第42話 リーナにお説教☆

「リーナ!! お前はバカか!? いや、バカだ! なんであそこに来ちまうんだよ!  俺が上手くやるって言っただろうが!」


「だって! ユーヤが危ないって報告があったんですよ!? じっとしていられると思いますか!?」


 すさまじい剣幕でリーナに怒ると、リーナも思いっきり言い返してきた。

 ……確かに、リーナがピンチに陥ったと聞いたら、全てをかなぐり捨ててでも助けに行くだろうが。


「……だけど、お前は王だ。俺と違って、そう簡単に城を抜け出していいような立場じゃない」


「王である前に一人の人間です。大事な人を助けるために動いてはいけないのならば、何故私が王なのですか」


 そう言われると弱いが……

 だけどそんなことも言っていられない。俺は心を鬼にして怒鳴りつける。


「だけど俺はお前が心配だから言ってるんだ! もし何かあったらどうするんだ!」


「私に何か起きるんですか?」


「え?」


 リーナが、キョトンと首を傾げて俺を見つめる。

 それに一瞬虚を突かれた俺は、続くリーナの言葉に完全に言葉を失ってしまった。


「ユーヤが守ってくれるでしょう? 何か私に害が及ぶんですか?」


「ッ!」


「……ユーヤ、お前の負けだよ」


 ミラが、淹れてくれたお茶を俺とリーナの前に置きながら、苦笑していた。


「なんだよ、ミラ」


「……お前がリーナに本気で怒れるわけないだろ? ったく、リーナ、お前は本当に王としての自覚が足りないな」


「……お姉さま」


「あたしを姉と呼ぶなと言っただろうが。また忘れたのか。あたしはもう既に王族じゃないんだから」


「ですが……」


 何度か交わされた会話ではあるが、いつも申し訳なさそうな顔をするリーナと、困った顔をするミラができて終わるだけだ。

 ……まあ、リーナとしては、心苦しいものなんだろう。ミラは今の生活を割と気に入っているみたいだけどな。こいつには、権力よりも自由がよく似あう。

 ……さっきはリーナのせいで毒気が抜かれてしまったが、説教を終わらせるわけにいかない。


「まあ、取りあえず、だ。リーナ、お前のことは確かに俺が守る。だけど、それは確実ってわけじゃねえんだ。それに……俺のことを信じてくれてなかったのか? 俺がせっかく交渉成功したとしても、あんな国の最高戦力をあの一点に結集させるとか何を考えてるんだ。あのタイミングで……ああいや、あの状況で、王城を落とされていたらどうするつもりだった? たぶん、ライアならそれくらいやってのけるぞ、あいつは」


「う……」


 しょんぼりとした顔になるリーナ。いや、少し考えたら分かるだろ。あんな村に第一世代機兵が二機もいたんだぞ。下手したら、他国に攻め込まれて城が落とされてたぞ。


「……最近は物騒なんだからよ」


「物騒の一言ですませるのか?」


「物騒で十分だろ。今のところは」


 そう言いながら、リーナに一枚の書類を渡す。


「分かってるだろ、俺が最近少し焦ってる理由は」


「……隣国の、オルレアン王国、ですか」


「ああ。誰だか知らないが……第一世代機兵で革命を今行っている」


 ミラも表情を引き締める。


「うちの国と違って、あの国は第二世代機兵の数が尋常じゃないことと、内通者が少ないことのおかげで、そこまで侵攻は進んでないみたいだが……時間の問題だろうな」


 ライアが来たら、たぶんもっと情報を手に入れるのに手早くなるんだろうけど……今の状況じゃこれくらいしか分からない。

 オルレアン王国は隣国だからという理由で、諜報員の数をかなり入れていたからすぐにこの情勢の変化に気づけたけど……本当にこういう時は、諜報員の少なさが顕著になる。


「クラウディアは仲間に引き入れるとしても……問題は、諜報員だな。誰か活きのいい奴が欲しいけど、誰かいいのはいないか?」


 今の諜報員は、殆どみんな前王の時代から務めてくれている者たちだ。

 彼らの実力に不安があるわけじゃないけど……如何せん、数が足りない。


「そうですね……ライアさんが来てくれたら、また話は変わるんじゃないでしょうか」


「ああ、あの人なら色々コネがありそうだよな」


「あとは……明日クラウディアを連れてくるついでに、レイニーばあさんにもあたってみるか」


 ため息を一つ。リーナに説教をしても、こいつはどうせ前線に出てくる。だったら、俺が離れない方がまだマシだ。

 現実世界で、ムサシに乗った俺を倒せるやつなんざいねえだろ。


(……って、今)


