第102話 どうみても精神です
「よし靴紐はちゃんと結び直したな。武器にガタつきなどは見られないか?鞄は私が預かっておくから心配しなくてよい」
「はい、大丈夫ッス。ありがとうございます」
ルシティがやたらとバートのことを気にかけている。
ルシティは何となくだが対象の強さを察することができるらしく、バートがカニと戦うのは相当ギリギリなんだそうで、さっきからずっと心配そうにしていた。
「力や素早さの上がる魔法を掛けてもらった方がいいのではないか?」
「そんな魔法があるんですか?」
「あの者達に言えば大体のことはどうにかするからな。その程度の魔法なら今から作って掛けてくれるはずだ」
ルシティが皆がいる方を指差しながらそう話している。
まあ何とかしそうな人達は何人かいるな。
「いえ、大丈夫ッス。このままいきます」
「そうか、くれぐれも気を付けてな。失敗しても問題ないから気負わずやるのだぞ」
「はい。わかりました」
ルシティはバートの肩をトントンと二回ほど叩いてからこちらに戻ってきた。
「別に怪我しても治せちゃうからそんなに心配しなくても良いんじゃないっすか?」
ロッコがルシティに言う。
「そういう問題ではないのだ。あの青年は遥か遠くからこの街までやってきて、最初に仲間となったパーティから追い出されてしまったのであろう? それはとても辛い出来事だったと思うのだ。 そんな状況の中、住む家を失わないために己の力量を皆に示さなくてはならない。しかも今日会ったばかりの、こんなに大勢の前でだ。 そこでもし怪我や失敗などをしてしまったらどんな気持ちになると思う? 確かに怪我は治療魔法で治すことはできるだろう。しかし彼の心には大きな傷が残ってしまうのではないか? 私は彼にそんな思いをさせたくはないのだ。若者とはもっとわがままに、そしてエゴを剥き出しにした上で失敗を重ねてほしい。こんな状況での失敗では彼の成長には繋がらないのだよ。 だからもし彼が失敗してもあまり笑ったりはしてやらないでくれ。頼む」
「わ、わかりやした…」
ルシティが思慮深すぎて鼻の奥がツンとした。
そして水辺に立ったバートの前に4匹のカニが現れた。
カニの体長は1m前後のもので、ここで見かけるものとしては一般的な大きさだ。
ジリジリとカニがバートに迫るのをみて、ルシティが右腕を高く上げる。
次の瞬間ルシティの右腕の先から三本の赤い飛沫が飛び出し、放物線を描いてカニへと伸びる。
『ザザザシュッ!』
血液と思われる三本の赤い液体は一瞬にしてカニを刺し貫きその命を奪い取る。
「残った1匹をお前の力で倒してみせよ!」
ルシティが大声でそう呼びかけた。
「は、はいっ!」
バートが返事をした。
ちょっとこれはルシティさん流石に過保護すぎませんかね?確かにバートにとってはカニは初見だろうから安全策を取るのは良いんだけど。
「行きます!戦技『スラッシュ』」
バートが上段に構えた剣が輝き、カニとの距離を一種で埋めた。
移動から流れるような動作で放たれた美しき斬撃は、無常にもカニの甲殻に阻まれる。
『ガッ!』
カニを傷つけられなかったことを気にする事なく、バートはその場から素早く後ろへと跳躍する。
「真の魔法いきます!」
カニから大きく距離をとったバートは、手にした剣を鞘へと戻し、両手を前に突き出して詠唱を始める。
──────
静謐なる振動 蒼き河より這い出る光
遠き音など招くは凱歌
捉えた脚の礫に還り
稲穂 緑風 紫陽花の社
騒雀の頬 粒子は根幹 闇を裂け
──────
「喰らえっ!!雷撃ン!!」
バートの裂帛と同時にカニの頭上へ雷が走る。
『ドンッ!』
落雷に打たれたカニは身体を痙攣させてその場に倒れた。
「……………。」
ルシティがバートに駆け寄り声をかけた。
「見事に倒せたではないか!素晴らしかったぞ」
「あ、ありがとうございます!」
◇
倒したカニの素材を皆で回収していると、地面に座り込んだバートが笑っているのが見えた。
うん、いいじゃないか。
「あ、追加が来たぞ!バート、ほれ、あそこだ!何たらの振動ってやつ早く唱えろ!」
「えええ!もう今日は使えませんて!!」
「じゃあ剣でもいいぞ」
「もう動けないんですって!」
ロッコが絡んでた。
うん、いいじゃないか。
◇
