第10話 ネックレス
「あ、暗殺者?」
思わず素っ頓狂な声を出す俺。部屋割りの話をしていたら、とんでもない話が出てきた。
「はい。忘れているかもしれませんが、私たちは一応革命軍に追われる身です。それも、ムサシという戦局を簡単にひっくり返すことの出来る我が国の最終兵器を持っているんです。当然、命を狙われるでしょう」
リーナが、今の俺たちの状況を端的に説明してくる。……あ、改めて聞くととんでもない状況だな。
若干、自業自得な部分はあるとはいえ、自分の巻き込まれた境遇に涙が出てきそうになるが、リーナはお構い無しに説明を続ける。
「ムサシに乗っている間はいいですが……生身でいるときに襲われたら、私はともかくユーヤではひとたまりもありません」
「あー……まあ、確かにな。俺弱いし」
訓練された暗殺者と、凡人の俺。いくら銃が得意だとは言っても、そんなものは素人レベル。プロにはかなわないだろう。
「私なら、ある程度の敵は退けられます。今一番危惧すべきことは――」
「どちらか一方でもやられること、だな。俺がいなくては奴らに勝てないし、リーナがいなくちゃ国を取り返せないし……なにより、ムサシも本領発揮できない」
「その通りです」
身につまされる話だった。よく考えれば、確かに安全な場所なんて無い。それなら、一塊になる方がいいだろう。
こういうときは、冷静に物事に対処できる奴じゃなきゃ生き残れないんだから。
……けど
「お前は、王女なんだろう? それなのに、本当にいいのか? 何処の馬の骨かも分からない、俺と同じ部屋で寝るなんて」
「……なりふりなんて、構っていられません」
決意を宿した瞳。覚悟を決めているのなら、何も言うまい。
「わかった。部屋は同室にしよう。俺はそっちの長椅子で寝る」
何か言いたそうにしてたリーナを軽くシカトし、俺は階下に行き、レイニー婆さんに「掛け布団をくれ」と伝える。
なんでかと問われたが曖昧にごまかし、俺は薄い掛け布団をもらい部屋に戻っていった。
「あ、そういえばムサシに戻らなくていいのか? いや、むしろムサシで寝泊りしたほうがいいんじゃないのか?」
掛け布団を持って部屋に戻ってきてから、ふと俺は口を開く。
「いえ、むしろムサシに乗っていた方が危険です」
意外な答えが返ってきた。
「――なぜ?」
「発見されやすくなるからです。私たちが乗っていると」
「なんでだよ」
「まず、そもそもムサシは機体に乗っている間は不可視化出来ないですし、仮にユーヤが寝ている時に一斉放火を受けたりしたら、たとえムサシと言えども、無事じゃすみません。その場合、ユーヤとムサシを同時に失うことになります。ですから、一旦降りて、ムサシを不可視化し、私たちも十分に休息をとってから行動するのが最善です」
ふむ、とりあえずムサシに乗らない方がいいことはわかった。それに、確かに疲れっていうのはとらなければならないし、ここなら……おそらく安全だろうから、心もそこまでざわつかないしな。
「分かった。じゃ、これからどうするかな……って、あ、そうだ。これ渡しとく」
ふと、リーナに渡すものがあったことを思い出し、リーナにそれを渡す。
「? これは……首飾り? わ、私に!?」
「ん? ああ。まあ、そうだ。に、似合いそうだったし……それに、それがあった方が安全だしな」
俺が言い終わる前に、リーナはすでにネックレスをつけていた。おお、女ってのはアクセサリーを渡すと喜ぶって聞いたことあったが、こんなに喜ぶもんなのか。新発見だ。
さっき隠していたのはこのネックレスだ。銀のチェーンに、大きめのダイヤがついているというシンプルなデザインで、俺の美的センスじゃ不安だったが、ちゃんと似合っている。
「な、なんでこんなものをいきなり?」
「だから似合いそうだったからって言っただろ?」
「い、いや、しかし首飾りなんて……」
「なんだ? 気に入らなかったのか? まあ、つけるのが嫌なら鞄にでもしまってろよ」
そのカバンが無くなると困るから、本当は身につけてもらいたいけど。
「そ、そんな! ちゃんと着けます! 肌身離さず!」
「お、おう。まあ、そうしてくれると助かる」
リーナが、なぜか凄い勢いで前のめりになって俺に迫ってくるので、少し引きながら俺は応える。
ホント、女子ってのはアクセサリーが好きなんだな。
「まず、状況を整理しよう。今の俺たちはまず逃げている状態だ。それは何故か? 今死ぬわけにはいかないからだ」
俺はソファに、リーナはベッドに腰かけ、今後の対策について話し合おうと、丸テーブルを挟んで向かい合った。
「あの、ユーヤ、その前に一つ、訊いてもいいですか?」
「ん? どうした?」
リーナが何故か言いづらそうに目を伏せる。……? なんだ?
