第33話 ブレスピリオド

「見てないでなんか手伝ってよ」


「なんも効かないですし」


「大剣でならいけるって!」


「剣が歪んだら嫌ですし」


 地下8階に到達した我々の前に、ついにその姿を現した魔物ゴーレム。


 あらかじめ想像をしていた人の形をしたムッチリ土人形だったり、煉瓦で作られたロボットといった風貌とはかけ離れた姿をしており、実際のゴーレムは洗濯機から短い手足が生えたようなどことなくコミカルな形をした石像だった。


 見た目のとおり動きは愚鈍だったので、挨拶する時間は十分に取れた。


「こんにちはー、どなたか操作されてます?」


「さすがに人形は喋らないでしょうよ」


「一応だよ、一応」


 こちらに気づいたゴーレムが距離を詰めてきて、短い手足を使って攻撃しようとしてくる。

 だがやはりその短い手足は攻撃に向いているとは言えず、こちらの動きにも追いつけていない。


 主な攻撃手段はその重い身体を用いた体当たりだろうか?確かに潰されでもしたら大変なことになるだろう。


「魔法いきまーす」


 後ろから葵ちゃんの声が聞こえてきたのでその場から飛び退く。


 ゴーレムに火球が着弾・爆発するもダメージを与えたようには見えない。


「次いきまーす」


 次に放たれた魔法は熱光線だ。ゴーレムに対して数秒照射されるが、表面が赤熱しただけで動きは変わらない。


「これはあかんな。ハンマーでやるか」


 火魔法は効かないことが判明したのでスレッジハンマーでの攻撃を開始する。

 石でできたゴーレムの胴体を渾身の力を込めて叩くと表面にひび割れができたので、更にそれを繰り返す。

 都合5回ほど全力で叩いたところでようやくゴーレムの胴体は崩れた。


「これ、しんどくない?」


「あと6たーい」


 後ろから無慈悲な応援が耳に届く。



◇◇◇◇◇



 この世界に来てからというもの、体力が飛躍的に伸びたことにより一切の疲労を感じてこなかったが、ついに肩で息をするまでの疲労を感じた。


「めっちゃしんどい」


 床に座り込んで息を整える。


「お疲れ様です」


 松下さんが労いの声をかけてくれるとともに水筒を差し出してきた。


「どうもありがとう」


 受け取った水筒で喉を潤し、床に大の字で寝転ぶ。


「もうゴーレムいやだー!」


「じゃあ足だけ崩して先に進んじゃいませんか?」


「ドロップ品が微妙ならそれでもいいね」


 ゴーレムの残骸を検分している奥田に声をかける。


「いいもの落としてるー?」


「ええっと、鉄?と思われる延べ棒が数本ありますね」


「鉄?よし、足だけ崩して通過しよう!!そうしよう!」


 その後も幾度となくゴーレムと遭遇したが、片方の足を崩して転がすと、全然起き上がってこなくなるのが確認できたので、とどめを刺すことなくそのまま放置し先へと進んだ。


◇◇◇◇◇


 地下9階も順調に進めている。


 出てくる魔物が主にゴーレムだったこともあり、先ほど開発した足崩しすり抜け戦法でドンドン先へと進むことができた。


 景気良く迷宮を進んでいると、一向の前には分かれ道が現れた。

 先導してくれているロッコが分かれ道を右方向へと進むので、皆がそれに倣って右へと折れる。


 その時ふと左の先が気になったので、通路の奥をチラッと覗き込んでみると、この迷宮には似合わない金色をした豪華な両開きの扉があり、その扉がほんの少しだけ開いているのが見えた。


