第33話 VSギルバート

 訓練場。今から機兵を動かすので、殆どの人間は訓練場から出て、ギャラリーに移動している。流れ弾が当たったらマズいからな。

 ちゃんと軍の服に着替えて、用意された訓練機に乗り込む。


 ――また、こりゃあボロいのを選んでくれたもんだ。


 苦笑しつつも、軽く動かしてみる。うん、外見は酷いが、特に問題ないな。反応も普通だ。まあ、もっとも……それは訓練機としては、だけど。実戦投入されてる機体には、やはり遠く及ばない。


 訓練機の武器は、剣のみ。しかも刃は落とされている。

 一方、ライトフットは銃と剣。ムサシには遠く及ばないにせよ、その性能は折り紙付きだ。

 まあ、けど……うん、動くんなら問題ない。これで十分、戦える。

 動作を確認していると、ギルバート機から声が飛んできた。


『ふん、勝負を降りるなら今のうちだぞ』


『そのセリフ、ブーメランだぞ。お前』


 決闘と言えばこのやりとりだよな、なんて思いながら、俺は確認を終える。っていうか、たぶんブーメランって通じてない気もする。ブーメランって日本語でなんて言うんだろう。


 ――さて、どうやって倒すか。


 この決闘、やることは単純、余裕でギルバートを倒すことだ。それも、絶対的な差を見せつけて。タイムアタックではない。差を見せつける、それが重要だ。

 まあ、十把一絡げの奴らならまだしも、ギルバート相手だから、絶対的な差になるかは分からんが……まあ、出来るだろう。

 機兵戦なら、俺は負けない。


『では、決闘の規則の確認です! 一本勝負で、相手を戦闘不能にした者の勝利! 相手の生死は問いません! よろしいですね!?』


『当然だ』


『無論』


 お互い、覚悟は既に決まっている。死ぬかもしれない? それが恐くて機兵に乗れるか。死は、俺が背負うべき業だからな。


『では、決闘開始!』


 開始の合図よりも、ギルバート機が俺の機体へ走ってきた。


「!」


『反応が遅いぞ!』


 ギルバート機の剣が振り上げられるが、俺はレバーを操作して、紙一重で躱す。

 やれやれ、危ないな。


「さて、やるか」


 二度、三度、と振るわれる剣を、全て紙一重で躱しきる。

 ――そもそも、ライトフットの攻撃パターンは全て覚えている。

 初期の動きで、どの方向から振るわれるのかを読むのくらい造作もないこと。

 機関銃の連射も、銃口の向きから予測し、躱す。


(この機体の反応速度じゃ、撃たれてから躱す、は出来ないからな)


 ムサシだったら、撃たれてから反応しても間に合うんだが、この機体じゃそうもいかない。

 経験からくる予測で、攻撃が当たらない位置に行くしかない。


「防戦一方じゃねえか!」


「ギルバート隊長! やってください!」


 俺の形勢不利と見て、隊員たちがここぞとばかりに罵声を浴びせてくる。

 ……WRBをやってたころにも、ヒールだったっけな、そういえば。

 圧倒的な強さってのは、好感よりも反感を買う。当然のことだけど……まあ、しゃあない。

 俺がギルバートの剣と弾丸を躱していると、ミラが動くのが見えた。


(あのバカ! 今罵倒した奴らを殴りに行くんじゃねえだろうな!)


