第48話 まるで見てきたように
「あー……すまねえ、ああいや、すみません、騎士様」
「いや、俺が軽率だった」
ため息をついて、俺はスーの父親に向き直る。
「それから、俺はただの成り上がりものだ。貴方のような年上に敬語を使われるのは慣れていないんだ。できれば、普通に話してくれ」
「い、いえ。滅相もない。騎士様相手に無礼なことを言える程俺は肝が据わっちゃいません」
「……そうか」
よく考えたら、俺は騎士という身分を明かしてから、貴族じゃない人と喋るのは初めてだ。トップであるリーナが、公式の場以外ではそんなに身分にこだわるタイプじゃないからか、俺も身分の差というものに疎い。そういえば民主国家じゃない以上、身分差があるっていうのは、絶対のものだからな……忘れていたよ。
まあ、ここで非常識なのは俺なんだろう。郷に入れば郷に従えだ。ここは俺も騎士としてふるまおう。
「なら、悪いが教えてくれ。なんでさっきスーはああして飛び出してしまったんだ?」
俺が尋ねると、親父さんは少し悲しそうな顔をしてから、話出してくれた。
「あー……スーの奴は、うちの一族で出来損ないって言われてまして。俺は婿入りしたんでアレですが、どうもグラブル家ってのは、昔から『何かを作る』ことに特殊な才能を持ってるんですがね。うちのかみさんは料理に、義父(とう)さんは俺にはよくわかんないですけど、なんか凄いものを作ってるらしいんです」
「そうなのか? ライア」
「ええ。グラブル家は昔から何かを作ることに才能があるということは、一部の界隈では有名です。特に彼の祖父である、リグル・グラブルは、グラブル家始まって以来の天才と呼ばれています」
ふむ、まあ、あのGR20を作ったんだったらそうなるだろうな。
特に、魔魂石を加工できるんだから……その大変さは分からないが、わざわざエドが魔魂石を持っていけと言うほどなんだ。相当なんだろう。
「あと……先ほど、料理に才能があるとおっしゃっていましたが、もしや城都で『グランドブルー』というお店を開いているあの、フィネルさんのことですか?」
「よく知ってますね。そいつがうちのかみさんです」
「よく知ってたな、ライア」
俺が少し感心した声を出すと、ライアはニコニコとした顔のまま、俺に少し厳しい目を向けてきた。
「有名な話ですよ。ユーヤさん、貴方はもう少し情報を蒐集してください」
正論過ぎて何も言えない。
「とはいえ、グラブルと名乗っていなかったので、まさかグラブル家に連なる者だとは思っていませんでしたが」
ライアが少し感心したように言うと、親父さんは頭を掻きながら、ばつが悪そうに言った。
「お恥ずかしい話で、俺の稼ぎが悪くて、アイツは出稼ぎに行っちゃったんですよね……だから、よくスーに言ってたんですよ」
「『お前は、リグル・グラブルの孫なんだ。何か才能があるはずだ。その才能で家を助けてくれ』とかか?」
俺が言うと、スーの親父はすこし驚いた顔をしながら、苦笑いを見せてきた。
「全くその通りで。とはいえ、言ってるのは俺じゃなくてかみさんなんですが……会う度に言うもんですから、スーの野郎も頑固になっちまいまして。ことあるごとに『お前はお父さんの孫なんだから! グラブル家として!』っつって」
そこから先は、聞かなくてもなんとなくわかる。
「……そして近づいてくる人は、みんなスーのお母さんか、リグルに興味津々で、つなぎとしか見ていない。幼いころはそれにも気づかなかったが、少し経ったらだんだんわかってくる。誰も自分を見ていない。見ているのは――スティア・グラブルではなくて、リグル・グラブルの孫でしかない、と」
「……まるで見てきたように言いますね」
ライアが、感情が読み取れない目で俺を見る。
見てきたように? ――当り前だろ。
こっちの世界に来るまでの俺、そのものだ。
「見てきた……ってわけじゃねえけどな」
こっちの世界に来て、俺はリーナという仲間を見つけた。それは、向こうの世界では得られない、貴重なつながりだったと思う。
それが無ければ、俺は今頃どうなっていただろうか。
少し遠い目をした俺に、ライアはそれ以上何も言わなかった。
そんな俺たちを見てから、スーの父親はさらに話を進める。
「まあ、そういうわけもあったんですが、前に住んでいたところでは遠く、かみさんが城都から帰ってくるのも大変だったんで……引っ越したんですよ。今のこの土地に」
「引っ越した?」
「ええ。前住んでいたのはここからさらに西の方でして。閉鎖的な村でした。義父さんが住んでいるところに近かったんですが、いかんせん交通の便が悪くてですね。こっちの街に引っ越してきたんですよ」
「ああ、そうだったんですか」
ライアが納得がいったような声を出す。
「最初はグラブル家の方々がいるのが不思議だったんですが……引っ越されていたんですね」
「はい。それからは、スーも明るくなって、元気も出ていたんすけどね……ったく、あいつは騎士様に見初められたっていうのに」
その言葉に、ふと思う。
「なあ、引っ越してからはよかったのか?」
スーの父親に訊くと、こくりと頷いてから少し嬉しそうに話してくれた。
「ええ。引っ越してからは、グラブルと名乗ることも殆どありませんでしたからね。結果、周囲とも馴染めて――まあ、あの通り変わった奴ですが、それなりに知り合いも出来て、楽しくやっていたみたいですよ」
