第55話 付属品? ……ふざけるな

「どういうことだ! スー!」


「街に火が放たれていて、てんやわんやなんでござるよ! 大人たちが消火に向かっているでござるが、このままじゃ……」


 心の中で舌打ちしてから、ライアの方を見る。


「どういうことだと思う?」


 俺がコレットの方を見ながら言うと、ライアも少しため息をついてからコレットを見た。


「十中八九彼女の一味でしょうね。この混乱に乗じて逃げるんでしょうが……街に火を放つ意味が無い。さて、それは何故か」


 ライアは少し考えるしぐさをしてから……ハッと何かに気づいたような顔をして、スーの方を見た。


「火の方向は?」


「え?」


「火は、どちらの方向からどちらの方向へ流れていますか?」


 真剣な顔のライア。

 スーは少し考えた後、「東から西でござる」と答えた。


「……狙いは、リグル・グラブルですか」


「え?」


 ライアがぼそりと呟いて――一拍遅れてから、俺も気づく。


「これら――全部陽動か!?」


「よ、陽動でござるか?」


 迂闊だった。

 目の前の物事に気をとられて、重大なことを見落としていた。


「というか、ライア、お前まで出し抜かれたのか?」


「私のことをなんだと思ってるんですか。せいぜい狙っている理由と、その手口、今どこに侵入者が来ているか、あと何分でマズいことになるのか、そしてそれらすべてが特に問題ないことしかわかりませんよ」


「なんでだよ!?」


 むしろそこまで分かってるなら、他に何を察知できていなかったというのか。


「いえ、あの人を捕まえることができるんなら、私とサニーとエドは必要でしょう」


「そんなに強いのか」


 機兵にも勝てるとかほざいてる連中が必要なほど強いのかよ。


「強いですし、武装もありますしね……」


 苦笑するライア。


「……あのアホのエドが会えと言うだけのことはあるな」


「ええ。そもそも、スーさんの使っている武術の、完成形は彼が作ったものです。そうそう、やられはしませんよ」


「さすがだ、な。ホントに」


 しかし――読んでいたからと言って、状況が好転しているわけではない。

 そもそも、ライアが最初に「街に火が」と言われた時にあげた驚きの声は、嘘じゃなかった。

 つまり、街に火が放たれることは、ライアすら予測していなかったということになる。


「まさかここまで敵がバカだったとは思いませんで。街に火を放つなど、下策中の下策ですし。……彼女の企みが失敗したことが原因でしょうか」


「それはそうかもしれんが……」


 リグル・グラブルを救出する必要はないかもしれないが、ここでもう一つの問題が出てくる。


「そうなると、レジーは陽動のためにさらわれたんでござるよね?」


「だろうな」


「ということは――」


「……残念だが、救出は難しいかもしれない」


 シスターを、連れて行く必要性が彼らにない。

 むしろ、完全に足手まといだ。


「いえ、そう悲観するものでもないかもしれません」


 俺とスーが沈んでいると、ライアが少し暢気な声を出した。


「人質として捉えられているのならば、彼女を生かしておく価値があるかもしれません。というか、そうでなくてもスーさんは彼女を楯にされたら攻撃できないでしょう」


「……そうで、ござるな」


 俺とライアは、正直そのシスターを助けることに意義はあまりない。

 だけど、だからと言って無意味に見殺しにするほど俺は冷酷でもない。

 自分でも矛盾していることは分かるが、それでも、彼女を助けたいと思う。


(……スーを仲間に引き入れやすくなるだろうし、な)


 俺はコレットに向けて銃口を突き付ける。


「念のために聞いておく。お前の仲間はどこにいる?」


「さすがに言えないですー」


「……ライア、こいつの口を割らせることは?」


「さすがに今は」


 そんなことしてる時間も無いか。


「よし、ライア。お前は手勢を連れて消火にあたってくれ。あと、コレットをどっかにぶち込んでおけ」


「かしこまりました。ユーヤさんは?」


 恭しく礼をするライアだが、その目つきは鋭い。

 ……意味が無いとか言うんだろうな。


「俺はスーと一緒に、シスター……レジーを助けに行く」


「その心は?」


 間伐入れずに、ライアが尋ねてくる。

 それに、俺も簡潔に答えるしかない。


「それがこれからの俺に必要だからだ」


 じっとにらみ合う。

 数秒――もしかしたら、十数秒――睨み合っていたが、先に折れたのはライアだった。


「……仕方ありませんね」


「よし」


「その代わり、後でアンジェリーナ陛下にご報告させていただきます」


 げっ、それはリーナになんて言われるか……


「そもそも、最初の任務を放り出しているわけですからね」


「うっ……」


 確かに、リグル・グラブルとはまだ接触できていないけどさ!


