第72話 バハムート
ついに新型船が完成し、航行テストを行うことになった。
ドックから出された船はすでに桟橋に係留されており、真っ赤に染められた船体が陽を浴びて光り輝いていた。
娼館住みメンバーは全員が参加を希望し、ザリガニを含む30名が船へと乗り込んだ。
ミーヤの号令と共に船の背後からは水飛沫が舞い、新型船はゆっくりと動き始めた。
「おおおおお、ちゃんと動いてる」
「当たり前じゃない!」
船は向きを定めてから徐々に加速を始めた。
「緊張しますね」
葵ちゃんがそう呟く。
船は加速し続け、遂には船体を水面へと浮かび上がらせた。
「うおおおお!浮いたー!」
「これは素晴らしい」
「はっや!」
「サラマンダーより」
皆がそれぞれの感想を口にした。
「確かにこの速度なら一日で往復できるかもしれませんね」
リダイがそう評した。
元より波の少ない湖ではあったが、船体が水面にあるせいか揺れを全く感じない。
「操舵の方はどう?」
操舵を担当しているリダイに声を掛けた。
「既存の船より断然動かしやすいですよ。前のがボロすぎたってのはありますが」
あれと比べてはいかんだろう。
「このままローマルに?」
「はい。泊まり島をかすめてそのままローマルへ向かうつもりです」
夜の航行を避けるために一泊するための島か。
灯台とかあれば夜間の航行も可能になるんだろうか?
◇◇◇◇◇
「泊まり島が見えてきましたよ」
リダイが指差す右舷前方を見ると、湖上にポツンと小さな島が見える。
近くを航行している船は全てあの島を目指しているようだ。
「あの島は湖を航行する船の殆どが立ち寄るので大変賑わっていますよ。ただ元々非合法組織に所属していた自分が言うのもなんですが、無法者も多く引き寄せてしまう場所なので、知識なく島内を歩き回るのはお勧めできません。一種の治外法権のような島ですので」
「うっ、あの島に泊まってみたいと思ってたんだけど、治安が悪いなら嫌だなあ」
混沌とした雰囲気は好きだけど、本当に混沌なのは勘弁して頂きたい。
「もしあの島に行くことがあったら私が案内できるので、危険な地域は避けることができますよ」
「でも先輩なら絶対何か事件に巻き込まれますよ」
奥田がそう言うなら確率は高そうだ…。
「奥田が予想する事件って例えばどんな感じ?」
「腐れ貴族に売られるために島へと連れてこられたエルフを見かけるか、国を乗っ取ろうとした宰相の手先に追われる王女とぶつかるかのどちらかです」
「めちゃくちゃ具体的だな」
「そう決まっていますから」
この異世界に飛ばされてからお約束的な事件に巻き込まれているだろうか?あまりないように思えるが。
「あー、追われる王女のいる島がもう見えなくなっちゃいましたよ」
新型船はあまりに速く、件の島は船の後方へと消えていった。
◇◇◇◇◇
「予想から外れるような箇所ってあった?」
船内を見回っていたミーヤに声を掛けた。
「特に無いわ。大丈夫そうよ。ただ、しばらくの間は航行から帰るたびにドックに入れて細かく確認したほうが良いわね。そして確認する工程と箇所、注意点なんかを書面に纏めて、徐々に他の人員へと落とし込んでいきたいわね」
「じゃあ帰ったら、新型船の異常箇所確認手引書作成の人員を3人ほど選出するよ。その人達にどういう場所をどういう理由で確認しているかを教えてやってくれ。あとはその3人が書面にしてくれるはずだ。雛形だけは自分が用意するよ」
「わかったわ。任せてちょうだい!」
ミーヤが優秀すぎて恐縮してしまう。
「でも良いのか?次の船とか他に作りたいものが幾つもあるんじゃないの?」
「バカねぇ、こういうものは問題なく運用し続けられる事にも美しさがあるのよ。モノが出来てハイさよなら、なんてのは二流のやることだわ!」
いやいやいや、ミーヤが一流すぎるだろ。
「ミーヤにはいつも助けられているよ」
「ふんっ!別にアンタのタメじゃないんだからねっ!」
す、すごい見事なアレだ。これもまた一流のみがなせる言葉だな。
「そろそろローマルが見えてきますよ。見え次第大きく旋回してリフオクに帰ります」
