第49話 優しい嘘だって見抜けるぜ

 取りあえず、やることは決まった。

 次の日、俺は支度をしてから、聞き込みに行くことにした。


(……結局、今夜は帰ってこなかったな)


 スーは、どこかで野宿したんだろうか。

 まあ、どうせ今日はスーの聞き込みに行くんだ。野宿していようがしていまいが関係ない。少し探すのが手間になるだけだ。

 俺は支度を終えたので、隣の部屋のライアのところに行く。


「ライア、起きてるか?」


「二時間前には」


 ……こいつの睡眠時間どうなってるんだ?

 俺が五時間くらい寝たから……三時間くらいか。

 扉を開いてくれたので、俺はライアの部屋の中に入る。


「さて、今日、私はどうすればよいのですか?」


「どうしてくれてもいい。俺がスーを追いかけることには反対なんだろ?」


「ええ。利が感じられませんので」


 まあ、そうだろうな。


「まあ、自由にしてくれていて構わない。ただ、あー……そうだな。連絡がつかないと困るから、昼頃と夕方にはこの宿にいてくれ」


「――分かりました」


 こいつの人脈と知恵を借りればスーを見つけることは造作もないんだろうが、それはかなわないだろう。

 だからまあ、こいつの力はあてにしないで働こう。


「じゃあ、そういうわけで。俺は取りあえず聞き込みに行ってくる」


「わかりました。では、私は宿で詩でも書いていましょうか」


 風流だな、こいつ。

 なんとなくこいつの書いた詩を見てみたい気もしたが、まあそれはまた今度にしよう。俺はライアの部屋を出て、一つ深呼吸をする。

 さて、聞き込み開始だ。



~~~~~~~~~~~~~~~~



「ああ、スーか。昨日はそこらへんで黒髪の兄ちゃんと戦ってたよ」


 その黒髪の兄ちゃん、たぶん俺。


「そうか。その後どうなったか知らないか?」


「さあなあ……その黒髪の兄ちゃんと、もう一人初老の人と連れ立ってどっか行ったよ。その後は知らないな」


「わかった、ありがとう」


 どうやら、俺たちが戦った(?)ところくらいまでしかこの人は知らないらしい。


「まあ、捜査の基本は足って言うしな。手当たり次第に行くか」


 そう言いながら、俺はいろんな人に聞きこんでいくことにする。

 俺に絵心はないし、写真もないので、外見的特徴を言っていくことでしか聞き込みができない。しかも、その外見的特徴は覆面を外されてしまうと、村人Aとそん色ない。

 人ひとりと言えど、外見的特徴のみで聞き込みするなんて骨が折れる……と思っていたら、案外そうでもなかった。


「昨日の夜、金髪で目鼻立ちのくりっとした、~ござるとか言っている少年を視なかったか?」


「あぁ、スーか。それなら昨日の晩に俺のところに来て少し食料を買っていたぜ。しばらく家には戻りたくないとか言ってたけど、あいつ何やらかしたんだか。……もしかして、アンタが探しているのはそういう関連かい?」


「あー、まあ中らずと雖も遠からずってところだな。一応、触らぬ神に祟りなしって言うだろ? 探らないでくれ」


「あいよ。まあ、どうせアイツのことだから成敗に夢中になりすぎてやり過ぎたってところだろうけどよ」


「……アイツはいつもあんなことをしているのか」


 誰彼構わずしてるんだろうか。だとしたら、煙たがれていそうなものだが。

 俺がそう思って表情を暗くすると、俺が尋ねていたおっさんはがっはっはと笑いだした。


「まあ、その通りだな。だが、それのおかげで俺たちは安心して暮らしているよ。困ってたらアイツが助けてくれるからな」


「ほう?」


 冗談を言っていたり、からかっているような感じは見受けられない。

 おっさんは、本心からこう言っているようだ。


「まあ、この前、ライネル王国を救ってくれた英雄がいるらしいが、そんなもん、俺ら田舎もんには関係ねえ。俺らにとっての英雄は、この国を守ってくれた奴じゃなくて、俺たちを守ってくれた奴のことだからな」


 自分で言うのもなんだが、その英雄はたぶん俺だ……いや、恥ずかしすぎるから黙っておこう。

 俺が少し微妙な顔をしていたことを勘違いしたのか、そのおっさんは慌てたような表情で言葉を重ねる。


「あ、ああ、そりゃもちろん、間接的に俺たちを守ってくれたことになっているのは分かってるぜ? だけどよ、目の前で実際助けられないと実感がわかねえっつーか……」


「いや、分かるぜ。その気持ち。生活に直結しねえと、なんだかありがたみなんてねえよな」


 俺が肯定するようなことを言うと、そのおっさんはすこし調子づいたのか、さっきまでの焦った顔ではなく、安心したような表情で話しを続けてくれた。


「そうなんだよ。いやはや、だからこそ、スーの方が俺たちの英雄なんだよなあ。アイツがいてくれて何度助かったことか。……いやまあ、アイツが起こした問題のせいで迷惑こうむったこともあるけどよ、この辺の奴らはみんなスーに感謝してると思うぜ」


「そうか……ところで、スーの本名を知ってるか?」


「本名? さあなあ……みんなアイツのことをスーとしか呼ばねえし、俺もそれでいいと思ってる。スーはスーさ」


 ニコリと笑うおっさん。

 俺はそのおっさんに礼を言うと、その場を去った。


「……しかしまあ、みんな口をそろえて言うな」


 スーに助けられた、って。


「これは、スーも誇っていいと思うんだけどな」


 もっとも、スー本人はこうしてみんなから慕ってもらっていることに気づいてないのかもしれないけれど。

 こうやって人から慕われる才能――リーナにも言えることだが――いわゆるカリスマっていうのは、一朝一夕で身に付くものでもないし、こういうのは狙ってやれることじゃない。ただ善行を積めば皆から慕われるかというと、そうでもないからな。ソースは俺。中学の時に、進んで学級委員とかをしていたが、全てが逆効果だった。

 この才能、絶対に活かせると思うんだが……まあ、それもこれも、スーを見つけてからだ。さっさと情報を集めないと。


「それにしても……この街は、城都から離れている割には、賑わってるな」


 治安はそんなに良くないとはいえ、賑わっている。むしろ、賑わっているからこそ、治安が悪くなる要因も増えるのかもしれないが。

 なんてことを考えながら、一応目撃情報が増えていっている方向に歩いきながら、いろんな人に聞いて回る。

 ……というか、まどろっこしいことはせずに、「スーを見てないか?」だけで通用しそうな感じはあるが。


「ああ、すまない、スーを見てないか?」


 試しに、俺はその辺にいた老婆を捕まえて聞いてみる。目の前に、薬草やらなにやらが置いあるところから見て、どうやら薬局のような立ち位置のばあさんらしい。

 すると、その老婆はほっほっほ、と笑いだした。


「スーかい。あの子はのう、昨日私の店に着た後……血相を変えて走ってどこかへ行っていたよ。あの子があんな表情をするなんて……余程嫌なことがあったんだろうねえ」


 嫌なこと、と言われてチクリと胸が痛む。

 まあ、そりゃあそうだろう。あの言葉がどれほど嫌かなんて、ほかならぬ俺自身が一番よく知っているはずだからな。


「どっちに走って行った? 見たのはいつ頃だ?」


 だが今はそれよりもアイツと会って話さなきゃならないだろう。もっとも、家で待っていればいずれ帰ってくるんだろうが、それじゃよくない。

 この聞き込みはアイツを探すと同時に、アイツについてもっとよく知るために行ってるんだからな。


「そうだねぇ……んー……」


 老婆は、俺の方を見ると、少し悪戯心がわいたような顔をしてから、ただでさえ細い目をさらに細めた。


「ほっほっほ。スーならあちらへ行ったよ」


 そうして、右を差した。

 ……ホント、スーは好かれてるんだな。


「ありがとよ、教えてくれて」


 そう言って、俺はちゃんと左方向に歩き出すと、老婆はすこし慌てたような声で俺を呼び止めた。


「お、おい。スーはそちらではないぞ?」


「悪いが、そういう目は見慣れてるんだよ。……まあ、今まで俺が見てきた中では一番優しかったけどよ」


 とはいえ、左の方へ行くと、確か墓場があるんじゃなかっただろうか。

 俺は頭の中で地図を引っ張り出してきて、考える。墓場には特に隠れる場所もないはずだし……


「いや」


 まあ、取りあえず行ってみようか。

 俺は老婆に礼を言ってから、その場を去った。



