第16話 極度乾燥しなさい

「¥●&?¥●&?#$#」


「え、えーっと、こんにちは」


 やばい。

 まさかの言葉が一切通じない異世界のパターンだ。


「この世界へ転移させられた時に、自動的に言語が脳内へとインストールされるんですよ」


 いつかそう奥田は言っていたのに。


「文字ですら読めるようになります」


 お、奥田せんせー???


 門兵は我々に対して何やら話しかけてくるのだがその一切を理解することができない。

 英語にドイツ語、ポルトガル語や中国語など、過去に地球で耳にした事のある言語と共通するような部分はまるで感じられず、単語の一つすら聞き取れないでいた。


 顎に手を当て困った様子の門兵は、道を挟んだ反対側にいるもう一人の門兵に向かって何か指示を出す。


 指示を受けた門兵は一度頷くと街の中へ駆けていった。


 まさかとは思うが、増援を呼んできて我々を捕縛してくるようなことは、と嫌な想像が頭に浮かぶ。

 んー、結構な高確率でありそうだな。


 事の様子を見守る稲葉姉弟と松下さんも不安そうに・・・ってあれ?

 全然不安そうにはしていないな。

 どこか泰然とした、どちらかというと『其方さんがやるってーなら、手前らもやっちゃりますが?』的な目をしている。


 どうやら一番取り乱していたのは自分だったようだ。

 年長者として少し恥ずかしく思いつつ、ようやく冷静になれたので皆に方針を伝える。


「基本的には穏便に。もし捕縛されることになっても一度はそれに従おう。こちらが下手に抵抗しない限りは相手も無体を働くことはないと思う。街に入れさえすれば新しい情報も手に入るはずだ」


「わかりました、ただ誰かが傷つけられそうな時は先に燃やします」


「うん、それで行こう」


「傷つけられそうな時は先に燃やします」


「う、うん」


 突然復唱してくれた葵ちゃんの様子に戸惑う。


◇◇◇◇◇


 増援を呼びに行った門兵が戻ってきた。

 その後ろには一人の老人が付き従っており、我々の目の前まで近づいてくる。


「他国からきた一団とはお前たちか?」


「!!!!!」


 なんと老人が日本語で話しかけてきた。


「はい、私たちのことです。ご足労おかけして申し訳ございません」


「構わん構わん。年に数回はあることだから気にせんでいい」


 老人は門兵と二、三言葉を交わした後、こちらに向かって再び声をかけてきた。


「お前たちのことは私が引き継いだので、後についてきなさい。目的地はすぐそこだ」


 老人はそう言うと街の中へとスタスタ歩いていった。

 慌てて後を追おうとすると、奥田が近づいてきて耳打ちをする。


「さっきのあれ、日本語を話してたんじゃないですよ」


「どういうこと?」


「口の動きと発せられている音に差異があったんです。多分あれは翻訳魔法か翻訳の魔道具を使ったんだと思います」


 ええー?ほんとにござるかぁ?

 あの老人こそが脳内に何かインストールされた選ばれし民ってことはないの〜?


 俺はもう異世界先生のことを疑っちゃうよ〜?


◇◇◇◇◇


 老人の言う通り、目的地までは城門を潜ってから徒歩数分で到着した。


 案内された場所は何かしらの商店と思しき建物で、入り口には金槌と樹木を模ったプレートがぶら下げられていた。


 老人は背負っていた鞄から、文庫本サイズの石板を取り出してそれを入り口の脇に立てられた柱へと押し当てると、扉が鈍い音を立てながら内側に向かって開いた。


(!! スマートロックじゃん)