「ねえロッコ、あの金色の扉って何?」


 皆が足を止めてこちらを振り向く。


「あれには近づいちゃいけやせんぜ。地図によるとあの先には吸血鬼が出るみたいっす」


「うっ吸血鬼かー・・・」


 ファンタジーのド定番ともいわれるヴァンパイア。一瞬だけでも扉の先を見てみたい衝動に駆られる。


「隙間からチョロっとだけ見るのも危ないかな?」


「いやーどうでしょう?俺もこんな階層まで来たこと無いっすからねえ。ただ吸血鬼に挑んで全滅したって話だけはいくらでも聞いたことがありやすぜ?」


「不死族には火属性と聖属性が有効です」


 久々の異世界先生が攻略情報を授けてくれる。


「いや流石に戦いたくないよ。怖いし」


 しかしあの扉の豪華さからすると、中には相当なお宝が詰まっているんじゃないかと考えてしまう。


「じゃあ、あの隙間から一瞬だけ見てみるわ。危なそうならすぐ下がる」


「なら火球をすぐに撃てるようにハンマーはここに置いて、杖を握った状態で行ってください」


 奥田のアドバイスに従うことにする。


 いつかの穴から神殿を見た時のように、少し腰を落としてゆっくりと扉に近づき中を覗く。


 扉の先に見えたのは奥行きの長い豪華な部屋だった。

 部屋というよりは謁見の間といった方が相応しい造りになっている。

 室内には石柱が立ち並び、中央には赤い絨毯が敷かれており部屋の奥へと続いている。


 絨毯の敷かれた先は一段高くなっており、そこには玉座を思わせる威厳のある立派な椅子が据えられていた。


 玉座には何者かが座っている。

 きっとそのものこそが吸血鬼なのだろう。


 次の瞬間、扉が大きく開け放たれ、自分の意思とは関係なく部屋の中へと吸い寄せられた。

 通路にいたみんなも同様に吸い込まれたらしく、真っ赤な絨毯の上に全員が揃っていた。


 正面の玉座にいる吸血鬼を見る。


「!!!!!」


 その吸血鬼は黒を基調とした礼服を纏っており、足を組んで玉座に座っている。


 銀色の髪は長く、胸の辺りまで真っ直ぐ伸びていた。


 吸血鬼の容貌は恐ろしいほどに美しく、その顔をこちらに向けて冷たい笑みを浮かべていた。


(どうしやす?)


(全員戦闘態勢を)