「そう、だったのか……」
なるほどな、と俺は心の中で納得する。
(スーは――俺だ)
そうと決まれば、話は早い。
俺は立ち上がると、スーの親父に向かって金を渡す。
「一晩、何ロッヅだ?」
「へ? き、騎士様がこんなオンボロ宿に泊まるんですかい?」
「オンボロだなんて、そんなことは無い。それに、さっきも言ったとおり俺は成り上がりものだ。無駄なところに金を使っている宿よりも、こうして親切な人がやっている宿の方が断然いい。だから、今夜は泊めてもらう。一人部屋を二つ、いくらだ」
「そ、そうですか……ありがとうございます。そんなこと言っていただけると、宿屋みょうりに尽きます。ああ、部屋代は一人2200ロッヅです」
安いな。いや、それともこの世界の宿屋っていうのはそんなものなんだろうか。
俺は二人分の4400ロッヅを渡し、部屋の鍵をもらって部屋に向かう。
「ライア、部屋に荷物を置いて着替えが終わったらすぐに俺の部屋に来てくれ」
「ええ、分かりました」
俺とライアは部屋の中に入り、そして俺はテキトーに服を着替える。汗をかいたので、それをどうにかしたいところだが……
まあ、どうやら風呂は無いらしいからな。それは我慢しよう。
……風呂屋をどうにかして作れないものだろうか。衛生観念を徹底するだけで、病気なんかにかかるリスクをだいぶ減らせるんだがな。
なんてことを考えていたら、コンコンと部屋の扉がノックされた。
「ライアか。入ってくれ」
「失礼します」
ライアがいつも通り柔和な笑みを浮かべながら入ってくる。
この世界は盗聴器はないはずだが……まあ、一応壁に耳あり障子に目ありだ。ちゃんと気を付けながらしゃべるか。
「さて、ユーヤさん、どうしますか?」
部屋に入るなり、ライアが話を進めてくる。
俺はライアに椅子を勧め、懐からタバコを取り出してから、ライアの対面に座る。
「一本、吸ってもいいか?」
「窓を開けてからにしてください。それと、私にも一本ください」
「……? ライア、お前喫煙者だったか?」
「あのバカが吸っていたでしょう。そのせいで、稀に吸いたくなるんですよ。……特に、目の前に沈んでいる人がいるとね」
どうやら、ライアからすると俺は沈んでいるように見えるらしい。
俺はライアに苦笑しながら、窓を開けて、一本ライアに渡す。
そしてマッチで火をつけると、ライアがニコリと此方に笑いかけてきた。
「すみません、火をお借りしても?」
「ああ」
俺はマッチをもう一本擦って、ライアのタバコに火をつけてやる。
「ふぅ~……」
喫煙者なんて今時流行らないし、もしも日本にいたら一生吸うこともなかったんだろうが――何故か、こっちの世界では吸いたくなってしまう。けれど、中毒ってほどでもない。やめろと言われたらいつでもやめられるだろう。まあ、肺まで煙を入れてなくて、吹かしてるだけだからってのもあるんだが。
「それで――どうするか、だったな」
俺はタバコ片手に、ライアに向かって話す。
「ええ。正直な話、これ以上深入りする必要性を感じませんからね。そんなことよりも、当初の予定通り、リグルのところへ向かうべきでしょう」
「……俺はまだ何も言ってないんだが?」
「私が分からないとでも? 貴方が彼を仲間に引き入れたいのは一目瞭然です」
まあ、そうだろうとは思っていたけどな。
付き合いは短いが、この程度のことが察せないような人間じゃないことは知っている。というか、むしろこいつに隠し事なんて無駄なんじゃないかと思わせるようなオーラが出ているからな。
観念して、俺は自分の考えを話すことにした。
「あー……まあ、その通りだ。リグル・グラブルに会うことよりも、正直スーを仲間に引き入れる方を優先したいくらいだ」
「何故です? 彼にそれほど価値があるとは思えませんよ? それこそ、リグルへの顔つなぎくらいにしか――」
「――違う。そうじゃない。アイツには価値がある。確かに、アイツはリグル・グラブルの孫だ。だけど、それ以上にアイツはスティア・グラブルなんだ。アイツにはアイツにしかできないことがあるはずなんだ」
ガラにもなく、少し熱くなってしまう俺。
そんな俺を見て、ライアは何か考えるような素振りを見せた後……タバコをくゆらせながら、ズバリと言ってきた。
「それは、貴方の過去に何か関わってくるんですか? いや――貴方がこちらの世界に来る前のことと関係あるんですか?」
「――ッ!」
そういえば、こいつは俺がこっちの世界の人間じゃないことを知ってるんだった。
いやまあ、厳密には言っていないんだが、そう知られているんだった。
「……まあ、確かに関係ないこともない。だが、そのくらいで――私情で、判断を鈍らせるほど俺もボケてない。狙いはちゃんとある」
「狙い……ですか」
俺は深く頷いて、ライアを見据える。
「だから、この件は俺に任せてくれ」
「――そこまで言うのでしたら分かりました。その代わり、そんなに時間はかけないでください」
「わかってる」
俺はタバコを灰皿に押し付けながら、ライアの目を見る。
さて――やるか。
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