カニの素材をじゃんじゃん集めて回るメンバーのことを、バートが座って眺めていたので隣に座る。
「よっこいせ」
「皆さんいつもあんな感じなんスか?」
「そうだね。今日は少し大人しいまである」
「全く戦力になれそうもないっス」
「あのメンバーは少しおかしいから気にしないほうがいいぞ」
だって魔族だったり妖精だったりするもの。
「あの子供達だって普通にカニを倒してるじゃないっスか」
「あー、じゃあこれからは一緒に迷宮に着いていけば?」
「俺も入れてくれるんスか?」
「全然構わんよ。好きに居着いてくれ」
「ありがとうございますっ!!」
バートは立ち上がりお辞儀をした。
遠くからロッコがバートを呼んでいる。
「おいこっち来てみろ!ウナギと戦えるぞ!」
「じゃあちょっと行ってきます!」
バートは嬉しそうな顔をして駆け出していった。
「あの職業ってのは何なんです?」
少し前からこちらの方を伺っていたエイナーザに尋ねてみた。
「大体は誰が授けたかは分かりますが、最近は会ってないのでハッキリとは言えませんね」
「最近ってどれくらいですか?」
「どれくらいだと思いますか?」
「……やめておきます」
「ふふふふふ」
絶対に罠じゃん!! どうせ5年とかそんなんじゃ無いんでしょ。
◇
近くでロッコとバートが会話をしていた。
「さっき使った魔法以外のヤツってないのか?」
「雷撃ン以外にもありますよ」
雷撃ンって名前は一体何なんだよ。
「それ見せてみろよ」
「今は使えないんスよ。そのうち見せます」
「準備とかいるのか?」
「準備と言えば準備なんですが、魔法の名前は『皆で撃ン』っていう名前でして、心を通わせた仲間達と一緒に唱える魔法なんスよ」
何つう名前だ。
「それ、今まで一度でも使えた事あんの?」
ロッコが核心に迫った。
「………ないっス」
「だよな。お前は心通わせる仲間とか作れそうに無いもん。ドスケベだから」
こらロッコ!そういうことは本人に言っちゃダメだ!いや本人以外でもダメ!
「話が聞こえてきたぞ。ならば初めから心なき者を仲間として加えれば条件は満たせるのではないか?バートよ、私がこれから『死霊魔法』を授けてやろう」
ルシティの提案によって彼は益々勇者から遠ざかっていくような気がした。
◇◇◇◇◇
「「「かんぱーい!!」」」
いつものダイニングでバート歓迎会が始まった。
彼はこのまま娼館拠点の空き部屋に住むことになった。
当面の間は迷宮探索部と教育部の迷宮行に同行し、身体を鍛えていくことにしたようだ。
そして拠点に戻ったあとはルシティによる死霊魔法の授業らしい。あれ本気で学ぶんだ。
「バートよ今日は素晴らしい活躍だった。これからも励むように。あとカニ鍋を食せ」
「はいっ!あざす師匠!」
すっかりルシティに懐いている。
「ねぇ、私達の職業も見てほしい」
オサートちゃんとネスエがバートに話しかけた。
「何か職業鑑定の調子がおかしいみたいなんですけど、それでもいいっスか?」
「構わない」
「分かりました。ではオサートさんから見ます。んーと、初めてみる職業っすね。『召喚士』らしいです」
オサートちゃんは『召喚士』か。俺たちを地球に戻せたりするのかな?
「召喚士ですか。ありがとう」
「じゃあ次は私ね」
ネスエが一歩前に出た。
「じゃあいきます。むむむむ。ん?………『魔帝』って出てますね……」
「そう。ありがとう」
ここ、国のトップ多すぎない?
そうなってくると自分の『当たり屋』も何かしら凄い職業なのかと思えてきた。
「あの、私のは見れますか?」
エイナーザがバートに声をかけた。
「分かりました。見ますね」
「ちょ!あ!やめろ!!!」
それは見ちゃいけない!
「…………………」
「…………………」
「どうでした?」
エイナーザが結果を催促する。
「…………………」
「…………………」
「そうでしたか。ありがとうございます」
「いやいやいや、気になるじゃん!おいバート何が見えたんだ?」
「俺はこれを死ぬまで人には話しません。今後、職業鑑定は行いません。一切の質問も受け付けません。以上です。本当にありがとうございました」
バートは最後にとんでもないものを見せられたようだった。
◇◇◇◇◇
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