第二章 地盤固めへの奮闘

第31話 クーデターを終えて

 さて、武力政変ことクーデターはなんとか失敗に終わったわけだが、そのおかげで問題が減るわけでは無い。むしろ増えた。

 まず、俺の処遇。これはリーナも大分悩んだらしいが……結局、俺は貴族になることになった。階級は、一番低い騎士だが。


 ――さて、この国の貴族というか、身分の制度を軽く説明しよう。

 まず、一番低い身分が奴隷。更にその中でも、犯罪奴隷が一番身分が低い。

 犯罪奴隷というのは文字通り、過去に重罪を犯したものが堕とされる身分のこと。主に、鉱山とか、そういう、人が働きたくない所で働かされている。

 一生奴隷というわけではなく、中には何年間働けば自由になれる、とかいうのもある。まあ、刑務所に捕まったら労働させられるから、それみたいなもんだ。罪状に応じて送り込まれる職場が変わってくるらしいが、そこまで詳しくは知らない。

 そして、借金奴隷。これもまた文字通り、借金が返せなくなって、奴隷になった人のこと。大概は、その借金をした人に雇われるようだ。

 こちらは、ちゃんと給料も出るので、借金を返済し終われば、無事に身分が戻される。

 もちろん、奴隷狩りは禁止だが、裏では取引されていたりするらしい。他国の人間の奴隷とかな。そういうのを潰すのもしていかないとな。


 次に、平民。この場合の平民とは、貴族でも、奴隷でも無い人全員のことだ。

 稀に奴隷に堕ちたり、貴族になったりすることがあるが、基本的にはほとんどの人が平民で終わる。

 地域の老人とか――他には未亡人など。まあ働き口が無い人――が読み書きを教える場所はあったりするので、平民の識字率は高いそうだ。こういう所には国から補助金が出たりするので、まあ学校と言っても差し支えない。


 ……で、ここからがややこしいんだが、次に身分が低いのが、騎士と、準男爵。この二つの位は同じだ。

 元の世界では確か騎士の方が下だったはずなんだが……まあ、異世界なんだから、ルールが違うんだろう、ということで納得しておく。

 俺が今回もらった階位は、騎士。この騎士っていうのは、戦場で武功をたてた、軍人以外の人に与えられる階位らしい。

 準男爵ってのは、一定以上の財産を持っている人に与えられるらしく、一般人から貴族になるには、この二つのどちらかからなるしかないらしい。

 そして、さらに実績を出して領地をもらうと、男爵になれる。

 で、ここからは実績や婚姻等で爵位が上がっていく。順番的には子爵、伯爵、そして王族及びその親族以外が上り詰められる最高の爵位が侯爵だ。

 その上はもはや、王族の親戚だけが貰える公爵と、王家のみだ。


 平民の中でも、軍人になるとまた話は変わってくるんだが……今は関係無いので割愛。


 とまあ、こんな感じで、俺は軍人では無い身で武功をたてたので、騎士に任命されたわけだ。

 そうそう、平民が貴族になるとき、名字を変えるっていう風習がある。要するに「~家」の初代になるわけだから、新しく名字を決めなきゃならないわけだ。


 で、俺は新しく『エディムス』っていう名字を決めた。最初は山上を英訳してマウンテンアップとかにしようかと思ったけど、長いからやめた。

 結局、前国王ことエドワード・ドウェルグと、ムサシの名前を合体させてもじってこの名前にした。

 だから、今の俺は「ユーヤ・ナイト・エディムス」だ。純日本人に似合う名前じゃねぇ……

 ちなみに、王家から追放されたミランダは、今は「ミラ・ウェーンライト」っつって、レイニー婆さんの娘、クラウディアの叔母ってことになっている。銀色の髪を黒に染めて、化粧を変えるとぱっと見は別人に見えるから、女ってのは恐いね。


