第104話 それは貴女の心です

「リオさんには悪いけど一足先に冒険者ギルドを退職してまいりましたわ」

「流石に兼業はキツかったよね。ありがとう」



 アプラが北冒険者ギルドを退職した。

 宅内水圧管理機構の保守や発展、そしてご領主様との連絡等、美咲会での仕事が多忙を極めたためだ。

 元はアプラのことが心配でギルドで働くことになったリオについては、ジナーガ王国にいると思われる同郷者の捜索依頼に進捗があるまではギルドでの仕事を続けてくれるそうだ。


 依頼を出してから数ヶ月は経つが一切の音沙汰はなく、さすがにジナーガ国内の調査に向かった冒険者の身に何かが起きたのであろうと判断し、美咲会から『性欲が強い若者』が率いる3名の人員を、ジナーガの手前にある街『マーシ』へと派遣した。

 万が一のジナーガに入る事で彼等まで音信不通になっては困るので、マーシで得られるジナーガの情報だけで一先ずは判断しようということになった。

 彼等には何も情報が得られなくても、2週間以内には戻ってきてもらう手筈になっている。


「わらわの国のように、ジナーガの王城も迷宮になってたりはせんのかえ」

 隣に座っていたカーラが言った。



「ジナーガ王国は巨大な国ですからね。もしあの国が機能不全に陥ったのならばすぐにここまで情報が届きますわよ」

「だよなあ」


 暫くはあのスケベな若者の帰りを待とう。



◇◇◇◇◇


「先輩これも持ってくださいよ」

「えー?魔素的なアレで奥田の方が力ありそうじゃん」

「絵面の話ですよ。男性が多く荷物を持ってた方が絵になるでしょ?」

「まあ持つけど、そういうのって今のご時世うるさいんじゃないの?」

「異世界ですよ?ここは男尊女卑マシマシですよ」

「女性の方が尊いのにな」

 