 俺は今、この世界のことを現実世界と言った、な。


「馴染んだ……ってことなのかね」


 ロボットがいて、常に拳銃を持っていなくちゃいけなくて……そして、俺のことを認めてくれるこの異世界に。

 俺の奇妙な独り言に、超絶美形の姉妹が不思議そうにこちらを見る。


「どうしたんですか? ユーヤ」


「具合でも悪いのか?」


「……いや、なんでもねえ。今日は疲れたから寝るわ」


 苦笑しつつ、俺はリーナの部屋を出ようとする。


「そうだ、ミラ。お前もさっさと帰れよ。女王の部屋だぜ? 一応ここは」


 少しからかうように言うと、ミラも立ち上がってニヤリと笑った。


「そうだな。女王さまだものな」


「そうそう」


「からかわないでください!」


 ニヤニヤと笑いながらリーナを見ると、彼女は顔を真っ赤にして立ち上がった。


「からかってないよ、女王様」


「そうだぞ、女王」


「う~……」


 くくく、と口の中で笑いながら、俺はリーナに向かって指をさす。


「お前がちゃんと前線に出ないって約束するなら、女王様って言わないでおいてやるよ」


 ミラと俺でニヤニヤすると、リーナは赤くなって唸っていたが……観念したようにうなずいた。


「……わ、分かりましたよ」


「よし。ったく。心配させられるこっちの身にもなれよ」


「それはこっちのセリフです。どれだけ心配したと思ってるんですか」


 少し拗ねた声で言われたので、俺は肩をすくめてちゃんと謝る。


「悪いな。次はちゃんと圧勝して見せるからよ」


「……はい。信じてますからね」


「リーナ……」


「ユーヤ……」


「……おーい。あたしがいることを忘れちゃいないかー? もうあたしは帰るけど、明日の業務に支障が出ないようにしろよー」


 ミラの呆れ声が聞こえて、ハッとなる。


「あ、明日の業務に支障が出ないようにってどういう意味だ」


「そのまんまの意味だよ。じゃ、帰るぞあたしは」


 ミラがまた甲冑を着て顔を隠す。

 どうせ俺の部屋は隣ではあるが、俺も疲れた。さっさと帰ろうか。


「リーナもミラも、ちゃんと休めよ」


「お前の方こそ」


「今日は一番ユーヤが大変だったんですから」


 二人のいたわるような声を聴いて、俺の口元が緩む。


「分かってるよ。じゃあな」


 やれやれ……お転婆な女王のくせに、こんなんだから死ぬ気で守りたくなる。



~~~~~~~~~~~~~~~~



「よう」


 俺が部屋に戻って一息をついていると、部屋の中から声が聞こえてきた。

 当然驚くべきなんだろうが――その人物の予想がついていたので、俺はため息をつきながらその声の方を向く。


「……何の用だよ。おっさん」


「そう邪見に扱うな。純粋に情報を持ってきてやったんだからよ。っつーか、わしはまだおっさんと言われるような歳じゃねえ」


ニヤニヤとした笑みを浮かべる男――銀髪で壮年の男性がいた。

 俺はため息をひとつついてから、一応銃を抜けるように準備する。


「そもそも、俺はあんたに名のられていないんだ。だったら、おっさんと呼ぶしかねえだろ」


「ああ? お前ならわしが誰か察しているだろう。というか、今もそう驚いてねえってことは、ライアの野郎に何か言われたんじゃねえのか?」


 壮年の老人――前国王、エドワード・ドウェルグ二世が、眼を鋭くして、俺を見据える。


「……ホント、ライアの言った通りだよ。近いうちにもう一度接触がある、ってな」


「くっくっく。やっぱライアの野郎はすげえや」


 なんだか少年のような顔をするエドワード。その顔を見て、ああ、やっぱりライアは死線をこの人と共に切り抜けてきたんだな、と思った。

 じゃなきゃ、こんな顔はしねえだろ。


「で? 何の用なんだよ。っつーか、ここ何階だと思ってるんだ。しかも不法侵入だぞ」


「あ? お前、この程度の高さの建物にも入れないのかよ。それと、ここはわしの城でもあるんだぞ。不法侵入でもなんでもねえだろ」


「……普通の人間はこの高さの建物には入れねえよ。そんで、その論述は暴論にもほどがあるだろ」


 何度目か分からない呆れをにじませた声で文句を言うと、エドワード……長いから、エドでいいか。エドは、ばさりと束になった紙を置いた。


「……これは?」


「見れば分かるだろ。この国のアホどもをまとめた表だよ。裏で出来ることはなんとかしたけどよ。表で出来ることは任せるぞ」


「なるほどな。分かった。こっちで……そうだな、いろいろ通してからリーナに回すよ。……もちろん、アンタの名前は出さないでな」


 なんとなく、ではあるがこいつと俺が接触してることはリーナとミラには言ってほしくなさそうだ。


「……まあ、それに関しては、悪いな。それで頼む」


 裏からこの国を支えてくれると言った言葉通り、しっかり仕事してくれているみたいだからな。その程度のことはやってやるよ。

 この国のためになる人間には、ちゃんと俺だって支援するさ。


「別にいいけどよ。……で? それだけじゃないだろ? 本命は何だよ」


 俺がぎろりと眼光を鋭くすると、エドの方も真剣なまなざしになって、懐から何か紫色に光る宝石のようなものを取り出してきた。


「……それは?」


「お前も名前だけは聞いたことあるはずだぞ。これは機兵の動力源である――魔魂石だ」


「こ、これが、か」


 それは、なんというか……妖しい輝きを放っている。まるで、見るものを惑わせる妖精のように。


「……話っていうのはほかでもねえ。コレについてだ。これが一体どういうものか――」


 無意識のうちに、ゴクリと唾を飲む。

 どうみたって超常のそれは、明らかに通常の宝石とは異質なことがうかがえる。


「――そろそろ、お前も知るべきかと思ってな」

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