 とまあ、そんな感じで、俺はライネル王国で正式な身分を手に入れたとさ。



*   *   *



 ある日の昼下がり、俺は鍛錬上で、ミラに稽古をつけてもらっていた。


「脇が甘いぞ!」


「どわぁ!」


 ……ミラのやつ、超強い。俺はゴム弾をロードしているΣと、木のナイフを使って戦っているんだが、棒を持つミラに一撃も当たったことが無い。

 そして今も俺は思いっきり吹っ飛ばされた。


「っつつつ……あー、強えな、ミラは」


「ふん、機兵の扱いはお前の方が上だが、格闘戦はまだまだだな。ここが戦場なら死んでいるぞ?」


「いや、戦場だったら毒とかばらまくか、狙撃するわ。こんな化け物と正面から戦うわけねーだろ」


「……実際に、それでなんとかしてしまいそうだから、お前と殺し合いはしたくないな」


 ミラはため息を一つつくと、俺にタオルを投げ渡してきた。

 俺はそれで汗を拭きつつ、立ち上がる。


「つーか俺はリーナに習うつもりだったんだけどな、天ノ気式戦場活殺術」


 俺は今、ミラから稽古――それも、王族が習っていた、天ノ気式戦場活殺術を習っていた。

 これがまた難しい。基本からまずキツい。


「そんなことを言っても、アンジェリーナはもうこの国の王だ。そんな暇は中々無いだろう」


「まあ、そりゃなぁ」


 今俺達が稽古している部屋は、王城の地下にある一室だ。ここは所謂「秘密の稽古部屋」で、代々王族が密かに訓練するために使われていたんだとか。

 大きさは教室くらいで、そんなに広くないが、限られた人しか近づけないので、誰か部外者にはそうそう見られないので重宝する。

 そもそも、ミラは追放扱いになっているからな。ココ以外だと、甲冑を被って、一言も喋らないようにしている。


「それにしても、ボコボコ棒で殴られると、さらに馬鹿になっちまうよ。今だって大した頭がついてるわけじゃねーのに」


「何を言う。実戦形式で教えてくれと言ったのはお前だろう? ユーヤ。基礎とかを習いつつ、自分の戦い方に合わせてカスタムするから、と」


「そりゃそうなんだが」


 天ノ気式戦場活殺術ってのは、リーナとミラ、前王が習っていた、ウェーンライト家――つまり、レイニー婆さんの家が開祖の、武術だ。

 本来は多く広める武術では無い、血筋だけで継承する武術なんだが、王家だけはこれを習っている。というか、前々王がウェーンライト家の前当主とマブダチだったため、その代から王族が教わるようになったんだとか。

 俺は白兵戦がまだまだだということを、ラクサル――リーナを攫いに来た暗殺者――との戦いで痛感したからな、こうして習っているわけだ。


「しかし、一剣一銃で戦う型は天ノ気式戦場活殺術には無いから、一から作るユーヤの姿勢はある意味正しいんだろうが……」


「並大抵のことじゃあねぇよなぁ。習い始めてから割と経つのに、未だにミラから1本もとれない」


「いや、以前に比べたら見違えるように強くなっているぞ。体も前よりもっと引き締まっている」


「そうか、それならいいんだけど」


 俺は話しながら、水を飲む。水道を広めたいところだが、なかなかそうもいかないのが現状だ。

 リーナにはいくらか元の世界の知識を伝えたが、反映するのにはもう少しかかるだろう。


 ミラに今俺が飲んでいた水筒を投げ渡し、屈伸する。ちなみに、今の俺は腹筋が割れている。俺は動けるネトゲーマーになれるな。


「……未婚の淑女は間接とはいえ口づけはしない方がいいんだが」


「どのみちお前は表舞台では結婚なんか出来ねぇんだからいいだろ。最悪は俺がもらってやろうか?」


 からかうように、含み笑いしつつミラに言ってみると、渋い顔をされてしまった。やべ、セクハラだったか?


「その言葉、リーナの前では言うなよ? またリーナに怒られるぞ」


 あれ? なんか見当違いのことを怒られた。


「ああ? なんでだよ」


「……はぁ、リーナも男を見る眼があるのか無いのか。というか、アレはリーナ自身も自覚していないだろうな。ヤレヤレ、巻き込まれる身にもなってもらいたいものだ」


「なにブツブツ言ってるんだよ。元王女」


「その呼び方はやめろ! まったく、ほら、いくぞ。構えろ」


「おう。あ、あとでちゃんと機兵の訓練には出ろよ」


「分かっている。今日こそお前から1本とってやる」


 機兵の訓練は、一般兵と混ざって行う。

 軍の内部でも、選ばれたエリートが「機兵部隊」に所属できる。これは、通常の指揮系統から外れた、独特の部隊だ。

 さらにその特別な部隊の中でも、俺とミラは特別な「第一世代型機兵操縦兵」だ。

 これに命令を下せるのは、王だけだ。つまり、リーナだけ。まさに、特殊部隊。

 俺は王家直属特別兵、の主任だ。厳密に言うなら、王家直属特務課の主任で、その部下が王家直属特別兵と呼ばれるわけなんだけど。つまり、今はミラだけだ。

 ただ、これはあくまで裏の肩書き。本当の肩書きは「第一世代型機兵操縦兵」で、王の護衛。……正直、何処の馬の骨か分からないからか、かなりの反感を買っている。

 面倒くさいけど、頑張るしか無い。


 なんてことを考えながら、俺はミラにまたぶっ飛ばされた。

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