第69話 ベガ立ち

 目を覚まし、ダイニングに降りていくとザリガニ達が朝食を摂っていた。


 今朝のザリガニ達は首の辺りに青、黄、黒のスカーフを巻いている。なるほど。確かにこれだけで随分と愛嬌が増したように感じる。街中で間違って茹でられたりもしないだろう。


 厨房へと行き、ルシティから朝食を受け取ってダイニングへと戻る。

 席に着いてから隣のテーブルにいるザリガニ達を見ると、自分と全く同じメニューを食べていた。

 いや別にいいんだけどね。何かほら、別にいいんだけどね。



 

 定期船商会長の元へはロッコと奥田に行ってもらうことにした。

 無事港湾ギルドに加盟することが出来たら、そのまま役場へ行って『美咲会』の登記の変更をしてもらい、晴れて舟運業に着手していきたいと考えている。


 自分とミーヤ達守護霊組は、現在所有している3隻の中型船の元へとリダイに案内をしてもらい、現物を見て高速艇への改造プランを話し合うつもりだ。




◇◇◇◇◇



 早速リダイに船が係留してある桟橋まで案内をしてもらった。


 が。


「何もかもボロい」

「初めから作り直した方がマシちゃうか?」

「これ乗っても大丈夫なやつ?」

「中型って聞いてたけど小さくない?」


 守護霊組やリオアプラから散々な言われようだが、誰が見ても同じ意見だと思う。


 何故か一緒に着いてきたザリガニ達は湖の中に潜っていった。




 案内された場所はメインの港からはかなり離れた場所にあり、近くにある建物も穴だらけでボロボロだった。


 桟橋は所々が腐っており、リダイの指示に従って歩かないと崩れてしまうらしい。その場しのぎの補修が何度も行われた形跡もみえる。


 今回の目的である3隻の中型船も酷いものであり、手すりの部分が割れていたり、甲板が剥がれていたり、よくこれで水に浮かんでいるものだと逆に感心してしまうほどだ。


「これで本当にローマルまで行けるの?」


 率直な質問をリダイに聞いてみた。


「ええ、まあ、推進器は壊れていないのでどうにか辿り着けます」


 続いてリオが質問をする。


「中型って聞いていたけど小さくない?」


「この街の決まりでは、船の長さが6mを超えると中型と呼びますので、はい」


 リーヤがリダイに尋ねた。


「これを直すなり廃棄する時は何処で作業すればいいの?」


「それはあそこに見える補修用の船渠(ドック)の中で行います」


 そう言ってリダイが指で示した先には、湖面から緩い坂道で繋がったボロ小屋が見えた。


 フロガエルが疑問を口にした。


「何でこないな僻地に船泊めてんの?」


「それはまあ、色々と後ろ暗い仕事をしておりましたから、はい」


 船も桟橋もドックもボロボロときたか。

 ちょっとこれは予定を変更する必要がありそうだ。


「もうこのまま船の内部とかを見ても意味はなさそうだから、一旦事務所に戻って作戦会議をしようか」


 そういうことで皆と共に美咲会の事務所へ移動した。


◇◇◇◇◇


「船をどうこうって段階じゃなかったわね」


「あの辺り一帯を補修しないと何もできなさそう」


「あないな船つこたら湖に落ちて水吸ってまうわ」


「ザリガニ達が帰ってきてない」


 皆がそれぞれの意見や感想を話していると、事務所の扉が開いてロッコ達が中へと入ってきた。


「ダンナ、港湾ギルドへの加盟と登記の変更が完了しました。これで今すぐ舟運が始められやすぜ。あとこれ、商会長さんがみんなで食べてくれって」


 そういってロッコはテーブルの上に籠を置いた。


「お、ありがとう。これなに?あ、お菓子か。ちょっとお茶淹れてくるからみんなで食べよう」


「お茶なら私が淹れてきますよ」


 そういってリダイが事務所の奥へと消えた。


「今すぐ始められますよって話なんだけど、全然それどころじゃなかったんだよね…」


 現状を皆で共有する為に、ロッコと奥田にも先程みてきた様子を話した。

 

(このお菓子美味いな。何処で買ったんだろ)






「ってことはその辺り一帯の補修を先に何とかするしかないっすよね? じゃあ今からまた役場に戻ってドックと周辺の建物の登記を調べ、うちの商会で買い上げてきますよ。僻地ってならさほど掛からねえと思いやすし。リオさんも着いてきてもらえやすか?土地の値段が相場と食い違っていないかの確認を一緒にお願いしたいっす。ダンナ、そんな感じでいいっすか?」


 ん?今話してるこいつは誰だ?


