72話 突飛な発想
オルレアン王国からライネル王国では、馬だとだいぶな時間がかかる。機兵だとひとっとびなんだけどな。
というわけでギルのワンオフ機を作るには時間が足りない。だがそこはリグルだ。俺の考えを伝えたら「戦争までには実戦レベルの物を作れるわい」とのことだったので、そこは安心して任せていよう。
俺は俺でムサシの点検を行いつつ、訓練をしている。ミラが帰ってきたら第一世代機兵としてサムライモードも軽く動かしたいところだ。
昼間は訓練しつつ、夜は仕事。寝る前に少しリーナとプライベートな話をして……と概ねいつもと変わらない、しかし密度がいつもの何倍もあるような日常を行っていた。
オルレアン王国からの使者が来る前に避難や準備を整えなくちゃならないからな。
「ユーヤ様!」
俺が部屋で仕事をしていると、城で働いている兵士が部屋の前で俺を呼んだ。
「どうした? 何か用事があるなら入っていいぞ」
俺は書類から顔を上げずに言うと、兵士は入ってこず外から連絡を伝えてきた。
「いえ、スティアさん、ミラ様、コレットの三名が帰還いたしましたのでご報告に参りました!」
「――よし、帰ってきたか!」
俺はその報告を聞くなりすぐに部屋を飛び出してから正門の方へ向か――おうとして、伝令に来てくれた兵士に尋ねる。
「どこにいると言っていた?」
「はっ! 陛下にご報告をするとのことでした」
だったらリーナのところで待ってりゃいいか。
「ありがとよ。報告助かったぜ」
「はっ! 失礼します!」
兵士が去っていったのを見て、俺はリーナの部屋へ向かう。スーたちが来ているなら早いところ向かわないと。
扉をノックしてからリーナの部屋の中に入る。
「リーナ……おっと、着いてたのかスー。ボロボロだな」
「はは……おかげさまでござる」
リーナの前だと言うのに俺にいつも通りの口調で話すスー。だいぶ参ってるな。
「コレットは?」
「拙者と違って彼女はI2E
「なるほどな。じゃあ報告を聞こうか……って、ライアがいねぇ」
俺が言うとリーナが「ライアさんは」と言いながら紅茶のポットから顔を上げた(そもそも紅茶淹れるのって国王の仕事じゃねえのに……とはもう言わない。慣れてしまったからな)。
「リグルさんに何かお話があるとかで後で顔を出すと言ってましたよ。どうも先日の作戦の時にあった出来事で気になる出来事があったとかで」
「んー……ああ」
ライアにだけはエドが助けてくれたことを言ったからな。その関連でリグルと何か相談しに行ったのか。
ライアとリグルへの報告は後にするか。
「分かった。なら先にスーの報告を聞こうか。お前もすぐに休みたいだろ」
「はは……かたじけないでござる。正直立ってるのもやっとなんでござるよ」
「まあ
そう言いながらリーナが淹れてくれた紅茶に口をつける。相変わらずリーナは紅茶淹れるのが上手いな。
スーもリーナの紅茶を飲み、懐からスマホを取り出した。
「殆どこれに写真として撮っているでござる。それにしても『フルール』は凄かったでござるよ。見た目が凄くカッコよかったでござる」
「見た目かよ」
そうは言いながらもスーが奪ってきたという図面や書類なんかを分析していく。
「そういえばどんな
「ああ、そのI2E
「それは厄介そうだな」
I2E鉱石が1つ増えたのはありがたいが……うちの国でも強い部類に入るスーと不思議パワーを持っているコレットの二人がかりでなんとかやっつけるレベルのやつがあと三人か。しかもその中にはエドが取り逃がすレベルのやつが一人いるんだろ?
