第28話 決着

 俺はムサシのスピーカーを切り、肩を回す。ヤレヤレ、さすがにくたびれた。WRBとはやっぱり少し勝手が違うしな。

 ふとモニターを見ると、ゴクウのわき腹辺り……つまりコックピットの出入り口だが、そこからパイロットが出てきていた。

 フルフェイスのヘルメットを被っていて、ナチスを髣髴とさせるようなよく似た軍服。まあ、顔までは見れないが……周りを十人くらいのマシンガンを持っている兵に囲まれているんだ。おとなしくしているだろう。


「さて……リーナ、唐突なんだが、お前のお姉さんの名前を訊いていいか?」


「へ? ミランダ、ですけど。ミランダ・ドウェルグです。お父様や親族からはミラと呼ばれていました」


「お前とそのミランダ以外に兄弟がいるか?」


「いえ。だから次期国王……というか、女王には姉がなる予定でした」


「そうか……」


 それなら、まあ、ほぼ確定だろう。あのフルフェイスヘルメットの正体は。

 ただ、それをリーナに言うべきか、言わざるべきか……


「で、そのミランダは今どこに?」


「分かりません……実は武力政変が起きた日、偶然国外に出ていたので」


「なんのために?」


「さぁ……それは何も知らされていないのでなんとも」


「わかった」


 俺は自分の武装を確認し、もう一度スピーカーの電源を入れる。


『おい! 敵の親玉はそこに置いて見張っといてくれ!』


 俺がそう指示を出すと、兵士たちはその命令がムサシからきたものだとわかったのか、銃口を向けたまま遠巻きに円を描くようにして見張ってくれだした。


「さーて、リーナ。奴のところに行くぞ」


 俺はモニターを指差し、リーナに声をかける。


「えっ、残党を制圧しにはいかないんですか?」


「ああ。敵の大将をぶっ飛ばしたんだ。相手は総崩れになってるはずだから……俺が行かなくても充分だろ。それに、正直弱いものイジメもつまらん」


 俺が言うと、リーナは呆れたような表情になって、


「今ここで戦っていた兵士たちは全員最前線で戦う優秀な兵士のはずなんですけどね……それを弱いもの扱いですか。人知を超えてますね」


 とか呟いている。だが、あの程度だったらまだWRBCSの時の相手のほうが強かったぞ?

 とりあえずブツブツ言っているリーナは放っておいて、俺は降りる準備を進める。


「降機しますか? はい いいえ」


 当然「はい」を押し、機体が下がる感覚がした後、プシューというハッチが開く音がした。


「じゃあ、降りて親玉のところに行くぞ。ああ、武装は出しとけよ?」


 リーナにそう警告をして、ハッチから飛び降りる。

 スタッ、と着地して、後ろに目をやる。ちょうどリーナも飛び降りていて、落下している最中だった。……うん、リーナがスカートじゃなくてよかったな。うん、よかったんだ。

 二人して戦場に降り立った瞬間、なんとも言えない感覚に襲われる。敢えて表現するならば――「死」、だろうか。とにかく、日常ではない何かだ。背筋がゾクリとする。ああ、この感覚にはたぶん中々慣れないだろうな。

