第46話 ござる!

「……君は、突飛な発想をしますね」


「そうか? 車だってあるんだからサイドカーくれえありそうなもんだけど」


「サイドカー?」


「あー……このGR20の形状のことを言うんだ」


 英語が通じないのは本当に面倒だな。

 日常生活に使う言葉をまとめた辞書は今作っているんだが……それでも浸透はしない。せめて俺の傍にいる連中だけでも覚えてくれればいいんだが。


「じゃあ、乗れ。そっちの横の方に……」


 とライアに言ってから、待てよ、と思う。

 どのみちライアに案内してもらうんだ。だったら、ライアに運転させた方が早いんじゃないか?

 そう思って、俺はGR20に乗るのをやめて、ライアの方へ向き直る。


「それとも、お前が運転できるというのなら、運転席に乗ってくれ。どうせお前の案内が無いと俺は行けないんだから」


「見よう見まねでよいなら」


 ニコリと笑うライア。


「……テメェならその見様見真似でなんとかしそうではあるが、怖いから俺が運転しよう。じゃ、今度こそ乗ってくれ」


 ライアのことだから、初見でも機兵すら動かせそうな気もするけど、まあ、本人がやったことが無いというのなら、やらせない方がいいだろう。

 俺はライアを助手席に乗せ、自分もGR20にまたがる。


「じゃあ、適当に案内してくれ。大まかにどの辺にあるのか教えてくれると助かる。一応、三日から四日くらいなら野宿できるように荷物は準備してあるぞ」


「いえ、そこまで遠くはないです。ただ、そうですね……この時間からだと、早くて夕方、遅いと日没まではかかるでしょうが」


 ふむ、まあ何かあった時は城に戻れない位置ではないということか。


「じゃあ、アレだな。今夜はそっちの近くで宿をとって、朝方のそんな早すぎない時間に訪問しよう。なんの連絡も無しに会いに行くんだから、それくらい必要だろう」


 場合によっては、何度か訪ねないといけないかもしれない。その覚悟はしておこう。

 まあ、ライアが知り合いだというなら、その心配はないと考えたいが。


「そうですね」


 そんなことを語りながら、俺とライアは走り出した。



~~~~~~~~~~~~~~~~



 さて、GR20を走らせること数時間。ライアが指定した、職人がいるという場所の最寄りの街にたどり着いた。

 この街は、そこそこ交通が発達していて、人も割といる。唯一の欠点をあげるとするならば、治安が悪いことくらいか。


「やれやれ、こうして絡まれるのは何度目だ?」


「六度目ですね」


「ああ!? 何言ってんだテメエら!」


 ため息を一つ。残念なことに、やはり城都から離れると、こうして治安が悪くなるのを避けられない。役人は賄賂を受け取り、悪徳商人が幅を利かせる、なんてのはよくある話だ。

 リーナと俺が、頭を悩ませている案件の一つであり、もっぱら今のところ一番厄介なことでもある。


(……たぶん、エドの野郎がいろいろ動いてくれてるんだろうけど)


 それでも、やはり後手後手に回ってるとしか言いようがない。

 せめて、もう少し人手を増やせればいいんだが、いかんせん内政は俺の専門分野じゃない。ライアが来たから少しはマシになるかもしれないが、今はそのライアを俺の手伝いにさせているからな。


「だからテメェらなんで無視してんだよ!」


「あ、まだいたのか」


 ライアと会話しながら歩いていたら、チンピラに絡まれているのを忘れていた。

 まあ、俺もライアもこの程度のチンピラにやられるほどではないので、とくに脅威と思っていなかったっていうこともあるが……


「ホント、そろそろいい加減にしろよテメェら……」


「そうだ! この人を誰だと思ってるんだ!」


「この辺一帯を〆る――」


「知るか」


 俺は懐から抜いた銃を突きつける。


「風穴開けられたくなかったら消えろ」


「あ、ひ、あ……」


 安い脅しは、俺のスタイルじゃないけど……面倒だから、これでいい。どうせ、役人も人手が足りなくて来れないしな。

 俺が銃を突き付けた奴らは、大慌てで走り去ってしまった。


「ったく、どうにかならないもんかな」


「しょうがないでしょうね。やはり、城都から離れれば離れるほど、こういう輩は増えていきますよ」


「だよなぁ……」


 せめて、自警組織でも発達してくれればいいんだが……まあ、こればっかりはしょうがない。地道にやるしかないな。

 俺がため息とともに再び宿を探そうとすると……後ろから、かなりの速度で誰かが近づいてきていた。


「あ?」


「こらっ! 銃を出していたというのはお主でござるか!」


 そして、間伐入れずに俺の背を蹴飛ばそうとしてきた!


「ッ!?」


 咄嗟のことだから、Σを抜くことも出来ずに、俺は右腕でその蹴りを受け止める。

 それだけじゃ止まらなそうだったので――俺は左手で貫手をそいつの首に叩き入れた。


「ガハッ!」


「さっきの奴らの仲間か?」


 そいつは、普通の服を着ている、どこにでもいる村人Aというような恰好をしていた。麻色のシャツに、青いズボン。さっきのチンピラとかとなんら変わらない恰好だ。ただ……気になるのが、覆面というか、布を被っていて、顔が見えなくなっていることだ。というか、口調も相まって忍者みたいなイメージだ。