「ライアは……何で勝てるっつったんだろうなぁ」
若干俺が弱気なことを言うと、リーナがちょっと苦笑いした。
「何を弱気なことを言っているんですか、ユーヤ」
「そうでござるよ。いつも通り不敵に笑っているユーヤ殿の方が安心するでござるよ」
スーまでそんなことを言ってくる。
「もっと自分の力を信じてください、ユーヤ。あなたは一人で旅団を一つ潰した挙句第一世代機兵を強奪した化け物なんですよ?」
言い聞かせるような口調でなかなかひどいことを言うリーナ。化け物ってなんだよ化け物って。
スーは疲れ切った笑顔で俺の肩を叩いた。
「ライア殿も、ギル殿もミラ殿もライア殿も――もちろん拙者もいるでござる。そんなに弱気になる必要はないでござるよ」
「……そうか、ありがとよ」
俺は少し恥ずかしくなってそっぽを向きながらそう答える。
やれやれ……まあ、ここまで来たら開き直るしかないか。
「そのためにも情報をちゃんとまとめて勝てるようにしないとなー」
「そうでござるな。そして内部情報として敵の兵の総数なんかもあるでござるが」
「あー……そっち方面はもう別の情報源から正確な数は把握してるから大丈夫だ。それよりも第一世代機兵に関する情報は無いか?」
俺が問うと、スーは少しばつの悪そうな顔をしてからスマホの写真を開いた。
「申し訳ないでござる。名前と形状くらいしか……」
そう言うスーが見せてくれた写真に写っていたのは……なんていうか、えらく女性的なフォルムだな。
白い鎧に金の線が入っていて全体的に豪奢な印象だ。傍らの剣も儀礼用といってもおかしくないような華美な装飾が施されているし、全体的に丸い中世の鎧のようなデザインになっており甲冑型になっている胸部は明らかに女性の膨らみがある。
「女性型……なのか? これ」
「そうでござるな。名前は――」
スーはそこで一度言葉を切ると、しっかりと見据えてその名前を言ってくれた。
「第一世代機兵、ジャンヌ」
ジャンヌ――なるほど。
「ムサシにゴクウに……ジャンヌか。次はアーサー辺りか?」
苦笑いしながらそんなことを言う。取りあえず今言った三体の中じゃ戦うと一番弱そうではあるが……。
「どんな能力を持ってるんだろうな、ジャンヌは。ムサシの『絶対切断』とかゴクウの『伸縮自在』みたいな能力だと初見殺しがありそうだが」
俺が言うとスーは腕を組んだ。
「拙者はそこまでは……申し訳ないでござる」
しゅんとするスー。
まあ調べられなかったことは仕方がない……と思っていたところでライアが入ってきた。
「失礼します、申し訳ありません遅れてしまって」
「いや大丈夫だ。それよりもライア、お前はオルレアン王国の第一世代機兵の能力は分からないか?」
何とはなしに聞いてみると、ライアは「ふむ……」と考え込んだ後首を振った。
「ただ……少し気になることがありまして。オルレアン王国の第一世代機兵……ジャンヌと言うらしいですね。ジャンヌは武力政変が起きる前までの撃破数が0だったんですよ」
ライアの言葉が信じられなかったので、つい聞き返してしまう。
「撃破数が0? ……第一世代機兵なのにか? こっちの世界ではよくあることなのか?」
リーナに尋ねてみると、彼女も驚いた顔をしている。
「第一世代機兵は基本的にその国で最も撃破しています。当然のことですが、性能差がありますから。それなのに0というのは……」
「それほど第二世代機兵が強い……んでござるか?」
スーも目をまん丸に開いている。
ライアだけは淡々とその続きを話す。
「戦場で活躍する姿を見た人は殆どいないようです。手の者もジャンヌの活躍する姿を見た人はいなかったそうでして。しかし必ず出陣していたのは間違いないらしいです」
「ということは……ジャンヌの能力が他者を補佐する能力である可能性が高いな。単なる保険であった可能性も捨てきれないが、どちらにせよ第一世代機兵であることは間違いないから戦闘能力は高いだろう。出てきたら対処するのは俺だろうな」
もしも仲間を補佐するような能力だとしたら……数が多いことがメリットであるオルレアン王国とは相性が抜群だな。
ただなぁ……今の話と、ジャンヌという名前。その二つから考えて味方を補佐する能力っぽいんだよなぁ。
「なんにせよ、向こうが宣戦布告してくるかどうかだ。それまでは取りあえずこのデータを解析させてもらうよ」
「承知いたしたでござる。……さすがに拙者も疲れたでござるので、部屋に戻らせていただいてもいいでござるか?」
「もちろんだ、ゆっくり休んでくれ」
