第56話 死にたい奴からかかってこい!

 リグル・グラブルのいる場所を目指せば、彼らに追いつけるはずだ、とライアが言っていた。この隙に乗じてリグルを浚うつもりならそうなんだろうが、今から言って間に合うものなんだろうか。


「というわけで、GR20を使うわけだが……スー、場所は分かるな?」


「な、なんでござるかこの厳めしい乗り物は」


「おそらく、お前の爺さんの謹製だ。……乗れ、嫌かもしれんが」


「……さすがに、そこまで駄々をこねるほど、拙者もガキではないでござるよ」


「いくつだ、お前」


「17でござる」


 同い年か。


「なんだ、タメだったのか」


「ため?」


「同い年って意味だよ」


 何気なく言って、俺はGR20にまたがる。

 サイドカーにしておいてよかったな、と思いつつ、スーに乗るように促す。


「ほら、乗れよスー」


「い、いや、その……ユーヤ殿」


「どうした」


「ユーヤ殿も……17歳、だったんでござるか?」


「今はそんなことを話してる場合じゃねえ。取りあえず乗れ、それから話は聞いてやる。というか、早く行かないとレジーを助けられるか分からねえぞ」


 俺がせかすと、スーは急いでサイドカーの部分に飛び乗った。

 スーがシートベルトをしたことを確認して、エンジンをかける。ふわり……と少しの浮遊感の後、物凄いスピードでGR20は走り出した。


「で? どっちの方向だ」


「そこを右に曲がるでござる!」


 スーのナビで、俺たちはリグル・グラブルのところへ走る。

 やはりGR20は速い。こんな時でなければ、これの製作者であるリグルには礼の一つでも言いたいところだが……生憎そんな暇はない。礼はまた今度にしよう。


「それで……ユーヤ殿」


「なんだ? スー」


「その……同い年、だったんでござるか」


 さっきからそれが気になっているらしい。


「ああ、俺も17だ」


 殆ど高校には通ってなかったから微妙な範囲だが……一応、前の世界での身分は高校生だ。今はワケがわからんことになってるが。

 俺としては、特に何か不思議なことではなかったが……スーにとってはそうでなかったらしく、ポカンと口を開けている。


「ほ、本当で、ござるか……?」


「こんなことで嘘をついてどうする」


「それはその通りでござるが……人は、分からないものでござるな」


「なんだ、老けてるって言いたいのか?」


 少し口の端を吊り上げつつ言うと、スーはぶんぶんと首を振った。


「滅相もないでござる!」


 なんでそんな反応をするのかと思ったら……そうか、そういえば俺は貴族だ。慣れたかと思っていたが、やっぱり恐縮するものなのか。

 前の世界では、貴族はおろか……目上の人と接すると言う経験が、俺にはほとんどない。自分が仕事……というか、会社勤めはやってなかったし、学生の身で接するはずの目上、教師は……全員、シューヤのせいで俺にペコペコしていたし、その他では接する大人なんて、親くらいのものだった。

 だから、目上の人や、身分の高い人に恐縮するという気持ちが俺にはよくわからない。同じ人間だろう……とまでは言わないし、相手に敬意を払って接するという事の有益さや、意味は分かっている。俺だって、人前ではリーナに敬語で話すからな。

 だけど、心の根幹では分かっていない。その辺は、俺の問題点なんだろうな。


「ただ……なんというか、落ち着かれていたので……そう、思ったのでござる」


「そうでもないぞ?」


 むしろミラからはよく「もっと落ち着いて行動できないのか」って言われるからな。


「あ、そこを左でござる」


「おう」


 スーの指示に従って、俺はGR20のハンドルをきる。

 そして、曲がった瞬間、ピリッと、殺気を感じた。

 ……物凄い、殺気だな。

 俺もスーも、軽い深呼吸の後、戦闘態勢に入る。


「スー、何時でも抜けるように準備しておけ」


「言われなくても用意しているでござる」


 どこにしまっていたんだ、と思うほどのナイフをすらっと手に出現させるスー。……さすがの早業だな。


「それと……」


「ん?」


 スーが少し言いよどむように俯くので、俺は危険なのは承知で少しスーの方を向く。


「どうした」


「レジーが攫われたとなると、冷静でいられる自信が、無いでござる」


 その眼に宿るのは、確かな決意と覚悟。

 ……なるほど、ね。


「今回は、子供たちが見てないからな。1人だけ残してれば大丈夫だ。全員殺せ」


「――了解でござるっ」


 殺る気を止めるつもりはない。

 俺だって、リーナが攫われたら、本気で相手を殺しにかかるからな。


「その角を曲がったら、見えてくるでござ――」


 ズドォッ!


