第73話 ヘブンズドアー
会章デザインコンテスト以降も、件の催し物会場は混乱を運び続けていた。
美咲会従業員や娼館メンバーに対して『何の催し物も無いときは、適当に皆の作品を並べておきたいから、ちょうど良いのがあれば貸しといて』とお願いしたところ、葵ちゃんが一波乱巻き起こした。
いつものように食休みがてらザリガニ池でも眺めようかと中庭に足を運んだら、そこでは葵ちゃんが画架(イーゼル)を立てて絵を描いていた。
まじまじと人が絵を描いている様子を見るのは嫌がられるかなと思い、少し離れた場所にあるベンチへと腰掛け、葵ちゃんが描いてる絵を後ろからこっそり覗き見してみたら、そこには目を見張るほどに見事な風景画が描かれているのが見えた。
ここまで見事なものなら近づいて見ても嫌がられはしないだろうと思い、近くまで行って葵ちゃんから話を聞くと、元の世界では美術部に所属しており、いくつもの賞を獲るほどの実力者であることが判明した。ちなみに絵筆などの画材はフロガエルが用意してくれたらしい。
そしてこのとき描いていた絵が完成したあと、葵ちゃんにお願いをしてその絵を預かり、倉庫美術館に展示をしてみることにした。
話があったのは葵ちゃんの絵を展示してから数日経った日の事だった。
桟橋の上から水中にいるザリガニ達を眺めていると、美咲会員の一人が後ろから話しかけてきて、倉庫美術館の入口受付をしている従業員が自分に話があると伝えてきた。
倉庫美術館は今いる場所と同じ新港エリアにあるので、ザリガニ達を地上に戻してから美術館へとすぐに向かった。
美術館の入り口には困った表情をした受付けがおり、さっそく話の内容を聞いてみると、どうやら先日から展示された葵ちゃんの絵が問題を引き起こしているとのこと。
この世界の絵画とは基本的に貴族のものであり、貴族にパトロンとなってもらい絵を描くか、貴族の依頼を受けて肖像画を描くかでしか絵描き達は名を売る機会がない。
しかしこの倉庫美術館には無名の画家が絵を展示し、それを多くの市民や商人に見てもらえる機会が与えられるという、今までには無かった全く新しい施設であることに絵描きたちは驚愕する。
自分達も無名ながらに絵の腕があると自負しているが、その手腕を誰かに見せる機会が今まではなかった。
だがここに絵を飾ってさえしてもらえれば、自分達は高みに登れる、正しい評価を得て収入が得られる。
そう考えた画家達が日々殺到しているそうだ。
「ほー、そんなことになってたのか。で、そんな画家にはどう対応したの?」
「全ての絵を一旦預かって、裏手に保管してあります」
試しにその絵とやらを観てみようではないかと思い、美術館のバックヤードへと移動する。
「んー、わからん」
「ですよね。私も良し悪しがサッパリで」
写実的であるかどうかなら見ればすぐにわかるが、そうでない作品だと良し悪しの判断が全くつかない。
「これは専門家に任せるか」
さっそく現役入選美術部員の葵ちゃんと、家で暇そうにしてた自称美術評論家の奥田が呼び出された。
葵ちゃんは絵描き達の絵をみて「筆使いが」とか「配色の仕方が」といった専門的な視点でもって絵を評価してくれた。
一方で奥田は、描かれているモチーフをみて「この果物美味しそう」とか「この人オッパイ垂れてるね」などと言った小学生みたいな評価をしてくれた。
その後は葵ちゃんの評価を参考にし、伸び代であったり才能を感じさせる作品だけを倉庫美術館に展示することとし、その絵描きには新造船のデザイン会議に参加してもらう機会などを与えた。
惜しくも今回評価を得られなかった絵描きについては、作品を美術館に展示することはしないが、看板作成などの仕事を与え、絵描きが死なない程度の援助をすることが決定。
また隣の空き倉庫を使って、葵ちゃんから直接画法などを習う機会を設け、更なる技術向上を目指してもらう事となった。
「私のはもっと張りがあってツンツンですよ」
「だからそういうこと言うのはよしなさいって。 ん?ツンツンって後天的な刺激によるものじゃないの?」
「あ、興味でました?」
「今のは俺のミスだな」
◇◇◇◇◇
尚も葵ちゃんは騒動を引き寄せた。
彼女は一通りの風景画を楽しんだ後、今度は人物画を描くようになった。
