第29話 遺書?
コツコツと、石畳を靴が叩く音のみが響き渡る。
「面会だ」
看守の男が一人の囚人に声をかける。その囚人は座ったまま顔だけを上げてこちらを見た。
「……ほう、とうとうあたしの死刑が決まったか」
「違うっつってんだろ、ボケ」
俺はなにやらカッコつけて「ふっ」とかやってるミランダに、突っ込みを入れる。
「ああ、あんた、ありがとな。でも下がっていていいぜ?」
ここまで案内してくれた看守のおっさんに、一声かける。
しかし、一応ここの仕事にプライドを持っているのか、帰ろうとしない。
「し、しかしそれは危険で――」
「相手はお姉さまです。貴方がいる方が危険なのです。すみません」
ペコリ、リーナが頭を下げる。いくらなんでもこの国の女王に頭を下げられたらたまらないのか、おっさんは何も言わずに逃げ出した。
まあ、リーナも言ってることは「テメェは邪魔なんだよ、役立たず」なんだけどな。
「さて、とりあえずあんたの処罰が決まったぜ、ミランダ」
「死刑じゃないなら、なんだ?」
ギラリ、と二週間前となんら変わらない眼光で俺を睨んでくる。おお、怖い怖い。
「そう邪険にしないでくれよ。今日から一緒に働くんだからさ」
「なん、だと?」
俺の言葉に眉をひそめたミランダだが、リーナが令状を見せると、疑念の顔は途端に驚きの顔に変わった。
「今回の武力政変の首謀者、ミランダ・ドウェルグには、以下の処罰をくだす。
一つ、ミランダ・ドウェルグからは王族の権利、および王位継承権を剥奪。また、ドウェルグ家からも抹殺され、対外的には『追放刑』の処置がくだされたことになる。
二つ、王家直属特別兵に任命する。今後は王家直属特務課主任のユーヤ・ヤマガミの命令に従うこと。
三つ、今後犯罪行為を犯した場合、いかなる理由があれど地下牢に監禁し、特務発令時以外の自由行動を禁ずる。
四つ、ゴクウを操縦し犯罪行為を犯した場合、保護の後、厳罰処分とする。
――以上、四つです」
「そんなわけで俺は今から上司だ。よろしくな」
俺とリーナの言葉にぽかんとしているミランダ。しかし、すぐに復活して声を荒げながら立ち上がった。
「どこまで甘いんだ貴様らは! 武力政変をおこした者に向かって、今度は国のために働け? ふざけているにも程がある! この国は内部に癌を抱えたままではいつか崩壊する。そのために兵を挙げた、そのために新しい王になろうとした! だが、負けた。そのことに後悔はない。なのに、お前らは再び過ちを犯そうとしている! そう、父のように!」
「お姉さま、落ち着いてください」
「金輪際あたしのことを姉と呼ぶな! 貴様は王になったんだろうが、アンジェリーナ!」
「そ、それは……」
そしておもむろに拳を振り上げたかと思ったら、
「はっ!」
ガシャアン! という音がして、牢が吹っ飛んだ。なんか今音が聞こえてくるより速く殴ってたように見えたんだが……なにそれ、音速超えたパンチ?
オイオイ、尋常じゃねえな……
「大体犯罪者、いや、国賊の前に行こうというのに、護衛も付けないとは何事だ!」
「いや、俺が護衛なんだがな、一応」
「ふん、貴様は機兵の扱いには長けているのは分かっている。だが、あたしと比べれば、通常戦闘の能力などたかがしれて――ッ!?」
膝を突き、苦しげに呻きだすミランダ。
「そりゃあそうだ。お前みたいなお転婆の前に来るんだ。何か仕掛けているのは当然だろう? 俺はお前やリーナみたいに頭の中お花畑じゃないんでな」
「貴様、なにを……?」
一応呂律は回っているようだ。なら、安心だな。
俺は指でビンを左右に振りながら、懇切丁寧に説明してやる。
「麻痺毒を撒いた。空気に溶け出す系のやつをな。ああ、安心しろ。俺とリーナはあらかじめ解毒剤を飲んでる。さっき看守のおっさんに危ないっつったのはこれがあったからなんだな。ま、大分量を吸い込んでるはずなのにこんだけ動けるんだから、十分あんたは化けモンだよ」
「なるほ、ど、そうか……」
そう呟いた瞬間、ミランダがいきなり立ち上がり、リーナに向かって拳を繰り出した。
――が、ここまでは想定済みだ。死んだ振りは結構上手かったが。
俺はミランダの足を払って、地面に転がす。
「ぐあっ……」
「シューヤ以外の人間が、そうそう騙し合いで俺に勝てると思うなよ? 人の顔色や嘘をついた時とかはしっかり見破れるからな」
グッと背中を踏みつける。人間はこうして重心を押さえられると動けなくなるからな。
……美人を足蹴にするという男としてどうかと思うようなことをしてるけど、まあ、それはおいておこう。
「で、だ。さっきも言ったように俺はお前たちほど甘くはない。ただ、今回お前を生かしておくのは、お前を殺す利益と不利益、生かす利益と不利益を冷静に考えて、お前を殺さない方がいいと判断したからだ。それに――」
俺はポケットから一つの封筒を取り出す。
「ここに書かれていることをお前が聞けば、ほぼ確実にこっち側に付くと判断したからだ」
ま、美人を殺すのも勿体無いしな。今足蹴にしてるけど。
「ユーヤ、今……」
「他の女のことは考えてねえよ!」
「ならいいです」
そう、他の女じゃない。ドウェルグさんのことを考えてただけだ。っつーか今この状況で他の女のこと考えないとか無理ゲーだろ。
「なんだ、その封筒は」
「んー、あれだ。遺書的な? まあとにかく、お前ら――ドウェルグ姉妹に宛てた手紙だよ。前国王エドワード・ドウェルグ二世からのな」
「お、お父様だと!?」
ミランダが、さっき辞令を見せられたとき以上の驚きを見せる。リーナにはあらかじめ伝えておいたから今は驚いていないが、まあ、今から言う内容を聞いたら驚くかもな。
俺はミランダの上から足をどかし、封筒の中から手紙を取り出す。
「さて、読むぞ。えー、
『ミランダ、そしてアンジェリーナへ。お前らがこの手紙を読んでるってことは、たぶんわしはもう王じゃなくなってるだろう。突然いなくなってすまんな。まあ、お前らの言い分は後で聞いてやるから、今はとりあえずわしの言い分を聞け。さて、とりあえずこの手紙は遺書扱いにしてくれ。つまり、こっから書いてあることは前国王の命令ってことだ。
まず、ミラ。お前はゴクウに乗ってこの国を守る……守護者になってくれ。ゴクウが何のことか分からんかもしれないが、今俺が交渉している傭兵団、西遊旅団ってところにある第一世代型機兵のことだ。お前は棒術が得意だったから、ムサシよりもこっちの方が動かしやすいだろ。お前が行くことは話してあるから、たぶん使わせてくれるはずだ。なに、第一世代型機兵が二機もある国になれるんだ。軍備にこれ以上の補強はないだろう?
