第52話 ヒーローは人殺しをしないものさ

「さて、どうやって探す?」


「大丈夫ですよ」


 ライアが呟いた途端、バン! と宿屋の戸が勢いよく開いた。


「ライア様! 情報を持ち帰りました」


 そこから入ってきたのは、どこにでもいるような風体の男。

 中肉中背で、黒髪……だけど、その目つきと足運びから、素人じゃないことが分かる。

 何者だ? ライアに付き従っているようだが。


「ご苦労さまです」


 ライアはその男から耳打ちされると、ニコリとほほ笑んで目礼した。

 目礼された男は、きちんと頭を下げてから宿屋から出て行った。


「今のは?」


「私の手の者です。実力――純粋な戦闘能力ならあなた方のほうが強いでしょうが、暗殺、情報収集に長けた者たちです。もっとも、暗殺はさせたことはありませんがね」


 ライアは少し得意げに、口の端を歪める。


「元は孤児たちです。……王城での仕事を終えて隠居してから、育ててきました。今では、私の手足のように働いてくれています」


「そうか」


 というか、なんでそんな手の者がここにいるんだ? と聞きたくなったが、そこはまあライアだから気にしないことにした。


「で?」


「ここからすぐ離れたところに、廃墟のようなものがあるとのこと。そこに、昨夜十数人の子供たちを連れて行く姿が確認されたとのことで、そこに行かせてみたら、案の定、盗賊たちがいたようなので、知らせてもらいました。どうも、かなりの数いるようです」


「上等」


 俺は懐の弾丸の数をチェックする。さすがに、今回は殺さずに対処するのは難しいだろうからな。


「ユーヤ様、その……」


「様。なんていらない。どうした? スー」


 なんだかしおらしくなったスーに、俺は微笑みかける。


「なんというか、話が見えないんでござるが……」


「子供たちが拉致されている場所が分かった。だから、助けに行く――これ以上ないくらい単純だと思うが?」


「……その、そこではなく」


 スーは少し躊躇うような顔をしてから、キッと目に力を入れて俺を見つめてきた。


「どうして、助けてくれるんでござるか?」


 どうして、か。

 俺は少し考えてから……スーの頭に手を置きながら、ニッと笑う。


「お前を仲間に引き入れるために、恩を売っておくためだよ」


「え? ……その、かっていただけるのは嬉しいでござるが、拙者はグラブル家の落ちこぼれ。そんな、大層な組織に勧誘していただいても、何も活躍できないでござる」


 ――この笑い方だ。すべてを諦め、自分への嘲りが浮かぶ笑み。

 よく見てた顔だ。

 毎朝、鏡の前で。


「……いいや、それは違うな」


 俺は首を振ってから、スーを見つめる。


「お前は、落ちこぼれなんかじゃない。一目でピンときた。……それを、今から証明に行くぞ」


「え?」


「武器はいいか? たぶん、戦闘になるぞ」


「……大丈夫でござる。拙者の武器はちゃんといつも用意しているでござる」


「ならいい。ライアは?」


「常在戦場ですよ」


 いつも通りのすまし顔。普段ならムカつくけど、今は頼もしい。


「よし、行くか」


 俺は首を鳴らしてから、立ち上がる。

 二人が同時に立ち上がるのを確認してから、宿屋から勢いよく飛び出た。



~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ライアの部下が言っていたところに向かうと、確かにそこには人がいることが確認できた。

 というか、まんま盗賊のアジトって感じになっている。

 廃墟のような見た目なのに、偵察している人もいるし、そいつは武装してるし。


「さて……どうするか」


「真正面からツッコむでござる!」


「……だから落ち着け。こういう時は、強行突破だ」


「ユーヤさん、貴方までボケないでください。ここにはミラさんもアンジェリーナ陛下もいないんですから、ツッコミが追い付きません」


 三人で軽口を叩きつつ、アジトのような場所を見る。

 俺はいつも通り、服の下にシューヤ謹製、防弾防刃アンダーシャツを着ているからいいとしても、二人は武装が無い。

 このままなら、まあ突っ込むのは俺だろうな。

 そこまで考えて、腰を浮かせようとしたところで、ライアが待ったをかけた。


「考え無しに突っ込むのは、機兵に乗っている時だけにしてください」


「じゃあどうすればいい?」


「あの見張りを無効化するだけでいいのです。正面から行く必要はありませんよ」


 ライアはそう言うと、懐から糸を取り出した。


「それは?」


 俺が訊くと、ライアはにっこりと笑ってからその糸を引き出して、


「この糸はとても丈夫でして。こんなことにも使えるんです」


 まるで生きているかのように糸を操り――かなり遠くにいた見張りを締め落した。


「ッ!?」


「い、今のは……?」


 俺とスーが驚愕しているなか、ライアはいつも通りの涼しい顔を俺たちに見せる。


「企業秘密です、少なくとも、一朝一夕で出来る技ではありません」


「むしろ100年修行したところで出来るとも思えねえよ」


 俺は相変わらずのライアにため息をついて、前を見る。

 見張りは消えた、異変に気付くのにはもう少しかかるだろう。


「さて、どう突っ込む」


「まあ、見張りは消したので、そのまま入ってもいいでしょう。殿としての連絡のつなぎは私の手の者がいたしますので」


「そうか」


 なら入ろうか。


「では、先頭は拙者がつとめるでござる」


 スーが立ち上がり、鋭い視線を向ける。

 そして、いつの間にか、その手にはナイフが握られている。

 ……へぇ、なかなかいい動きだな。スーは暗器使いか。


「なぁ、スーよ」


 俺がスーの暗器を見ながら声をかけると、スーが今までにないくらい固い声を出した。


「……なんでござるか? まさか、殺すなとでもいうんでござるか?」


「いいや? むしろここで殺す気が無かったんならここに置いていくつもりだったからな。そうじゃなくて、何本ストック……ああいや、予備を持ってる?」


「少なくとも、あの場にいる人間を全員殺せるくらいには」


 なかなか殺意の籠った声。

 ギリッと、歯ぎしりの音が聞こえる。


「最初……最初に、奴らが飛び込んできた時に、殺す気で戦っておけばこんなことにはならなかったんでござる……! もしも、子供たちが殺されていたら、その時はこの手で仇を……!」


「だいぶ病んでるな。まあ、落ち着け。さっきも言った通り、死んでる可能性は低い」


「低いだけで、確実に殺されてないという保証はないでござる」


 その通りだが、ここで暴走されるわけにはいかない。


「だとしても、冷静さを欠いたらその場で死ぬ。ここでは一度落ち着け。……分かった、俺が先頭で行こう」


 言って、ライアを見る。


「……ユーヤ殿の武器は銃でござろう? そちらの方が音も出るし、バレやすいでござる。音もたてずに戦える拙者が最適でござろう」


「――分かりました。では、スーさんが先頭で、私が殿をつとめましょう。この中では一番この国の重要度が高いあなたが真ん中で一番死ににくい位置にいてください」


「わかったでござる」


「……分かった」


 スーがずいっと前に出て、さらに手にナイフの数を増やす。


「さて、では行くでござる」


 足音を消して、するりと忍び寄るように廃墟へと近づくスー。

 俺とライアはそれに続いて、足音と気配を消してから廃墟へと続く。

 ここに来るまでに簡単なハンドシグナルは決めておいたから、喋らなくても中の方に入っていける。

 道中、何人かと出会ったが、それらをすべて俺とスーとライアで、無音で無力化した。

 どいつもこいつも、スーが苦戦するようなレベルじゃない。俺でも軽くあしらえるレベルだ。この程度の集団が、こんな大人数拉致できるのか?

 やはり、何かがおかしい気がする。


「な、何もんだテメェら――」


 ゴッ! グリュッ、グキッ!


「(鮮やかだな)」


「(この程度なら余裕でござる)」


 小声でやり取りをしつつ、中へ中へと入っていく。

 そしてさらに進むと……子供たちの唸り声のようなものが聞こえてきた。

 こっちか? と思って声の方を見ると――


「ッ!」


 スーが飛びだそうとするのを、腕をつかんで止める。


「(とまれ)」


「(しかし!)」


 グッとさらに腕を引き込み、さらに小声で怒鳴る。


「(いいから黙ってろ! ……ライア、どうする?)」


 ライアに尋ねつつ、俺は子供たちの様子を見る。

 彼らは全員檻に入れられ、口に猿轡をつけられている。

 目には怯えの色が見え……これは、トラウマものだな。

 しかし、シスターの姿は見えない。どこか別のところに監禁されているのだろうか。


「(そうですね……)」


 ライアが懐から糸を取り出して、ひゅんと放り投げるが……


「(ダメですね、弾かれます。さすがにアレを糸で壊すのは難しいですね)」


 なら仕方ない。


「ぶっ壊すぞ」


 俺は懐から銃を抜いて、見張りがいる中堂々と出ていく。


「なっ!」


「だ、誰だテメ――」


「うるせえよ」


 俺は一人に近づき、首元を狙った一撃で意識を狩り落とす。

 そしてもう一人は――ライアが、あっさりと無力化してくれた。


「助かった」


「考え無しに突っ込むのはやめていただけると嬉しいんですが」


「お前がなんとかしてくれるって分かってたからな」


「ちょっ……! 拙者には動くなと言っておいて、なんで今、突っ込んだんでござるか!」


 スーが後ろから俺の襟首を掴んで引っ張る。


「ちょっ、痛ぇ。……まあ、なんというか。一つは、子供たちがそろそろストレスが……精神的負荷が限界に近いということが分かったからな。すぐに助ける必要があると感じた。それと……子供たちの前で人殺しを見せるわけにはいかないだろ」


 スーがこのまま突っ込んだら、そのまま殺しそうだったからな。

 そしてライアが糸を使って牢を開けたので、俺とスーも子供たちに近づく。


「それに――」


 すると、子供たちは一斉に半泣きになりながらスーに飛びかかって行った。


「「「うええええええええええええええええんん!!!!!!!!」」」


「わっ、お、落ち着くでござるよ!」


「「「怖かったよぉ~!!!!」」」


 スーがもみくちゃにされている。どの子供も、俺とライアのことなんて目に入らずに、わんわんともう大声で泣きながら、スーに縋りついている。

 さっきまでは怯えて涙すら流す余裕がなかった子供たちが、だ。


「……スー、お前は子供たちのヒーローなんだよ」


 ヒーローは、子供たちの目の前では人は殺さないものさ。

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