第71話 所望

 本格的な中型船の改良が始まった。


 それと同時に元賭場だった倉庫の改装が終わり、今では内勤者が数名詰めている。

 一応は美咲会の商館という形で作ったので、中には事務室の他にも応接室や資料室なども作られており、上司の悪口を言うための給湯室も少し奥まった場所に作っておいた。


 ミーヤデザインの制服が完成し、外の作業を行う際の作業服と、内勤用の制服の2種類が全員に配られた。

 内勤用制服のデザインをする際、ミーヤが「制服の参考画像が見たい」と奥田に頼み、奥田は勘違いして高校生の制服をミーヤ見せてしまった。      


 しかもスマホに残っていた画像は、アニメのスクリーンショットだったらしく、いま元ヤクザ達はアニメキャラのような格好をさせられており、イカつい顔と派手なブレザーというなんともギャップの激しい姿をさせられている。


◇◇◇◇◇


 レストラン用の倉庫も改装が終わり、ルシティの手解きを受けた元ヤクザ数名がシェフへと転身した。


 倉庫の奥に厨房を設け、その屋根部分を中二階の床とした。

 中二階席の端には木製の手すりが付けられており『海外の酒場みたい』と奥田は感激していたが、ここは異世界だ。海外どころの騒ぎじゃない。


 またエイナーザからのリクエストで一階の中央壁際にはステージが設けられ、彼女はここで何かをやらかしたい様子だった。


 今はまだ従業員用の食堂程度の稼働しかしていないが、地下10階への定期訓練が安定してこれば、カニを大量に持ち帰れるはずなので、それを主軸にレストランを盛り上げていきたいと考えている。


