第20話 伝説の男

「$♪×¥▲☆=¥♪×¥●&」


「へー、そういう仕組みになってるのね。ちなみに貴方は幾つなの?」


「¥>$!?×¥▲=◎」


「あはっ!まだ全然じゃないの!!」


 先ほど絡んできた大男と奥田の会話が弾んでいる。


 食事をしている我々のところにまで来て、いきなり絡んできた男のセリフを、皆に訳して伝えところ、奥田が突然席を立ち、翻訳の魔道具を自らに装備して男に話しかけたのだ。


 せっかく異世界にまで来たというのに「襲われた馬車は助けてはいないし、虐げられた獣人族を救うイベントも発生しないし、街を騒がす難事件を解決してもいないし」と、思い描いていた異世界ライフとかけ離れていることへの不満が募っていたところに、待ってましたと言わんばかりに『ギルドで絡んでくる男』の登場だ。


 その存在は、魔王を打ち倒さんとする勇者や、古のドラゴンたちと価値を同じくした『伝説のギルドで絡んでくる男』なのだ。


 ついに現れた物語の登場人物を目の当たりにした奥田のテンションは最高潮に達し、溢れる感謝の言葉を男に浴びせ、両手で男の手を取り、隣にあった2人掛けのテーブル席へと案内し、あげく酒まで振る舞った。


 状況が理解できずに混乱している男は、これ以上は変な雰囲気に巻き込まれてならないと思い、一応は凄んでみたものの、それを奥田は一切意に介さず、倍の言葉で男を褒めちぎった。


 男は、自身が普段周りから疎まれがちなことを知っていた。所作は粗野だし口も悪い、喧嘩っ早いし身体も臭い。そんな自分のことをこれ程までに褒めてくれることなど、今までの人生に於いて一度もなかった。ましてや幼い異国の美少女からの言葉ともなれば尚更で、いかに警戒していようとも避けられるものではなく、無意識のうちに気分が良くなってしまったことは誰も責めはしないだろう。


 奥田からの質問に対し、はじめは「ガキのお前に教えるようなことじゃねえ」と袖にしたが、奥田は「私はガキではない。実は故国で厄介な呪いを掛けられてしまい子供の姿に変えられたのだ。本当の姿はもっと背も高く、胸も凄い」と多分に嘘を含ませたトンデモカバーストーリーを展開した。


 普段なら一笑に付すような話だが、先ほどからの少女の様子を思い浮かべると、確かに十歳程度の子供から発せられる語彙や雰囲気ではあり得ないものだと気付かされる。


 そして「胸も凄い」という小粋な毒が「親切にしておけばワンチャン」という彼の前向きなスケベ心に作用して、トンデモカバーストーリーを強く信じてしまうに至った。多分。


 こうしてまんまと絡め取られてしまった男は、奥田からの質問に対して、できる限り丁寧に説明することとなった。


◇◇◇◇◇


 2人の会話が落ち着いたタイミングで、大男を含む全員で同じテーブルに着いた。


 奥田が男から冒険者ギルドや迷宮に関しての情報を色々と聞いてくれたそうだ。


「彼から聞いたことをざっと伝えますね」


 そう言って奥田は説明を始めた。


「まずは彼から突然喧嘩を売ってしまったことに対しての謝罪をもらいました。どうかみなさん許してやってください。ちなみに絡んだ理由は、ギルドの食堂内で身体に不釣り合いな大剣を背負ったクソガキどもが居たので、世の中の厳しさを教えてやろうと考えたそうです」


 思いっきり奥田のせいじゃねーか!

 そして絡んできた理由が最低すぎる!絵に描いたようなクズじゃねーか!!