リダイからの報告だ。
船の前方には陸地が見えるが。
「どこ?ローマルは」
視線の先に大きな都市は見当たらない。
なだらかな丘と畑が広がっているだけだ。
「アレですよ、ほら」
リダイが指差す先には、小さな町のようなものがかろうじて見える。
「え?あんなに小さい町なの?」
「ローマル自体はあまり大きい町じゃないですよ。町の向こう側には大きな畑が広がってまして、あのあたり一体は大穀倉地帯なんですよ」
「リフオクくらい賑やかな町だと思ってたよ」
「あの大きな畑で作られた作物をリフオクへ運ぶのが一般的な舟運業の仕事ですね」
なるほど。しかしあの規模の町じゃ我々が何か売り物を作り出したとしても、売り捌くのに適している町とは言えないな。
「あの町自体は小さいのですが、その先にある『マーシ』という国境に近い街は大きな街ですよ。隣のジナーガ王国とも商売をしているので、さまざまな物品が集まる一大消費地になっています」
「じゃあ何か売りたいものがあれば、ローマルに行って降ろせば、そのマーシまで持っていってくれるんだな」
「はいそうです。あ、そろそろ旋回します」
隣の国にいると思われる同郷者に会うためには、そのマーシという街を経由して行くんだったな。
色々なものが集まる街か。
リオから同郷者の話を聞いた時は、見知らぬ外国へ行くことへの不安ばかりが先行していたが、今なら少し楽しそうに思えてきたな。
船は風を切って旋回を始めた。
◇◇◇◇◇
リフオクの街に戻ってからは目まぐるしい日々が続いた。
新型船の異常箇所確認手引書の作成に始まり、プレリリースで空振りした相手を船に招待するための準備、船客休憩所のデザインと作成、美咲会従業員の迷宮訓練並びにカニ確保ツアーの恒常化、会章のデザイン案のコンテスト、舟運業の新規顧客獲得、等など。
特に会章のデザインコンテストは混迷を極めた。
船側に刻むマークが欲しいとミーヤに言われ「そんなもの適当に丸の中にバツでも描いたやつ刻んどけ」的なことを言ってしまい、物凄い大目玉を喰らった。
ならば他の船はどうなっているのだろうと、数人を引き連れて港まで見に行くと、これがまたどれもカッコいいのが刻まれていて、こりゃうちも負けてられんなと奮起した。
しかし元よりデザインの知識に長けているわけでもないのですぐに座礁。
いっそ皆から案を出してもらえばカッコいいのがみつかるのではと安易に考えたのがそもそもの間違いだった。
ほぼ全員から日々手渡されるデザイン案。
この中から選び出すだけでも何日かかるのか分からない。
そして思いついたのが、使われていない倉庫内に全ての案を匿名で貼り出しての全員参加型コンテストだ。
いくつもの衝立を倉庫へと運び込み、その衝立に会章が描かれた紙を貼りつけて並べた。
デザイン案の横には数字が振ってあり、見にきたものはいずれかの案に投票をしてもらう形だ。
初めは仕事の手が空いた従業員達が訪れては投票をしていったが、何故か倉庫の前を通りがかった見知らぬ人までデザイン案を見にきてしまった。
元よりこの街には絵画展や美術館といったものはなく、それどころか人の作品を自由に眺める文化自体が存在しなかった。
そんなことからか物珍しさで倉庫を訪れる市民が続出し、コンテスト最終日には入場制限がかかるほどの来場者を記録した。
「これ集計大変すぎでしょ。今日中に終わる?」
「みんな楽しそうでしたよ?ギリですかね。」
「そりゃ何よりだな」
「もうこの倉庫を展示場か催し物会場として運用してみては?」
「広い空間の場所貸しか。悪くないな」
そんなこんなで用途の決まっていなかった倉庫の運用先が決定した。
普段は美咲会従業員や娼館メンバーの作った絵画や美術品、発明品などを展示し、催し物会場としての依頼が来たら貸し出すという運用で決定した。
ちなみに第一回デザインコンテストは、ザリガニが提案した『猛る3匹のザリガニ』が優勝した。
◇◇◇◇◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます