第36話 唐突なイチャイチャ回

「そいつは、どんな奴なんだ?」


「そうですね……嘗て、私の父、エドワード・ドウェルグの最も信頼する軍師で、私の師匠、ウィンサニー・ウェーンライトが、『アイツとは戦いたくない』と言わしめるほどの、文武共に実力者です」


 ……機兵を素手で解体する化け物と互角? なんだその化け物。妖怪だろそれ。


「というか、そんな奴ならなんで今はいないんだ?」


 その話を聞く限り、前王から仕える忠臣っていうイメージなんだが。

 俺が疑問に思って訊くと、リーナも知らないようで、申し訳なさそうに首を振った。


「私が物心ついた時には、もうお父様を支えてはいませんでした。誰も……彼について教えてくれなかったので、私も先日まで忘れていたんです」


「……そうか。今、そいつが何処にいるか分かるか? 明日、早速会いに行こうと思うんだが」


 俺がリーナに言うと、リーナは何故か苦笑してから……


「わ、分かるんですが」


「なんだ? そんな辺鄙な場所なのか?」


 GR20で行けない場所となると、ちょっと困る。

 アレで行けないとなると……最近練習している馬で行くしかない。馬なら、なんとか山道とかも行けるからな。

 俺が少し困った顔をしていると、リーナは慌てて手を振った。


「い、いえ、全然辺鄙な場所じゃなくてですね」


「となると、説明が難しいような場所なのか?」


「いえ……その、一度行ったことがある場所でして」


「お、それなら問題ないじゃないか」


「そう、行く分には問題ないんですけど……ま、まあ、行けば分かります!」


 ……なんだこの怪しいリーナは。

 もっとも、怪しかろうがなんだろうが、俺は行く以外の選択肢はないんだけどな。


「――まあ、危険な場所じゃねえんだろ?」


 俺が訊くと、リーナは当然ですとばかりに頷いた。

 ――クーデター以降、この国の治安は悪化するどころかむしろ良くなっている。

 俺の現代知識もいくらか使ったが(割れ窓理論と言って、詳しくは省くが端的に言うと『手も入れば足も入るって言うなら、最初から手を入れさせない』って感じだな)、それ以上にリーナの治世のおかげで頑張っている。

 衛兵とか、役人も頑張っているみたいだしな。


「そこに行くまでの道のりは問題ないんですが……何分、本人が……」


「そんなにヤバいやつなのか?」


 仮にも軍師をやっていた人間が、そんなに異常だとは思えないんだが。


「その、お父様と意気投合していた時点で普通の人であるはずがありませんし……しかも、一線を退くときに大きな事件があったと聞きました。その事件がどんなものかは知りませんが……そこにもしも地雷があって、怒らせてしまったなら」


 機兵を素手で解体する化け物と同程度の実力者を怒らせる、か……それなら素手でライオンの檻に入った方が勝率は高そうだな。

 というか、意気投合していた時点で変人って、お前のお父さん……いやまあ、何も言うまい。


「ちなみに、師匠は……おそらく、私が十人がかりで戦っても勝てません」


 俺の十倍は強いリーナの、さらに十倍強いのか……


「怒らせたら、死ぬな」


「はい。それでしかも、ユーヤは歯に衣着せぬ物言いをしますから……」


「う……ぜ、善処する」


 というか、そんな話を聞かされると、行く気が無くなるな……


「その……行かなくても、いいんですよ?」


 申し訳なさそうに言うリーナ。

 まあ、そんな化け物と交渉して味方に引き入れなきゃなんないんだ。不安になる気持も分かるが……


「そんな選択肢はねーだろ。行くよ」


 リーナのためになら、戦うしかない。

 それに、まともにぶつかって勝てない相手なら、まともにぶつからないに限る。

 ちゃんと毒物も用意するし、下に例のアンダーウェアだって着こむ。


「本当は私も行ければいいんですけど」


「お前は女王だろ? まずはその仕事からだ。お前に出来ないことは俺が手伝ってやるから、しっかりと自分の役目は果たせ」


 そう言って、ちらりとリーナの机を見る。

 綺麗なもんだ。今朝あった山積みの書類はきれいさっぱり消えている。

 ……ホント、仕事できるなこいつ。


「さて、ユーヤ。仕事の話はこの辺にしておきましょう」


「ん、そうだな……」


 夜、二人きりで女性の部屋に来た俺。大事な話をすると言って人払いはすませてあるし、そもそも俺はリーナの護衛。朝、この部屋から出て行ったとしても不自然には思われないだろう。

 そんな状況で、仕事の話が終わったんだ。ここからは、二人きりのプライベートな時間。誰にも邪魔されない、二人だけの空間だ。

 となれば……することは、一つ。


「ユーヤ……」


「リーナ……」


 近づき、見つめあい……そして、二人同時に言う。


「「勝負」」


 今日は、俺は部屋からチェス……のような、この世界独自のボードゲームを取り出す。


「最近は負けてばかりですからね……今日は負けませんよ、ユーヤ」


「最近はって……ゲームで俺に勝ったことないだろ、リーナ」


 苦笑しつつ、駒を並べていく。

 リーナは忙しい。それに、幼いころから同い年くらいの友人というものもいなかった。姉は年が離れてるし、親は王だ。

 必然的に、人と遊んだ経験が少なくなる。


(だから……まあ、息抜きくらい付き合ってやらないとな)