 そうして少し周りを見ていると、突然目の前に兵士が立ち上がった。服装から見て、敵であることは間違いない。


「あ?」


 俺が一瞬呆けたようなことを言うと、敵は素早く銃を俺に向けていた。


「覚悟!」


 パパァン! という音がして、俺が抜いたΣから飛び出した銃弾が、敵兵士の膝と、そいつが持っていたマシンガンを撃ちぬく。


「ぐあっ……」


「邪魔だ。めんどくさいから殺さんが」


 ふと後ろを振り返ると、リーナが三人の兵士をふっ飛ばしていた。ってか、あいつどんだけ強いの。


「終わりました」


「……わかった。じゃ、行くか」


 俺たちは倒した兵士には目も向けず、さっさと走り出す。

 そしてさっきムサシから見えていた場所に行くと……そこでは、さっきの親玉が胡坐をかいて両手を挙げていた。


「おお、アンジェリーナ王女! ご無事だったんですね!」


 俺たちに気づいた兵士の一人が、弾んだ声を出した。

 また、周りの面々も心なしかホッとした表情をしている。さっきムサシの声を聞いていても、やはり本人が見えると見えないとでは違うんだろう。


「おや? その男は?」


 別の兵士が俺に気づいて訝しげな声をあげる。まあ、これも当然だろう。突然王女の隣にいる怪しい青年だもんな。疑わないわけがない。


「彼は私の窮地を救ってくれた恩人です。疑うことまかりなりませんよ」


「そ、それがその男に言わされているという可能性も――」


「私の実力を知っていてそんな無礼なことを言うんですか?」


 ピシャリと言い放ち、生意気そうな兵士を黙らせたリーナ。やはりこいつのカリスマ性は高い。

 それに、とリーナは思い出したかのように付け足した。


「彼がさっきまでムサシを操縦していました。その動きを見たでしょう? 彼は私たちの救世主なのです」


 いや、持ち上げすぎだろう。救世主なんてガラでもねえし。

 とはいえ、王女にそう言われたことは効いたのか、その場にいた全員がグッと口をつぐんだ。


「じゃ、俺の素性も分かったところだし……次はそいつの素性を明かそうか。おい、あんたら離れていろ。足手まといになるぞ」


 俺の言葉に、全員がむっとした表情になるが、どうでもいいことだ。どうせ、次に俺が言う言葉を聞けば、全員俺の言ってることが正しいと嫌でも分かるはずだからな。


「そこにいるのは、リーナ……ああいや、アンジェリーナ王女と同じかそれ以上に強い人物だ。分かったら離れろ」


「わ、私と同じ?」


「ああ。さて、ここまで言われてだんまり決め込むつもりか? ミランダ・ドウェルグ」


 ピタリ、とまるで凍りついたかのように、全員が動きを止めた。

 そして、その場を凍らせた俺に向かって視線が注がれるが、それを無視して敵のボスに声をかける。


「なあ、どうなんだよ、ミランダ」


「……殺せ」


 低い女声が返ってきた。……が、さっきまでゴクウのスピーカーから聞こえていた声とは違う。ゴクウのスピーカーには変声機能がついているのか、それとも単にスピーカーを通した声と生で聞く声が違うだけか。

 どちらにせよ――


「う、嘘……」


 ショックを受けたようによろめいているリーナの反応を見れば一目瞭然だが。


「み、ミランダお姉さま……何故……」


「さっさとその仮面を取れよ」


 ヘルメットの和訳が一瞬浮かばなかったので、仮面と言ってみた。

 ミランダはしばらく黙り込んだ後、スポッとヘルメットを外した。

 その下からは、肩の辺りで切りそろえられた銀髪の女が現れた。顔立ちはリーナにあまり似ていないが――意思の籠もった強い眼差しは、リーナの親族の物なんだろうと思わせる。

 まず間違いないだろう、この女がミランダ・ドウェルグだ。


「殺せ」


 ギラリ、とその眼差しを強くするミランダ。


「こんな恥を晒しておいておめおめと生き残るわけにはいかない。さぁ、殺せ」


 俺はそれに気圧されないように、決めていたことを淡々と返す。


「いいや、殺さない」


 俺の答えが意外だったのか、少し驚いたような顔をしてから、フッと小馬鹿にするように口の端を歪めた。


「いいのか? 暴れだすかもしれないぞ?」


「お前がリーナの二倍くらい強いんならそれも困るが、そこまでではないだろうし、見たところ武器も持っていなさそうだ。……確か、あんたの主武器は棒だったろ?」


「その通りだが……甘いな」


「それに、よく考えてみろよ。あんたは貴重な第一世代型機兵を操縦できる兵だ。あんたを殺して他の兵をあんたのレベルまで育てるより、あんたを寝返らせた方が確実に労力も時間もかからん。そのためにゴクウだって修復可能なくらいにしかぶっ壊さなかったんだしな」


 そこまで言うと、ミランダの眼から侮るような感情が抜け落ちたように見えた。なんだ、少しくらい認めてもらえたのか?