 プライドの高いミラだ。実力も弁えずに……的なことを思っているんだろう。

 というか、マズいな。止めなきゃマジで殴りそうだ。

 ギルバート機の攻撃を躱しながら、俺はスピーカーを通して、ミラに怒鳴る。


『やめろミラ! 黙って座ってろ!』


『ッ! 余所見か!』


 ギルバートから、かなり殺気の籠もった怒声と同時に、弾丸が飛んでくる。

 それを俺は回避し、ミラへ告げる。


『動かないで見てろ、ミラ。そいつらは、男としての――国を守ってきた者としての、全ての誇りをギルバートにかけてるんだ。罵倒も当然だろ』


 男にとって、プライドってのは稀に命よりも重くなることがある。女には分からない感覚かもしれないが。

 見ず知らずのワケ分かんねえ男が、国一番を名乗ってる。そんなの、精鋭部隊のコイツらにとっては耐えがたいことなんだろう。

 だから、それらを含めて――


『俺が全部ぶった斬る』


『やれるものならやってみろ! 若造!』


『俺は出来ることしか言わない方なんでね』


 いったん距離をとったギルバート機が、俺の方へと駆けてくる。

 戦いは始まったばかりだ。



*   *   *



 5分が経った。

 一時は俺に罵声を浴びせていた隊員たちも……今や、黙りきってしまっている。

 それも当然か。だって、


『何故! 当たらん!』


 ギルバート機から、かなり焦燥と苛立ちを含めた声が聞こえたと思った瞬間、ガチン! と機関銃から、ギルバートが、今最も聞きたく無いであろう音が聞こえた。


『――弾切れか。まあ、むしろ5分間撃ち続けてよく保ったと言うべきかな』


『くそっ!』


 弾切れになった機関銃を投棄して、ギルバート機が剣で俺を攻撃する――が、それは、もはや紙一重で避けるまでもなく、少し位置変更するだけで当たらない。

 本来、1対1の決闘で、5分間も戦うなんてあり得ないことだ。だって、機兵ってのは、回避や防御よりも、攻撃の方が得意な兵器なんだから。

 つまり、自分の攻撃が躱され続けるってことは、彼我に圧倒的な戦力差があることに他ならない。

 機体の性能差じゃ埋められない、圧倒的な戦力差が。


『諦めたらどうだ? ギルバート。分かってるんだろう、俺にお前の攻撃が当たらないことを』


『ふざけるな!』


 ――まだ諦めないのか、しょうがない。


 剣を振り上げたギルバート機に向かって、俺は1歩最小の動きで踏み込む。

 そして振り下ろされた剣に上から剣を当てることで、ギルバート機の剣をたたき落とす。


『なっ!?』


 上手くいった。どうなるか五分五分だったけど。


『武器もなくなった。これ以上無様を晒すつもりか? ギルバート』


 いつでも剣で頭をぶっ壊せる(刃の無い剣でも、メインカメラくらい壊せる)位置に動き、スピーカーでそう告げる。


『……………………くそっ、参った。私の負けだ』


 ギルバートが、悔しそうに負けを認めると、辺りが完全な静寂に包まれる。

 俺は一つ息を吐き、額の汗を拭う。


 ――さすがにキツかったな。


 一度も攻撃せずに、相手を降参させる。もう少し簡単にできるかと思ったが……やはり、ギルバートは有能だ。機兵の操縦技術と、戦闘技術ってのは違うってことを、嫌になるほど思い知らされたよ。あと、弘法筆を選ばずってのも噓だな。訓練機じゃマジでギリギリだった。

 ちゃんと、実戦投入されてるライトフットを使えるならまだしも、訓練機って退役機だからな。ところどころ動きに無駄があった。


 一安心していたが、中々審判だった奴が俺の勝ち名乗りをあげない。しょうがないので、催促することにする。


『審判、決着の合図はどうした』


『はっ、しょ、勝者! ユーヤ・ナイト・エディムス!』


 俺は武装をおさめて、元の位置に戻る。

 やれやれ、とりあえずはコレでいいかな。

 後始末のことを考えながら、俺は機兵から降りるのであった。



*   *   *



「お疲れだったな、ユーヤ」


 タオルを渡してくれたミラに、俺は礼を言いながら、そのタオルで汗を拭く。


「ん、悪いな、ミラ」


 俺たちは今、訓練場を後にして、自室へ戻っていた。

 無論、後始末をするために、だけど。


「しかし……あのギルバートは、下手をすれば私よりも機兵の操縦が上手いかもしれない男を、ああもあっさりとあしらうとはな」


「まあな。けど、これくらい出来なきゃ――リーナの夢を後押し出来ない。たった一つの特技であり、俺の存在価値なんだから、それを誰かに譲るつもりはねぇよ」


 機兵の操縦、その一本で俺はリーナを守り、この国を守り、そして貴族へ成り上がった。

 ここを誰かに譲るってのは、俺の価値が限りなく0になるってことだ。『最強』の座だけは、誰にも譲れない。

 俺が、俺だけが機兵戦では最強なんだ。


「……まったく。変なところで自信があったりなかったりだな、ユーヤは」


「ん?」


「――まあいいさ。それより、来たぞ」


「分かってる」


 ミラは頭に甲冑を被り、部屋の隅へ行く。

 俺はティーポットの紅茶をカップに二人分注ぎ、ドアがノックされるのを待つ。

 そして数秒後、コンコン、と俺の部屋のドアがノックされた。


「開いてるぜ」


 俺が促すと、そこから現れたのは――


「失礼します! 機兵部隊隊長、ギルバート・ザービル、ただいま参上しました!」


 ――思いっきり頭を下げてる、苦笑したくなるほど、さっきとはうって変わった態度のギルバートだった。

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