第44話 煙と共に去りぬ

「しんみりした話をしちまったな。すまん」


「いいさ」


 俺はタバコをふかしながら、ふと茶の一つも出していなかったことに気づく。

 エドに席を勧めて、俺は――部屋には水しかないので――それをコップについでやり、エドの前に置く。


「遅くなったうえに、こんなものしかないが、まあ飲んでくれ。一応冷えてる」


 冷えてる――と言っても、別に対して冷えているわけじゃない。一応、昔ながらの冷蔵庫に入れていたから、多少はマシってところだ。夏場なら意味が無いレベルかもしれない。

 とはいえ、冷蔵庫があるというのは助かる。そこはちょっと前にクーデターが起きたとはいえ腐っても王城。氷室みたいなものがあったので、そこの氷を譲り受けて冷蔵庫をこことリーナの部屋に作ったんだ。

 電気が無いと不便とはいえ――まあ、暮らせないこともない。もっとも、ガスはあるから明かりが確保されているのは救いか。


「いや、ちょうど喉が渇いていたところだ。ありがたくいただく」


 エドはそういうと、グッと一気に飲み干してしまった。

 それを見て俺はもう水差ごと持ってきた方が早いと思い立ち、水差を氷冷蔵庫から持ってきて、エドと俺が座っているテーブルの上に置いておく。


「言っておくが、酒は無いぞ。俺は飲まないからな」


「そうか」


 もっとも、この水は一応、一度沸かしてあるので、衛生面的にはそこまで心配ないはずの、客人に出しても大丈夫なものだと俺は思っている。

 この世界は、前の世界ほどではないが衛生観念はそこそこしっかりしているので、そこは助かった。これからは、そっち方面も伝えて行かないとな。


「で? 話の続きを頼むよ」


 俺はしんみりとしてしまって止まっていた話を戻そうと、そうエドに言うと、エドは「悪い悪い」とあまり悪びれた様子もなく話を戻した。


「どこまで話したかな」


「その魔魂石を持ってどこに行けってところかだ」


「おお、そうだそうだ。……そう、まずはGR20っていうのは、確かに魔魂石を使っている。それも、この魔魂石と同じ大きさ……機兵を一台作れるような魔魂石が内蔵されている」


「さっきの話とだいぶ食い違いがあるようだが?」


 エネルギーが大きすぎて機兵くらい大きいものじゃないとエネルギーを受け止めきれないんじゃなかったのか。


「そう、普通はそうなんだ。だがしかし、その職人だけは例外でな。動力源を受け止められるだけの小さい機械を作れるんだ」


「ほう?」


 じゃあ、その人にいろいろ頼めばもっと楽になるんじゃないか……ああいや、そもそもの魔魂石がそんなにとれないのか。

 なんてことを考えていると、それを察したのかエドが教えてくれた。


「まあ、魔魂石がそんなにとれないっていうのもあるが……それをそんなにしない最大の理由は、この技術が門外不出だからだ。それは次に言おうと思っていた理由のせいなんだが……GR20は、どうやって動いていると思う?」


「ん? 普通に魔魂石なんじゃ……いや、そういうことじゃないか。確かに、車輪もついてないしな」


 というか、浮いてる。反重力装置でも作動してるのかよ。


「そう、車輪がついてるわけでも、馬が引いてるわけでもねえのに、あれは動く。それも機兵よりも速く、だ。そんなこと、あり得ると思うか?」


「いや……」


 俺としては、前の世界のスクーターやバイクを知っているから、速度自体はそこまで不思議でもなんでもなかったんだが……よく考えたらおかしい、か。

 この世界には車もあるにはある。が……量産出来ているわけでもないし、もちろんGR20の最高速度には遠く及ばないから、やはりおかしい。

 というか、それよりも何よりもやっぱり浮いてるのがおかしいな。


「そう、あり得ないんだよ。だからこそ――GR20はおかしいってことになる。では、なんでそんなおかしいことが起きているか? って話なんだが、もう一つ例を出そう。ユーヤ、お前はもう一つ……いや、二つ、GR20のようにおかしいものを見ているはずだ。それを思い出してみろ」


「もう二つ……?」


 言われて考えてみる。

 そんな異常なもの……俺にとっては機兵がそれなんだが、って待てよ?

 ギリギリ物理法則を無視していない(ように見える)機兵だが、どう考えても物理法則を超越した性能を誇っている機兵が二機あった。

 片や、伸縮自在の見えない棒(まあ、元の部分は見えているんだが)を持ち、振り回す機体。片や、全てを斬る刀を持ち、圧倒的な速度で戦場を駆けめぐる機体。


「第一世代機兵のこと、か?」


 俺が恐る恐るといった風に言うと、


「その通り。アレはこの世の理から外れたような力を持っている。それは何故か――? 答えはな、魔魂石にある」


 魔魂石に……まあ、そうだろうな。

 この流れで魔魂石が原因じゃなかったら、さっきまでの説明がなんだったのかって話になるからな。


「魔魂石の動力源が必要以上だと、当然その機械は壊れる。だが――その余分な動力源を上手く扱えるとどうなる? その超過した動力源はどこへ行く? どういう原理かはわしには分からん。だが、その超過した動力源は不思議な力としてこの世にあらわれる。それは全く理解の範疇を超えている。GR20が空を飛んで進むだけじゃない。絶対切断のムサシだったり、伸縮自在のニョイボウだったり……ともかく、この世の理を超えた何かを生み出せるものが、魔魂石なんだ」


「……まさに、魔法の力だな」


 そして、それを持ってかなくちゃいけない理由も分かった。


「その魔魂石を持ってその職人のところに行って……また、何かこの世の理を超えるものを作って欲しいんだろ? お前の今後の活動のために」


 俺が少し得意げになって言うと、エドは指をチッチッと振り、タバコの煙を吐き出した。


「半分正解で、半分はずれだな。俺のためのもんじゃねえ」


 エドは懐から一振りの剣を取り出すと、それをテーブルに置いた。

 ……その剣は、大きさがどう見ても俺と同じくらいある。そんなもん、一体どこにしまってた!?