「っ!?」


「ッ!?」


 スーが俺に指示を出そうとしたところで、物凄い爆発音がした。

 というか、明らかに手りゅう弾なんかよりも大きい音だぞ。


「どうなってやがる!」


「こんなに強いなんて聞いてねえぞ!?」


 さらに、怒声と、焦るような声。たぶん……これ、馬車の音だな。こんな近未来マシンに乗ってるし、そもそもロボットが闊歩するような世界観だから忘れがちだけど、この世界に車は殆ど流通してないんだった。

 馬車なんだったら、余裕で追いつける。


「スー、どう考えても……」


「そうで、ござるな」


 この状況でリグルがやられたとは考えづらい。むしろ、何人生き残ってるだろうか。話聞ける奴が生き残っていたらいいんだが。


「急いで追うぞ!」


「了解でござる!」


 GR20のハンドルを強引に切り返し、若干木々がある中をぶち抜いて、俺たちは誘拐犯どもが通ってるはずの道に躍り出る。


「見えた!」


 目の前に、パカラッ、パカラッと馬車が走っている。だいぶ大きいし……こりゃあ、相当な数の人間が乗ってる可能性があるか。


「ま、景気づけに派手にいくか」


「中にレジーが乗っているかもしれないことを忘れないで欲しいでござる」


「分かってるよ。スー、一瞬ハンドル……舵を頼む」


「え、ちょっ」


 俺はΣを抜いて、両手で構えて……ズン! と天井を撃ち抜く。


「な、なんだぁ!?」


 そして、事故らせない方法で止めたいところだな。

 周りにはたくさんの木があるし……よし、あの木でいいいだろう。

 俺は、Σを乱射して周りの木々を狙う。さらに一発PISでとどめをさして……ズン! と大きな音を立てて、倒れた。


「うおっ!」


 向こうも、一瞬馬車を止めざるを得ない。

 その瞬間を狙って、俺は馬車を引いていた馬を撃ち殺す。


「馬に罪はないんだがな……まあ、来世では人間に生まれ変われるように祈っておくよ」


「それ、殺した側が言ってはダメな気がするんでござるが」


 うるせえな、雰囲気だよ。


「テメェらか……ッ! って、貴様! スティア・グラブル!」


「そ、それと……アイツ、まさか、ユーヤ・エディムス!」


 中から出てきた男が、俺とスーを見るなりそう叫ぶ。


「へぇ、有名人なんだな、俺って」


 俺が少し感心しながら言うが、スーとしてはそんなことは関係ないらしい。俺の一歩前に出て、ナイフをすらりと抜いてから、男どもに向かって叫ぶ。


「そんなことよりも、レジーをどこにやったんでござる!」


「レジー? ……ああ、あの女か。なかなか言うことを聞かねえから、こんなんにしちまったぜ。もうちょっと歳いってりゃ使えたんだが……まあ、本国で売るとするか」


 男が言うと、中から……明らかに暴行された形跡のある、シスターが蹴りだされるようにして、出てきた。


「レジー!」


 スーが駆け寄ろうとすると、男が剣を取り出してシスターに向けた。


「おっと、動くなよ? それ以上動くと――」


「「邪魔だ(でござる)!」」


 俺がΣで、馬車から出てきていた男を撃ち殺し、スーが投げナイフを喉に突き刺して、殺した。

 さらに俺はGR20の爆発的なダッシュ力で、馬車までの距離を一気につめ、スーにシスターを回収させる。


「レジー! しっかりするでござる!」


「う……」


 このまま離脱したいところではあるが、そうは問屋がおろしてくれないらしい。

 馬車の中から、ぞろぞろと……十人くらいの、男たちが出てきた。


「なんか……えらくたくさん出てくるな」


「ただで返してくれる気はなさそうでござるな」


 シスターを介抱するために跪いていたスーも、殺気を迸らせながら立ち上がる。


「けど……こっちもただで返す気はないでござるよ」


「そうだな……ま、一人だけ生き残ってりゃいいから」


 俺とスーは背中合わせに立つと、各々の武器を構える。


「「取りあえず、死にたいやつからかかってこい」」


「てめぇ……よくも、アーノルドと、ジェイクを!!」


「やっちまえ!!」


「「「おお!」」」


 三下臭溢れるセリフと共に、一斉にこちらへ向かってきた男たち。さっき俺たちが殺した二人の男は、アーノルドとジェイクというらしい。なんか、いかにもな名前だな。


「スー、背中は任せるぞ」


「これ以上、レジーのことは傷つけさせないでござる!」


 さすがに、コレットぐらいの実力者がこの人数いればつらいが……見たところ、チンピラよりも強い程度。それが武装しているだけだ。

 この程度なら、俺とスーだけで問題ない。

 連中の武装も、マシンガンとかではなく、剣やナイフ、せいぜい拳銃くらいか。


「ああああああああああ!!!」


 スーが叫びながら、連中のど真ん中に突っ込んでいく。ああもう、そんなに熱くなるんじゃねえよ。