~~~~~~~~~~~~~~~~



「さて、墓場に来てはみたが……」


 やっぱり墓しかない。人が隠れるなんてムリゲーだろうと思うんだが。それとも、スーの隠れ家でもあるんだろうか。

 キョロキョロしながら、墓場を歩くと……なにやら、ひそひそと声が聞こえてきた。なんだろうか。

 立ち止まっていてもしょうがない。人がいるんだったら聞き込みもしなくちゃならないので、俺はそちらの行ってみることにした。

 墓場を抜け、さらに周りの木々を抜けて……歩いていくと、だんだんその声が近くなってきた。


「……子供の声だな」


 それも……だいぶ小さい子だろうな。元の世界で言うなら、たぶん幼稚園とか保育園に通っているくらいなんじゃないだろうか。


「こっちの世界では保育園とか、そういうのは殆ど教会任せなんだよな」


 一応、この国にも国教というか、宗教は存在する。当然、キリスト教でもユダヤ教でもなく、この世界独自の宗教だけど。確か、キューヤ教だったかな。

 そして、その教会の責任者に頼んで、親が仕事の間、子供の世話をしてくれるように自治会とかでお金を出し合ってお願いしているらしい。

 だから、そんな施設はなくてはならないので、今まで以上に支援がいきわたるようにある程度教会の数と場所は把握していたはずなんだが……こんなところに教会なんてあっただろうか。


「まあ、いいか。むしろ、確認漏れをリーナに報告できるチャンスと思えばいいだろう」


 そう言いつつ、俺がその声の元に辿り着くと――


「キャー! 助けて―!」


「はっはっは! 正義の味方、正義男参上でござる!」


 ――なんかダサい名前を宣言しているスーがいた。

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