第17話 賢者と愚者

 水辺の性行為さんがお茶を運んできてくれた。

 

 全くもってとんでもない翻訳のなされ方だが、例えば「水辺の性行為さん、お茶のおかわりを貰えますか?」と話しかけるとちゃんと伝わることが分かった。


 ただ周りには日本人がいるので、その名を口にするのは憚られる。

 そこで「お婆さん」と呼ぶことで一応はスムーズに会話が進むようになった。


「この太陽鏡なら800輪で買おう」


 そうお婆さんから告げられる。


 この国の言葉にない単語を使うと、一昔前の翻訳ツールで『日本語→英語→日本語』と翻訳した時ような現象が起こる。


 前後の会話から大体の意味は察せられるが、どうにもモヤモヤする。そのうち慣れるのだろうか。


「ありがとうございます。では800輪で売ります」


 サングラスを買い取ってもらい、転移後初となる異世界のお金の入手に成功した。


 通貨単位がお花の単位と同じなのが少し可愛い。


◇◇◇◇◇


 サングラスの取引後、お婆さんに少しだけ時間をもらって幾つかの質問に答えてもらった。


 まず、この街の治安はそこそこ良いらしいが、港方面には気が荒い漁師たちが多いので、用なく近寄らない方がいいとのこと。


 次に、1度の食事にかかる費用は大体3〜8輪。

 宿に泊まると1泊が20〜60輪程度らしく、大体の相場感が見えてきた。


 そして翻訳の魔道具は5000輪だそうだ。


「た、高い!!」


 つい思わず口に出してしまうと、それを聞いたお婆さんが、なぜ高いかの理由を教えてくれた。


 件の魔道具を作るために必要な材料には、迷宮内でたまにしか手に入らない遺物が使われているそうで、その材料の入手が安定しないため、どうしても高額な値段になるようだ。


 「迷宮」という物凄く気になる単語が出てきたが、一先ずその材料となる遺物とはどんなものなのかをダメ元で聞いてみると、案外あっさりと教えてくれた。


「遺物の名前は『愚者の覚え書き』ってやつだ」


 『愚者の覚え書き』とは、迷宮内でたまに見つかる紙切れの事らしい。

 その紙切れには、この国で使われている文字とは異なる、謎の文字で短い文章が書かれており、本来は誰も読めないはずなのだが、意味だけは理解できてしまうそうだ。


 しかも、自国語の読み書きが全くできない者だったとしても、書かれている文章の意味が理解できてしまうとのこと。


「へー、そんな不思議なものがあるんですねえ」


 迷宮自体は各国様々な場所に存在しているが、「愚者の覚え書き」が産出される迷宮は、この街の近くにある迷宮のみらしい。


 ちなみに最近手にした愚者の覚え書きには「玉ねぎは切る方向によって味が変わる」といった内容の文章が書かれていたそうだ。おもしろい!


 ついでに「もし自力で愚者の覚え書きを入手できたら、翻訳魔道具を安く作ってはくれないか?」という、少々不躾なお願いをしてみた。


「構わないよ、愚者の覚え書き以外の材料費と私への手間賃を合わせて500輪で作ってやろう。これは手間賃をかなり吹っ掛けた値段だよ」


 と、ケラケラ笑いながら答えてくれた。


 なお愚者の覚え書きがどういった形で迷宮内から産出するのかは、お婆さんも知らないそうで、詳しくは自由業独占組合で尋ねてほしいと、組合支部の場所まで教えてくれた。


 自由業独占組合?

 もしかして冒険者ギルドの事だろうか?


◇◇◇◇◇


 一通りの質問を終え、お茶を一口飲む。

 迷宮のことが気にはなったが、お婆さんもあまり詳しくはないそうなので、後日自由業独占組合で聞いてみようと考え、次の商品を取り出すことにした。


 「ええっとー何処に入れたかなと、あったあった」


 どの時代の人にも分かりやすくウケるんじゃないかと思って取り出したアイテムは「水着グラビア」。

 電車の中で読むために購入した漫画雑誌で特集されていた、アイドルのセクシー水着グラビアページをナイフで切り取ったものだ。

 全12ページにわたる特集記事を切り出した計6枚のペラい紙。そのうちの1枚をテーブルの上に置いた。


 男とは古今東西ドスケベなはずだ。その欲求には逆らえまい。


 そんな考えとは裏腹に、事態は急展開を迎える。


 ガタッと椅子の音を立てたお婆さんは前のめりとなり、テーブルに置いたグラビア写真を凝視する。


「お前、これは・・・」


 真剣な表情をしたお婆さんを見て、全員がゴクリと息をのむ。


「こんなもの、この街じゃ禁製品だよ!!」


 一気に皆の視線が刺さる。あ、これはチャンスだ。


「オレ、何かやっちゃいまs、」


「そんなこと言ってる場合ですか!」


 奥田からの被せ気味なツッコミが刺さり、かの名台詞が中断される。


「燃やして処分しましょう、うん、そうしましょう、こんなものは存在していなかった」


 素早く証拠隠滅を提案する奥田。


「待て待て、確かに春画はこの街では禁製品なんだが」


 お婆さんが奥田を手で制して話を続ける。


「この紙の中に人が入っていると言われても信じてしまいそうな微細さ、色の多彩さ、紙の細やかさ、同性でありながら見ているこっちが恥ずかしくなるほどの肌の露出の多さ・・・」


 雑誌の切り抜きを真面目に語る姿を見て、少しだけ居心地が悪い。


「実はこういったものを秘密裏に買い取ってくれるツテが私にはある・・・」


「おお!ホントですか!!」


 一転、嬉しい知らせだ。


「ただ、少しな・・・ええと今日は14日だから・・・あれが行くのは・・・」


 お婆さんは拳を作り、自身の額をトントンと叩きながら小声で何か独り言を話している。


「お前、コレと同じものは他に持っているか?」


「あと5枚あります」


「全部出せ」


 そう言われて他のページもテーブルの上に置く。


「これは・・・本当に美しいな・・・」


 お婆さんは席を立ち、隣の部屋から板を2枚抱えて戻ってくると、板の間にグラビアページを挟み込んだ。


「急で済まないが、取引相手がこの街を発つ前に商談を行いたい。手間賃は売値の1割を貰う。明日またここへ来てもらえるか?時間はいつでも良い」


「わかりました。明日また伺います。ちなみになんですが・・、大体でいいので幾らほどで売れるものなのか教えていただけませんか?」


「そうだな多分あの者なら、1枚あたり最低でも10000輪は出すだろう」


「い、い、い、わかりました。ありがとうございます」


 本当にその値段で売れたなら大助かりだ。

 お婆さんの手腕に期待しよう。


「そうだ、コレを渡しておく」


 そう言うと、お婆さんは腕に嵌めていた腕輪をこちらに渡してきたので、それを自分の腕に装着してみる。


「これでいいのかな?お婆さん、私の言葉はわかりますか?」


「うむ問題ない。では明日また会おう」


 出かける支度を始めるお婆さんの邪魔をしてはいけないと、挨拶を終えた一行は急いで店の外へと移動した。


◇◇◇◇◇

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