「本当に……これで、いいんですか?」
「なにがだよ」
「このまま、命がけの戦いに巻き込まれても、です。正直、これから先は、いつ何時死ぬか分かりません。そもそも、私と貴方の間にはなんの義理も恩も無いはずです。なのに、なんで助けてくれるんですか? ホントは、逃げるのが普通じゃないんですか?」
リーナは、なぜか今にも泣きそうな顔をしている。それは、なにかにすがるような、そんな顔だ。
俺は、そんなリーナを見て、逆に質問を返してしまう。
「……その前に、そもそも最初は初対面の俺を助けようと出来るくらい心に余裕があったみたいなのに、今はそんなに不安がっているんだ?」
尋ねると、リーナはさらに申し訳なさそうな顔になり……ポツリポツリと話し出した。
「その……ユーヤを最初に助けた時には、まだ気持ちが張っていて、なんとかしなきゃ、私がなんとかするんだ、って、思ってたんです。でも……ユーヤがいきなりムサシを完璧に乗りこなしてしまい、なんだか急にホッとしてしまって……しかも、今度はユーヤを失うのが怖くなってしまって……」
「ああ、一緒にいなきゃ俺が暗殺者に殺られるって思ったのか」
俺は少し納得してリーナに言うが、リーナは俺の声が聞こえていない様子で、
「……ユーヤに、いなくなられるのが、嫌で」
「まあ、確かに俺がいないと、今のところはムサシを上手く操縦できる奴がいなくなってしまうし……そうなると、国を取り返すのも難しくなるしな」
「それだけじゃないです」
「ん?」
「ユーヤに今いなくなられたら……単純に、寂しいです」
ジッと俺の目を見て言う、リーナ。
「あ、そ、そうか」
俺はその答えに少し照れてしまい、目を逸らす。
しばらく沈黙が続いたが、それに耐えかねたのか、リーナがまた口を開いた。
「あの、それでさっきの答えは……」
そういえば言ってなかった。
「リーナ、自分の居場所って、あったか?」
「え?」
「自分の居場所。ここなら自分でいられる、みたいな場所だ」
俺の言葉に、少し考えてからリーナは俺に目を向けた。
「察しの通り、俺にはほとんど無かった。……生まれた時から、俺は兄――シューヤと比べられてきてな。それもそのはず、シューヤは天才で、運動も勉強もなんでもできたからだ。……でも、俺は凡才だった。悲しいくらいに。俺の父親は差別するとか、そんなこと無かったんだけどな、母親のほうは天才のシューヤを溺愛してて……俺は、いないみたいに扱われた」
突然語りだした俺を見て、何を言ってるのかわからないというような表情を浮かべるリーナ。でも、俺はそれにかまわず続ける。
「俺がシューヤに勝てたのは、ゲームだけだった」
「げーむ?」
「ああ……なんて言ったらいいかな。まあ、遊びだな。いろんな人と同じルールの中で競い合う遊戯だ。盤遊戯とかもあるな」
「それは……疑似軍遊戯のようなものですか? こう、互いに駒を並べ合って、それによって陣地を奪い合う遊びなのですが」
将棋とかチェスみたいなもんかな? まあ、テレビゲームなんて無いだろうし、今はそのイメージでいいか。
「ああ、そういうもんだよ。で、俺はそれでしか勝てなかった。……それも、そういう陣取り合戦みたいな頭を使うモノじゃなくて、反射とか勘で戦う、あまり頭を使わなくていいようなゲームだけな。シューヤと肩を並べるか、超えなきゃ俺の存在は誰にも認知されなかった。必ず『優秀な兄がいる』山上雄哉って言われるからな。だから俺は、ゲームの中でしか自分でいられなかった。そこにしか居場所が無かった」
思い出さなくていいことまで思い出し、だいぶ暗くなってしまう俺。
「…………っ」
「そこでも、自分を主張できるというだけで……誰も、俺を必要としてなんかくれていなかった」
すっかり黙り込んでしまったリーナに、俺は「でもな」と言って、急にテンションを上げて喋り出す。
「この世界って、最高だろ? だって、シューヤがいないし、ムサシの中っていう狭い空間だけだけど、俺を認めてくれる、必要としてくれる人がいる人がいるんだ。この世界には。なのに、どうして俺はまた誰も俺を必要としていない世界に帰んなきゃなんないんだよ? 義理も恩も無い? ふざけんな。俺を認めてくれた最初の人間だ。キチンと礼をしなきゃなんない。国一個っていうちっぽけな礼だけど、しなきゃ俺の気がおさまらない」
そう、偶然とはいえ、たった一人とはいえ……俺を認めてくれたんだ。それに恩返しをしなきゃ罰が当たる。どうせならこの世界すべてプレゼントしてやりたいところだけどな。
「それに、わくわくするだろう? 調子に乗ってる奴らが、俺たちに一瞬で殺られるんだ。俺と、リーナと、そしてムサシに。こんな物語に参加できるんだ。断られたって俺はムサシに乗るぞ。逃げるなんてとんでもない。そんな勿体無いこと出来るかよ」
「ユーヤ……」
「第一、俺が死ぬってことは、俺が負けるってことだろ? 俺は《不可能を嗤う男》だ。俺が機兵に――ムサシに乗る限り、俺に敗北の二文字は無い」
大胆不敵に言い放ってやる。リーナを安心させるためにも、己自身を鼓舞するためにも。
俺の意図が伝わったのか、リーナは少し安心した目で俺を見つめ返してくれた。
「その通り、ですね。ユーヤが負けるはずありませんよね」
「ああ。大船に乗った気でいろ」
俺はニッと笑ってリーナを見る。リーナも、俺に笑顔を返してくれた。
「じゃあ、正式にお願いします。もう誰も悲しまない国を作りたいです。そのために、協力してください」
「ああ、引き受けた」
俺とリーナはガシッと握手し、微笑みあう。
さて、簡易的とはいえ、一緒に戦う契約が出来たわけだ。
いいな、こういうの。通じ合えてる気がする。
「さあ、そうと決まれば――たった二人だが、作戦会議を始めるぞ」
「はい」
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