第54話 変幻自在とはこのことで

 俺は姿勢を低くして、相手との距離を詰める。

 だが、コピーマン(俺命名)も、同じ判断をしたようで、全く同じモーションでこちらへ向かってくる。

 ガッ! と腕と腕がぶつかり、大きな音を立てる。


「ッ……!」


 コピーマンだけ、顔を歪ませる。そりゃそうだ、俺はあのくそ忌々しい男のスーツを着ているから。そこそこ鍛えているみたいだけど、ちょっと固いところが当たったくらいじゃ痛くもない。


「なんかテメェ着こんでやがるな!?」


「ほーら、メッキが剥がれているぜ? コピーマンよ」


「……だからわけわかんねえこと言ってんじゃねえぞ!」


 左、右と拳が繰り出されるが、俺はそれを躱し続ける。

 俺の動きを模倣しているというのなら――そんなの、躱すのは簡単だ。

 だって、俺がするだろうと思う攻撃を躱せばいいんだから。


「ッラァ!」


 右足で飛び蹴りを放つが、まあそりゃあ受け止められる。

 だけど、それでいい。

 俺は受け止められた腕を起点に、空中で一回転して、空中回転左廻し蹴りを放つ。

 間一髪躱されるが、その顔は驚きの色に満ちている。


「なんだ? 俺の記憶をすべて読み取っているんじゃないのか?」


「……どういう意味だ」


「コピーマン、お前は記憶を読み取るんじゃないな。だって、記憶をコピーできるんなら、俺が言っている言葉の意味が分かるはずだから」


 少し、表情が変化した。動揺したな。やっぱり記憶を読み取ることは出来ないんだな。

 じゃあ、何故俺の動きや喋り方を真似できる――?


「お前は、肉体をコピーできる。その肉体の記憶くらいなら読み取れるのかもしれない。癖とか、動き方とか。しゃべり方は俺のことを観察していたのかもな。この地に来てから、そこそこ会話する回数が多かったし」


「ッ……」


 悔しそうに唇をかむ、コピーマン。

 俺はその隙をついてΣを抜き、ヘッドショットで撃ち抜こうと引き金を引く。

 ダァン! と銃声が響き、コピーマンの額に穴が開いた。

 の、に。


「なん……だと……?」


「で?」


 コピーマンは、額に穴をあけたまま、俺の方へ突っ込んできた。さっきまでの――俺の動きの劣化コピーでなく、変則的な、トリッキーな動きで。

 今度驚くのは俺の番だった。Σを数発撃つが、変則的過ぎて的を絞りづらい。だから、当たらない。

 くそ――と俺は心の中で舌打ちしつつ、バックステップで距離をとり、再びΣを構える。

 さらに、一撃、二撃と撃つが、飛んだり跳ねたりという一見無駄な動きを織り交ぜた変則的な動きが、的を絞らせない。


「どーしたーんですかー?」


「それがお前本来の戦い方か」


「いやー、したくは無いんですよー? 正直、面倒なんでー」


 口調も元に戻っている。けれど、顔は俺のままだから気持ちが悪い。額に穴が開いているからなおのことだ。

 というか、ゾンビと戦っているようで凄い嫌だ。

 昔見た酔拳のような動きで迫ってくるコピーマン。銃がダメならと近接戦に入る。


「そうくるだろうとー、思っていましたー。なんせ、数日間ずっと観察させていただいてたのでー」


「そうかい!」


 すると、なんとコピーマンは右手と右足を地面に付き、左手と左足で俺に攻撃を仕掛けてきた。

 なんだこの動きは!


