第47話 醜悪な笑み

「国のため……で、ござるか? それはまた、一体どういう……」


「文字通りの意味だ。俺たちは今、国のために……正確に言うなら、王のために働いている。最近即位した、アンジェリーナ陛下のためにな」


 当然、リーナのことを知らない奴の前なので、ちゃんとリーナのことは敬称をつけて呼ぶ。

 俺の身分は、一応貴族とはいえ一介の騎士。本来はアイツとため口で話すなんて恐れ多すぎるような身分だからな。

 スーの方は、当然リーナの名前は知っていたようで、驚いたようにガタリと立ち上がった。


「あ、アンジェリーナ陛下のために!?」


「声が大きい。嘘だと思うなら証拠を見せてやるよ」


 俺はそう言いながら、懐からリーナの直筆サイン入りの書類を取り出す。


「陛下からの指令書だ。内容は読ませられないが、このサインと……」


 さらに、懐から一束の髪を取り出す。

 銀色の、髪を。


「この国では王族のみが持っている、銀色の髪だ。これをこの数手に入れられるのは王族関係者だけなんだよ。これで分かってくれるか?」


 ……一応、補足しておくと、この髪はリーナの物でも、前王の物でもない。この前ミラが髪をバッサリやったので、それを材料に、消毒等々をして人毛エクステのようにして作ったものだ。今、これを王族関係者の証ということにしている。

 というか、これは一目で人毛と分かるし、これだけの量の銀髪を王族関係者以外が手に入れるのなんて無理だから、証拠になりうるだろう。この世界には、染料はあるけど、こんなに綺麗な銀髪にする染料なんて無いから、偽造も不可だ。

 今はこれ一束しかないし、これを量産することは難しいので……どうにか、考えてみるつもりではある。どうせリーナの髪なんて洗ったりすると抜けるんだから、それを少しずつ集められないだろうか。

 話がそれた。

 スーは、俺が持っている髪の束を見て、ポカンとしている。

 そして、ライアも何故か「あちゃー」みたいな顔をしている。

 ……あれ?


「銀髪は王族の証だ。知らないのか?」


「は、はい……アンジェリーナ陛下、また、エドワード元陛下も銀髪だったことは知っているでござるが……銀髪が王族だけだなんて知らなかったでござるよ」


「えっ……」


 慌ててライアを見ると、ライアは少し困ったような顔を俺に向けて、説明してくれた。


「この国では、王族以外に銀髪の人間はいません。それは確かです。しかし、このことを知りうるのはごくわずかの人間のみです。それこそ、王族関係者や、裏の家業をする人間くらいしか知らないでしょうね。彼が知らないのは無理もないです。……というか、ユーヤさん。正直な話、今のあなたは国王陛下の名を騙る怪しい人間ですよ」


「なん、だと……っ!」


 俺は絶句して、ばさりと髪を落としてしまう。

 ……って、絶句してねえわ。なんだとって言ってるわ。まあいい。それはともかく。


「お、俺は、どうすれば……」


「素直に身分を明かしたらどうです? いえ、裏の身分でなく、公的な身分を。せっかくの身分です、使わない手はありません」


 かなり呆れた声のライア。そ、それもそうなんだが……


「身分がばれたら動きづらくならないか?」


 俺の疑問に、ライアは少し失望したような目を俺に向けてから、なんてことないように言った。


「この方に身分をばらしたせいで不都合が起きるのであれば、殺してしまえば問題ありません」


 その言葉に、俺もスーも動きを止める。

 スーの場合は――おそらく――恐怖で。俺の場合は、自分のふがいなさで。


「……いや、この後こいつの親族に頼みごとをしに行くんだ。そんな物騒なことをして心証を悪くする必要もないだろ」


「お忘れですか? 私たちが動かせる力は『国』ですよ。人ひとり押しつぶすのがなんだと言うんですか」


 ライアの指摘に、俺はまた動きを止めてしまう。

 今更ながら、俺がどんな立場にいるのかを分からされてしまう。

 ライアからすれば、正直俺の立ち回りなんて見ていられないんだろう。向こうは百戦錬磨の狸。こちらは機兵操縦以外何も出来ない愚図。人の嘘を見抜くのは得意だが、それでもそれだけ。二つを除けば正真正銘の何もできない人間だ。

 俺は少し息を吐いて、髪と書類を仕舞う。


「そうだったな、ライア。すまん」


「いえ。というか、身分を隠す必要が最初から分かりませんでしたね」


 確かに、スーが貴族とパイプを持っているならいざ知らず、ただの平民相手に身分を明かしてマズいことなんていま一つ思いつかない。せいぜい、貴族嫌いの人だったら話を聞いてもらえなくなるくらいのものだ。それでも貴族として話を聞かせるから問題ないけどな。


「じゃあ、スー。改めて名乗ろう。俺の名はユーヤ・ナイト・エディムス」


「な、ナイト!? ということはもしや」


 俺は懐から、リーナから賜った、エディムス家の紋章を取り出す。それは、盾の上に二本の日本刀が交差しているという紋章だ。当然、スーは見たことが無いはずだけどな。


「そう、俺は騎士の階級を持っている。領地の無い名ばかり貴族だが、貴族は貴族。そして、貴族として誓おう。俺は嘘を一切言わないと」


 これで、スーの顔に真剣みが増した。それもそうか、さっきまではよくわからない若者が、唐突に「今度は国のために働こうぜ!」とか言い出した後に、「なんかマズいことがあったら殺すか!」って脅されてたんだ。よく考えたら怖い。しかも片方は明らかに超強いし。

