第41話 慎重な蛮勇

 機兵の召喚まではライアも読んでいただろうが――まさか、王を一緒に連れていくとは思っていなかったはずだ。

 だって――前線で常に戦うことになる機兵は、砲門の一撃で殺されてしまう。

 機兵がつぶされた瞬間、その時点でゲームオーバーになる。

 リアルでも、擬似軍盤でも、そんな行為は愚者の所業だ。

 だが……


「さて、お前の砲門は後二つ。それさえ壊せば俺の勝利だ」


 機兵は、同じ機兵か、砲門でしか壊せない。

 だけど、ライアは積極的に殺していくスタイルだったので機兵を召喚できるような量の捕虜はいない。

 つまり――砲門さえ壊せば、俺の王には誰もたどり着けないというわけだ。


「……どこまでも、舐めた真似をしてくれますね」


 笑ってはいるが、苛立ちの含まれる声をあげるライア。

 だがしかし、その眼は冷静そのもの。その苛立った声すらブラフってことか。


「喰えない野郎だ」


「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」


 さらに砲門をとろうとするが、他の歩兵が邪魔をしてとれなかったりする。

 やむを得ず、俺は別のコマをとって、戦況を維持する。


(しかし、なぁ……)


 いつの間にか、王は砲門などで隠れてしまうという、完全防御態勢。将棋で言うなら穴熊囲いとかいうんだったかな、あんな感じになっている。

 これは、機兵で崩しに行くと、まず間違いなく砲門に撃たれる。

 ここは、機兵をいったん下げて、他の歩兵なんかでなんとか崩しに行こう。

 俺がそう考えてコマを動かしていると、何故かライアがとても嬉しそうな声を出し始めた。


「それにしても、中々やりますね。久しぶりに本気を出したくなってきました」


「は?」


 ニコニコ顔のライア。

 今、なんて、言った……?


「ええ。手を抜くのはおしまいにして、そろそろ本気で戦おうかなと思います。そうですね……おそらく、あと二〇手で詰めると思いますが」


「今まで本気じゃなかったと?」


「いえ、本気でしたよ。本気で貴方の実力を推察して、どれくらいの力で十分かを考えていたんですが……完全に読み違えていました。貴方の力は想像以上です」


「……無用なハッタリは、男を下げるぜ?」


「ハッタリだったら男とやらを下げるのでしょうが、生憎事実なものでして」


 涼しい顔のライア。その顔からは、自信が見て取れる。

 ……本当に今までは手を抜いてたのか?


「その涼しい顔がどうなるか、見ものだぜ」


「そうですか。では、その強がりがいつまで続くのか、見ものですね」


「……言ってろ」


 俺はもう機兵を出してるんだ。

 この俺が機兵戦で負けてたまるか。



~~~~~~~~~~~~~~~~



「……貴方は、やはりさすがですね」


「く、そっ……」


「そう悔しい顔をしないで欲しいものです。計算が狂って、詰めるのに24手かかってしまいました」


 なんてやつだ、ライア・アンテネラ……あの状況から逆転されるとは……。

 悔しいが――死ぬほど悔しいが、こうなってしまってはもう俺にとれる手は残されていない。


(……擬似軍盤をせずに普通に交渉した方がよかったか?)


 そう考えたところで、考えを打ち消した。

 今回、相手の方が格上で、俺たちにつくかつかないかは、彼に選び放題だったわけだ。

 無論、俺は今機兵で囲んでいるわけだし、人質もとっているわけだから、この状況下においてだけは、俺の要求をのませられるだろう。

 だけど、これから先……そう、城の内部に入った瞬間に裏切られたらたまらない。

 ライアはプライドの高そうなタイプに見えたから、ここで負かせば裏切られない関係として味方につけられると思ったんだがな……


「しかし、擬似軍盤でここまで真剣になったのは久しぶりですよ。とはいえまあ、勝ったのは私ですからね。要求させていただきましょうか」


 一番最初に出会った時のような、ニヤニヤしたつかみどころのない笑みに戻るライア。

 ……くそっ、どうするか。

 今から何か交渉の余地はないか? だけど、この状況をひっくり返せる何かが思いつかない。

 ああ、もう……だから俺にこの手の交渉だのなんだのは、俺の得意分野じゃねえんだよ。

 どうすればいいのか悩む俺に、ライアがニヤニヤとした笑みを浮かべながら要求をつきつけてきた。


「ではまず、要求その1。私に王家直属特別兵の指揮権をください」


「……は?」


 ライアが何を言っているか分からず、一瞬間の抜けた声をあげる俺。


「聞こえませんでしたか? ああいや、運営は貴方に任せますよ。そうですね……実戦時の指揮を私にください」


「……なんだ、それは」


「なんだ、とは?」


「王家直属特別兵に、なってくれるのか?」


 だったら、何故、今まで断ってきたんだよ……


「はい。最初は断るつもりだったんですが……気が変わりました」


 気が変わった!?

 唖然としてポカンとしてしまう俺に対して、あくまでニヤニヤとした笑みを崩さないライア。

 え、ちょ、マジでなんなの?


「では、要求二つ目。これらの物品について教えてください。ついでに、貴方のもとの世界についても」


「いや、だから待ってくれ! なんでいきなりなるってことになってるんだよ!」


 思いっきり机を叩く俺。さっきまでやっていた擬似軍盤のコマがコロコロと転がっていく。

 ライアは「はて」とかほざきながらニヤニヤと人を食った笑みを浮かべるだけで、応えようとしない。

 くそっ……


「まあ、強いて言うなら同じだったからですかね」


「同じ?」


「はい」


 はて、俺は何を言っただろうか……


「同じなんですよ。私とサニーが言ったことと」


 何かを懐かしむような顔をするライア。

 相変わらずその表情からは感情は読み取りにくいが……たぶん、少し喜んでいるんじゃないだろうか。


「血筋なんですね。私たちの王も、やはり共に戦ってくれましたよ。口では大層なことを言いながら、後方でふんぞり返るのがいわゆる王というものです。この擬似軍盤の王のように」


 そう言って、ライアはこつんと自分の王をつついて、横に倒す。


「それがダメと言うわけではありません。何故なら、王がとられたら負けるのは擬似軍盤も現実も一緒ですから」


「それは、まあな」


「ですから、口ではなんと言おうと、女王ですし、前線には出てくることは無いと思っていたんですよ。……しかし、貴方が見せてくれました。今の国王も、前線で戦ってくれるんだと」


 まあ、リーナは後ろにいろと言っても聞かないだろうし……そもそも、ムサシはリーナがいないとサムライモードにもなれない。

 これ以上ないくらい、前線で戦う王だろうよ。


「王と言ったらこうでないと。……その点、私の中の王の醜いこと醜いこと。歳ですかね」


 ニヤニヤ顔が若干自嘲めいた笑みに変わったので、俺はそれを打ち消すように首を振った。


「そんなことはない。結局、俺の王はとられたわけだ。……慎重になっているつもりだったが、やはり俺のこれは蛮勇だったらしい」


 そして、スッとライアに向かって手を差し出す。


「だから、頼む。俺たちの王を、この国を守るために、蛮勇だとしても生き残れるように、お前の知恵を貸してくれ」


「……老兵の古い知恵であれば、喜んで貸しましょう」


 そして、ガシッと俺の手が握られた。

 ……いや、老人の握力じゃねえよ。なんだこれ、強く握ってる風でもねえのに、なんで手がまったく動かせねえんだ……!?


「そうそう、ユーヤさん」


「な、なんだ?」


 俺が困惑していると、何故か視界が反転した。


「は……ぐえっ!」


 そこで、やっと俺が手を起点にひっくり返されたということがわかった。

 いや、なんだこれ……?


「体術はまだまだのようですね。それもこれから鍛えていきましょうか」


「……お、お手柔らかにな」


 ヒクヒクと口元がひきつる。

 ……やっぱ、化け物だわこいつ。



