第50話 敵の敵は味方、と言うが、味方の敵は敵だよな
「……そうか、この世界には英語が無いから」
というか、そうだとしても、直訳したらジャスティスマンか。うん、ダサいな。
……正義、か。
「わーははは! 正義男がいる限り! この世に悪は栄えない!」
どこのヤッ○ーマン。仮面に隠した正義の心でもあるのかアイツには。確かに今も覆面してるけどさ、スーの奴は。
一つため息。ったく、何してるんだか。
とはいえ、そんなに楽しそうにしている子供たちの邪魔をするのも悪いか。
しょうがないので、俺はスーたちに気づかれないように、教会の正門の方へ回る。
……どうにもこうにも、ボロい教会だな。
「あの……」
俺が教会を見上げていると、中から声がかかった。
「どちらさま、でしょうか」
「ん?」
見ると、目の前にはきれいなブロンドの髪の女が立っていた。たぶん、この教会のシスターだろう。翠色の瞳で、背はたぶんリーナよりも高いだろうか。顔にはそばかすがあり、だいぶ顔が整っているのに、田舎者な服装のせいで、だいぶ損しているような感じだ。
「俺はユーヤ。ユーヤ・ヤマガミだ。ちょっとスーを探していてな。……しかし、こんなところに教会があったとは知らなかったぞ」
「ええ。……ここは、孤児のお世話をしている教会ですから。殆ど誰にも知られていないんです。それこそ、スー君くらいじゃないですかね」
「ふーん……」
なるほどな、そういうことか。教会が認知されていなかった理由は。
孤児ばかり……だから、親からの報告とかが無いせいで、俺たちに情報が回ってこなかったのか。
「やっぱ、口伝だけじゃどうにもなんねえなー……やれやれ」
俺はその女性に近づいていき、中でスーを待っていていいか訊く。
「ついでに、スーがなんでここに来ているのかを教えてくれると嬉しいんだが」
「ええ。構いませんよ。中へどうぞ。キューヤ神様のご加護がありますように」
確か、そのキューヤ神とかいうのは、この国の建国者の一人が神格化されたものだと聞いたが……ホントだとしたら、菅原道真ばりの出世だな。
そのシスターに通された教会の中は、やっぱり割とぼろい。ところどころ、壁紙は剥がれているし、穴も開いている。
「す、すみません。どうしてもお金が足りなくて、壊れたところは放置気味で……」
耳が痛いな。ちゃんと教会には金がいくようにしておいたのに。
それでも、俺をもてなしてくれるらしい。出されたものは、それなりに高価なものであると察されるお菓子が出てきた。
「こんなものしかなくて恐縮ですが」
「いや、むしろ悪いな。……それで、スーはいつ頃からこの教会に?」
「……もう一年になりますかね。うちの子たちが帰れなくなってきた時に、連れてきてくれたんですよ。その時に、うちの子たちが彼にとても懐いていたんですよ」
「それ以来、ちょくちょく来るようになってくれた、と」
「はい」
まあ、人に聞いたものでしかないが……スーの性格的に、あり得る話だな。
昨日買っていた食料と薬は、そのためのものなんだろうな。
「彼は来るときに、必ず食べ物や薬を持ってきてくれて、そのおかげでだいぶ助かっているんですよ」
「なるほど」
その金はどこから出ているのかは知らんがな。
「それで……昨日、スーはここに泊まったのか?」
「ええ。彼が来るとどうしても子供たちが寝るのが遅くなってしまうので困りますが……それでも、子供たちが笑っている時間は増えるので、喜ばしいことですね」
やっぱり、スーはどこでも好かれているな。
と、そんなこんなで話していると、スーが子供たちを連れて部屋の中に入ってきた。彼らが話している内容から察するに、どうやらそろそろ昼ご飯らしい。
「さあ、ちゃんと準備を手伝うでござるよ」
「「「はーい」」」
なかなかいいお兄ちゃんをやってるじゃないか。
「よお」
俺が軽く振り向いてスーに声をかけると、スーがびくりと体を震わせた。
「どうした? 俺がここにいるのが不思議か?」
「……どうしてここが?」
「薬屋のばあさんが教えてくれたよ。昨日、血相変えて走ってたってな」
「そうでござるか……」
少し残念そうな顔をするかと思ったら、スーは『やっぱりね』という顔をしていた。
……この顔も見覚えがあるな。すべてを諦めたような顔。やはり、こいつは俺に似ている。
まあ、似ているだけだ。似ているだけで、俺とは全然違う。俺と違って――こいつは、一人じゃない。
そのことをちゃんと気づいているんだろうかな……スーは。
「まあ、取りあえず……見つかってよかったよ」
俺はそう言うと立ち上がり、出口に向かって歩きだす。
「まだここにいるか?」
「……今日いっぱいはここにいるつもりでござる」
「そうか。じゃあ、飯を食ったらすぐに来る」
そう言って立ち去ろうとすると、シスターが俺のことを呼び止めてきた。
「あの、よろしければ一緒にお食事はいかがですか?」
「いや、どのみち戻らねばならないんだ。待たせている人がいるからな」
ライアに報告しなくちゃならないし、そもそも、俺が食って子供たちの分を減らすというのも悪い。断るのは失礼かもしれないが、ちゃんと断らせていただこう。
スーの方をちらりと見ると、スーは……なんだか、少しおびえているように見える。しかも、その怯えは俺に向けられているのではなく、もっと別の物に向けられているようだ。