 「では全員、そのままついてきなさい」


 老人に続いて扉を潜ると、室内の壁際には木製の棚がいくつも設置されており、棚には筆・巻物といった文具類や、鞄・食器・ブラシなど多種多様なものが並べられている。

 おそらくはこの建物がそれら道具類を販売している店舗であることが窺い知れた。


 店舗を通り抜けてさらに奥の部屋へ案内されると、小さな食堂のような部屋に辿り着き、老人に促されるまま全員が席についた。

 老人はフード付きの外套を脱ぎ、椅子の背もたれにそれを掛けると自身も席についた。


 あらためてみるとこの老人は女性だった。


「さて、噛み付く両替は幾つ必要だ?」


 お婆さんが意味のわからない質問をしてきた。


「噛み付く両替?」


「なんだ?これを買いにきたんじゃないのか?」


 そう言うとお婆さんはシャツの袖を捲って、手首に嵌められた腕輪を見せてきた。


「???」


 お婆さんに話を聞くと、その腕輪は言葉が通じない者同士でも意思疎通が図れるようになる道具らしい。

 しかし互いが使う言語の細かいニュアンスの違いによって、多少の翻訳ミスが発生するものだそうだ。


 先ほどの『噛み付く両替』とは、この腕輪の商品名らしいのだが、元の言葉で展開すると「噛み付く→腕に嵌める」「両替→翻訳」といった意味だと推測される。


 この国の言葉が通じないほど遠くから訪れる者は、大抵が腕輪を買うために来る商人だそうだ。


「なるほど、それで幾つ必要かって質問だったんですね。できれば私たち全員分、つまり5つ欲しいです」


「この腕輪はかなり値が張るものだが支払えるのか?」


「それについて実はですね」


 我々は現時点でこの国のお金はビタ一文も持ち合わせておらず、運んできた商品を幾つか売ってお金を得ようとしているので、何処で売るべきかを教えてほしい旨を伝えた。


「塩と砂糖、衣類と靴、武器と鎧、以外なら商業独占組合で大抵のものは売れるぞ。あと魔道具ならこの店で。なにか面白いものがあるなら私が買い取ってもいいぞ」


 商業独占組合とは商人ギルドのことだろう。なんか嫌な訳され方だな。あとこの店は魔道具屋だったのか。

 ついに出てきたな魔道具。

 魔素との兼ね合いが気になるぜ。


「じゃあ最初は俺から出していくね」


 こういった場面で取り出してはいけない物の打ち合わせは既に済んでおり、この世界の社会に悪影響を及ぼすおそれのあるものは出さない決まりとなっていた。


「まずはこちらです」


 テーブルの上に釣り用の偏光サングラスを置いた。

 これは奥田との火柱発生実験の際、彼女の眼を守っていたアレだ。

 偏光グラスはあと2本ほど持っているので今回売ることにした。別に奥田が一度使ったものだから手放そうなどという意図はない。


 お婆さんはサングラスを手に取った。


「入っていた箱も見事なものだったが、中から出てきたこれもまた美しい細工だなぁ、どういった魔法が掛けられている?」


「魔法は掛けられておりませんが、これを通して水面を見ると、光の反射が抑えられ、水中にいる魚が見えやすくなります」


「ほほー、この街では漁業が盛んだからすぐに売れるだろう。して幾らで売ってくれる」


 適正価格がさっぱり分からない。

 この街で何が売ってるのかも知らない。

 通貨の単位すら不明。

 仕方がないので腹を割って話すことにした。


「私たちはこの国にきて日が浅く、物に適切な値段をつけることが出来ません。お気に召すものがございましたら、そちらが提示した値段で全てお譲りいたしますので、なるべく適切な値段で買い取ってもらえませんか」


 お婆さんは目を丸くしてこちらを見てくる。


「じゃあ存分に足元をみてやるために、お茶でも用意しようかね」


 お婆さんは席を立つと、カラカラと笑いながら奥の部屋へと歩きだした。


「そうだ」


 足を止めたお婆さんはこちらを振り向いて言う。


「お前たちの名前を聞いてなかったな。教えてくれるかい?」


「申し遅れました。私は長野と申します。今後ともよろしくお願いします」


「私は美咲と言います」


「私は千尋です」


「葵です」


「隼人と言います」


 あれ?みんななんで下の名前で名乗ってるの?

 俺だけ苗字で返答しちゃったじゃん。

 え?仲間外れにしてる?え?胸がギュッとしてるんだけど?


「おばあさんの名前も教えてください」


 そう奥田がそう促す。


「あぁ私かい?私は・・・




『水辺の性行為』だよ」




ちょっとー!!魔道具ちゃんと仕事して!!!

こっちには子供もいるんですから!!!


◇◇◇◇◇

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