 決して、真剣に何か別のことに打ち込んでいないと、リーナの美貌のせいで理性を抑えるのに精いっぱいになるとかそういうわけではない。


「そういや、リーナ。この前お前から貰ったお菓子、美味しかったぞ。ありがとうな」


 駒を動かしながら、雑談に興じる。

 王の悩みなんかを聞くのも俺の仕事。雑談しつつ、最近困っていることなんかを聞き出す。


「い、いえ、そんな……」


 なんか少し頬を染めて、嬉しそうになるリーナ。お気に入りのお菓子だったのか? 人間、自分の好きなものを褒められると嬉しいもんだからな。


「凄い美味しかったぞ。元の世界でも味わえなかったおいしさだ」


 俺がもらったおかしはクッキーだったんだが、どうもこっちの世界でしか取れない蜂蜜(に似た何か)が使われているらしく、独特の甘みがあって、すごくおいしかった。


「そ、それはよかったです」


「作った人の腕もいいんだろうな。凄く絶妙な味わいだった。また食いたいもんだよ。というか、毎日でも食いたい」


 と言って、そうだ、と思う。明日、出張に行く前に買いに行こう。

 それなら、気の重くなるクエスト(怒らせたら一撃死のデスゲーム)も少しは気楽に行けるかもしれない。

 もしかしたら、遠くの領地にいる領主とかから貰ったのかもしれないが、一応訊いておこう。


「あれ、どこで手に入るんだ?」


 何気なく言ってふとリーナを見ると、顔を真っ赤にして固まっていた。


「……? 何してるんだ? リーナの番だぞ」


「へ、あ、はい」


 そうしてリーナが動かすと、ポーンに当たる駒をとられたので、お返しとばかりにこちらも取り返す。

 このゲームは、将棋ともチェスとも違って、とったらとりっぱなしの駒と、とったらもう一度使える駒がある。

 そこが戦略を面白くするし、面倒にする部分でもある。

 他にもいろいろとオリジナルなルールが存在し、中々面白い。


「……わ、私が」


 俺がゲームを楽しんでいると、ぴたり、とリーナが駒を動かす手を止めた。そういえば、あのクッキーがどこで手に入るか聞いたんだっけ。もしかすると、思い出すのに時間がかかったのかもしれない。

 俺がどこで手に入るのか期待を膨らませてリーナの顔を見ると……


「ん?」


 ……かぁっ、と頬をさらい赤くしている。な、なんで?

 元の色が白いから、凄く赤くなるのが分かりやすいな。


「わ、私が、作ったんです……」


「へ?」


 何やらか細い声で言ったので、俺は聞き返す。


「なんて?」


「だ、だから……わ、私が作ったんです」


「え」


 え。

 ……え。

 ……………………え?


「そ、そうだったのか」


 そもそも女王であるお前が何やってんだよ、とは思ったものの、そのすごく嬉しそうな、恥ずかしそうな顔を見ると、何も言えなくなってしまう。


「そ、その……あ、ありがとう」


「い、いえ……どういたしまして」


 お互い、顔を真っ赤にして沈黙。

 黙々と、駒だけを動かす時間が始まる。


(き、気まずい……)


 な、何か会話をしなくちゃいけないことは分かるが……というか、なんでリーナはこんなに赤くなっているんだ? 確かに俺は褒めたが、そんなに変なほめ方は……


『毎日でも食べたいくらいだ』


 ハッと、そこで自分が言ったセリフを思い出して沈黙する。


(これかぁぁぁぁぁぁぁ!?!?)


 もしかして、これをプロポーズ宣言ととられた? いや、確かに毎日でも食いたいとは言ったけどそれは言葉のあやというかそもそもそれなら毎日君の味噌汁を食べたいとかいうだろうしまあ確かに毎日食わせてくれるならそれはありがたいんだけど決してそれは毎朝リーナと一緒の布団から起き上がりたいとかそんなやましい気持ちがあるわけじゃなくてつーか結婚ってなんだよプロポーズってなんだよ俺らまだ付き合ってもいないのにそもそも付き合うってなんだよ好きってなんだよ確かに俺はリーナのことは仲間だと思って信頼しているし大切に思っているし全然毎日暮らせるかと言われたら暮らせるけどそれは恋じゃなくて単純に仲間として仲間として仲間ってなんだっけ俺ってそういやうあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!


「ゆ、ユーヤ?」


「ハッ!」


 リーナに声をかけられて我に返る。どうやら俺は意識を飛ばしていたらしい。


「な、なんでもない」


「そ、そうですか……その……ま、毎日食べたいと言っていましたけど……」


「へ? あ、その、た、確かに言ったが!」


 それはプロポーズでもなんでもなくて――


「じ、時間の都合上それは厳しいんですが、その、出来るときは作るので……ま、また出来たら、差し上げますね」


 はにかむように笑うリーナ。

 その笑顔を見て、ふっと俺も笑みを返す。


「……ありがとな、リーナ。楽しみにしてるぜ」


「はい!」


「ただし、頼んでる俺が言うのもなんだが、仕事に支障が出ない範囲でな」


「わ、分かってますよっ!」


 そうして二人で笑いあう。


 いつまでもこの笑顔を守りたい。

 そう思った、夜だった。

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