第68話 借りてきた猫

 1人の怪我人も出す事なく、無事地上への帰還を果たした。


 街の北門をくぐる時に、リオとアプラの手から伸びるロープに繋がれた巨大ザリガニ達を見て門兵がギョッとしていたが、特に止められることも声を掛けられることなく街に入ることができた。


 一声掛けるくらいあってもいいと思うが。



 北冒険者ギルドに到着すると、ギルド職員が我々の抱えている荷物の量を見て、いつかの倉庫へと案内をしてくれた。


 元々持ち込んだ調理器具以外の迷宮内取得品を倉庫に下ろし、査定が終わるまでの時間を食堂で過ごすことにした。



「「かんぱーい!」」


 迷宮探索の無事を皆で祝う。

 迷宮初体験だった子供達がそれぞれ感想を言い合っていた。


「俺もエイナーザさんみたいなチョップが使いたい!」

「私は葵お姉ちゃんみたいな光線が出したい!」

「僕はジュンペーにいちゃんみたいに後ろからずっと見ていたい」


 おい、今言ったの誰だ。




 隣の席を見ると、リオがザリガニ達にお肉を与えている。

 ザリガニ達は床に置かれたお肉をドリルを使って器用に口へと運んでいる。


 この国では魔物を持ち込んだり飼ったりしてもいいのだろうか。

 自分達よりもその辺りの事情に詳しいリオがこうしているのなら、きっと大丈夫なんだろう。





 食堂にいる他の冒険者達からの視線が刺さる。


 今回は全員参加ということで、まず単純に人数が多いことで目立ち、年端もいかない子供達が10人近く混ざっていることで目立ち、ザリガニ達がお行儀良くお肉を食べていることで物凄く目立っている。


 重いドリルを入れたことで背嚢を破いてしまい、エイナーザの背中から生えた羽根が剥き出し状態になっているにも拘らず、他のことのインパクトが強すぎて、この際あまり目立ってはいないようだった。


◇◇◇◇◇


 全ての査定が終わり、引き取り品を担いで娼館へと帰る。


 依頼の報酬は明日以降に支払われるそうだ。


 また、今まで情報がなかった魔物の出現を確認した際には、ギルド職員からの聞き取りが発生するらしいが、今回はリオとアプラがその辺りの書類をすぐに作成してくれたため、聞き取りをされることなくギルドを出ることができた。



「こんな所に住んでるんですね……」


 そう発言したのはリダイだ。


「こんな所だけど寄っていきなよ」


 じゃあリダイだけおつかれー!と言う感じではあんまりなので、そのまま彼もダイニングへと案内した。


 重い荷物を物置に下ろし、ここでやっと迷宮探索は解散となった。


 早速ドリル素材を検証するもの、風呂に入るもの、装備の点検を行うもの、楽器作りの続きに戻るもの、中庭に池を掘り始めるもの、皆がそれぞれ自由な時間を過ごしている。





「ほい」


「あ、ありがとうございます」


 ダイニングで所在なさげに座っていたリダイの前にお茶を置き、同じテーブル席に着いた。


「今日はいきなり誘っちゃって悪いね」


「あ、いや、き、貴重な体験でした」


 全然リラックスできてなくて申し訳がない。


「緊張しないでくれって言いたいんだけど、なかなか難しいのかな? まあホント、色々気にしなくていいよ」


「は、はい。 ええとここは娼館なんですよね?」


「元ね。 色街から外れていたし、賃料が安かったからここに住むことにしたんだよ」


「そうでしたか」


 リダイは室内を見渡してからお茶を一口飲んだ。


「さて、今日一緒に倒した大水蛇の素材をギルドに納品したので、近々港湾ギルドへ加盟が許可されて、新しい商会の『美咲会』が本格的に動き出せるようになるんだけど、元々の舟運業がどんな感じだったか教えてもらえる?」