「な、なんだその剣」


「これはわしの愛剣だ。この通り、わしは専用装備をちゃんと作ってある。これ一本で、第二世代機兵はぶった切れる。……そうそう。無論、ライアも、サニーの野郎もな。だから、お前はお前の武器を作れ」


「……いいのか?」


 俺がその、機兵をぶった切れるという、常識はずれな剣を見ながら言うと、エドはまなざしを少し呆れたものに変えた。


「いいのか? じゃねえよ。お前、今の自分の立場を分かってるのか?」


「俺の、立場……?」


 俺の立場と言われても、俺は国内的には一貴族に過ぎない。そんな立場と言われるようなほどのことは無いと思うんだが。

 しかし、エドは……そんな俺の考えが、ひどく楽観的に考えていただけだと悟らせるように、冷たい声を出した。


「そうだよ、お前の立場だ。よく考えろ、お前は第一世代機兵の操縦者だ。しかも、相当凄腕の。今はいいかもしれん。だがそのうち……これから戦いがあるたびに各国の頭は気づくはずだ。、ってな」


「ッ!?」


 動揺する俺に、エドはさらにまくしたてる。


「いいか? お前の実力は、それほどなんだ。だがしかし、肝心の素の実力はどうだ? せいぜい、一人か二人の暗殺者を退けられる程度だ。大勢で来られたら一瞬でやられちまう。この国の国防を任せている人間が、それじゃあ困るんだよ」


「………………」


 そう言われて、俺は考える。

 確かに、俺は弱い。今の俺じゃラクサルくらい強い暗殺者に複数人で囲まれたら手も足も出ないだろう。

 そのために今、力を磨いているつもりだが……敵は、こっちの準備を待ってはくれないものだ。戦場活殺術を極めるのに何年かかる? それに、敵にライアぐらい強い人間がいないとも限らないんだ。戦力を高くすることは間違いなく必要だ。

 だが――


「だからといって、これで武器を作るのは違うんじゃないか?」


「そうか? ど素人に超強力な武器を持たせてもしょうがないだろうが、お前ならうまく使いこなせるはずだ」


 いや、俺は少し前まではただの高校生、ど素人だったんだが……いや、今も素人に毛が生えたくらいのものだぞ。

 しかし、エドはそんなことは知らないんだった。俺が異世界人であることを知っているのはリーナとライアだけだもんな。

 ――まあ、冷静になって考えてみたら、俺自身が強くなることは急務だ。そう考えると、このエドの考えは正しいのかもしれない。


「だけど、俺よりも大事なのはリーナだろ。まずはリーナに武器を作ってやることが先の方がいいんじゃないか?」


「リーナは後だ。現時点では、リーナは王城内や、その周辺でしか活動しないし、常に護衛は付けられるはずだからな。俺は魔魂石をリーナと、お前の部下の分は出来るだけ早く調達してきてやるつもりだから、その辺は安心しろ」


 ダメだ、逃げ道がない。

 はぁ、と一つため息をついて、俺はエドに向き直る。


「……分かったよ。取りあえず、これをその職人とやらのところに持っていく。それで、俺の武器を作ってもらう。それでいいんだな?」


「ああ、上等だ。……というか、なんでそんなに嫌がったんだ?」


「自分でも分からん。だが、何故か俺だけそんな武器を手に入れるのは違う気がした。というか……今の俺の実力じゃ、そんな強力な武器を手に入れたって、殺されて奪われるかもしれない……って思ってな」


 なんせ、機兵をぶった切れる剣だ。しかも、GR20は個人認証みたいな、別の人は使えないような機能はついていない。相手に奪われたら、そのまま使われてしまう。鍵は一応あるけどな。

 ムサシみたいに鍵がつけばいいんだが……

 そう思って俺が言うと、エドは嬉しいような、安心しているような、逆にそれが不安だとでも言いたいかのような……不思議な表情をした。

 そして、立ち上がると、俺の肩に手を置いて、切なそうな声をかけた。


「……本当に、お前にリーナを任せてよかったよ」


「……? 唐突にどうしたんだ?」


「なんでもねえ、そろそろわしは行く。ライアにはわしのことを言っていいが、リーナとミラには言うなよ」


「わかった。じゃあ、お前の指令通りにする。その職人のいるところは?」


「ライアが知ってる。ライアと一緒に行け」


「――分かった」


 エドはつかつかとベランダのある方へつかつかと歩いていき、


「じゃあな、ユーヤ。また来る」


 それだけ言うとベランダへ出ると同時にどこかに消えてしまった。

 俺はタバコの灰を落として、口元を少し苦笑い気味にゆがめながら、空へ向かって言葉をこぼした。


「今度は、来る前に連絡してほしいものだけどな」


 俺の声は、静寂が支配する夜空へと、吐き出した煙と共に溶けて行った。

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