第42話 剥ぎ取り名人

 翌朝、目を覚ます。

 やはりベッドでの睡眠は良い。

 先日に比べて背中も痛くないしぐっすりと眠れた気がする。


 一階の酒場スペースへ移動すると、舞台の上で眠っているアプラを発見した。

 さすがに放置は不味いと思い、揺り動かして起こすことにした。


「あー、ジュンペー」


 寝ぼけているドリル美人は中々に良いものだ。

 しかしいつまでも見ている訳にもいかないので、こんなところで眠っていた理由を尋ねると、つい先ほどまで風呂の湯沸かし器を改良していたらしく、その完成品を是非見てほしいと言うので浴場へと移動した。


 湯沸かし器は浴場の壁を挟んだ屋外に設置してあり、浴場手前の扉を開けて一旦外に出なければ触れることはできない。

 この世界では火の魔道具の出力が低く、一般的な風呂では薪を使って湯を沸かすらしいが、昨晩伝えたサーモンロッドの技術を用いて、アプラは魔石のみで稼働できる湯沸かし器へと改造したらしい。


「これコンロの部品か」


 新しい湯沸かし器は、薪を焚べるための窯の中に設置してあり、元々魔道コンロに付けられていたであろうボタンだけが外部に露出していた。


「一番左のボタンを押すとお湯が沸きます」


 そう言われてボタンを押してみると、窯の中で火が灯る様子を確認できた。ついでに窯の中には元々奥田のものと思われるサーモンロッドがほぼそのままの姿で突き立てられてるのが見えてしまった。


 湯沸かし器の火力は適度に強く、湯を沸かす程度なら問題なさそうだ。


「大体10分程度で火は止まります。追加で沸かしたい場合には、右側のボタンを押すと5分ほど火が出るので、任意で調節してください」


 湯沸かし器は問題なく稼働することが確認できたので、今度は湯船の様子を見ることにした。


 湯船の傍に取り付けられたつまみを持ち上げると、先ほど外で沸かしたお湯が流れ込み、湯船の中を満たしていく。


「これめちゃくちゃ便利になったな!ありがとう!」


 そう伝えるとアプラは満更でもない顔をした。


「あとはシャワーがあれば完璧だけど」


「シャワーとは?」


 迂闊なことを口にしてしまったため、アプラにしばらく問い詰められるも、シャワーの何たるかを説明したら「ぜひ作らせてください」言い出した。


 初めは重力でお湯が上から降ってくるだけのものを構想していたが、地底湖のウナギから採れる水流強化の魔法発動体の話をしたら、地球で使われているような水圧があるシャワー構造へと設計の変更がなされた。


 それに伴って早々にウナギを狩ってくることを求められ、また、このまま風呂に浸かって考えをまとめたいから早く浴場から出ていってくれとも言われた。解せぬ。


◇◇◇◇◇


 酒場スペースへと戻ると奥田が朝食を摂っていたのでご一緒させてもらった。


 浴場での出来事を話してやると「私も一緒に風呂に入りたい」と言う。ちゃんと話を聞いてたんだろうか。


 そしてシャワーのためにウナギの魔法発動体を採りに行くというのなら、ついでにゴーレムの命令石もほしいと言うので、結局今日は迷宮探索へ行くことにした。


 パーティメンバーが全員酒場スペースに集まったタイミングで今日の迷宮行きを話すと、ルシティ、オサート、松下の三名は講習会に参加するため、迷宮探索は遠慮するとのことだった。


 ならばついでに、風呂の湯沸かし器として使ってしまった魔導コンロの代わりを買ってきてほしいとお願いした。

 今後厨房を最も利用しそうなルシティが使命に燃えていた。


「私が最高の魔道コンロを選びだしてやろう」


「う、うん。家具屋か魔道具屋か、何処に売ってるかがわからないから、その辺りのこともお願いするよ」


 そうお願いしてから北冒険者ギルドへと向かった。


◇◇◇◇◇


 迷宮に入る前に一度北冒険者ギルドへ寄って、地底湖までの地図を書き写した。

 前回は依頼用に借り受けた地図だったので、今回の探索では自前の地図が必要となったからだ。


 ギルドから地図を借りるだけでも結構な料金を取られたが、地下10階まで迷うことなく辿り着けた地図の精度と、吸血鬼部屋注意といったお役立ち情報まで記載されているので、この料金は納得のいく値段だった。