 そして……さっきのチンピラと違って、こいつはなかなか出来る。今だって、ちゃんと喉を狙ったのに、少し急所を外され、なおかつ前に出てきて、俺の貫手の速度が乗る前に当たりに来やがった。おかげで、全く効いてないはずだ。

 にもかかわらず、こいつは露骨に効いたふりをしている。俺が油断して近づいたら蹴りを入れるつもりに違いない。

 俺は油断なく構える。さすがに、Σを抜かないで倒そうと思うと骨が折れるが、かといってΣを抜いてしまったら殺さずに取り押さえるのは難しい。

 というかこいつ、体術だけならそこらの軍人より出来るんじゃね?

 謎の男はうずくまって痛がっているが、バレている演技ほど虚しいものはない。俺は冷えた声をそいつに向ける。


「効いてねえのは分かってるんだよ。ほら、早く立て」


 言いつつ、ちらりとライアを見る。ライアは自分が狙われていないからか、とくに警戒なんてしていないようだ。

 もっとも、眼だけは油断なくその男を見据えているが。


「……なんだ、バレていたんでござるか」


「そりゃな。当たる瞬間に急所をずらしてただろうが。それで効いてるやつがいたら見てみたいわ。……で? お前は何もんだ?」


「拙者は、名乗るほどのものでもないでござるよ。通りすがりの正義の味方でござる。先ほど銃を抜いている姿が見えたので、少し事情を聞かせてもらおうと思っただけでござるよ」


「にしちゃあ、いきなり攻撃してきやがって」


 今だって、殺気というか、闘気というか、も消えていない。こちらの隙を伺っている。なんなんだこいつは。


「……事情も何も、さっきアイツらに絡まれたから追っ払っただけだ。正義の味方とかほざくんなら、先にアイツらの方をぶっ飛ばしてくれていたら助かったんだがな」


「なんと、そうでござったか。いやはや、これは失敬。拙者、勘違いしてしまっていたでござる。てっきりこの街を狙う凶悪犯かと」


「テメェの目にはこの世界がどういう風に見えてやがんだ」


 頭のおかしい野郎に絡まれてしまった。

 はぁ、と一つため息をつく。なんでこんな野郎がいるんだ。

 そして同時に、ふと思う。こういう輩がいれば、自警組織くらいできてもいいんだがな、と。

 こいつの戦闘能力は申し分ないだろうし……

 俺が少し、自警組織について構想を考えていると、ライアがスッと俺の目の前に出てきた。


「どうした、ライア」


 俺が尋ねると、ライアはそのござる男の目を見ながら、彼に一つ尋ねた。


「失礼ですが、もしや貴方はリグル・グラブル様に何か縁のある方ですか?」


「リグル・グラブル? それなら、拙者の祖父でござるが……」


「おお、やはりそうですか。その武術、見覚えがあるとおもったんです」


 どうやら、ライアの知り合いの孫らしい。

 というか、こいつの動きはやはり鍛えられたものだったのか。やれやれ、こっちの世界はなんですぐに鍛えられた人間が出てくるんだか。銃火器もあるのに、それを使った流派は少ないし。


「で? ライア、誰なんだ、そのリグル・グラブルとかいう人は」


「おや、そういえば言っていませんでしたね。明日、私たちが会いに行こうと言っていた人ですよ」


「……何?」


 このござる野郎の、爺さん?

 なんだか、凄く不安になってきた。



~~~~~~~~~~~~~~~~



「というわけで、改めまして自己紹介を。店の手伝いをしつつ、正義の味方をしているセイギ・グラブルです!」


「……なんだその名前は」


 人さまの名前にケチをつけるつもりは毛頭ないが、それでも頭に疑問符を浮かべてしまう。

 というか、この国は英語の類が無いのに、人名は完全に西洋圏なことが不思議だったが、まさか「セイギ」という名前の男が出てくるとは……

 俺が戦慄していると、奥からこの店の主人と思われる男性が出てきて、ゴツンと拳骨を落とした。


「バカなことを言ってお客さんを困らせるんじゃねえ! ったく、本当にどうしようもねぇ息子で……すんません」


 なかなかガタイのいい親父さんだ。というか、軍人かよってほどの腕の太さ。なんだこの人。


「いや、気にしないでくれ」


 ちなみに、俺は身分を明かしていない。一代限りとはいえ一応貴族だが、こんなところで貴族と名乗るメリットもない。もしも権力が必要になったら、リーナの名前を出すしな。


「……せ、拙者の名前はスティア・グラブルと申す。スーと呼んでほしいでござる」


 スティア、改めスーが俺とライアに頭を下げる。

 覆面を外したスーは、なかなか整った顔をしていた。いわゆるジャニーズ顔で、目鼻立ちがクリッとしている。髪は金髪だ。

 親父さんに怒られてしょげているのか、しょんぼりとした顔で落ち込んでいる。

 そして、今俺たちは、そのスーに案内された宿屋の、その一階部分――食事スペースというか、定食屋というか、になっている部分で話している。


「俺の名前はユーヤ・ヤマガミ。ユーヤでいい。こっちが、ライア」


「ライアと申します。よろしくお願いします」


 ライアが頭をさげ、俺たちはいったん話の場に着いた。

 当然、話の内容は決まっている。


「単刀直入に言おう、スー。お前、正義のためじゃなくて、国のために働いてみないか?」

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