なんだろう……と思って考えようとしたが、すぐに思い当たる。たぶん、俺にスーの本名が『スティア・グラブル』であることをバラされるのが怖いんだろう。
(ばらしはしないんだがな……)
今はそれよりも、取りあえず宿に戻ろう。
まったく、大変だな、お互い。
~~~~~~~~~~~~~~~~
「というわけで、これからはそう言った教会にも支援を分ける方法が必要だ。支援について調べたりする部署を新しく作るべきかもしれない」
宿に帰った俺は、ライアと昼飯をつつきながら、さっきの孤児がいる教会についてのことを話していた。
「なるほど。では、取りあえず私の方でも軽く調べておきましょう。あと、アンジェリーナ国王陛下にはお知らせしたので?」
「いや、まだだ。俺はこれからスーのところへ行くから、やっといてくれないか?」
「かしこまりました。……それで、そのスーさんのことなんですが」
「何か分かったのか?」
どうせ、何も言わなくても情報収集をするライアのことだ。何か調べていたのかと思って俺が訊くと、ライアはすこし肩をすくめて首を振った。
「いえ、何か調べていたわけではありませんので。今でも私は彼にこだわる理由が分かりませんから。……単純に、貴方の話を聞いていて、少し思っただけです」
「何をだよ」
「いえ。彼は人に好かれるのでしょうが――同時に、敵も多そうだな、と」
「……まあ、そうだろうな」
スーは、確かにいろんな人に好かれている。この街の殆どの人が知っているんじゃないだろうか、スーのことは。
しかし、そうやってみんなから知られているということは――目立つ、ということでもある。
そして、古来より、目立つ人間というものは、味方もたくさんいるが、その味方の数に比例するようにして、敵も多くなっていく。なんせ、敵の敵は味方、というが、味方の敵は敵だ。
「だが、どうして今それを?」
「特には。……それで、どうでしょうか? 私は午後何をしていればいいので?」
「好きなようにしていてくれ。部屋にいるのもよし、散歩するのもよし」
最後の一口を食べ終わり、俺は立ち上がる。
「ご馳走様。ライア、ここは払っておく」
「どうせ後で、経費で落とすんでしょう?」
図星をつかれてぐうの音も出ない。リーナは甘いから、食費くらいは経費として認めてくれるのだ。まあ、前の世界で働いたことなんてないから、本来、経費ってのはどこら辺まで認められるのかは知らないけどな。
「まあ、テキトーにやってくるさ。味方は一人でも多い方がいいだろ?」
「量より質だと思いますがね」
「――質のいい仲間なら量いたほうが心強いだろ」
俺は微笑を返し、宿屋から出た。
~~~~~~~~~~~~~~~~
さて、教会に行く前に何か土産でも買っていくか。
俺は一応、成り上がりものとはいえ、貴族だ。それなりに金は持っている。贅沢できるほどではないが、こういう時に困らないくらいには。
「まずは、食料と……」
他に生活必需品と言うと……俺ならゲームだが、あそこにいる子供たちはどうだろう。けん玉とか喜ぶだろうか。
遊び道具を買っていくことには決めたが、他に何か必要なものはあるだろうか……簡易トイレ? そんなもん、こっちの世界にはねーし、被災地への復興支援じゃねーんだから、いらないか。
そういえば、一回被災地への支援として生理用品を入れたら、問題になったとかならなかったとか。あの記事のおかげで女性は大分助かることになるとか書いてあったな。
「こっちの世界にも生理用品とかあるのかな……」
俺は男だし、母親も殆ど家にいなかったから、そもそもこういう知識は学校でやった保健体育しかない。だから実際に必要なモノとかは知らんが……あるんだろうか。
「というか、異世界モノとかで異世界に連れ去られた女性たちはその辺どうしてんのかね」
まあ、物語ゆえのご都合主義と言われたらそれまでだが。
思考がそれた。まあ、とにかくテキトーに買っていけばいいか。
「ああ、ペンキとか喜ばれるかもな」
そんなわけで俺はペンキと食料を買い、さっきの墓地を抜けて教会へ歩いていく。
さっきまで聞こえていた、笑い声なんかが聞こえない。どうやら、もう子供たちは中にいるらしいな。
かなりぼろいなーと思った教会だったが、二度目だから外観のぼろさにも慣れてきた。
さっき入ってきた入り口を抜けて……と思うと、何故かドアが開いている。
(……?)
子供たちの誰かが開けっ放しにしていた? いや、シスターは割としっかりしている様子だったし、スーもいた。むしろ、躾の一環としてちゃんと閉めさせるだろう。
嫌な予感が膨れ上がる。何かマズいことが起きているのかもしれない……ッ!
俺は懐からΣを抜くと、足元に構えて背中をドアの横につけ、中をうかがう。
……中から人の気配はしない。これは、いよいよマズいぞ。
周囲を警戒しながら中に入ると、俺の目に入ったのは、
「ッ!」
荒らされたテーブル、ぐちゃぐちゃにされた料理。
窓は破壊され、抵抗したからか、ところどころに血痕が残されている。
しかし、それよりも目を引くのは――
「スー!」
――頭から血を流し、ピクリとも動かないスーの姿だった。
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