第70話 スクリュージェット
ミーヤにお願いしていた釣り道具の再現は一旦は休止としてもらい、他の作業を優先してもらうことにした。
美咲会の従業員寮は建材が納入されると共に一気に組み上げられ、倉庫内を二層に分けた中二階構造へと変貌した。
寮の個室は約20平方mの床面積を持ち、独身男性が住まうには十分な広さを用意した。
同じような部屋を計30部屋造り、現在所属している元反社会的組織構成員の全員がここに住む。
尚トイレと風呂は共通のものとなるので、その辺りは我慢してほしい。
あとは元反社会的組織構成員の中に2人だけ女性がいたので、彼女らのために女性用の風呂トイレを用意しようかと考えられたが、それならばいっそこと隣の用途未定だった倉庫を女性寮にしてしまえと言うことになり、彼女らは30部屋ある女子寮に2人寂しく住むことになった。
新たに行政府から購入した地域『新港エリア』に関して、ドックの改築は滞りなく完了した。
改築といってもボロボロだった小屋を建て直し、天井に複数の滑車を吊るしただけの単純なものだった。
自分がイメージしていたドックとは、建物の真ん中に船を浮かべるための堀があるようなものだったが、ここにはそんなものはなく、ゆるい坂を下った先に湖面があるだけの、実にシンプルな造りだ。
ドックに船を格納するためには、水辺ギリギリまで船を寄せ、船の下に台車を挟み込んで、坂の上まで引っ張り上げるという原始的なスタイルをとっている。
この世界には金属作られた艦船などは存在していないはずなので、このスタイルで十分なのだろう。
ドック以外の建物は全て解体し、使えそうな建材だけを残してあとは廃棄した。
『そこの湖に捨てちゃえばいいじゃないっすか』と、中世的な提案をされたが、倫理的な理由でそれは却下する。
ではどう廃棄したのかというと、毎日少しずつ迷宮内に運び込んで消すという異世界ならではの方法で産業廃棄物の処理をした。
いつかダンジョンマスターなるものに会ったら叱られはしないかだけが気がかりだった。
桟橋の掛け直しはザリガニ達が担当した。
はじめにミーヤから予定している改造船の喫水を聞き、それよりも更に深く湾内を掘り下げ、湖の深場に辿り着くまでの障害を全て取り除いた。
新しく掛ける桟橋は石製の柱で構成され、水中工事担当のザリガニと、地上側の人員とで連絡をとりあいながら石柱を配置していた。
なお桟橋の横板は普通に木製の板だが、さきのボロボロ桟橋の有様を見たせいで、防腐塗料が入念に塗り重ねられていた。
トバガエルにお願いしていた新素材の検証は概ね終わり、各種耐性はあらゆる場面に於いて実用に耐えうるものだと判明する。
ただし食器や調理器具などの口に入れる可能性があるものに新素材を使うのは避けるよう報告を受けた。
この報告を受けてミーヤ達技術部は早速中型船の改造に着手した。
まずは子供が一人ギリギリ乗れる程度の小さな水中翼船の模型を作り、より効率的な形状を求めて港湾内でテストを繰り返した。
この模型はミーヤ、フロガエル、サケガエル、トバガエル、ドクガエルの5名それぞれが1つの模型を作っており、コンペティション審査も兼ねている。
参加した守護霊の誰もが自分がデザインした船が採用されることを目指して日々研鑽を積んでいた。
模型のテストドライバーには体重の軽い子供達が選ばれ、ミーヤには年長少女マイセ、フロガエルには上から二番目の少女チノ、サケガエルには一番小さい少女ミョーコ、トバガエルには獣人長女ミッツ、そしてドクガエルには獣人次女のエレンが担当することになったのだが、テスト航行をしている際に、街の港近くまで航行してしまったことがあり、その様子をたまたま街の人が目撃してしまったため『湖面を風のような速さで疾走する少女の集団』が街で話題となってしまった。
これにより『テスト航行は人気(ひとけ)のない北西方向で行うように』とリオからのルール追加が言い渡されていた。
そしてこのテスト航行ではもう一つの問題が持ち上がった。
「僕の船もほしい」
「私専用の船を作ってほしい」
「ふむ、かような速度で動けるとは興味ある」
「あっしも乗ってみたいっす」
他の面々がテスト用の模型に興味を持ってしまったのだ。
しかしこのテストはあくまで中型船の改良を目的としたものなので、舟運業が軌道に乗った後、個々に守護霊達に依頼するようにとお引き取り願った。
◇◇◇◇◇
テスト模型のアイデアは概ね試され、守護霊達が今思う最高の形の模型が作られた。
コンペティション審査には関係者全員が新港エリアに集まり、その様子を伺っている。
審査の基準は「速度、加速力、魔石の消費量、美しさ」が選ばれた。
最後の「美しさ」は必要なのだろうか。
審査の内容はレース形式で行われる。
5艇同時にスタートし、100mほど先に浮かべられたブイの間を通過した順に「加速力」の審査ポイントが与えられる。
そこから遥か先、目視できるギリギリの位置に浮かべられたブイをターンして戻ってくる。