「人間ってー、不思議ですー」


 しかも、そんな体勢から、さっき俺のことをコピーしていた時よりもはるかに重い攻撃が繰り出される。

 ……こりゃ、スーたちを先に逃がしたのは英断だったな。


「自分が見たことない動きを見るとー、なぜか動きが止まるんですよねー」


 今度は、逆立ちしながらまるで手足を動かすように蹴りが飛んでくる。蹴りというか、まるで殴られるかのような角度の攻撃だ。

 両手でガードして、その勢いに逆らわず飛ぶ。


「ぐっ!」


 ダン! と背中を打ち付ける。やらかした、ここが狭いことを忘れていた。


「では、死んでくださいー」


 そしてナイフが閃き、俺の首筋を狙ってくる。足の指で挟んだナイフで。


「くっそ!」


 俺は腕でナイフを受け止め、Σのグリップで殴りつける。

 そのおかげか、一瞬動きが止まった。

 効かないとは分かっているが、俺は顔面に向かってΣを連射する。

 目、口に穴が穿たれるが、それでも堪えた様子はない。


「なんというかー、こういった動きをすると殆どの人が対応できないんですけどねー。よく動きが分かりましたねー」


 穴が穿たれた口が滑らかに動く。物凄い不気味さだな、おい。

 俺がドン引き半分、警戒半分で距離をとり、その姿を見ていると、ドロリと顔面のみならず、体が解けていく。

 人体が溶けるという、おぞましさを超越して生理的嫌悪感しか出てこないような様子を見せつけられ、俺は吐きそうになる。しかも、それが自分の顔だって言うのがさらに俺の嫌悪感を加速させる。

 そしてドロリと溶けたその肉体からは、なんと身長が140センチくらいしかない小さな女の子が出てきた。ご丁寧に、恰好は真っ黒な、いつかのラクサルと似た格好だが。

 なんだ、これは……


「ありゃりゃー、さすがに亜力デミスを使い過ぎましたねー。これはここで撤退しなくちゃですかねー」


「……デミス?」


「おや? よく知らない? ……まあいいですー。じゃあ、この辺でおさらばに――」


「いや、逃がすと思うか?」


 俺はΣを抜いて、コピーマン――改め、コピーガールに向ける。

 そして容赦なく撃つが、ひらりと躱される。さっきと違って身軽になったからか、余計当たる気がしない。

 ……ここで、こんな危険なやつを逃がすわけにはいかない。ここで逃げられてしまえば、いつスパイとして潜り込まれるか分かったもんじゃない。


「ではさらばですー」


「だから待てって言ってんだろ!」


 クルリと背を向けて逃げようとするコピーガールに、俺は何度も放つが、後ろ向きでもひらりひらりと躱される。

 追いかけるが、銃を構えながら走る俺と、何もなく全力疾走する相手とでは、速度に差がありすぎる。

 やむをえない――俺はΣを仕舞い、PISを抜く。

 そして、ドォン! と大砲のような音が鳴り、天井の一部を崩し、コピーガールの足を一瞬止める。


「……なんですかその威力はー」


「うるせえ!」


 一気に近づいた俺は、Σに持ち替えて足に発砲する。当然のように躱されるが、それは織り込み済み。俺は蹴りをぶちかます。

 顎にキレイに入り、コピーガールが吹っ飛ぶ。


「いててー……あなたはー、流石の動きですねー」


「知るかよ、詰みだ」


 チャッ、とこめかみにΣを突き付ける。


「あれれー、これはマズいですねー」


「テメェみたいなやつを生かしておくわけにはいかないからな」


 俺が引き金に力を込めたところで――


「いいんですかー? 亜力デミスのことも、自分が所属している国のことも、知らないままでー」


 ――ぴたりと、指に力を籠めるのをやめた。

 確かに、この力のことは、知りたい。現代科学でも出来ないことを、簡単にやってのけた。

 ……ライアなら、かめ○め波を撃てるライアなら、何か知ってるかもしれないが。


「チッ」


「……生かしておいた方が有益ですよー?」


「そうかよ」


 俺は仕方なく、コピーガールの足を撃つ。


「ッ!?」


 悲鳴こそ上げなかったが、少し顔をゆがめるコピーガール。痛みに対する訓練はあまりされていないのかもしれない。


「あ、ぐ、ぐ……」


「なんだ? 無傷でいられると思ったのか? ……確かに、負傷者を連れて行くのは大変だが、それでもお前に逃げられるよりはマシだ。スーも逃げ切っただろうし、ここでライアを待とうかな」