「ペンの精度が、ペンの精度が」


 そう嘆き続けているのは奥田だ。

 昨晩制定されたルールに従って、地球産のペンは娼館拠点に置いてきており、代わりのペンをギルドから借りて地図を書き写している。


 貸し出されたペンが使いづらいのか、それともこの世界の文具は大体こんな感じなのかは分からないが、インクは垂れるしペン先は紙面に引っかかりまくる。この辺りのことも異世界常識科の授業で質問しよう。


◇◇◇◇◇


「ロッコ何読んでるの?」


 一人当たり2層分の地図を書き写すノルマを早々に終えたロッコが何かを読んでいたので尋ねてみた。


「これっすか?魔物図鑑っすよ」


「あ!また真面目アピールしてんの!?ロッコが予習なんて!」


「またって何すか、またって。そんなんじゃないっすよ」


「予習じゃないっていうなら何なの?」


「いや実はですね」


 ロッコが声を落とした。


「地下9階にルシティさんっていう会話のできるヴァンパイアがいた訳じゃないっすか。つまり他にも会話ができる魔物が住んでるんじゃないかと思いましてね」


「まあ居るかもしれないな」


「で、会話ができそうな魔物に心当たりがあるんすよ」


「どんな魔物?」


「えっと・・・」


 ロッコがさらに声を落とし、地図を書き写している面々の様子をチラリと見た後、再びこちらに向き直った。


「サキュバスっす」


「!!!!!」


「ダンナはサキュバスのこと知ってやすか?」


「ああ、俺たちの世界にも伝承だけはあったぞ」


「一度くらいは会ってみたいと思いやせんか?」


「ん、んー、い、いやー、うちのパーティって女性が多いじゃない?たとえサキュバスの居る場所が分かっても、行く理由を用意できないんじゃないか?」


「ダンナは何で迷宮探索者になったんすか!」


 突然ロッコが音量を上げた。


「元の世界に帰る手がかりを探すのと、割りのいい資金調達のためだけど・・・」


「そうじゃないでしょう!未知なる世界を解き明かすための気高き挑戦!!その目的のために探索者になったんじゃないんすか!」


「いや、うん。そんな理由ではないね・・・」


 ロッコはテーブルの上にダンッと両手を叩きつけた。


「そんな牙を抜かれたダンナなんて見たくなかったっすよ!!」


「ロッコうるさい」


「あ、すんません・・・」


 速攻でロッコの牙が奥田によって抜かれた。


 それにしてもサキュバスか・・・。


 興味がありすぎるな!



◇◇◇◇◇



「いいいいいい!!!きたきたきたきたー!!」


「ロッコ!ロッコー!!!!」


 地下3階のいつもの巨大ムカデもとい巨大ゲジゲジ。


 何度見ても慣れないあの姿。

 

「火球?火球撃つよ???いい?いいいいいい」


「火球はダメっす!そのまま動かないでください」


 火球を放とうとしたらロッコに止められた。

 そしてそのロッコは一人でゲジゲジに近づき、ショートソードで倒して回っている。


 全てのゲジゲジを倒し終えたロッコはこちらに向かって声を掛けた。


「ミサキ姐さん、こっちに来て回収手伝って下さい」


「いいいい!!何で私なの!!嫌がらせ?嫌がらせなのね???ロッコってイビキがうるさそうだから、ロッコの部屋から遠い部屋を選んだ私への嫌がらせなのね!!??」


 そんな風に部屋を選んだんだ。


「違います違います。さっき魔物図鑑をみて知ったんですが、このゲジゲジの触覚が高級ペン軸として使われてるらしいんすよ。さっきペンの書きごこちに不満があったようなのでどうかなと」


 ロッコの話によると、ゲジゲジの触覚を材料としたペン軸が高級文具として売られているらしい。その書きごこちは滑らかで、安物と違って紙面に引っ掛かったりしないらしい。魔物を倒して1匹あたり2本しか得られない材料。確かに高級そうだ。


「ほら、折角だから回収手伝ってきなよ」


 奥田を後ろから押す。


「いいいい!!無理ぃいい!近づけないいい!」


 結局ロッコが全てを回収してくれた。ありがとうロッコ。俺も無理だ。


◇◇◇◇◇

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