 各々が武器を握って吸血鬼を睨み、この後に起きる戦闘に備えた。


 さて。


 大きく息を吸い込む。




「こんにちはー!この迷宮にお住まいの方ですかー?」


「・・・・・」


「うむ、いかにも」


「「喋ったー!!!」」


 まさかの返答有りである。

 異世界に来て初めて言葉を話す魔物に出会ってしまった。



◇◇◇◇◇



「当たり前だ」


「も、申し訳ございません。今まで話しかけても返事をもらえることがなかったので」


「私以外にも吸血鬼がいたのか?」


「いえ、上の階層にいたゴーレムなどに話しかけてみましたが一切返答はもらえませんでした」


「当たり前であろう!そもそも私とゴーレムを同じように扱うとはどういう事だ!」


「迷宮にいる魔物という括りで考えてたもので・・・」


「ふむ、魔物か・・・」


 吸血鬼が何かを考え始めたタイミングでロッコが話しかけてきた。


「だ、ダンナ。さっきから吸血鬼と会話してるんですかい?」


「ん?ロッコには聞こえない?」


「いえ、何かを言ってることは分かるんですが、言葉が理解できなくて」


「あ、翻訳の腕輪か」


 どうやら吸血鬼はこの国の言葉と違う言語で話しているようだ。

 したがってロッコとオサートちゃんにはどんな会話がなされているのかが理解できないようだった。


「同じ迷宮に生まれ落ちた魔物、というならばそうなんだろうな」


「ここのお生まれだったんですね」


「自分に意識があると認識した時点でここにいたな」


 やはり迷宮が生み出した魔物の一種らしい。


「ではずっとこの部屋にいらっしゃったのですか?」


「うむ」


「外に出かけたことは?」


「ここから何処かへ出かけようという発想がなかったな」


 この吸血鬼は随分と寂しい過ごし方をしているようだ。


「この部屋には貴方を討伐するために冒険者が来ることはないのですか?」


「何度もあるな。その全てが話もせずに切り掛かってくるので戦うことになる。大体は返り討ちにするのだが、時折私が負けることもある」


 少しだけ恥ずかしそうにした吸血鬼が可愛らしい。

 それにしても吸血鬼を討伐するような冒険者もいるんだなあ。


「負けたとは殺されたという事ですよね?ではなぜ今ここに貴方はいるのですか?」


「気がつくとまたここに座っているのだ」


 倒されてもリポップするのか。


「ではこの後は私たちとも戦うのですか?」


「お前たちは私に切り掛かってくるのか?」


「いえそんなことはしません。普通に会話できる間柄ですし」


 よかった。戦わずに済みそうだ。

 このまま逃げてしまおう。


「では私たちはここの下の階層にある地底湖に用があるので、そろそろ帰りますね」


「ふむ、わかった」


 そして振り向いて金色の扉を開けると、突然吸血鬼が声をかけてきた。


「ちょっと待て。私も行こう」


「「え?????」」


「ここから出ていいんですか?」


「知らん」


 知らんて。


「じゃあ一緒に行きます?」


「うむ」


 吸血鬼がついてくる事になった。


「いいんですか?」


 奥田がこっそり尋ねてくる。


「いやわかんないよ、ただまあ何というか、ここにずっと居ても暇だろうなと思って」


「まあそうですけど、いきなり血とか吸われるの嫌ですよ?」


「本人に聞いてみたら良いじゃない」


「あ、あの吸血鬼さんは当然私たちの血を吸ったりしますか?」


 本当に聞くんだ。


「そんなことをするわけがないだろう。私に食事のようなものは必要ない。後、私の名はルシティだ」


「ルシティさんですね。わかりました」


 突然ついてくる事になった新しい同行者ルシティを加えて、再び地下10階の地底湖を目指した。


◇◇◇◇◇


「霧になれるんですか?」


「うむ」


「じゃあコウモリに変身できますか?」


「うむできる」


 先ほどからルシティが皆からの質問責めにあっている。

 自分たちに対して害意がないことが分かると一瞬で打ち解けたようだ。


「あの部屋にずっといて退屈しなかったんですか?」


 葵ちゃんからの質問がルシティへと向けられる。


「そうだな。退屈という言葉は知っていたが、自分が退屈かどうかを考えることがなかったな。ただこうやって迷宮内を歩いていると、今までの環境がいかに退屈だったかを知ることができた」


「じゃあ出てこれて良かったですね!」


「うむ」


 葵ちゃんの屈託のない笑顔が実に眩しい。

 聖魔法効果が出てルシティが溶けたりしないか心配だ。


 そうこうしているうちに地下10階に降りる階段が見えてきた。


「一緒に下へ行けるといいですね」


 そう奥田はルシティに言うが、そもそも彼女が「迷宮の魔物って階を跨げないんじゃ?」という一般異世界学の知識を伝えてしまったため、ルシティがものすごく心配する羽目になった。


「私にそういった制約が課せられていなければ良いが、部屋から出たことすらなかったからな。どうなるか全くわからん」


 そして遂に階段へと辿り着き、皆が下へと移動していく。

 振り向いてルシティをみると、自分の足元をじっと見て立ち止まっている。もしかして歩き出せないのだろうか。


「よし」


 ルシティは軽く気合を入れて階段を降り始めた。


◇◇◇◇◇


「やったー!!ちゃんと移動できましたね!」


 地下10階に立つルシティがそこにいた。


「うむ、皆もありがとう。心配をかけたな」


 ルシティはニッコニコだ。


「それにしても地下10階ってのは今までと全然違いやすねぇ」


 ロッコの言う通り、地下10階は今までの階層とは違い、天然の洞窟に似た様相をしていた。

 足元はぬかるみ、天井からは石筍が垂れ下がっており、今まで以上の注意が求められるだろう。


「地底湖までは結構近いみたいですぜ」


 そういってロッコが進みはじめた。


◇◇◇◇◇


「敵くるよ」


 隼人くんの声を聞き、皆が臨戦態勢をとる。

 道の先から現れたのは体高が1mほどある3体の巨大なカニだった。


「撃ちます」


 カニが視界に入ると同時に葵ちゃんが火球を放つ。

 火球は真っ直ぐカニに向かって飛んでいくと、着弾と同時に激しい爆発を起こし、カニの半身を大きく吹き飛ばした。


「よし、ちゃんと倒せるね」


 続いて松下さんが右端のカニに近づくと、カニの片側についている手足を全て切り落とした。

 身動きの取れなくなったカニの背中に奥田が乗ると、大剣をカニの背中から腹にかけて一気に突き入れて絶命させる。


 ルシティは中央にいたカニを片手で持ち上げると、そのまま洞窟の壁面に投げつけて破裂させた。


「ちょ!」


 皆がその膂力にドン引きだ。


「こんなに強いルシティに勝った冒険者って何もんだよ・・・」


 ロッコが自分と全く同じ感想を口にした。


「なにぶん昔の話だし、互いに名乗ることもなかったので誰だったかはわからないな」


 戦闘は一瞬のうちに終わり、ドロップアイテムがばら撒かれる。


「あ!!!カニの身だ!!!」


 奥田がドロップアイテムを見てそう叫ぶ。


「なに!カニの身だと!?」


「先輩、ちょっと休憩がてら茹でてみません?」


「おー、いいぞいいぞ」


 背嚢にぶら下がっていた鍋を外し、魔道具水筒から水を注ぐ。

 足元に落ちている石を適当に集め、簡単な五徳を作って鍋を置いた。

 サーモンロッドを使って鍋の下から炎を当て、カニが茹で上がるのを待つ。


「あのー、ミサキ姐さんちょいといいですかい?」


 ロッコが奥田に質問をした。


「3階のムカデとカニって殆ど一緒じゃないんですかい?」


「何言ってんの!!!あいつとこいつとじゃぜんっっっぜん違うじゃない!!」


 ロッコが地雷を踏み抜いたようだ。


「大体ムカデはジメジメしたところに隠れてる陰キャでしょ!カニは違うの!もっとハッピーなところに住む陽キャなの!!」


 カニは暗い海底に住んでるからその定義でいえば陰キャだと思うぞ。


「でもムカデもカニも脚をカサカサさせてるじゃないっすか」


「一緒にしないで!!カニはシャカシャカなの!カサカサじゃないの!!」


 日本語のオノマトペってちゃんと翻訳されてるんだろうか?


 そうこうしているうちにカニが茹で上がったので一口食べてみる。


「あ、これうまいわ」


 続いてみんなもカニを食べ始めた。


「いけますねこれ」


「無限に食べれそう」


「ちゃんとカニの味だ」


 皆が美味そうにカニを食べている後ろで、ルシティがカニを持ったまま固まっている。


「食べないの?アレルギーあった?」


 奥田がそう質問する。


「いや、大丈夫・・・だと思うのだが、今まで食べ物と言われるものを口にしたことがないのだ」


「つまり初の離乳食!お食い始め!」


 ルシティは暫く目を閉じて精神集中し、意を決してカニにかぶりついた。


「・・・・ふむ。これは、うむ。良いな!」


 満面の笑みを浮かべるルシティ。それにみんなも釣られて笑顔になる。


「後ちょっとしかないからみんな食っとけよー」


 このカニは中々に美味しいけど、食べるためにムカデゾーンを踏み越えて地下10階までくるのは流石にしんどそうだ。


 街に戻ったらカニ料理を出す店がないかリオに聞いてみよう。


◇◇◇◇◇

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