「気持ちは分かるけどな!」


 ズギュン! ズギュン! と何発か敵も撃ってくるが、その程度の狙いじゃ、動き回る的に当たるわけがない。

 取りあえず、拳銃を持ってる奴からだな――


「スー、短剣だの剣だの持っている奴らから殺れ!」


「分かったでござる!」


 スーが投げナイフを駆使して、敵の急所のみ刺し貫いていく。

 やるな……と思いながら、俺もΣで、敵の拳銃を全部破壊する。


「あぐっ!」


「テメェら! 敵はたった二人だぞ!」


 しかし、こっちの世界の連中は、本当に銃の扱いがお粗末だな。うちの軍の連中も、西遊旅団の連中も、あんまり得意じゃないからな。機兵戦が発達していて、歩兵戦があまり重要視されていないのかもしれない。


「くそっ!」


「うるせぇ」


 目の前に迫る剣を、寸前で躱して俺はそいつをスッ転ばせる。こんな動き、ミラやリーナに比べたら、まるでスローモーションだぜ。

 地面に転がった男を撃ち殺し、そのタイミングで弾丸が切れてしまったことに気づく。


「チッ」


 その隙を狙って襲いかかられるが、やはりこれも躱して、地面を転がりながら、さっきスーが殺した男に突き刺さっていたナイフを抜き取り、そのままナイフで相手を刺し殺す。ミラとの模擬戦で、近接戦を重点的に習っていたことが生きたな。

 一瞬、敵が途切れた隙を狙って、俺はリロードする。

 残りは――そうやって辺りを見るために顔をあげた瞬間、スーの後ろで敵が剣を振り上げているのが見えた。ご丁寧に、射線にスーがかぶるような形で。

 しかし、スーは気づいていない。だったら――


「スー!」

「ユーヤ殿!」


 ――俺とスーの声がかぶった刹那、スーが俺の方に投げナイフを、俺はスーに向かってΣをぶっ放した。

 スーがステップで俺の弾丸を躱すと同時に、スーの後ろにいた敵が倒れる。


「ったく、事前に合図くらい送れよ。ほら、返すぜ?」


 ――そして、俺の後ろで剣を振り上げていた男の……亡骸から、スーの投げナイフを抜き取って投げ返す。


「そちらこそ、いきなり撃たれるから何事かと思ったでござる」


 ニヤリと笑うスーに向かって、俺もニヤリと笑い返す。


「しかし、これで……全滅したか? 一人だけ、残しておきたかったんだが……さすがに、そんな余裕はなかったか」


「一人くらい、生きているかもしれないでござるよ?」


「……お前の短剣は全部急所に、俺の弾丸は全部相手の脳天に。この状況で生きているやつがいるんなら、そいつは国に持ち帰って研究の対象にしないとな」


 不死身の兵隊とか恐ろしすぎる。


「さて、取りあえずレジーとやらの介抱をしないとな」


「そうでござるな」


 俺とスーで、シスターの介抱をしようと近づくと……


「ッ! スー! 急いでGR20の方へ!」


「!?」


 なんと、いままで男たちが乗っていた馬車から、火柱が立ち上った!


「なん……ッ!?」


 直後、その火柱が俺たちの方へと振り下ろされる!

 すんでのところで俺とスーは躱すが……退路を塞がれてしまった。

 いや、退路を塞がれたことよりも、あの火柱だ。何もないところから、いきなり噴出しやがった。

 どうなってやがんだ……ッ!?


「チッ……どいつもこいつも、使えねえ連中だなぁ……。リグル・グラブルの誘拐にも失敗するし、ユーヤ・エディムスと、スティア・グラブルがここにいるってことは、79番も失敗したんだろ? ったく、だからオレが出るっつってんのに、いつまでも寝かせておくからこんなんになるんだよなァ」


 ブチブチと、何か文句を言いながら、ぶっ壊れた馬車の中から男が出てきた。

 男は、柄の部分まで光沢のある金属でできている、斧のようなものを肩に担いでいる。アレが、さっきの火柱の元凶なんだろうか。


「テメェ……何もんだ」


 俺が問うと、斧を担いだ男は、欠伸をしながら俺に鋭い眼光を向けてきた。


「アア? オレは、アンガー・ヒグルマ。任務が失敗したとき、その時関わった人間を全員ぶっ殺すのが役割だ。だから、テメェらをぶっ壊そうと思ってる。そういうテメェは、ユーヤ・エディムスだな?」


「俺の名前を知ってるなら、分かってるだろう。俺はユーヤ・ナイト・エディムス。この国を守るものとして……その命、もらい受ける」


 俺が名のった瞬間、アンガーの斧に炎がともった。やっぱり、こいつがあの火柱のからくりか。


「いくぞ、スー。こっからが本番だ」


「分かったでござる……」


「くっくっく、ハッハァー! あの人数を一瞬で全滅させたんだ。せいぜい楽しませてもらうぜぇ!?」


 さて、どうするかな。

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