第34話 厳ついオッサンの土下座とか誰得
「申し訳ございませんでした!!!」
――今、俺の目の前でとんでもない光景が繰り広げられている。
なんと、顎髭を生やした190㎝近くある厳つくてゴツいオッサンが、まるでお手本のような土下座をしているのだ。
正直に言おう。メッチャ恐いです。
「え、あ、いや」
あまりにもあまりにもな光景に戸惑っていると、ガバッと顔をあげたギルバートが、さらにまくし立てる。
「数々の無礼、申し訳ございませんでした! しかし! あれは私の一存でやったこと! どうか、どうか処罰は私1人だけにお願いします!」
「い、いや、まずは落ち着け!」
「殿ォォォォォォ!!!」
「誰が殿だ!」
ダメだ話聞かねぇ! こいつこんなキャラだったか!?
なんとか宥めて、とりあえず俺の前の椅子に座ってもらう。
「ったく……ほら、これでも飲め」
見様見真似で紅茶を入れて、ギルバートの前に差し出す。
一口飲む。ん、我ながら中々上出来だ。
この世界、所謂ガスコンロはあるので、一応、熱々の紅茶くらいは飲めるのだ。
ギルバートも恐る恐る一口飲み……そして、少し訝しげな顔をした。
アレ? そんなに不味かったか?
「…………本当に、私を処罰しないのですか?」
「……毒でも入ってると思ったのかテメェ」
テメェみたいな有能な人間殺すかよ。
「いえ、そのようなことは」
首を振るギルバート。っつーか、ギルバートって名前が長いな。
「まあいい。取り敢えず、呼び出した本題だ……っていきたいところだがその前に」
「はい?」
「ギルバート、ギルって呼んでいいか?」
「へ? あ、はい」
何が何だか、って顔をするギルバート……もとい、ギル。うん、2文字になって呼びやすくなった。
「それじゃ、ギル。本題だ」
紅茶の入ったカップをテーブルに置き、ギルの目を見ながら声を真剣なモノにする。
「まずは、確認だ。大体分かってるが……今日の決闘は、機兵部隊の面々に、俺の実力を認めさせて、不満を無くすためにやったもの……で、いいんだな?」
一応疑問の形はとっているが、まあ間違いないだろう。
というか、分かりやすすぎる。正直な話、儀式か何かかと思ったぞ。気づいてなかったのは、ミラと……いても数名だろう。機兵部隊の中でも。
「今まで国を自分たちが守ってきたという自負があるから、立場上俺を認めるわけにいかなかったんだろう。それに……言い方は悪いが、いいわけというか、心の中で折り合いをつけるために憎まれ役をやってくれたんだろ? 感謝するぜ、ギル」
「………お見通し、でしたか」
「もう少し、ちゃんと怒ってたらよかったけどな。お前、真面目過ぎるよ。演技が正直すぎる」
嘆息するギルに、肩をすくめる俺。
人の上に立つのってのは大変なんだなぁ、と他人事ながら思う。
……いや、俺も肩書き上は人の上に立ってるんだったな。リーダー、別の人に変えてくれねぇかな……
俺は畏まられるのは好きじゃ無いんだよ。根が庶民なもんだから。
そう思って、真面目なギルには酷かもしれないな、とは分かりつつも、一つ提案を出す。
「そうそう、ギル。俺とミラとリーナ……ああいや、アンジェリーナ陛下しかいない時には、敬語を使わなくていいぞ。というか、使わないでくれ」
「な、そ、そんなことはできませんっ!」
狼狽えるギル。こいつ、真面目だからか、不足の事態には弱いんだな。
「……根が庶民なもんでな。というか、敬語使ってるから相手に敬意を払ってるわけでもねぇし、敬語を使わないから相手に敬意を払ってないわけでもねぇ。大事なのは、口調や言葉遣いじゃない。相手に対する想いだ。互いに尊重していれば、自然にいい関係になるもんさ」
「そ、そういうものですか……?」
「ああ。……というか、相手がして欲しいと思ってる接し方で接するのが一番の敬意だと思うしな」
しかも、相手がして欲しいと思ってる接っし方について言ってるんだから、そう接する方がいいに決まってる。
「そんなわけだ、ギル。いつも通り話してくれ」
「わかりま……ああいや、分かったのである。ふむ、ユーヤ殿は面白いのであるな」
いやいや、お前の口調の方が面白いぞ、ギル。それが素か。ってことは、さっきまでの、決闘の時の口調も作ってたんだな。
……口調のことに関しては明言を避け、俺は返事する。
「そうか? まあ、価値観はかなり違うだろうな」
国が違うだけでも、価値観は全然違う。まして、俺は文字通り世界が違う。価値観なんて合うわけがないだろう。
「そういえば」
俺はチラリとミラを見る。
「ミラに関しては何もしないのか?」
みんなに隠していても、さすがに王女であることはバレていそうなものだが……一応、訊いてみる。
ギルは「ふむ……」と、少し考えるような仕草をして、不思議そうな顔を作った。
「なんというか……ミラ殿に関しては、みな、あまり気にとめていないようであるな。確かに機兵の操縦は上手いが、国を転覆できる程ではあるまい。身分が高いわけではないようであるし」
アレ? ミラがミランダだってことバレてないの? こんな安直な偽名なのに?
