第35話 スパイって戦争モノの基本だよな

「まあ、そんなわけだ。これからよろしく頼むぜ? ギル」


 ぽん、とギルの肩を叩く。それでも、ギルはフリーズしたままだ。

 ……やれやれ、戦場でその理解力じゃ命取りだと思うけどな。

 肩をすくめて、リーナの方を向く。


「リーナ、説明は俺からしとくか?」


「そうですね……お願いしてもよいですか? 今日はもう少しで仕事が終わりそうなんです。そしたら、今晩、今後のことについて少しお話しをしましょう」


 微笑むリーナ。

 そんなリーナから書類等諸々を受け取り、俺も笑みを浮かべる。


「分かった。じゃ、また今晩な」


「はい、ではまた」


 リーナがチラリとミラの方を見る。

 そして、少し申し訳なさそうにしながら……バタン、と扉を閉めて外へ出た。

 やれやれ、まだ気にしてるんだろうな、ミラがこうなっていることを。

 本人は、割と楽しんでいるようなんだけどな。どう考えても、ミラは王向きの性格してないし。


「さて、ギル。俺がお前の上司として詳しく説明するから、もう一度座ってくれ」


「わ、分かったのである……しかし、ユーヤ殿、その前に、な、なぜ陛下とあんなに親しげに……?」


「ん? ああ。……まあ、いろいろあってな」


「いやいやいや!? いろいろで陛下とあんなに親しげになるなんておかしいのである!」


 そう言われても、成り行きとしか言い様がないからどうしようもない。

 唐突にこっちの世界に飛ばされて……

 何も持っていないまま、機兵を目撃する。

 訳も分からないままリーナに出会い、そして訳も分からないまま俺は機兵に乗り……

 何だかんだで機兵を操り、国を取り返した。そんでそのまま貴族になって、今に至る、か。

……改めて思い出すと、俺ってこの短い間に、人生が急転換しすぎだろう。


「はぁ……」


 いやまあ、前の世界に比べれば、こっちの世界の方が圧倒的にいい。

 圧倒的にいいが……しかし、面倒事も増えたんだよな。


「ど、どうしたんであるか? なんだか、凄く苦笑いしておられるが」


「なんでもねーよ。まあ、俺もリーナもあんまり身分とかが好きじゃねえからな……」


 無論、締めるべきところは締めなきゃならないけどな。けど苦手なんだよ、俺。特に、リーナと俺は女王と平民として、出会ってないからな。

 じゃあどんな関係かと言われると……戦友、か? 今のところは。


「まあ、そんなこと、今はいいんだよ。それより、説明だ」


 書類をいくつか机の上に広げる。


「まずは、王家直属特別兵というのは何か、だ。単純に言うなら……そうだな、軍として運用しない、王のみの特別な戦力、って感じかな」


 俺を筆頭に、メンバーは今のところミラだけだ。

 ミラは単体で純粋に強いし、第1世代機兵も使える。

 俺はムサシを操縦するし……そもそも、リーナの護衛だ。


「俺たちに命令を出せるのは、王だけだ。正確には、俺に命令を出せるのが王だけで、お前らは俺の命令を聞くことになる。まあ、俺は一応上司だからな」


「なるほど……」


「普段の業務はいつもとなんら変わりは無い。お前はいつもどおり機兵の訓練や鍛錬に励めば良いし、俺らもそうしてる。だが……有事の際は、真っ先に王の下へ駆けつける。それが王家直属特別兵だ」


 なんてかっこつけてみるが、要するに王の……リーナの私兵だ。

 昔から、王の私兵は情報収集から、暗殺までこなす最強集団って決まってるからな。

 裏の世界では、俺たちの名前を聞いただけで震えあがるような集団に、いつかはなってみせなきゃならない。

 そのためにも、まずは優秀なリーダーが必要だ。

 何度も言うけど、俺はリーダーとして有能なわけじゃないからな。名目上は俺がリーダーだけどよ。


 俺がミラに紅茶を頼んでいると、ギルが書類に手を伸ばして読み始めていた。どうやら、興味は持ってくれたらしい。

 もっとも、興味があろうとなかろうと、命令である以上逆らえないんだけどな。


「これは……しかし、何故私なのであるか?」


「だから言ってるだろ。お前が有能だからだよ。軍だけで使うのは勿体ないくらいに、な」


 自己評価はしっかりしているタイプだと思っていたんだけどな。

 俺が少し残念に思っていると、ギルが本当に不思議そうに口を開いた。


「しかし、ここには『並み以上に秀でている何かがある者』と書いてあるのである。私は確かに、人よりもある程度優れている自信はあるが……ユーヤ殿の機兵の操縦のような、あんな規格外な力は持っていないつもりである」


 その並以上に、ってのは選考基準ガバガバなんだけどな、ってのは少し黙っておく。


「そうか?」


 俺は紅茶を一口飲んで、ギルの質問に答える。


「お前の能力は、指揮及び指導……つまり、組織を引っ張るものとしての能力だ。これは、今のところお前以上の奴を知らない」


 こういった、リーダーとしての素質は、得てして見づらい。使われる側なら分かるが、上司だったり、傍から見てるだけだと中々分かりづらいからな。

 俺も、リーナに言われなかったら、たぶん見逃していた。

 ……そういう意味では、リーナは本当に統治者に向いている。人の素質を見出すのは、上に立つものとして持っていて欲しいスキルだからな。

 かつて呉の孫権は、武術でもカリスマ性でも、兄の孫策や、父の孫堅に及ばなかったという。

 しかし、彼は人事の達人だった。その力で、彼は最終的に呉を維持していた。

 やはり、才能を見出す力は、支配者、統治者としてどれほど重要かということだ。


「クーデター……ああいや、武力政変の時、こっちの被害があれだけで済んだのは、やはり城都で最後まで踏ん張ったお前の力だ。後でいろいろ確認したが、俺たちが間に合ったのは、お前の戦いがあったからだ。現場での指揮能力は、やはり高いと自負していい」