「で、どうすんだ? 暴れるのか? 暴れるんならしょうがない。十人の兵と俺とリーナでとりおさえよう。まあ、命まではとらんが足の一本二本は覚悟しろよ?」


「……いや、止めておこう。どの道今逃げたところで機兵には勝てないからな」


 ふぅ、と息を口から出すミランダ。緊張の糸でも切れたんだろうか。

 ……なんか妙におとなしいと思っていたら、そうか。どんだけ強くても人間じゃあ機兵に勝てないわな。


「お父様や師匠ならまだしも、私じゃあな」


「え、なに。そのお父様とか師匠様って機兵レベルで強いの?」


「? 当たり前だろう?」


 何言ってんの? って顔された。え、嘘。巨大ロボットに勝てる人間が存在すんの? それ機兵いらないじゃん。


「雑魚が扱う機兵如き、相手にはならん。さすがに……貴様の操るムサシには勝てんだろうがな」


「……そりゃあ、どうも」


 ロボットVS人なのに褒められてもな……

 俺はため息をつきたい気持ちを抑え、他の兵士に指示を飛ばす。


「じゃあ、十人全員で連行しろ。ああ、さすがに監獄ぐらいあるだろ? ……よし、確実にそいつは逃がすなよ。俺とリーナは残党狩り……じゃなくて城にムサシ連れて戻るか」


「そうですね。政治的基盤からやり直さなければならないでしょうし……」


「だろうな、ああ、それはまあ手伝うさ」


 俺のPCには、いろんな本が、電子書籍という形で入っている。その中には政治や経済に関する本もあったはずだ。たぶん役にたつだろう。

 兵士達に連れて行かれるミランダを見送り……俺は、リーナの頭を抱く。


「なあ、リーナ」


「なん、ですか……?」


「……何に、泣いてるんだ?」


「それは……」


 俺の胸の中で涙を流しながら、口を噤むリーナ。

 ……こいつはことあるごとに姉のことを話していた。たぶん、父親がいないとかなっている今、心の中ではそうとう頼りにしていたんだろう。


(……俺しか頼れる奴がいなかったとか言ってくれてたのにな。少し寂しいが、まあいいか)


 何年も付き合ってきた親族の裏切りとあっては、内心穏やかでいられないだろう。今ぐらいは、俺の胸を貸してやるか。


「…………」


「…………」


 あ、ごめんなさい。かっこつけて本当にごめんなさい! こんな美人に胸の中で泣かれてたら、正直嬉しいというより気恥ずかしくて死にそうです!

 今鏡を見るわけにはいかないだろう。こんなことなら昔シューヤに無理矢理連れて行かれたキャバクラ(無論、俺は騙されて連れて行かれた。その後殺し合いになったのは言うまでもない)で少しでも女性慣れしておけばよかった。今まで散々リーナにはなれたかと思っていたが、抱きしめたら泣かれるとか、そもそもなんで俺抱きしめてるんだとか、そんなこと諸々を含めてとにかく顔が熱い。

 そういえばあの時のキャバ嬢は金髪でけばかったな――


「……ユーヤ、今一瞬他の女のことを考えてませんでしたか?」


「ヤマシイコトハナニモナイ!」


 エスパーなの!? 大丈夫、あのキャバ嬢はシューヤのことしか見てなかったから! イケメンは死ね!


「そ、そもそも俺が他の女のことを考えていたとしても、関係ないだろう?」


「……まあ、いいです。それと、もう大丈夫です。ありがとうございました」


 トンッと、俺の胸が押された。それでリーナの顔を見てみると……眼は赤く腫れて、涙の跡も残っていたが、その瞳にはいつもの気高さが戻っていた。


「分かった。じゃあ、行くか」





 こうして――


「そうだ、ユーヤ。内政を手伝ってくれるんですよね?」


「ん? ああ。まあ、出来ることならな」


 後に世界に武功を轟かせ、文字通り世界最強になる男、山上雄哉と、


「新機関を設立するつもりなんですが、よければそこを仕切ってくれませんか?」


「え……いや、まあ、いいが、俺に勤まるか?」


 後に世界最高の名君と呼ばれ、これから起きる乱世を平和に導くアンジェリーナ・ドウェルグは、


「大丈夫です。ユーヤなら出来ますよ」


 硝煙の臭いや、機兵が乱舞する世界で、


「なんだその過度な自信。……まあ、いいが」


 笑ってしまうほど陳腐でありきたりな、


「では、決まりですね」


「ああ。とはいえ、あまり面倒を押し付けるなよ?」


 しかし何物にも変えがたい、最高の出会いを果たしたのであった――

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