 今日は午前から奥田の買い物に付き合わされており、服飾関係の素材を中心にものすごい量の荷物を持たされている。


 娼館拠点にいる皆は、守護霊お手製のかっこいい服を好んで着ているが、我々は機織りには手を出していないので布そのものの素材が常に枯渇していた。

 店に入っては目につく布類を片っ端から購入していく奥田の後ろ姿は実に男らしかった。


「先輩あれ、酔い潰れですか?」

「まだ日は高いぞ?」

 両手が塞がっている奥田が顎を使って示した先をみると、建物と建物に挟まれた路地とも呼べない狭い空間に男性が倒れているのが見えた。



「今日はあの毒々しい腕輪を付けてるか?」

「失礼ですね。これは可愛い白魔法の腕輪ですよ」

「あの人の容態がヤバそうなら俺が呼ぶから、奥田はここで待っててくれ。様子を見てくる」

「ちゃんと男らしいじゃないですか」

「うっさいよ」

 抱えていた荷物を人の邪魔にならなさそうな場所へと下ろし、倒れている男性へと近づく。



 倒れている男に近づく事で、その男が羽織っている外套が、見た目はボロボロなくせに大変高価な生地で作られていることがわかった。

 何せ今日は一日中布ばかり見させられたのだ。多少の目は肥えた。


 そしてフードの隙間から男の頭部にツノが生えていることが見える。


 竜人や獣人とは違い普通の人間と変わらない顔立ちをし、ヒルハとよく似たそのツノを見て閃いた。


「あ、これバカ王子じゃね?」


 服の上からでも男の胸が上下していることが確認でき、死んではいないことに一安心する。



 少し離れた位置にいる奥田を呼んで一つ頼み事をする。

「これヒルハが言ってたバカ王子だと思うんだよね。ちょっと魔剣にDM送ってヒルハを呼んでくるように伝えてもらえん?」

「あー、分かりました。ってこれ魔族だったんですね。…………。あはい送っときました」

 魔剣の持ち主である奥田は、離れた位置にいる魔剣に意志を飛ばすことができるらしい。

 スマホのないこの世界では破格の能力だと思うわ、





 暫くしてヒルハが現場に到着した。


「あー……確かにコレはあのバカです」

「こらこら、倒れている人に蹴りを入れるな」

 ヒルハは倒れている男を件のバカ王子だと認定する。


「コレどうするんですか?こちらの世界で死んだことにして処理ます?」

「処らない処らない。一旦拠点に連れて行くから、ええと、じゃあ俺の荷物を代わりに持って。 俺はその男を運ぶよ」

 ヒルハの黒い部分が全部出ちゃっている。


「この人小汚そうだから浄化してもらえんかな」

「分かりました」

 奥田が手をかざし、男の汚れを消し去った。



「チッ!そいつも汚れみたいなもんだから浄化されて消えればよかったのに」

 あかんあかん、ヒルハが怖い。早く持ち帰ろう。



◇◇◇◇◇



「一応回復もかけましたけど起きませんね」

「なんだろうな?寝不足とか?」

 ダイニングのステージの上に寝かされた男は一向に目を覚ます気配がなかった。



「こういう時の定番といえば空腹であろう。どれ私が何か作って持ってきてやろう」

 ルシティはそういうと厨房へと消えていった。




「ジュンペーさん、このバカが目覚めたとしてどうなさるおつもりですか?」

「何人か怪我をさせたって話だったから、その真偽をネスエに見てもらって、実際に怪我をさせてたら街の衛兵に引き渡すよ」

「なるほど。しかし暴行程度だったら数日の刑務労働で解放されてしまうのでは?」

「罪を償った後なら魔界に送り返してもいいし、好きなところに行ってもらっていいって考えてるけど、ヒルハ的には何かあるの?」

 処刑したいですとか言われたらさすがに困るけど。



「そうですね。許可なくこの世界を魔族が徘徊したことは約定違反ですので神に裁かれるのが妥当と思うのですが、現時点で裁きを受けずに生きていますね」

「問答無用でそういう事にはならないっぽいよね」

「ですのでやはり魔界に送還するしかありませんね」

「ヒルハが現迷宮主に話を通してくれれば送還はしてもらえんだよね?」

「はい、大丈夫です」

 大体の方針が決まったところでルシティが山盛りのミートボールパスタを運んできてくれた。



「ミサキが言うには、倒れた時にはコレが定番だと聞いた」

「そうそう、コレを奪い合いながら食べるんですよ」

 どこぞの3代目カリオスと口の城の話か。



「奥田、ミートボールパスタは倒れた時に一気喰いするシーンとは違うぞ」

「あ!!!そうだった!指輪の話をそれとなく暗部に聞かせる時のシーンでしたね…」

 奥田が間違いに気付き、手のひらを額に当てる仕草をしたタイミングで、ステージで寝かされていた男が身を捩った。



「んんん!何処からか良い匂いが!!うおおお」

 目を覚ました男がステージから飛び降り、一目散にミートボールパスタへと飛びついた。



「効果ありましたね」

「ミサキの言う通りであったな。さすがの博識である」

 ルシティはすぐ褒める。



「んまい!これんまい!!ありがとうありがとう!んまい!!」

 男は一心不乱にミートボールパスタを頬張っている。



「急がずともよい。水も飲むのだ。あと無理に喋らなくてもよいぞ」

「ありがとうございます!本当にありがとうございます!」

 相当に腹が減っていたのか、男は涙を流しながら食べている。



「案外可愛らしいじゃないか」

「どうでしょう?お腹が膨れればまたいつもの傲慢なバカに戻りそうですけど」

 ヒルハの気持ちは、この無邪気な彼をみてもちっとも変わっていないようだ。





 山盛りだったパスタを食べ終えた男は、テーブルに肘をつき、両手で顔を覆いながらゆっくりと呼吸を繰り返している。



「……………」



 男の中で色々と消化できたのか、椅子から立ち上がり皆に向かって深々と頭を下げて言う。


「この度は倒れていたところを救っていただき、本当にありがとうございました。 あのままだったら私は死んでいたかもしれません。 こちらの世界に住む皆様には私の言葉が理解されていないかもしれませんが本当に、本当に感謝しております! 重ね重ねありがとうございました!」

 感謝の言葉を口にした男は頭を下げた姿勢のままでいた。


「やっぱ可愛いじゃん」

「今だけですって」

「あれほど美味そうに食べてもらえると私としても嬉しくなるな」

「今の言葉に嘘はなかったわ」

「ちゃんとお礼が言えるなんて偉いわ」


 皆は言葉を口々にする。



「え?」

 言葉が全部理解され、相手からの言葉もしっかり聞き取れた事に驚いた男が、顔を上げて皆の顔を見た。



 ヒルハ、ルシティ、ネスエと順番に顔を見た男が叫んだ。






「ふっざけんな!!魔界に連れ戻されてるじゃねーか!!!!」



◇◇◇◇◇

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