「そ、そうなのであるか……」


 照れているのか、少し赤くなるギル。おっさんが頬を赤らめる姿とかマジで誰得。

 ……けど、こいつは先代の時から今の役職にいるわけだ。

 リーナの見る目は、血筋なのかね。

 そうだ、ついでに今度もう一人の血族にギルの評価も訊いてみるかね。

 ミラをちらりと見るが、彼女は紅茶を淹れてくれただけだった。ありがたいけど今のアイコンタクトは違うんだよミラ……というか気が利くなミラ……。


「じゃあ、そんなわけだ。これからよろしく頼むぞ、ギル」


「わ、分かったのである! この、ギルバート・ザービル! 全身全霊をかけて、この役目を全うしてみせるのである!」


「よし、頼んだぜ」


 ニッと笑って、俺はギルに手を差し出す。

 ギルはそれを掴むと、俺へと笑いかけてくれた。


 ――さあ、これでまず一人。








 何度もこの部屋の前には立ったが、慣れるものではない。だって、今から女子と二人きりになるんだぜ? それも深夜。……よし、落ち着け、深呼吸。


 コンコン


「どうぞ」


「入るぜ、リーナ」


 俺は扉を開けて、リーナの部屋に入る。


「それで……ギルバートはどうでした?」


 リーナの部屋は簡素だ。とても女王の住んでいるとは思えない。

 リーナが座っている執務机の前まで行って、机に腰掛ける。


「ギルバートは、普通に王家直属特別兵になってくれたぜ? 何か心配していたのか?」


 と、言ったところで――ああ、と思った。


「――問題ないと思うぜ? あれが全部演技だとは思えない」


 俺を完全に欺くなんて、シューヤでも無理だ。


「なら、よかったです。というか、草というのはどこにでもいると言ったのは、ユーヤですよ?」


「そういえばそうだったな」


 幼いころからの親友が、スパイだった、ってのはよくある話だ……って言ったのは俺だったな。

 かの有名な話では、どっかの大国の大統領の側近全員が、某ソ連のスパイだったとかいうこともある。

 だからといって、この王が交代したという大事な時期に、スパイ探しなんてして、いたずらに混乱させるわけにもいかない。

 だから、せめて俺たち王家直属特別兵だけでも、確実にリーナに従う奴を入れたい。

 そのため、俺が判断していたわけだ。


「今のところ、俺は確実に裏切らない。ミラもな。ギルも問題ないだろう……さて、他に誰にするか?」


「国の中枢にいるものは、もうやめた方がいいですか?」


「そうかもな……あ、そうだ。クラウディアも誘おう」


「クラウディアを?」


 ぴくりと眉を動かし、少し目に険を込めるリーナ。あれ? なんか俺は変なことを言ったか?


「何故ですか? 料理が上手だからですか? いいお嫁さんになりそうだからですか!? 言っておきますけど、私だって料理の一つや二つ、出来るんですからね!」


 な、なんで怒り出すんだリーナ!


「お、落ち着け!」


「どういう意味で言ったのか、はっきりと言ってくださいユーヤ!」


 普段、国中の「アンジェリーナ陛下は本当にいつも笑顔で、怒ることなんてあるのでしょうか」とか言ってるやつらにこの姿を見せてやりたい!

 なぜか、俺がほかの女の話をするとこいつは激昂するんだよな……

 とか言ってる場合じゃない。俺はリーナをなだめるために、言葉を絞る。


「お、落ち着けよ。単純に、アイツの戦闘力と隠密性だ。本当はレイニーばあさんがいいんだが、あの人は協力してくれないだろう。そこでクラウディアだ。実力自体は、天ノ気式戦場活殺術を使えるから、問題ない。一見平凡だから」「平凡な娘がいいんですか! 女王はダメですか!」「だから落ち着け! なんの話だ! ……一見平凡だから、街での情報収集がしやすい。遠征でも役に立つ」


 結局、あいつは強さよりも、そっちだ。

 今のところ、うちには身分を隠せる奴はいない。俺は貴族だし、顔がここ最近で売れてしまった。ギルもダメだし、ミラも無理だ。

 しかし、クラウディアなら、身分も平凡、見た目も平凡。だけど実力はある。

 あいつは、実力を測りづらい。それが武器になるはずだ。

 ……と、言っても、これは全部あいつと一度会っただけで思ったことだから、もう一度見てみて判断することだけどよ。


「ほかに候補はいるか?」


「そうですね……あ、一人、実力者と噂の人がいますよ」


「お? 誰だ?」


 俺は少し身を乗り出して尋ねる。

 なんというか、今は軍師的な存在がほしいところなんだが……


「臥狼と呼ばれる、名軍師です」


 ――あれ? ビンゴ?

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