手始めにロッコを描き、そのイカつさを余すことなく絵の中に表現しきった腕前は皆を唸らせた。
次に描いたのはルシティだ。
彼の人間離れした美しさを表現するのに苦労はしていたが、完成した作品は多くの人を魅了し、リオはその絵を自室に持ち帰ろうとしていた。
持ち帰りは阻止した。
そして次に描いた人物はまさかのトバガエル。
あまりにも写実的に描かれたその絵は、まさしく「ぬいぐるみの静物画」そのものだった。
何枚かの人物画を描くことで自信をつけた葵ちゃんは、満を持してその人物を描くことにした。
次のモデルは「エイナーザ」だ。
白い肌に白金の髪、白い服に白い翼。
その白すぎる彼女を白い紙に表現することに悪戦苦闘し、ついに葵ちゃんは一つの作戦に出た。
エイナーザに黒い服を着てもらう。
この単純かつ大胆な作戦は、あれほど苦労していた葵ちゃんに干天の慈雨をもたらした。
はたから見ていて気持ちが良いほどに筆は進み、白いキャンパスには優しく微笑むエイナーザが映し出された。
「これは凄いな」
「コントラストが美しいですねえ」
「アキバで騙されて買っちゃいそう」
「少し光って見える」
皆からの評判も良く、描いた葵ちゃんも描かれたエイナーザも満足そうだ。
これほど皆を感動させる絵ならば街の人達もきっと喜ぶだろうと思い、さっそく倉庫美術館に展示する運びとなったのだが、これこそが新たな問題を引き寄せる原因となる。
◇◇◇◇◇
葵ちゃんが描いた人物画を展示してから数日後、フロガエルがザリガニ達のドリルにスクリューアタッチメントを付けてくれたので、その性能評価のため桟橋に座って水中を眺めていると、後ろから近づいてきた従業員に声をかけられた。
「館長すいません、少し問題が発生しまして……。いえ違いますね。大問題が発生しています」
倉庫美術館の受付をしてくれている従業員がそう声を掛けてきた。
ちなみに館長になった覚えはない。
急かす彼女に連れられて、倉庫美術館の前に到着すると明らかに問題が発生している様子が見てとれた。
普段はポツポツと人が出入りする程度の美術館だが、いま目の前には長蛇の列ができている。
「これ、中も混んでるの?」
館内でも応援に来ている従業員で列の整理をし、問題の絵画の前で長時間立ち止まらないように指導をしているんだそうだ。
そして列に並んでいる客層を見ると、一般的な市民に混ざって教会関係者が多くみられることに気付く。
「問題の絵画、列に並ぶ教会関係者ね……」
これは完全にやらかしてしまったな。
「E案件だな」
◇◇◇◇◇
美術館の中へと移動したが、建物の中は外に並んでいる人よりも更に多くの人々でひしめき合っていた。
先ほど「E案件」と適当な文言を口にしたが、エイナーザが関係している問題をE案件と勝手に呼称している。ちなみに綴りが本当に『E』から始まるのかも不明だ。
スタッフ用の通路を進んで件の絵画前まで来ると、一目見てその異常さが窺えた。
絵画の前に山ほど盛られた寄付金。
そして問題の絵画がヤバい。
「光ってるやん…」
葵ちゃんが描いたエイナーザの肖像画は光を放っていた。
美術品を日焼けから守るためにも倉庫内は常時薄暗くしてあるので余計に目立ってはいるが、明らかに絵画そのものが光を発している。
「誰かが光る魔法を使ったとかない?」
「いえ、そのようなことはないかと」
館内には常時警備員を見回らせているので、不審な人物がいればその時に分かるであろうと理由を教えてくれた。
「じゃあ勝手に光ってるんだなあれ」
このまま放置することはできないし、絵画の展示を中止したら暴動が起きそうなので、一先ずお賽銭だけを一旦回収し、絵画の前に『寄付金は置かないでください』と書いた立て札を設置した。
そして寄付金は近くにいた従業員に頼んで大聖堂に寄付してもらっておいた。
「一旦これで様子をみよう。もし数日経っても問題が収まらない時には、葵ちゃんに言ってあの絵を聖歌教に寄付してしまおう」
「わ、わかりました」
そして美術館にまつわる問題はこれだけでは済まなかった………。
◇◇◇◇◇
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