く片付くからいいか」
対して、俺は左手のサムライソードを前に、右手のサムライソードを腰だめにして半身で構える。
断っておくが、今から出す技の名前を考えたのは俺じゃない。基本的に、俺は自分の技名は考えてない。ギャラリーが名づけたものだ。 中二病的な感じだが。
俺は敵機を見据えて、呟く。
「三連・トライホーンピアーズ」
ムサシを走らせ、トップスピードになったところで、その勢いをすべて右手のサムライソードに乗せて三連続の突きを――放つ! 放つ! 放つ!
ズガガガンッ!
三機が十メートルくらい、凄い勢いで吹っ飛んでいく。
――本来、この技は防御力の高い機体相手に攻撃を一点に集中させてガードごとぶっ飛ばす技として考えた。そのために必殺の鋭い一撃ではなく、力ずくの重い一撃を目指したんだが……いやはや、この機体どうなってんの? 敵機が爆散したんだけど。
「……あの爆発では、中の人間は助からないでしょうね」
「……ああ。だろうな。……で? どっちだ?」
俺は、ぶっ倒した敵機には目を向けず、リーナに訊く。
「 あ、 あちらの方向に町があります」
リーナが指を指す方向に、俺はムサシを走らせる。
「OK。じゃ、急ぐか。落ち着きたいし、これからについて考えなきゃいけないからな 」
「え、これから、ですか?」
「ああ、当たり前だろ。とにかく急ぐぞ」
機兵を、豆腐のように斬り割き、トマトみたいに爆散させる。
この力は、俺には重すぎるような気がした。
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