 まあ、取りあえずそのことは棚に上げて、今は別の話をしよう。うん。


「あー……俺たちは今、陛下のご命令で優秀な人物を探している。その一環として、スー。お前を俺たちの組織に迎え入れたい」


「せ、拙者を……? よく分からないでござるが、そんな出会ったばかりの拙者を入れてもよい組織なんでござるか?」


 その通り。こいつの言うことは最もだ。

 というか、正直俺としても、そんなことは断固、ごめんこうむりたい。しかし、こいつには確実に使い道があるのだ。

 そう、諜報員――いや、敵国に潜入させるわけじゃないから、スカウトマンとでも言った方が正しいか。

 この役目はクラウディアにやらせようかと思っていたが、クラウディアは女という性別をいかして――いや、いかしてと言うのも変な話だけど――リーナの、直属メイド的なことをしてもらいたい。だって、着替えてるところに入ったりできるのは女だけだしな。無論、俺がフリーの時は俺も一緒に護衛するが、それでも女性で、戦闘力もあり、なおかつスパイの危険性の低い(祖母であるレイニーばあさんがほぼ間違いなくこちら側であるため)クラウディアを起用したい。

 だからこそ、スーに俺の代わりに人材探しをしてほしいのだ。

 まず、スーは平民だ。だからこそ、基本的には、平民がたくさんたむろしている場所では、俺たちのように怪しまれずというか、自然に行動できるはず。

 さらに、戦闘力は高い。素手なら俺と互角くらいはあるだろうし、武器を持たせれば十分戦えるだろう。

 加えて、こいつは戦闘力の高さだけでなく、噂を聞きつけるのも上手そうだ。さっき俺が銃を抜いたのは一瞬だったのに、それを目ざとく見つけたのだから。つまり、観察力に優れているはず。さっき戦った時だって、俺よりもライアへ注意を払っていたしな。彼我の戦力差の見極めも出来るんだろう。

 最後に――というか今までの殆どは建前とこじつけで――こいつは、俺たちが今から協力してもらおうと思っている人間の孫。こいつを仲間に引き入れておけば、その人との交渉も上手くいくかもしれない。

 いくら前王の頼みを聞いてくれていたからといって、俺の頼みを聞いてくれるとは限らない。だったら、一つでも交渉カードを持っておくことは大切だ。

 そんな感じのことを、俺はライアに目で合図する。……なんか俺の考えなんて読まれているような気がするけど、一応口頭でも確認しておく。


「ライア、問題ないな?」


「ええ。特には。まあ、有益になるのかはわかりませんが」


 ……ライアには、本当に俺の考えが読まれてそうだな。まあ、そんな読まれないはずと言ったような高等な考えじゃないけどさ。

 俺としては、こいつの扱いは仮入部的な、重大な秘密は喋らないけど、こちら側の一員として置く、みたいな感じで、スーをスカウトマン兼諜報員として使おうと思っている。重宝というのも、他国や敵国に紛れ込ませるタイプのスパイじゃなくて、自国の中の情勢とか市民の話を吸い上げるタイプのスパイを。


「やる仕事の内容は、様々な地域を回って、一芸に秀でた者を発見してくることだ。弓が上手いでもいい、銃火器の扱いが上手いのでもいい。とにかく、一つでも人間離れした特技を持っている者を発見していくということだ」


「で、ですから何故拙者なんでござるか……?」


 未だ困惑顔をしているスー。それもそうか、説明していなかった。

 俺はさっきまで考えていたことの建前を、かいつまんで話し出した。


「つまり、そういうわけだ。これなら、お前が初対面でも殆ど大丈夫なんだ。あくまで、今は有能な奴に声をかけている段階だからな」


「そ、そうなんでござるか……」


「そうそう。それとだな――」


 少しうれしそうな顔をするスー。その姿を見て、もうひと押しだと思った俺は……俺は、一番言ってはいけないことを言ってしまった。

 自分が、一番知っているはずなのに。

 その言葉は、絶対に言ってはいけないはずなのに。


「お前は、リグル・グラブルの孫だろ? だから――」


「違う!」


 ――前王が信頼していた相手らしいからな。その孫ならば、信頼もおけるだろう。

 そう、俺は言うはずだった。

 しかし、スーは、言葉の途中でバン! と机を叩いて立ち上がり、背を向けた。

 そして、走り去る。

俺が、いつも、思っていて――そして、誰からも聞き入れられなかった言葉を残して。


「拙者は! スティア・グラブル! 決して、『』ではござらん!」


「!」


「あっ、ちょっ、まっ、スー!」


 スーの親父さんが叫ぶが後の祭り、スーはすぐさま店を出て行ってしまった。

 土地勘は向こうの方があるだろうから、今すぐ追い掛けても追いつくまい。


(俺は、なんてことを……!)


 ああ、今の俺はさぞや醜い笑顔を晒していたことだろう。俺に近づいてきていた奴らと、同じ笑みを。

 最悪、だ……。

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