俺としては、正直「見て見ぬフリ」だと思っていたから、これは意外だ。
……ギルだけ気づいてないとかじゃないだろうな。
「ミラ殿は……その、あまり目立たないからということもあったりするのであるが。まあ、国を憂いているのであろう?」
目立たない、か。よく考えたら、コイツが棒術を披露することも無いし、ゴクウで戦っている姿を見せたことしか無い。
追放されたことになっているミランダが、いるとは考えが向かないのかも知れない。
怪しいと思ってる奴はいるだろうけどな。
「ああ。下手したら、俺やリーナ……ああいや、アンジェリーナ陛下よりも、な」
なんせ、国のために兵をあげたんだからよ。その結果、身分も顔も隠すことになっても、まだ国のために動くんだから。
さすがは王族だぜ。
「なるほど」
スッとギルが立ち上がり、ミラの前まで歩いて行く。
そして、ビッと背筋を伸ばし、右手をミラに差し出した。
「私の名前はギルバート・ザービルである。同じライネル王国民として、この国を守っていこうではないか」
「……………」
ミラも無言で握り返す。
あ、そういえば、ミラが喋らないこと言ってなかったな。
「ギル、ミラは昔に喉をやられてな。声が出せないんだ」
「なんと、そうであるか。いやはや、道理で」
ギルが和やかな笑顔になる。
「握手するだけで分かるのである。この男は、かなり出来る、と。下手したら、私以上であるな」
……へぇ、さすがはギル。一発でミラの実力を見抜いたか。やっぱり、実力はあるな。
だけど、今男っつったよな。ミラって女の名前なのに、男だと思ってるのか!?
……おいおい、察しがいいのか悪いのかはっきりしろよ。なんで男だと思うんだよ、ミラって名前で。
俺の内心には気づかず、ギルが俺の方を向いてさらに問うてくる。
「……ということは、常に甲冑を着ているのも、昔何かあったのであるか?」
「ああ。顔の半分と頭が焼けただれていてな。面じゃ追いつかないから甲冑なんだ」
この言い訳は事前に決めていたことだ。
まあ、噓や誤魔化しはお手の物だしな。もっとも、いつかギルには話すことにはなるだろうけど。
俺がそう思っていると、ギルはスッと目を細めた。
「なるほど……いやはや、いろいろあるんであるな。ユーヤ殿、貴方方は、本当に国を憂いているのであろう?」
何度訊かれても、俺の答えは変わらない。
「ああ。無論だ」
「……そうであるか。ならば、何があろうと着いていくのである」
こいつ、凄えあっさり信用してくれるんだなー。信用してもらうために、いくつか話は用意してたのに。
まあ、信用してくれるならそれに越したことは無い。警戒するときは警戒できる人間だと信じているからな。
「さて、じゃあお次はだな」
俺がもう一度ギルを椅子に座らせて、お互いのカップに紅茶を入れる。
ギルはてっきり、さっきのことで俺の用件が終わったと思っていたらしく、キョトンとした顔になった。
「……? まだあるのであるか?」
「なんだ? そんなに帰りたかったのか?」
「いや! そ、そういうわけではないのであるが!」
狼狽えるギル。お前、だから狼狽える様が面白いから。
「というか、むしろ、コレがお前を呼んだ最大の理由だしな」
紅茶を飲みつつ、俺はニヤリと笑う。
「はて? 最大の理由……?」
ギルが首を傾げていると、コンコン、と部屋のドアがノックされた。
「ユーヤ、いますか?」
「ああ。ギルバートもいるぞ」
「では、失礼しますね」
ガチャリ、とドアが開けられて、出てきたのは、勿論リーナだ。
「あ、あああ、アンジェリーナ陛下!?」
ガタガタッ! とギルが慌てて立ち上がる。って、こけてるし。
それをニコリとほほえみで制して、リーナは部屋の中へ入ってくる。
「ギルバート・ザービル」
「は、はい!」
俺の隣に立ったリーナが、ギルの名前を呼ぶ。
ギルはビシッと背筋を伸ばして、最敬礼する。
そんな姿を見て満足げにリーナが頷き、書面を読み上げた。
「ギルバート・ザービル。貴方を、王家直属特別兵に任命します」
「は?」
ギルの顔が、かなり面白い感じに固まった。
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