◇◇◇◇◇


 娼館のダイニングに戻ってくると、ステージの上にピアノ?と思われる楽器が設置してあった。

 近くにいた奥田に聞くと、午前中に作業員が現れ設置して行ったそうだ。

 この楽器はキーボードの再現を諦めたエイナーザが、この街の大商会に頼んで輸入してもらったものだそうだ。

 かかった費用は相当な額だったが、彼女が演奏するならお金では買えない体験ができそうなので損はないだろう。


 魔導スピーカーも満足のいくものが完成するらしく、最近では使っていない倉庫の中で演奏の練習をしているらしい。

 このピアノもどきも近々その倉庫へと運び出されるのだそうだ。


「奥田あれ弾いてみてよ」


 ステージ上のピアノを指差した。


「さっき少し触ったんですがピアノに似てるけど微妙に違うんですよ」


 そういってピアノの前に奥田は座った。

 え?そもそもピアノ弾けるんだ?意外すぎて真顔になってしまった。


 蓋を開け鍵盤に指を乗せると、いつかエイナーザが歌ってくれた、翼を所望する曲をところどころ間違えながら弾いてくれた。地球のピアノとは勝手が違うのだろう。

 触り慣れていない謎ピアノで、曲名がハッキリと分かるほどに弾くことができる奥田のスキルに心底感心した。


 しかし弾き語りは今後控えてくれた方が助かる。


 一番を弾き終え、奥田がこちらに感想を求めてきた。


「どうでした?」


「そんな使い慣れてない楽器であれほど弾けるとはほんと凄いな!ものすごく感心したよ!」


「え?ほんとです?もっと褒めてもいいですよ」


「いやマジで。迂闊に歌わなければ完全に惚れてた」


「自分でも歌がアレなのは分かってますけど、そうかー、歌わなかったら入籍あったかー!」



 そこまでは言ってないと思うんだけどな。



◇◇◇◇◇


 ザリガニが魚を獲りたいから湖まで同行してほしいとお願いしてきた。

 実際にザリガニがそう喋ったわけじゃないけど多分そんな感じだと思う。

 ちょうど船の改装具合を確認したかったので了承した。


 新港エリアに着くと、元反社の従業員が忙しなく動き回っているのが見えた。

 ぼちぼち本格的な舟運が始まるのでやる事が多いらしい。


 一度更地にした場所に、船客が時間を潰せるような施設を作るそうで、今は教会関係者を招いて地鎮祭みたいなことをやってる。

 こういうのの手配って誰がやっているんだろうか。



 ドックにまでくると、入り口から出てきた男がザリガニに話しかけてきた。


「あ、ロザリーさんちょうどいいところに。さっき桟橋の下に工具箱を沈めちまって、申し訳ないんですが取ってもらえませんかね?」


 それを聞いて黒いスカーフをしたザリガニが男と一緒に桟橋の方に向かっていった。


 他のザリガニはドック前の坂から湖へと入っていく。


 黒スカーフのザリガニってロザリーっていう名前だったんだな。

 もしかして自分だけがザリガニ達の名前を知らなかったのだろうか。



◇◇◇◇◇


「おー!もう殆ど出来てるじゃん」


 ドックの中に入ると、九割方は完成していると思われる中型船が吊るされているのが見えた。


「あとは船体の艶出しと腐食防止の塗料を全体に塗ったら完成よ!」


 この中型船は、ボロボロだった外装を型として利用し、薄い麻布を貼り付け、その上から新素材を塗り固め、乾燥させた後に中の木材を抜き取ることで、木造船の骨組み以外をまるっと新素材へと置き換えた。


 また、この船の特徴とも言える水中翼は、船底の前後に取り付けられ、後部の翼を支える脚の先には水を吸い込む穴を設け、そこから吸い上げた水を船の背後から噴出する事で推進力を生み出している。


「浮力と耐久力も木造船とは比べ物にならないくらい上昇しているから、この街一番の船になるわ!」


「この街どころかこの世界一なんじゃないのこれ」


「ジュンペーは嬉しい事言ってくれるじゃない!私も人間と同じ大きさの人形に入れ替えてもらおうかしら!ジュンペーの人間的な欲求に応えるために!」


「あ、いやそのままでいてくれ」


 交霊の載せ替えって出来るのかな?

 両腕ドリルのロボミーヤとか可能か?



◇◇◇◇◇



 船の視察も終えたので、ザリガニを回収して帰宅した。


 娼館の前には今日もお菓子の屋台が出ていた。


「お、今日はネスエとオサートちゃんが接客してるのか」


 先日の反省から、ルシティは直接店先には立たず、女の子達にお小遣いを渡して接客をお願いしている。

 接客の際は可愛らしいエプロンドレスが着れるので割と人気のバイトだそうだ。


「人気出てきたのでバイトが楽しい」


 そうオサートちゃんが教えてくれた。


 売れ行きは好調なようだ。

 屋台のテーブルの上を見ると、ドーナツだけではなく、いくつかのアクセサリーも並べられていた。

 よく見ると真珠のイヤリングも並べられている。


「え?これ真珠?誰の商品なの?」


「そのイヤリングはザリガニの」


「これザリガニが用意したのか」


 振り向くとそこにはもうザリガニはおらず、館の中へ入って行ったみたいだ。


 あいつらザリガニのくせに多角的すぎんか?

 多分淡水真珠ってやつだよなあ…。


◇◇◇◇◇


 娼館の中に入ると、リダイが待っていた。

 ザリガニ達は厨房だな。


「お帰りなさい。報告に参りました」


「ああただいま。何かあった?」


 何の話だろうか。


「もうすぐ船が完成するので各所へ宣伝に回ってきたのですが、その全ての場所で信じてはもらえませんでした」


「どんなことを宣伝したの?」


「回った場所は冒険者ギルドや酒蔵、商業ギルドなど色々な場所へと行って、従来の運搬よりも2倍早く届けれると伝えたのですが誰も信じてくれませんでした」


「まあやっぱり実際に船が完成するまでは無理か。仕方ない、事前の宣伝は諦めよう。今日回ったところは全部メモしておいて、船が完成したら実際にその人たちを乗せてやろう。自分で目にすれば信じないわけにはいかんだろうし」


「わかりました。そうします」


「今日のところはザリガニが捕まえてくれた魚でも一緒に食べよう」


「は、はい」



 本来ならプレリリースとして新型船の宣伝を事前にしておきたかったが、誰もみたこともないものだとそれが出来ないらしい。


 新型船で一度成功をしてしまえば次からは信じてもらえるはずだ。


 焦らずやっていこう。


◇◇◇◇◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る