そしてリーナ。お前は新国王になってくれ。ミラが姉だが、政治やカリスマに関してはお前の方が上だ。だからお前に任せる。この国を立て直してくれ。
さて、今この国は大変だ。他国の間者が入り込んでいて、必死に軍備を縮小しようとしてるんだ。これはマズイ。わし独りの権力じゃどうしようもないくらいなんだ。だからわしは考えた。まず間者を炙り出さんとならん、と。それでわしも軍備縮小派になびいたんだ。そうすれば、連中はほいほい出てくると思ったら……案の定だったな。ドンドンわしにすりよってきた。それのおかげで裏切り者は分かったからな。わしはそいつらを裏から消していこうと思う。だから、ミラ、リーナ。お前らは表からそいつらをどうにかしてくれ。なあに、安心しろ。この手紙はわしが「安心して娘を任せられる」と思った男にしか渡さないつもりだ。つまり、この手紙を読んでいる人物が、お前らを助けるよい参謀になってくれるはずだ。
ムサシは、軍の誰かを教育して確実に実戦配備しろ。今までみたいに国の宝としておいておいたら……最近、革命が乱発し始めたこの世界で、自国を守っていくことなんてできやしない。どうやら、革命を先導している連中がいるらしいからな。
では、とりあえず分かったな? 文句はわしがこの国を裏から安定させることが出来た時に聞いてやる。それまでは命令を聞いて頑張っててくれ。
そしてこの手紙を読んでいる参謀よ。二人をよろしく頼む。あいつらは腕っ節は強いが、いかんせんお嬢様育ちだからか詰めが甘くてな。まあ、その辺をよろしく頼む。
わしは裏からこの国を救う。だから、お前らは表からこの国を救ってくれ。
これから起きるであろう乱世を、確実に生き抜いてもう一度会おう。
エドワード・ドウェルグ二世』」
そして裏面には、「PS.ミラのバカは武力政変やろうとしてやがっただろ? まあ、たぶんこの手紙を持ってる奴が、それを止めてくれたか手伝ったかで、二人は生きて、新しい国をやってくれてるだろう。これからの世界、列強と渡り合うには第一世代型機兵が二機あっても足りないくらいだろうからな。傭兵団も国に組み込んでくれ、じゃ、二人を頼む」と書いてあった。これは俺宛だろうから二人には読まない。
俺が読み終えると、それまで黙って聞いていたミランダが、不意に口を開いた。
「あたしがゴクウを借りられたのも、彼ら傭兵団があたしの指示に従ったのも、全部お父様のおかげだと……?」
「どうやらそうみたいだな。傭兵ってことはお前は金でも持っていったんだろ? そんで、ゴクウの操縦技術を見せた……ま、それらも全部前国王がちゃんと仕組んでいたからだろう。大方、『私はあの国を変えたい。頼む、力を貸してくれ』とか言ったんだろ? で、傭兵団の方は普通になにも疑わず力を貸したわけだ」
今回のクーデター、どうやら西遊旅団が真っ先に潰したのは軍縮賛成派の貴族どもらしい。クーデターのどさくさで粛清が成功したわけだ。
で、クーデターを起こすところまでは読まれていたミランダは……前国王のして欲しかったことを全部やってのけてる。両陣営に被害は出たが、西遊旅団はライネル王国に。そして軍縮派の裏切り者どもの処分。完全にあのおっさんの掌の上か。
ミランダは、西遊記の孫悟空と一緒で……お釈迦様の手からは抜け出せないのかもな、まだ今は。
「お父様……私を次期国王にするつもりだったんですね……」
「ああ。そんでこれは前国王の遺言だ。そういうことにする。これでリーナの次期国王就任に反対してる連中を一気に片付けられる」
リーナの次期国王就任に反対の連中の多くは、リーナはまだ若い、という理由だ。その程度じゃ前国王の遺言は覆せまい。ま、無理矢理にでもリーナを王にするけどな。
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