「わかりました。謝罪は受け取ります」


 皆が男に向かって軽く頷いた。


「では続けます」


 まずここ自由業独占組合北区支部こと北冒険者ギルドは、ほぼ全てが迷宮に関しての依頼で構成されており、護衛や清掃、土木作業などの一般的な依頼については、中央区にある中央冒険者ギルドで扱っているらしい。


 冒険者登録を行うには、受付カウンターで渡される依頼を、一つだけ完遂すると登録できるそうだ。

 その際、登録手数料は発生しない代わりに報酬も出ないらしい。


 登録するときには、個人で登録するか、パーティ単位で登録するかの何れかを選択可能で、後に依頼される仕事の内容が変わってくるらしい。


「もし私たちが登録するならパーティ登録になりますね。複数人がいること前提の仕事が依頼されるようです」


 また、迷宮に関する依頼を完遂すると「迷宮貢献度」が得られ、その貢献度が100を超えると、迷宮の自由探索が許可されるそうだ。


 護衛を完遂すると「護衛貢献度」が増え、土木作業だと「土木貢献度」らしい。

 貢献度が高まると、政府肝入りの建設依頼に呼び出されたり、比較的高貴な方々の護衛に帯同させられたりと、高報酬かつ誉れな特典にありつけるみたいだ。


 他にも迷宮内での採取依頼を行っているときに、怪我を負った他パーティを救出したり、珍しいアイテムを入手しても貢献度は得られるとのこと。


 基本、迷宮内で手に入ったアイテムや資材は、必ず冒険者ギルドに持ち込まなくてはならないらしく、自分で使うものだったとしても、一旦はギルドで見せなきゃいけないそうだ。


 稀に冒険者ギルドが珍しいアイテムや、危険を及ぼすアイテムを召し上げることがあるそうなのだが、相当な報酬が得られるそうなので、ゴネずに従った方が得策らしい。


「と、そんな感じです」


 そう言って奥田が説明を終えた。


「なるほどなー、聞いた感じでは今の我々に不都合な事や、受け入れ難い事なんかは見つからなかっと思うけど。そういえば初期依頼の報酬はどれくらいなの?」


「一番最初の依頼だけは無報酬ですが、次からの依頼はパーティ向けのやつで500輪から1000輪くらいらしいです」


「500もらえるなら何とか暮らせはするか。生活水準を上げることは難しそうだけど・・・」


 迷宮依頼に関しての情報は大体知ることができ、そろそろ日も落ちそうなので冒険者ギルドを後にした。


 オサートちゃんに報酬を渡し、またの再会を望んだら、普段は中央交差点付近で仕事を探してウロウロしてるそうで、依頼があるときにはすぐに呼んでくださいと強く言われた。


 絡み男とオサートちゃんと別れ、宿へと戻る。


◇◇◇◇◇


「なあ、一度の依頼で500輪も貰えるなら、オサートちゃんみたいな境遇の子たちで集まって、迷宮冒険家をやっちゃいかんのか?」


 既に眠る準備も整って、ヨガマットの上に転がりながら奥田に話しかけた。


「私たちが初めてモンスターと対峙した時のことを忘れたんですか?」


 あの時は確か、神殿に開いた穴を上からそーっと覗き込んだら大量のスケルトンを発見したんだったな。


「あー、確かに冷静に対処するのは難しいか」


「私たちは安全な位置から敵を発見したにも関わらず、完全に腰を抜かして恐慌状態。もし年若い子たちが平地で会敵したらよくて潰走、悪くて各個撃破されること必至ですよ」


「俺たちも何度も何度も深呼吸してから漸くスケルトンの再確認に行けたくらいだしな。難しいか」


「それに私たちはたまたま最初に飛び道具を手に入れることができましたからね。棒切れや安物の武器じゃ戦いにもならないと思いますよ」


「できることならオサートちゃんような子達が飢えることがないようにしてあげたいんだけどなあ」


「それは私たちがこの世界で安定した生活基盤を手に入れてからになりますね。私たちはこの世界のド新人ですし」


 こことは違う世界の知識があるというに、上手く活かせれていない自分への焦ったさを少し感じる。


「でもそういうのは好きですよ。やはり異世界にきたならば、人から貰った能力なのにあたかも自分の実力かのように振る舞い、あろうことか『こんな能力しか持ち合わせてない俺だけど』的な謙虚っぽい雰囲気を出しつつ、自己満足を満たすための人道的行為はお約束です!絶対に何とかしましょう」


「お、おう」


 言い方はアレだが、奥田自身も我々が手助けできる範囲で他者に介入していくこと自体には前向きであることが知れて少し安心した。


 さて明日はグラビアの行く末と迷宮かな?


◇◇◇◇◇







──────────────────

ここまでお読みいただき誠に有難う御座います。


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