~~~~~~~~~~~~~~~~



「では、二日後にお伺いしますので」


「ああ、待ってる」


 あの後、細かいことを決めて、俺たちは改めて仲間としての握手を交わした。ちなみに、兵は最低限の奴だけ残して、殆ど帰らせている。機兵がいつまでもあると困るからな。

 ライアはやっぱりすごく、俺のうろ覚えの現代知識をきちんとしたものに昇華させてくれて、ちゃんと使えるものにしてくれた。

 やっぱり、頭がいい奴は違うな。


「取りあえず、地盤固めですよね。治安だけでなく、食料の問題とかもありますから」


「そうだな」


 この国は、食料自給率は悪くない。

 小麦(に似た何か)はとれるので、主食は問題ないし、家畜もちゃんといる。ただ、それらは割とギリギリで、国の貯蔵庫にもわずかにしか蓄えが無い。一度飢饉が来たら、一気にヤバいことになる。

 しかも、これからどんどん治安をよくして、学校なども作っていく予定なので――そうなると、中流階級が増える。

 中流階級が増えると、やはり食料の問題は表面化してくるだろう。


「ふむ……私の友人に、世界を旅したことがあるものがおります。そいつの知恵を借りましょうかね」


「それはありがたいな。協力がとりつけられたら、また言ってくれ」


「ええ。では、また――」


 と、ライアがお辞儀をしようとしたところで、遠くから「ユーヤぁぁぁぁぁぁぁ!」という声が聞こえてきた。

 ……おいおい、この声は!?


『ユーヤ! 無事でしたか!』


「リーナ!? お前、なんでここに!?」


 そう、ムサシに乗ってリーナがこちらへ向かってきていたのだ!


『ユーヤが窮地に陥っていると聞いて、急いで駆け付けたんですよ!』


「なんでそうなった!? お前、仕事はどうしたよ!」


『今日の分は片づけました!』


 声からドヤ顔で言っているのが分かり、苦笑いしてしまう俺。

 それにはぁ~とため息をついてから、ライアに向き直った。


「な? うちの女王はお転婆で困ってるんだよ……」


「なるほど、確かにあのバカの娘ですね……心中お察ししますよ」


 そして二人して苦笑い。


「これで、俺が慕う気持ちは完全に分かってくれるだろ?」


「ええ。そして放っておけない気持ちも」


『ユーヤ。だ、大丈夫なんですか?』


「あー……まあ、大丈夫だ。後で全部話すから」


 その前に説教だけどな。


(しかしまあ、これで……)


 ライアが仲間に加わってくれれば百人力だ。俺は何もできていない気もするけど。


(まあ、いいか)


 こうして――最後に謎の(というか女王の)乱入はあったものの、無事、ライアが仲間に加わったのであった。

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