第15話 門

「これはまた随分と広いなー」


「対岸がほとんど見えないですね」


 ようやく森を抜けたと思ったら、目の前には巨大な湖が待ち構えており、今まで辿っていた川はその湖へと注がれていた。


「でもこれは間違いなく人間・・・か、人間以外の文明を持った何かがいるってことだよなあ」


 川が湖へと注ぎ込む河口の近くに、明らかに誰かが架けたであろう橋が作られていた。

 橋の素材は木製、幅は2mほどの小さな橋だが、板材に金属の釘を打って作られていることから「板材と釘」を作り出せる文明が近くに存在することが推測される。


「さて、どっちの方向に進もうか」


 道は湖に沿って作られており、左右どちらの先にも見える範囲に集落はない。


「あ、足跡ですよ、これの向かう方に行きましょうよ」


 奥田はそう提案してきた。


「でもその足跡の主が、街から出かけるときにつけた足跡だったら街から遠ざかるんじゃ?」


「だとしても、少なくともこの足跡の人に会えますよ」


「確かに」


 ということで、湖に対して反時計回り、つまりは右方向へと進むことを決め、その日は近くで野営を行うことにした。


◇◇◇◇◇


「五人同時に追い出されるとかある?」


「じゃあ村で大火事が起きたとか?」


 一行は現在『街に入る際に衛兵から誰何されたらどう返答するか』のカバーストーリー作りを行なっている。


 最初に奥田から提案されたものは『長野・松下が夫婦で移住のために来た。後の三人はその子供』という設定だったが、夫婦役の二人の見た目が若すぎるということで却下された。

 次に提案されたものが、全員が末っ子のため畑を継がせてもらえないので村から追い出された、という設定だ。


 それへの返事が先のものである。


「そんな大火事があったなら、下手すりゃ行政が動いちゃうよ」


 今になって何故カバーストーリーが必要になったか。それは現在我々が進んでいる道の先に巨大な城壁が見えてきたからだ。


 異世界モノのお約束ともいえる高い城壁が行き先に見えており、おそらくは壁の向こうに街があるのだろうが、もしかするとただの軍事施設の可能性もある。


 壁の高さを超える建物もいくらか確認でき、城、あるいは教会の尖塔だと思われる。


 皆の表情は明るく、久々に人の活動圏に戻れるということで足取りも軽い。


 この世界のお金をどう手に入れようか。

 帯剣してても咎められないだろうか。

 服装が現代日本のものだから悪目立ちしないだろうか。

 様々な疑問と不安が浮かんでくる。


 しかし奥田はこう提案してきた。


「とりあえず城門に辿り着くまでに色々と情報は得られるでしょうから、近づきながら考えましょうか」


 社会情勢も文化度も常識も一切わからないのでまだ対策のしようがないということらしい。男前だ。


◇◇◇◇◇


 城門がはっきりと見える距離まで来たので、一旦足を止めて観察及び作戦会議を行うことにした。


 我々が歩いてきた道は、他のいくつかの道と合流を繰り返し、既に道幅は5mを超える広さとなっていた。


 少し先には荷馬車に乗った人がいる。

 そう、人間である。第一異世界人発見だ。


 荷馬車に乗っている彼の服装を観察すると、上は腰まであるチュニックをベルトで絞ったもので、下は脛より下が妙に細くなった忍者っぽいズボンを履いているようだ。


 それと比べて我々の格好はというと・・・縫製は整いすぎているし、色も多様。

 頑丈そうな素材かつ、殆ど汚れていない。


「この格好じゃいくら何でも目立ちすぎるな」


「確かに浮きますね」


 そういうと奥田はパンパンに膨れ上がった鞄の中から、人数分の長い布を取り出した。


「とりあえずこれを肩から巻いて誤魔化しましょうか」


 奥田から手渡された布は、電車の座席を切り裂いて用意した無地の長い布だった。

 道中は寝るときの敷物として使っていたそうで、いい感じでくたびれていた。


「実に有能」


 その後もう暫く観察を続けていると、肩に槍を担いだ人物が通り過ぎていった。

 武器を持っていても問題はなさそうだ。


 あとは入場料やお金に関する問題だが、門前で荷物のチェックや料金の支払いを行なっている様子は見受けられないので、街に入った後で金策をするということで話は纏まった。


◇◇◇◇◇


 城門まであと20mといった位置までやってきた。

 入り口の左右には槍を担いだ門兵が見張ってはいるが、荷物検査や入場料の受け渡しをしている様子はなく、誰もが門を素通りしている。


 前の人に続いて歩いていけば問題なさそうだ。


 若干緊張はしているが、それを顔に出さないよう注意しながら門をくぐる。


・・・・・。


 そのとき門兵が動いて我々の前に手を差し込み、道の脇へと誘導してきた。


「お、お父ちゃん、あたい何だか怖い」


 奥田美咲、渾身の芝居である。


 完全に人選を誤った。

 いやそもそも設定がおかしかった。

 なんでボツにした案をそのまま使ってしまったのだろう。なんで奥田に台詞を喋らせてしまったのだろう。


 冷や汗をダラダラ流していると門兵が話しかけてきた。


「◎△$♪×¥●&%#?」


え?そっちのパターン?


◇◇◇◇◇

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