「では、健闘を祈ります」


「ああ。――スー、行くぞ」


「…………」


「? どうした」


 スーが固まったまま動かないので、俺はスーに問いかける。


「それは……」


「ん?」


「それは、レジーを助けるためでござるか? それとも、リグル・グラブルを助けるためでござるか?」


 平坦な声。

 しかし、しっかりと感情がこもっていた。

 そこには、しっかりと。

 憎悪が。


「当然、両方だが――何故、そんなことを聞く?」


 俺がスーに問い返すと、スーはやはり平坦な声で答えた。


「拙者は、グラブル家の落ちこぼれでござる。落ちこぼれの拙者なんぞに助けられるほどやわじゃないでござるよ、リグル・グラブルは」


 その瞳にあるのは、明らかに憎悪。それに、向けられている対象は、間違いなくリグル・グラブル。

 本人も分かっているはずだ。それが逆恨みだって。

 だが、だからこそ思うんだろう。

 何故、自分ばかりが、と。

 ため息を一つ。俺は、こういう目をちゃんと知っている。

 つくづく、ちゃんと知っている。


「……スー。その落ちこぼれってのは誰のことだ?」


「え?」


 分かってる、俺が偉そうなことを言えないのは分かっている。

 だって、俺は逃げてきたんだから。

 あの――シューヤのいる世界から。こちらの世界へ。

 地獄のような世界から、自分が輝ける世界へ。

 俺が言うのは、本来はおかしいのだろう。だって、本来の意味で俺はシューヤを乗り越えていないし、俺は戦ってすらいない。だけど、救われてしまった。俺は、この世界で。

 だけど、だからこそ。

 俺はスーが他人事だとは思えない。


「落ちこぼれっていうのは、何もできない奴のことだ。何も受け継げていない奴のことだ」


『なんだ、山上って弟の方か』


『天才じゃない方か』


『お前の兄は天才だったのに……山上。この程度なのか?』


『雄哉さん、あなたは修哉さんとは違うんです。分相応に生きて、そして死んでください。お金は渡しますから』


『なぁなぁ、友達になろうぜ? んで、家に連れて行ってくれよ!』


『ねぇねぇ、山上君。家に行ってもいい?』


『天才の身内がいていいよな。人生イージーモードじゃん』


『なあなあ、山上の弟。山上ってどこだ?』


『どんな感じなんだ? 山上さんって』


「…………」


『ユーヤ。これからも、一緒に戦ってください』


 ……そう、俺は、救われた。

 銀髪の、世界一の女性に。世界を救う、王に。


「いいか、スー。お前は落ちこぼれなんかじゃない。街の人たちを見たか? みんな、お前のことを頼りにしていた」


「……だけど、拙者には『何かを作る』才能がないんでござるよ!? 拙者には、グラブル家として一番必要なものが備わっていない! それなのに、それなのになんで落ちこぼれじゃないとか言うんでござるか!? 何も、何も知らないくせに、知ったような口を利かないで欲しいでござる!」


 ガッ! と胸ぐらを掴むスー。

 ……ははっ。知らない、か。


「いいや、知っている。わかっている。誰かと比べられ、比較され、そしてその後ろしか見られない――自分のことを誰も見てくれない。自分よりも優秀な人の付属品としてしか見られない。それがいかにつらいことなのかを」


 ふっ、と自嘲が漏れる。


「だけど――だからこそ、分からない。自分のことを本当に認めてくれる人がいることが。自分のことを見てくれている人がいることが」


 俺の場合は、リーナだった。

 だけど、スーの場合はもっとだ。

 この街の人、俺がスーの話を聞きに行った人の殆どは、スーのことを見ていた。

 リグル・グラブルの孫ではなく、スティア・グラブルとして。

 もっと言うなら、スーとして。


「認めてくれる人は、いる。現に、この街の人はお前のことを認めてくれている。それは、立派な才能だ」


「……だからなんでござるか? それは、拙者がずっと人助けをしていたから、感謝はされているかもしれないでござる。だけど――だけど、決して、決してそれはグラブル家としての認められ方ではないでござる!」


「何かを作ること、だったか?」


 スーの爺さんは、魔魂石を使った道具。お母さんは料理。


「それなら、お前は立派に作っているだろう?」


「何をでござる!」



「……は?」


 俺の言った言葉が予想外だったのか、スーがかなりアホな面になっている。


「だから、人脈だ。人から好かれ、人から頼られ、そして人を頼りに出来る。これは、十分すぎるほどの才だ。言っておくが、これはただ親切にしたから得られるものじゃねえぞ?」


「……どういう」


「カリスマってやつだ。一種のな。……ああ、分からねえのか。魅力だ、魅力。それは、努力のみで身に着けられるもんじゃねえ」


 俺が言うと、スーは、死ぬほど納得がいっていない顔になった。具体的に言うなら、眉を思いっきり寄せて、瞳に困惑の色を浮かべている。


「……ライア、分かるだろ?」


「ええ。まあ、非凡なものだと思います。上に立つような魅力ではなく、前線で輝く資質でしょうね。……正直、ユーヤさんに不足しているものだと思います」


 痛いところを。


「そんなわけだ。まあ、今は分からなくてもいい。だが……今、これだけは分かれ」


 俺は、グッとスーの腕を外してから、ニヤリと笑う。


「今、レジーを助けられるのはお前だけだ」


「…………」


「誰も認めなかろうと、俺は認める」


「私も、彼にある種の魅力があることは認めますよ」


 俺とライアが言うと、スーはさらに困惑を深めたような顔をする。


「あとは、お前次第だ。どうだ? レジーを助けたいか?」


「……レジーは、助けるでござる」


「そうか、なら行くぞ。ライア、火とコレットは頼むぞ」


「何度も念を押されなくとも、了解していますよ」


「よし。行くか」


「了解したでござる」

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