 俺は、いつも持っているヒモでコピーガールの手足を縛り、口に猿轡をかませる。


「それと、変身するようなら撃ち殺す」


「…………」


 物凄い恨みがましい目で見られる。殺そうとしてきたんだから、足の一本くらいは仕方ないだろう。

 そういえば、物音が遠くから聞こえてこなくなっている。ライアの戦いは終わったんだろう。なら、ここにもすぐ来るか。


「んー、んー」


「黙ってろ」


 俺がそう言ってコピーガールの方を見ると、猿轡を外したコピーガールがいた。


「ゆ、緩い縛り方ですねー」


「……どうやって外したんだよ」


「別にー、不思議技術だとでも思ってくださいー」


「そうかよ」


「というか、止血してもらえませんかねー……さすがに、気が遠くなってきたんですがー……」


 確かに、どくどくと血が出ているが、まだ死ぬような出血量じゃないだろう。弾丸は貫通していないから、蓋……のようになっているし。


「じゃあ、止血してやるから、俺の質問に答えろ」


「……あっそうですかー。まあ答えられることならいいですよー」


「名前は?」


「コレットとでも呼んでくださいー」


 フランス系の名前、だったっけ。曖昧で覚えちゃいないが。

 コピーマン改めコピーガール改めコレットは、若干目の焦点が合っていない。体が小さいから、人よりも少ない量で出血死するのかもしれないな。


「どこの国だ?」


「ライネル王国ですよー?」


 しれっとした顔でぬけぬけと嘘をつくコレット。死にかけているのによくもまあ。

 俺はため息をついてから、軽く止血する。


「あれー? 二つしか答えていないのに止血してくれるんですかー?」


「嘘しか言わないだろ、だいぶ分かりにくいけど」


 改めて、コレットを見る。物凄く表情が乏しい。

 青い目に、金の短髪で、軽くふわふわの髪。病的なまでに白い肌。いや、これは血を流し過ぎたからか。

 けれど、えらく感情が表情から感じられない。なんでだろうか。


「あははー……生殺しとは、なかなかやりますねー」


「うるせえ。というか、お前のその感情の感じられない顔はなんとかならんのか」


「仕様ですー。諦めてください」


 ……いちいちムカつかせるな、こいつは。

 俺ははぁ、とため息をついてから、肝心のことを聞いていないことを思い出した。


「おい、コレット」


「名前で呼ばれるなんて久しぶりですー。ずっと79番としか呼ばれてなかったのでー」


 いちいち、闇が垣間見えるな。

 こいつの国は、どっから来たのかくらいはなんとなくわかっている。だって、うちと今戦争しそうな国はあそこくらいのものだから。

 そこでは、国をあげて暗殺者を育てるとかしててもおかしくないのかもな。


「で? お前が一番最初に変身していた女はどこにいる?」


 この情報を聞いておかないとスーに怒られてしまうからな。

 俺がそう思って尋ねると、最初はキョトンとしていたけれど、すぐにピンときたようで口を開いた。


「あー、アレはたぶん、もう手遅れじゃないですかねー。男たちの慰み者になってると思いますよー? 若いし、美人だったんで」


 考えていた中でも、最悪の方に近い答えが返ってきた。

 当然と言えば当然かもしれないが、それでも――スーは、嫌がるだろう。

 命があれば、人は生きているってわけじゃないからな。


「そんなこと聞いてねえ。どこにいるかを聞いてるんだよ」


「さあー? それはなんともー」


「チッ!」


 俺が舌打ちをすると、向こうの方からコツコツと音が聞こえてきた。


「どうしましたか? ……おや、捕虜を手に入れましたか」


 そこには、息1つ切らしていないライアがこちらへと歩いてきていた。

 ……あれだけの人数と戦って息の一つも切らしていないとか、本格的に化け物だな。


「ああ。俺の姿に変身する能力を持っていた。知恵を貸してくれ」


「……なるほど、魔気を使える方ですか」


「魔気? 魔気って、確か……」


 魔魂石の、と言いかけて口をつぐむ。あまり口外していいことじゃないだろう。


「ンンっ、そうか。それはそんなことができるのか?」


「私も先ほど似たようなことをしたでしょう?」


 そう言えば、かめ○め波を撃ってたな。


「なんのことやらー、ですねー」


「まあ、その辺は帰ってからじっくりと聞かせてもらおうか」


 俺が、映画みたいにコレットの頭でも踏んづけてやろうかと思ったところで、なんとスーがこちらへ戻ってきた。


「お、おい、スー。子供たちはどうした」


「それどころじゃないでござる! 街に、街に火が!」


 なんだって!?

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