「あ、はい。説明します」


 リダイから舟運業の話を聞いた。


 彼らが元々所属していた反社会的勢力のロージン会では、湖を渡った先にある『ローマル』という街まで舟を使って荷物の遣り取りしていたそうだ。


 主な荷物は『街に居られなくなった人間』『攫ってきた人間』『よからぬ手段で手に入れた商品』『ご禁制の物品』だったらしい。


 ローマルの街にもそう言ったヤバい商品を売り捌くルートを持った組織があったため、主にその組織と荷物の遣り取りをしていたそうだ。


「なるほど。確かにローマルの街側に荷物を受け取ってもらえる見知った商会がないと、運んだ先で自ら商品を並べて売らなきゃいけなくなるんだな」


「そうです。向こうの街で店舗を構えないのでしたら、どこかの商会と取引しなければなりません」


「ロージン会と懇意にしてた相手なんてまともな奴じゃないだろうから使えないしな」



「ロージン会では自ら商品を作り出していましたから、向こうの街に見知った組織が必要でしたが、例えばこの街の冒険者ギルドが『ゴブリンの腰巻きを10個ローマルに運んでくれ』という依頼をウチに出し、それを受ける形での運搬なら、向こうに物を届けた後は冒険者ギルドが手配した人間が荷物を運び出してくれるので、向こうの街に知り合いの商会が必要とはなりません」


 日本の運輸会社と同じ形だな。


「今のうちではその形で商売するしかないな。ただしそれをするには、他の舟運商会より信頼がある、他の舟運商会より安い、他の舟運商会より利点がある、って条件が必要なわけだ。なら何とかなるな」


「格安で請け負うんですか?」


 値段を下げるってのもありだとは思うけど。


「いや違う。爆速で運ぶ!」


 これなら他の商会にはないメリットになるだろう。需要がどれほどあるかはまだわからないけど。


「そんなこと可能なんですか?」


「ちなみに舟でローマルまで行くとどれくらいの日数が掛かるの?」


「ローマルの街まで行くには、途中にある島迄に一日掛かり、そこで一泊してから翌朝出航し、その日の夕方くらいにローマルに到着するので、片道二日掛かります」


 途中の島で一泊か。なんか楽しそうだな。

 船ができたら自分でも行ってみよう。


「予想だと一日で往復できるかな」


「いやいやいや、推進器をそんなに取り付けたら舟がバラバラになりますよ」


「できない病にかかってない?『どうすればできるのか?知恵を出すのがあなたの仕事!』」


「え?」


「今のは冗談だ。ちょうど良さげな素材や物資が揃ったところなんだよ。期待してて」


「今日の迷宮で色々見た後だと、本当に出来るんだろうなって思えますよ」



 ちょうどそこにミーヤが通りかかったので声をかける。



「ミーヤいい所に。舟運業の許可が得られそうなので、明日一緒に舟を見に行こうよ」


「あら、じゃあ水中翼船を作れるようになるのね」


「そうだね。他の商会との差別化を図るためにも高速船が必須になりそうだよ」


「この世界で一番速く一番美しい船にするわ!」


 美しさか。確かに人を乗せる船なら美しさを追求してもいいな。


「ミーヤのセンスに期待してるよ。それで、他の作業の進捗ってどんな感じ?」


「そうね、楽器作りは私の作業はほぼ終わってるわ。あとは音楽家達の仕事ね。リールについては未着手。人数が足りなさそうだから全く手をつけていないわ。早く増やしなさい。そして倉庫の補修は完成してる。でも改築については資材待ちの状態よ。そういえばリダイ、アンタんとこの部下が汚すぎるから従業員寮にお風呂を付けてるわ。完成したら毎日入るように教育しときなさい!あと身なりも小汚いから制服を作ってるの。仕事する時にはそれに着替えるよう言っておきなさいよ!」


「は、はい。教育しておきます」


 一気に畳み掛けられたな。


「新素材は?」


「アレはトバガエルの検証次第ね。今のところ判明してるものとしては、耐久と防水に関しては問題ないわね。温度変化も概ね問題なし。船の素材として使う分には問題はなさそうよ。他の用途で使うことを想定したテストはまだ途中みたい。ジュンペーの知ってる面白い使い方とかないの?」


「面白いかどうかわからないけど、中に繊維を入れると耐久が跳ね上がるはず。荒い麻布に塗布して中に閉じ込めてみると体感できると思うよ」


「へー、それ良いわね。今から試してくるわ!」


 そういうとミーヤはすぐさま飛んでいってしまった。


「まあ大体の報告は聞けたか。とまあそんな感じだからリダイもよろしく。今日はもう遅いからここに泊まっていきなよ。部屋余ってるし」


「は、はあ」



 風呂に入りに行く時、チラッと中庭を見たら立派な池ができていた。


 おいいい!ザリガニー!原状回復の義務ー!!


◇◇◇◇◇

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