スーは一つ俺たちに頭をさげてから部屋を出て行った。
ライアと俺とリーナだけになった部屋で俺はソファに深く座り込んだ。
「なぁ、ライア」
「なんでしょうか?」
「さっきリグルとなんの話をしてたんだ?」
「ユーヤさんが言っていた武器の最終チェックを。……しかし、二つも作るとはユーヤさんは相変わらず突飛な発想をするお方だと感心しておりましたよ、リグルが」
ニコリとほほ笑むライア。「もちろん私もですが」と付け加える彼は楽しそうだ。戦うのが楽しいのか――それとも、こうして戦争するのが楽しいのか。
どの道、こいつには戦闘狂の気があるのかもしれないな。
「突飛な発想か? あの二つは」
「ええ、どちらも。最も、それが面白いと思ったから私もリグルも了承したわけですからね」
「そうか」
ついでにギルと話したこともライアに伝える。もちろんライアも分かっていたことだろうがな。
「ユーヤ、その……リグルさんの腕を信じていないわけではないですが、その……」
「俺としてはそれも含めて成功しないと勝てないと思っている。……だが、そのへんを含めても最後は俺が全部15分間でひっくり返すしかねぇ」
「もっとも、リグルの腕なら誤作動などはまず間違いなくありえませんし、私が考えている戦略図では8:2で私たちが有利です」
断言するライア。
「そんなに圧倒的とは思えないんだが……」
反論するが、ライアは目をつぶって首を振った。
「これでも向こうの戦力を実際の倍くらいに見積もった数字ですよ。というか、どうやら向こうの指揮官が阿呆なようでして。私からの報告書は読んでいますよね?」
ライアからの報告書はなるべく最優先で読むようにしている。ライアの持ってくる情報は正確性もそうだが、重要な事柄が書かれている。あれを読み損ねることはない。
「それならば、向こうがとってくるであろう戦法についても書いたはずですが」
「あ、ああ。数で正面から押してくるのと並行して内部から
俺が問うと、ライアは指を1本立てた。
「オルレアン王国の
「確か……六?」
答えると、ライアが今度は六本指を立てる。
そして指を一本ずつ折りながら俺に説明する。
「まず、アンガーは私たちが倒しました。ハンガーもそうです。そしてスーさんとコレットさんがもう一人。既に三人倒れています。残りは三人ですが……どう思いますか? いくら彼らが強くても三人です。リグルが一人、スーさんとコレットさんで一人、そして……奴が一人片付けてくれます。こうなると内部から切り崩す作戦は破綻したことが分かります」
ライアが言う奴、とは間違いなくエドのことだろう。
「そして肝心の機兵戦ですが、今回は向こうが攻めてくるはずなので地の利があります。地の利があり、かつ……我々には通信機があります。あれを使えば本部の私の指示を前線であるギルさんに飛ばせます。これは大きな優位性です」
「確かに……通信が無いもんな」
このライアの指示を前線にすぐに送れるのはでかいな。
というか、無線があるのと無いのとではだいぶ違うのは素人である俺でもよくわかる。あと、俯瞰で見ることの強さも。
(こいつは……平気で俯瞰の視点で見れるんだろうな)
ライアが「最後に」と言ってから紙を取り出した。
「単純な計算ですが、まず機神は第二世代機兵100機分の力があると言われています。ならばそれを二機もつライネル王国は200機と考えて、さらに地の利がある上に向こうは攻める側ですから攻めに必要な戦力は防御側の三倍。さらに……」
どんどん計算式が紙の上に書かれていく。
そして……
「ま、細かいところは省きましたが、これで戦力差が4倍であることはわかりましたか?」
たしかに、そこにはちゃんと俺たちの戦力がオルレアン王国に比べて4倍もあることが数式によって示されていた。
「もっとも、戦闘はこんな机上の空論でどうにかなるようなものではありませんが……多少は、安心するでしょう」
「そうだな」
俺とリーナは頷いて、立ちあがる。
「さて……いつ頃向こうは宣戦布告してくるかな」
「どうでしょうか。ユーヤ、私は準備万端ですよ! いつでも戦えます!」
「……いや、リーナ。君は王なんだから前線に出ちゃダメなんだからね? 本来は」
やる気に満ち満ちたリーナの頭を撫でながら、俺はニヤリと笑う。
「
そして――それから三日が経ったある日。
「ユーヤ様! オルレアン王国から使者がやってまいりました!」
「通せ」
さて……戦争の始まりだ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます