第103話 環状線

 勇者バートの加入によって両隣のアパートを買い上げることができた。

 娼館拠点の厨房の壁に穴を開け、隣のアパートの1階に造る喫茶店の厨房と行き来出来るようにした。

 これは贖罪保管に使っている棺が一つしかない為である。

 喫茶店がない側のアパート1階も店舗用に改装し、新しい店舗を構える準備だけを整えておいた。今後いざ店舗が欲しくなった際に1階に人を住まわせておいたら、その時住んでいる人に何かとバタバタさせてしまうからだ。


 そんなこんなでアパートの改装も進み、島で救出した人たちの宿暮らしを全て寮暮らしへと移行できた頃、技術開発部のミーヤから待ち侘びていた報告が入った。




「実用的な馬いらずが完成したわ!」

「遂にか!見せてくれ!」

「おもてに停めてあるわ!」

 ミーヤの報告を受けてすぐに娼館の前へと移動する。

 ちなみにミーヤの言う「馬いらず」とは「自動車」の事だ。何故か馬いらずと翻訳されてしまう。


 停められていた馬いらずは、真っ赤な色をしたオープンタイプの四角い荷馬車だった。

 運転席だけが前方中央にあり、後部座席は電車のように向かい合ったベンチシートが片側四人掛けの八人席となっている。


「なるほど。運転席は真ん中になるのか」

 元いた世界の自動車を知っていると、運転席というと左右のどちらかに寄っているものだと考えてしまうが、馬車の御者席をイメージしたり、製作の難度を思うと、運転席が中央に来ることは必然だった。


「乗る前にもう少し見せてもらうよ」

「どうぞ!隅々まで見るといいわ!」


 運転席の操舵機構は自転車のようなバーハンドルが採用されており、自動車で使われている輪状のステアリングではない。

 つまりこのハンドルの傾きイコールタイヤの角度となるわけだ。


「これって走ってて勝手に舵が曲がったりしないの?」

「そうなのよ。速度を上げるとちょっとした衝撃で舵が傾いてしまうから、前輪を駆動させて後輪側を舵にしたわ。これなら多少揺さぶられても勝手に舵が真っ直ぐに戻ろうとするから」

 フォークリフトのように後輪が曲がるようにしたんだな。

 狭い路地も多いからその方が走りやすいかもしれないな。


 それにしても自動車って何でハンドルから手を離しても真っ直ぐ走り続けてたんだろ。

 当たり前に享受していた技術って、全然仕組みを知らなかったんだなと痛感した。





「おお、馬車より速度が出るな」

「当ったり前じゃない!何せ私が作った馬いらずよ!最速なんだから!」

「これより速度が出るならハンドルの機構をしっかりと思い出すなりした方がよさそうだな。向こうの世界の馬いらずは、走行中に手を離してもちゃんと真っ直ぐを維持してたんだよ」

「それいいわね。これの場合は勝手にハンドルがあっちこっち行かないために、物理的な負荷をかけて重くしてあるだけなのよ。それを機構で安定させれるならそっちの方がいいわね」

 異世界初のドライブデートは新港エリアまでの片道だった。



「もう少し改良したい点が出たから、こいつはこのまま倉庫工房へと戻すわ! あと今って美術館で売ってるお土産や、水圧の箱なんかもここで作ってるからだいぶ手狭になったわ。急いで他の倉庫を買い上げなさい!馬いらず専用の工房と、技術開発のみを行う工房が必要だわ!」

「分かった。急いで動いておくよ」

「他に言ってないことはないかしら?」

 ミーヤが何かを催促しているようだ。



「素晴らしい自動車だったよ。さすがはミーヤだ」

「そう!それよ!これからもちゃんと言いなさい!」

「あいよー」



 ザリガニドリルのコスト問題を解決したのは奥田が持っていた工具箱の中にあった。


 奥田は普段から何故かモンキーレンチを持ち歩いているのだが、そのレンチがもともと収められていた工具箱の中から電動ドリル用の付け替えパーツが発見されたのだ。

 ドリルピットと呼ばれるその部品は電動ドリルの先端に取り付けて使用するもので、工具箱の中には大きさの違うものが10本ほど収められていた。


 このドリルピットをザリガニドリルのブースターとして用いてみたところ、回転力と持続力が飛躍的に上昇し、自動車の動力源としても十分に使用できるものとなり、今回の「馬いらず」の完成へと繋がった。



 もう少し尻への負担が減ったらなら、この国の王都なんかも見にいきたいと思う。




◇◇◇◇◇



 いつものように中庭のベンチに座って庭を眺めていると、ザリガニ池の中から魚人のヨータンが出てきた。


 突然水中から人が出てきたのを見た時は驚いてしまったが、魚人ならば池で泳ぎたいこともたまにはあるのだろうと思い、とくに話しかけるようなこともしなかった。


 しかしヨータンに続いて魚人のワッコとザリガニ達が池から出てきたので、すぐに全員を呼び止めた。


「さすがに君たち全員が入れるほどその池は深くはないでしょ?どうなってるの?」

 そう皆に尋ねてみると、代表して魚人のワッコが答えてくれた。


「あの池の底には秘密工廠まで続く地下水路の入り口があるんですよ」

「え?何それ。めちゃくちゃ楽しそうじゃん。何で誘ってくれなかったの」

「水生種族ではない普通の人族が地下水路を使ったら途中で死にますし」

 確かにそうだ。あんな遠くまで続く水路なんて絶対に息が持たないわ。

 いつだったか池がやたらと濁っていたが、あれはその水路を掘っていたせいか。



「秘密工廠側には秘密の部屋もあるんだよね?こことは反対側から泳げばそこへ行くことは可能?」

「私が引っ張って連れて行けばすぐに着きますよ。三分ほど息は止めれます?」

「三分か……ギリ?いや結構無理だと思うわ」

「だとしたら秘密の部屋に行くことは難しいですねえ」

「そのうち水中で息ができる道具だか魔法が手に入ったら案内してもらうよ」

「わかりました」



 水生種族ずるくない?

 秘密の通路と秘密の部屋なんて羨ましすぎる。

 今度ミーヤ辺りに何とかできないか聞いてみよう。



◇◇◇◇◇


 通常運用している3隻の船とは別に、高速貨客船が2隻完成したので、湖内周航定期船として運用することにした。


 現在は人口の多いリフオクの街と、湖を挟んだ反対側にあるローマルの街を往復する航路でしか採算が取れないので、他の商会でもその航路にしか船を走らせてはいない。


 しかしこの広大なナーザ湖には、リフオクとローマルの街以外にも多くの集落が湖畔に存在しており、その集落に住むものは湖の形に沿って作られた道路を使って人や物が移動させる事が多かった。


 だが陸路には未だに危険が残っており、ならず者に出くわすことや魔物に遭遇することもあることから、集落に住む人たちの多くは、村から一歩も出ることなく一生を終えることは少なくはない。



 それが自分には何だかとても勿体無い気がした。



 そこで先の湖を内周航定期船を思いついた。


 美咲会の高速船は一日あれば余裕で湖を一周することができるほど速いので、湖畔にある村々の全てに立ち寄っても一日で元の港まで戻って来れる。

 一隻をリフオク発、もう一隻をローマル発として、毎日一周してくる定期船を走らせることにした。


 船の利用料金は「村へ降りる」「村から乗る」場合は無料とし「リフオクからローマル」「ローマルからリフオク」への移動に限り料金を取ることにした。しかもその場合の料金は他商会のことを考え少し割高だ。


 これによって何か面白い発見や面白いものが流れてこないかと期待している。


 定期船を周航させてからしばらく経ったある日のこと、とある村からリフオクへシジミが運ばれてきたので、その日の夜はシジミ汁を飲むことができた。


 これは始まったな。



◇◇◇◇◇

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