そして新港から程近い位置に浮かべられたゴール用のブイの間を通過した順に「速度」の審査ポイントが与えられる。
レースを終えた時の魔石の消費量によって「魔石の消費量」ポイントが与えられる。
最後に観戦していた全員が最も美しいと思われる船の中にコインを1枚ずつ入れていき、コインが多い順に「美しさ」ポイントとする。
「どの船よりも早くて、どの船よりも美しいけど、ものすごく燃費の悪い案が採用される可能性もあるよね」
「この商会の一番最初の船になるからそれでも良いんじゃないですか?真っ先に広告塔になる船ですし」
「ああ、まあ確かにそうだな」
奥田の解釈には説得力を感じた。
◇◇◇◇◇
試作中のスピーカーを使って松下さんがアナウンスする。
「1枠、ミーヤ製作、搭乗者マイセ、船名『紅蓮号』」
ミーヤが作った船は船体が真っ赤に塗られており、船首から船尾にかけて銀のラインが何本も引かれたデザインをしていた。
船体は新素材で作られており、それを磨いたのだろうか?陽の光をピカピカと反射させている。
結局のところこのレースのポイントは水中にある翼の形状なんだろうが、今は水の中にあって見ることができない。
「2枠、フロガエル製作、搭乗者チノ、船名『水切丸』」
フロガエルが作った船は、他のどの船よりも細く、搭乗者のチノは少し窮屈そうだ。あの形状を中型船で採用するとなると、もうゼロから作り直した方が早いんじゃなかろうか。
船体は艶のある黒に、魚の鱗のような模様が銀で刻まれている。どうも和のテイストが盛り込まれている気がするな?誰かから聞いたのだろうか。
「3枠、サケガエル製作、搭乗者ミョーコ、船名『リフオク』」
サケガエルが作った船は船底自体が細くなっている。水中翼で浮かび上がる前状態の速度も重視しているだろう。
船名にはこの街の名前が付けられており、その作法って地球と似ているなと思った。
黄色い船体に青い雷がデザインされていて中々にサイバーな配色だ。
「4枠、トバガエル製作、搭乗者ミッツ、船名『イカサマ』」
とんでもない船名をつけてきたな。賭場に住んでただけのことはある。ただ本当にレースでイカサマが可能ならそれは大した技術だ。
オーソドックスな船型をしており、色はメタリックグレー。どうやってメタリック塗装を編み出したんだろうか。守護霊達の技術力にまたもや驚かされた。
「5枠、ドクガエル製作、搭乗者エレン、船名『ありがとうザリガニ』」
製作にザリガニが関わっているのだろうか。
船体も彼らのスカーフの色を模した青、黄、黒で塗られている。船型も特別な点は見られない。
水中翼に拘ったのだろうか。
◇◇◇◇◇
全ての船がが横並びとなり、松下さんからの合図を待っている。
「位置について、よーーーい、スタート!」
各船の背後から物凄い量の水が噴き出して一斉に飛び出して行った。
「え?こんなに早いの?」
奥田が驚きの声を上げる。
守護霊達が作り上げた水中翼船は、地上を走るバイクのような速度で走り去っていく。
「あんなの中型船に搭載したら荷物ぐちゃくちゃになりそう」
「さすがに荷物を運ぶ時にフルスロットルでスタートはしないでしょ」
各船はあっという間に100mのブイを超えた。
先頭はサケガエルの船のようだ。
既に全員が水中翼航行となり、空を飛んでいるかのように水面を滑っている。
「はっや」
「あれあかんでしょ」
「この世界には速すぎる」
自分も心配になってきた。
その後も船達はグングンと速度を上げていき、遥か先に見えるブイをターンしたのが見えた。
ターンする時の安定性にはバラツキがあったようで、先ほどまで先頭を進んでいたフロガエルの船に代わって、今はサケガエルの船が先頭だ。
搭乗している女の子達は頭を低くし、目だけがギリギリ出るような姿勢を取っていた。
「裸眼であの速度はしんどそうですね」
「あれに乗るならゴーグルほしいね」
船はもうゴールまで500mの地点まで進んでいた。
先頭はフロガエルだが、何故かどんどんと減速していっている。
「まさか燃料切れ?」
「事故じゃなきゃいいけど」
減速したフロガエルを抜かして最初にゴールしたのはミーヤの船だった。
「ゴーーーーーール!!!」
松下さんの大声が響き渡り、コンペティションレースは終了した。
最終結果は、一位ミーヤ、二位サケガエル、三位トバガエル、四位フロガエル、五位ドクガエルとなった。
その後美しさコンテストでも最多票を獲得したミーヤの案が本採用されることに決まった。
フロガエル号の減速は、やはり魔石切れだったらしい。
他の船より推進器を一つ多く搭載していたそうだ。
「いやー、面白かったなこれ」
「興行すれば食っていけそう」
「その為には技術を全て公表しないといけないからなあ」
これで遂に中型船の改良が始まる。
◇◇◇◇◇
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