「あ、うん。そんな感じでお願い。リオもよろしく頼む」


「あの、まだザリガニが戻ってなくて…」


 リオが心配そうに言う。


「ザリガニならわたくしが見ておきますわ」


「ありがとうアプラ。それなら安心だね。じゃあロッコと役場へ行ってくるね」


 そういってロッコとアプラは役場へ向かった。


………。



「今のロッコだよな?」


「多分ロッコ王子じゃない?」


「あれほど有能な王子を廃嫡しちゃいかんだろ。そのまま育ててたらその王国潰れなくて済んだのに」






「あとザリガニ達は何処行ったの?」



◇◇◇◇◇



 昼食のために皆を連れて娼館拠点へと戻ると、ダイニングには先に戻っていたザリガニ達がいた。


 彼らは湖で魚を捕まえ、ルシティにお願いして調理してもらっていたそうだ。

 みんなの分の魚もあるらしい。


「ああ、みんなの分まで魚を捕まえてきてくれてありがとう。いただくよ」


 伝わっているかは分からないが、一応お礼を言っておいた。


 そのあとアプラがザリガニに向かって「先に戻るなら私たちに連絡してからにしなさい」と注意をしていた。

 まあ、その方が心配が少なくていいよな。




 昼食を食べ終え、食休みのために中庭でザリガニが造った池をぼんやりと眺めていたら、ロッコとリオが役場から戻ってきた。


「ただいま戻りやした。あの周辺のことですが簡単に何とかなりやしたよ」


 ロッコの話を聞くと、件のドック周辺は個人が所有していた土地ではなく、元々は行政府が管理している土地だったそうだ。

 そこを反社会的勢力が不法に占拠し、勝手に小屋を建ててしまっていたらしい。


 当然近隣に住む市民からは勝手に住み着いた反社会的勢力を不安視する声が上がり、立ち退きの勧告と建物の更地化を近々執行する予定だったらしい。


 そこにタイミングよく、住み着いていた反社会的勢力を排除し、更にボロボロだった建物と土地を買い上げたいと言う新興商会が現れたので、行政府としても「どうぞどうぞ」と言った感じだったらしい。


 土地代も相場を遥かに下回る値段で購入できたらしく、今後はあのボロドック周辺は自由に出来るようになったそうだ。


「行政府的にも余計な金をかけなくて済んだってホクホクでしたよ」


「ロッコを返して!」


「急にどうしたんすか」


◇◇◇◇◇


 ロッコが持ち帰った地図を確認し、自分達が買い取った土地を把握して皆にも共有する。

 そしてその地図を複製するためにロッコは娼館へと戻っていった。


 既存のドックは殆どの部分を取り壊してから再度作り直す必要があるので、今の建物を取り壊してしまう前に、一応中に入って交霊を試してみたところ、見事に守護霊が見つかり協力を取りつけることに成功した。

 宜しく頼むよドクガエルくん。


 新しい仲間のドクガエルくんは、建物を解体した際に出る瓦礫から、再利用できそうな建材とそうでないものを分けるための広場を確保し、従業員に指示してロープを貼らせている。


 サケガエルは従業員達と一緒に測量を行なっているようだ。

 現代のように望遠鏡みたいなものを覗き込んで距離をみる測量方法などではなく、ロープとポールを組み合わせた原始的な測量を行っているが、指示する姿は中々堂に入ってる。


 残る守護霊のミーヤ達と奥田は、岸から船を眺めつつ、水中翼船への改造プランを話し合っている。



 リオとアプラはザリガニ達に指示をして、桟橋周辺の水深を調査しているようだ。

 水中翼を含めた喫水次第では水底に干渉してしまう恐れがあるため、ザリガニを使った浚渫工事まで提案された。






 そんな皆の様子を腕組みしながら眺めていた。



◇◇◇◇◇

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